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不死王と七つの誓い  作者: 秋野 錦
第三部 王都暗殺篇

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「死闘」

「ねえねえ、何で貴方だけそこに隠れているの? さっきの人たちの仲間なんだよね? 出てきて一緒に遊ぼうよぉ、クロ、優しくするからさー」


 木陰に隠れていたのが完全にばれている。だとしたら仕方ない。相手を刺激しないようにゆっくりと姿を見せ、正面の女性と相対する。

 そうして気付いたことがあるのだが、この人、思ったより若いぞ。女というより女の子というべきだろう。身長が俺と同じくらいに高かったから勘違いしてしまったが、恐らくまだ20にもなっていないはずだ。


 そして先ほどの台詞にも出ていたクロ、という単語。恐らくこれが女の子の名前なのだろう。俺のことを盗賊の仲間と勘違いしているのは痛いが、誤解は正せばいい。大太刀を構えようとする女の子へ慌てて俺は手を振り、敵意がないことをまず示す。


「待て、待ってくれ! 俺はさっきの奴らの仲間じゃない! ただ偶然ここに居合わせただけなんだ!」


 何とか信じてもらおうと武器も持たずに接してみるが、女の子は困ったような顔で唇に手を当て、怪しむような視線で俺を見る。


「んー、そうなの? でも信じられないなあ、そんな偶然。本当はクロが逃げられないように隠れてた伏兵さんなんじゃないの?」


 必死の説得も聞き入れてもらえない。

 くそ……最近こういう冤罪が多すぎるぞ。呪われてんのか?


「でもま、どっちでもいいかな。貴方の言ってることが本当かどうかなんてクロには分かるはずないんだもん。クロ、難しいこと考えるの苦手だからさ……とりあえず、斬っちゃうね♪」


 そう言って女の子、クロは俺に向け大太刀を振り下ろす。

 突然のその一撃を後退することでかわそうとするが、あまりにも射程(リーチ)が長すぎて目測を誤り、肩を浅く切り裂かれてしまう。さっきまで散々見てきた太刀筋だというのに、あっさり食らってしまったことに舌打ちしながら俺も覚悟を決める。


 俺はこんなところで足止めを食らっている暇はないのだ。いち早くイリス達に追いつかなければならない。そのためには……障害全てを排除するッ!


 拓馬からもらった小太刀を取り出し、目の前に迫る大太刀を受け止める。激しい金属音と共に火花が飛び散り、ぎりぎりと押し込まれるように迫る大太刀。

 くそっ、何だこの力は。とても女の子が出せるような力じゃないぞ。魔力で強化した腕力でも押されるなんてありえないだろ。


「いいね、お兄さん。すっごくいいよ。クロの一撃を受け止められるなんて……これは期待しちゃうね」


 ふと緩んだ力に思わず前のめりになってしまう。クロが剣を引いたのだ。このまま力任せに押し込むかと思いきや、軌道を変え再度迫る刃。


「ちっ……」


 今度は受けない。受ければ今度こそ押し込まれる。

 そうならないように大きく体を沈め、刃の下をすり抜ける。そうして出来た間隙に小太刀の切っ先を少女の大太刀を持つ右手の肩口に向け、突き立てる。

 大太刀のリーチと重量は確かに脅威だが、こうして懐に入ってしまえば俺の方が速い。迫る刃に対し、クロは……とてつもない反射速度をもって俺の"手首を掴んできた"。


「なっ!?」


 空いた左手、その一瞬の動き。

 あの短い刹那の時間に、咄嗟の動きで防御したってのかよ、こいつ。並みの反射神経じゃない。


「おっとと、危ない危ない。でもこれで……終わりだね」


 俺の右手を左手で掴んだまま囁くクロの声に、悪寒が背筋を走る。俺の視界の外から迫る白刃の感覚──まずいッ!

 俺は咄嗟にクロと同じように左手で右手首を掴み、刃の方向を変えようとするが……


「ぐ、おおおおおッッ!」


 まるで万力を相手に力比べをしているかのような錯覚に襲われる。何とか大太刀の進入は食い止めているが、ただそれだけ。ゆっくりと近づく刃は確実に俺の胴体を狙って迫り続けている。


「な、何なんだよこの馬鹿力は……ッ!」


 馬鹿げた膂力に悪態が漏れる。別に返事を期待してのものではないが、目の前の少女は律儀にも俺の台詞に付き合ってくれた。だが……


「これ? これはねえ……クロの"天権"なんだよっ」


 ──聞かなければよかったと、俺は瞬時に後悔することになる。


「天権、だと……?」


 天権。確かにクロはそう言った。間違いない。何度も何度も聞いてきたその単語。だがそれは俺たち召喚者にのみ与えられる力のはずだ。だというのになぜ目の前の少女がそれを持っている?

 頭を過ぎるのは疑問。決して解けることのないそれは俺から意識を奪い、結果として死期を早めることとなる。

 すでに体に触れそうなほど近くに迫った刃にもはや手段は選んでいられないと、俺は魔力を"足元"に集中する。


「──炎舞(レーゼン)ッ!」


 ボウッッ! と音を立てて跳ね上がる右足。推進力を得た俺の前蹴りは月面宙返り(ムーンサルト)のような軌道でクロの顎を狙うが、再び尋常ではない反射神経をもって身を引いたクロにかわされてしまう。


 俺の炎舞は炎の推進力を利用した空中機動にこそ、真価がある。その高速の動きは見てからかわせるようなものではないはずだ。はずなのに……


(なんでかわせるっ!? ありえねえだろうッ!)


 空振りした勢いそのまま、ひとまず距離を取るために俺は大きく後方へと飛ぶ。この女の子、あまりにも不気味すぎる。嬉々として大太刀を振るう姿もそうだが、何よりその体技が不気味だ。


 何と言うか、別の世界にいるかのようにすら見える別次元の動き。

 膂力、反応速度、そのどちらもが今まで出会った誰よりも優れている。はっきりいって恐怖すら感じるレベルだ。こんな怪物が魔族以外にいたなんて……


(……魔族? こいつ、まさか……)


 頭に浮かんだひとつの仮説に引かれ、俺は目の前の少女へと問いをぶつけてみる。


「お前、もしかして魔族なのか?」


 それに対するクロの答えは明瞭だった。


「魔族? クロが? あはは、まさか。クロは魔族を殺す為にいるんだよ? クロが魔族のわけないじゃない」


 心底おかしいのか、腹を抱えて笑い出すクロ。戦闘中だというのに危機感はないのだろうか。俺なんか到底笑えるような気分にはならないってのに。

 目の前の少女の正体に見当がつかず、まるで霧の中にいるかのような感覚に苛まれる。一体何だってんだよ。俺は一体何を相手にしている?


「ははは、あーあ、こんなに笑ったの久しぶりだよ。お兄さん、面白いこと言うんだね。でも見逃してあげないよ。こんなに遊べる獲物は久しぶりなんだから」


 笑いながら剣を振るその姿はまさしく狂気。この世界の常識からしても以上というべき感性のまま、クロは暴風のような剣戟を振るい続ける。


「ほらほら、もっと動けるでしょ? さっきのもう一回やってみせてよ。今度は捉えて見せるから」


 交わし、受け、逸らし、弾く。クロの斬撃は一つ一つが流星のような重みを持って俺の腕に衝撃を伝えてくる。まるで一撃食らうごとに体から力を持っていかれているかのようだ。

 とはいえ、再び炎舞を使うにはタイミングを選ばなくてはならない。さっきのようにかわされてしまったら意味がない。あれも禁術であることには変わりがないのだから。


 鬼面から騎士連中、拓馬、そしてクロと連戦に次ぐ連戦のせいで正直魔力残量が心もとなくなってきている。機会があるとすれば恐らく次の一回。それを逃せば俺は負けるだろう。こんなところで、勘違いされたまま、訳の分からない謎を山ほど残した状況で。


(んなこと……許せるかよッ!)


 俺はこんなところで死ぬわけにはいかない!

 強く、強く想う。かつてない純度で俺は生を渇望する。死の運命を吹き飛ばし、望む未来をその手に掴むために。


「ぐ、おおおおおおおおッ!」


 咆哮と共に俺はクロへと突っ込む。最後の一撃、その余力を全て振り絞ったこの一撃に全てを賭けるッ!


「あははっ、いいね! 盛り上がってきたよっ!」


 それを迎え撃つのは大太刀を下段に構え、敢えて隙を作って見せるクロ。恐らく自分の剣閃に絶対の自信を持っているが故の構え。好きなように打って来い。それを上回る速度で斬り返してやるから、と。クロはそう言っているのだ。


(舐めやがって……その伸びた鼻、粉々に圧し折ってやる!)


 近づく距離。お互いがお互いの一撃を打ち砕くため、渾身の力を込めその一撃を振るう。

 俺は左肘を始点とした正拳突きの炎舞(レーゼン)

 クロは正確に俺の頚動脈を狙った逆袈裟切り。

 

お互いに必殺。食らえばただでは済まないその一撃は瞬間を超え、空間を飛び交う。そして……



 ──衝撃が俺たちを包み込んだ。



 亜音速に到達していた互いの一撃はそれだけで空気を震わせ、衝撃を周囲に撒き散らしていた。木々が喚き立ち、舞い散る木の葉の中最後に立っていたのは……


「はぁ……気持ち良ぃ……」


 恍惚とした表情を浮かべ、熱い吐息を漏らすクロだった。

 俺は半分千切れた首から噴水のように血飛沫を上げ地面に崩れ落ちるところだ。クロの一撃は俺には到底交わせるような速度ではなかった。勝てると、そう思っていたのに……。


「く、そ……」

「良い、いいね、その表情。敗北し、死に逝く人間の絶望的な表情……ああ、堪んないよぉ。すっごく興奮しちゃう」


 上気した頬でそう語るクロはまごうことなきド変態だ。死に逝く人間の顔で興奮するなんて屍体愛好者(ネクロフィリア)かよ、お前。だけどその台詞。ひとつだけ間違ってるぜ。


「……引き分けだ」

「……え?」


 首を押さえ、蹲っていた俺はゆっくりと視線をクロへと向け精一杯の笑みを浮かべてやる。


「俺は負けてねえ。引き分けだ」

「何言って……いや、何で貴方まだ"話せているの"? クロは確かに首を……」


 首を切り裂いたはずの人間がいまだに生きて話をすることが不思議なのだろう。クロはここにきてようやく驚いた表情を作って見せた。いや、まあ。驚くのが普通だけどな。

 俺は立ち上がりながら、つうっ、と指先で傷口をなぞって見せる。


「……何も天権が使えるのはお前だけじゃないってことだ」


 指が離れた瞬間にはすでに傷跡すら残ってはいない。

 もしこれが魔術による攻撃だったら危なかった。今ので魔力ぎりぎり一杯。もう空っぽだ。物理的な傷は少ない魔力で治せるという不死の特徴が活きた。


「天、権……」

「ずるいなんて言うなよ。そっちだってチート使ってるんだからな。それと先に謝っとく。その剣高かっただろ? 悪いな」


 俺の突然の謝罪にクロはきょとんとした顔で言われるままに自ら手にもつ剣を見た。そして……パキッ、と軽い音と共に剣が真ん中辺りでぱっくり割れた。


「何で……お兄さんの攻撃は確かにかわしたはず……」


 いつの間に折られていたのか分からなかったのだろう。クロは俺と剣を何度も見返して、目をぱちくりさせていた。


「右手だよ」

「右手? ……ああ、そっか。最後の一撃は"囮"だったんだね」


 そう。最後の衝突の直前に俺は右手にナイフ程度のサイズの灼熱の剣、その原版を出現させていた。あからさまに振りかぶっていた左手の炎舞はいわば目くらまし。本命の右を隠すための視線誘導(ミスディレクション)に使っただけだ。


 思えば最初からこれを使っていればもっと楽に戦えたんじゃないかと思う。新しい技を覚えたからってそれに固執するのは良くない。手数が増えた今だからこそ、相手に合わせた戦い方をしなければいけなかったんだ。


「参ったね。ぜんぜん気付かなかったよ。これが剣じゃなくてクロを狙っていたら間違いなく死んじゃってたかも」


 間違いなく死んでたかも。って言語の不自由な奴だな。


「死んでた……クロの負け。負け、か……ふふ、あはは……なんだろう。この気持ち。生まれて初めて負けたけど、そっか。負けたらこんな気持ちになるんだ。知らなかったなぁ……」

「……いや」


 ぞんざいな手つきで折れた剣を投げ捨てるクロへ、俺は最後の否定をする。

 さっきも言ったけど、これは"引き分け"だ。


「…………っ」


 ぐらり、と視界が揺れる。

 ああ、まずい。この感覚には覚えがある。血が抜けて、意識が遠くなっていく感覚。ヘルゴブリンに襲われたあのとき感じた死への傾斜、その感覚が俺を包み込む。


 首の傷を修復するのに精一杯の魔力を使ってしまったせいで俺は自分の"血液"まで再生することが出来なかった。結果、貧血のような症状を伴いながら意識が混濁を始める。


 死ぬ。このままだと。だが、今の俺にはもう何も出来ない。

 ずっと戦ってきた。目的のため、大切な人のため。譲れない想いのため。

 精一杯やった。出来ることはやった。だから後悔はない。


 なんて……"そんな訳がない"。


 胸に渦巻くこの感傷はもっと醜く、汚い感情だ。

 死にたくない。


 ただ、その一念。こんなところで簡単に自分の生を肯定できるようならそもそも俺はこんな天権を発現していやしない。どうしたって、例え死んだとしても治らない俺の根幹だ。

 だからこそ、最後の時に思うのは遣り残したこと。俺に死なないでと言ってくれた少女のことだ。


「……い、り……す……」


 すまない。約束……守れそうにない。

 そして……もう一人。


 道半ばにして倒れる俺を許してくれ。

 俺に生きてと言ってくれた少女に、俺は最後の謝罪を贈り……


 ──意識を闇へと手放した。

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