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不死王と七つの誓い  作者: 秋野 錦
第三部 王都暗殺篇

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「新たな出会い」

 城下町を走り、走り、騎士を撒きながら走り、走り、息も絶え絶えに何とか王都の外延部に辿りついた頃には追っ手の姿も消えており、ようやく安心できる段階に落ち着いていた。

 しかし……無茶苦茶に走ったせいで正規の道ではなく、獣避けの為に天然の崖を利用して作られた堀にぶち当たってしまった。今から通常の道を使おうにも、すでにそこは騎士によって抑えられているだろうし一体どうしたものか。


「いや、まあ……これしかないって手は思いついたんだけどな。思いついたんだけど……やりたくねえなあ……」


 やりたくない。本当にやりたくない。だけどあまりグズグズしているとイリス達に置いて行かれてしまう。一人旅なんてぞっとしないことはもっと御免だ。ならば……やるしかない。


「うわー……この崖、どうみても絶対20メートル近くあるよなあ……」


 20メートルって言ったらビルの七階に相当する高さだぞ。やるの? 本当に俺、やるの?


「ちくしょう、これも全部拓馬のせいだ。あいつが足止めなんてしなけりゃこんな非常手段に頼ることもなかったってのによ……」


 愚痴を言わずにはいられない。漏れる独り言も全て、心の準備を整えるためのもの。そうでなければ誰がこんな暴挙に走れるというのか。


「よし、よし。行く。行ける。俺なら大丈夫」


 若干震えた声で己を鼓舞しながら最後に持ち物の確認をしておく。携帯食料に戦闘用のナイフ。後は拓馬から貰った小太刀。これが俺の所持品の全てだ。

 旅に必要なものはほとんどイリス達に持たせていたから何としてでも集合場所に間に合わせなくてはいけない。だから、こんなところで一秒たりとも無駄にしている時間はない。


「──南無三ッ!」


 意を決して俺は目の前の切り立った崖へと身を投げる。

 瞳は閉じ、体を丸め、出来るだけ斜面を転がるようにして勢いを殺していく。とはいえ、何の訓練もしていない俺がこれだけの高さから飛び降りて無事で済むはずがない。案の定、体のあちこちをぶつけて下に付いたときには一瞬意識が飛んでいた。額に触れるとべったりと血がついていたからきっと頭を打ったのだろう。


「……他の奴が見たらどうみても投身自殺にしか見えねえよな、これ」


 俺だから出来た究極のショートカット。まさか騎士連中も崖を飛び降りて逃げたとは思うまい。これで完全に追跡を撒くことができるだろう。


「つっても二度とやりたくねえけど」


 あの気持ちの悪い浮遊感は色んな殺され方をしてきた俺でも耐え難いものがある。スカイダイビングなんて一体誰が考えたんだか。狂ってるとしか思えない。

 若干高所恐怖症に陥りそうな気分の中、体を起こし、目の前に広がる森の中へと向かい先を急ぐ。本来なら森は危険地帯として避けるべきだが今は仕方がない。時間はいくらあっても足りないからな。王都から逃げ切れたとしても多くの騎士に見られちまった以上、指名手配されることは避けられないだろう。


 捕まれば犯罪者としての烙印を押され、この世界で生きていくことが困難になる。そうならないためには辺鄙な地方の村へでも逃げれば良いんだろうが、まだ俺達にはやるべきことがある。

 俺の復讐も、イリスの復讐もまだ何も終わっていないどころか始まってすらいないのだから。


(あの鬼面……一体何だったんだ)


 考えるのは酒井の部屋で俺を襲った人物のこと。顔も声も分からなかったから戦った感触しか判断材料がないのだが、恐らくあれは……女だ。もしくは子供。投げたときの感覚が余りにも軽すぎた。武器の重量を考慮から外しても、あの軽さは成人男性ではありえない。

 毒針や投げナイフといった暗器を使ってきたことからもそれは伺える。打ち合いになれば力負けすることが分かっていたからあいつは正面から戦う事を避けたのだろう。だとしたら、あの逃げっぷりは最初から狙っていたものなのかもしれない。一本取ったとはいえ勝敗は微妙なところだな。


 そして気になるのはもう一つ、イリスの反応にしてもそうだ。

 俺が鬼面のことを話した瞬間のイリスの雰囲気。あれはまず間違いなく何かを知っている様子だった。思い出すだけで背筋を冷気が走るようなあの殺気。もしかしたらあれこそがイリスの復讐の相手なのかもしれない。


(だとしたら取り逃がしたのは手痛い失敗だな。追う術がなかったとはいえ、知っていればもっと他の方策が取れたかもしれねえし)


 どちらにしても今の俺には情報が不足している。

 全てはイリスに再会してから聞き出すことにしよう。


 今はただ一つ。何者かが俺達を嵌めようと画策していることだけ理解していればいい。


 すでに死んでいた酒井達、部屋で俺を襲った鬼面、早すぎる騎士の対応、それらから判断するに何者かの意思がそこに介在していることは疑いようのない事実だ。そして、その理由もまた明白。この一連の事件を計画した奴は酒井達を殺害した罪を俺達に被せようとしたのだ。


 何か得たいの知れない何かが、俺の知らないところで蠢いている。

 そんな気持ちの悪い感触が確かに残っていた。


「どっちにしろ、舐めたことしてくれたツケは払ってもらうがな」


 空の右手を握り締める。やり場のない怒りを握り潰すように。

 酒井達を殺すのは俺の役割だった。俺の悲願だった。俺の復讐だった。だというのに訳の分からない連中にそれを横から奪われたのだ。これで黙っているようなら俺は今まで何の為に生きてきたのか分からない。これは俺の存在理由とも言うべき案件だ。絶対に退く事だけはできない。例え、鬼面がイリスの復讐の相手だったとしても。


「その辺もまた話さないとな……っと」


 つらつらと考え事をしていたせいか、思ったよりも早く集合場所に着いた。旅の途中で立ち寄った休憩地点。穏やかな川が流れる川沿いにはいくつかの流木が横たわっており、その影でイリス達が休んでいやしないか逐一確認していく。だが……どこを探してもイリス達の姿はなかった。目立つはずの馬の姿もだ。


「まさかもう行っちまったのか? まだ時間はあるはずだが……ん?」


 周囲を探索していると、気になるものを見つけた。

 それは川の本流から少し離れたところに位置する湿地にあった奇妙な足跡だ。足跡というよりは蹄の跡といったほうが正確かもしれない。その足跡が無数に東へと伸びているのだ。何があったのかを想像するのは容易い。


「ちっ……まずいな」


 恐らくこれはイリス達にかかった追っ手の足跡だ。俺を待つ暇がないほどの切迫した状況だったのだろう。だとしたら俺も急いで後を追わなくては。

 しかし……まさかこんなところまで追っ手が来ているとは。多分、王都を出る際に無茶をしたか、姿を見られたのだろう。俺も油断はしてはいられないようだ。


 周囲に注意を向けながら走る。馬と人間の足では勝負にならないことなんて分かってはいたがどうしても動かずにはいられなかった。今、こうしている間にもイリス達へ魔の手が伸びようとしてるのだ。暢気に歩いてなどいられない。


 ──頼む、どうか近くに居てくれッ!


 そんな俺の祈りが通じたのか、少し進むと誰かの話し声が俺の耳に届いた。

 その音を頼りに、生い茂る木々を縫って進むとやがてその一団が視界へと写った。


 数は七人。だが、その誰もがイリス達ではなかった。伸ばし放題の髭に、小汚い服、それに手に持っている切れ味の悪そうな大振りの剣はどう見ても盗賊団のそれだ。それが都合六人。中心にいる一人の旅人風の女を取り囲むように広がっている。


「へへ……ほら、脱げよ。言う事聞いてりゃ命だけは助けてやっからよ」


 その中の一人、一際大柄な男が下卑た笑みを浮かべて女性に迫る。傍で見ているだけで眉を潜めたくなる醜悪な要求だ。おそらく金銭目的で近づいた後、女性だと気付いて下らない考えに至ったのだろう。

 男たちの野獣のような目に晒された女はしかし、それらをまるで歯牙にもかけていないかのような明るい態度で"笑みを浮かべた"。


「わぁ、もしかして貴方達、くろと遊んでくれるの? だとしたら嬉しいなー、最近つまんないお仕事ばっかりで退屈してたところだから」


 にこにこ、と曇りのない真っ直ぐな笑顔で男たちを眺める女性。そのどこか間延びした喋り方はまるで幼い子供のようでもあった。そして、背中に吊るしていた棒状の布を掴んだと思うと……


「あはっ……それじゃ、行くよっ!」


 一閃ッ!

 目にも止まらぬ速さでその棒を真横へと振り抜いた。まるで物干し竿のような長さの棒を軽々と扱うその膂力だけでも驚愕だが、それによって起きた現象はそれを凌駕していた。


「あ……?」


 男は呆然と声を漏らし、"視線を上げ"、己の下半身を見つめた。

 地面に落ちた上半身は腰のところからざっくりと切り飛ばされており、誰の目から見ても致命傷だった。そして、それを行ったのは……


「あれ……? 何でかわさなかったの? そうしたらもっと長く遊べたのに」


 目の前で小首を傾げる女性だった。

 美しく燃え盛るような真紅の髪を揺らし、周囲の男たちへと改めて視線を向ける。次は誰が遊んでくれるの? と、その澄んだ藍色の瞳が語っていた。


 その尋常ならざる雰囲気に圧され、たじろぐ男たち。そこからは一方的な虐殺だった。女が手を振るうたびに死体がひとつずつ増えていく。物干し竿と勘違いしそうなそれは馬鹿馬鹿しいほど長い大太刀だったのだ。


「あはははははははっ!」


 殺し、殺し、殺し、鏖殺しながらその女は笑い声を上げていた。

 まるで仲の良い同級生とお喋りする女子高生のように。楽しくて楽しくて仕方がないと、止まらない嘲笑を上げ続ける。


 その余りにも異常な光景を前に俺は完全に硬直してしまっていた。助けに入るべきかどうか悩んでいる間に行動する機を失ってしまったのだ。そして、盗賊の男たちを全て殺し尽くした後、その女性は"こちらを向いて"笑ったのだ。


「ねえ、そこにもいるんでしょっ。こっちにおいで、一緒にあそぼ♪」


 その瞳はどこまでも美しく、澄んでいた。吸い込まれるようなその光に誘われ、悟る。


 ──自分がもう取り返しのつかない事態に巻き込まれているのだということを。

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