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不死王と七つの誓い  作者: 秋野 錦
第三部 王都暗殺篇

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「ライバル」

 ようやく取り出した俺の剣に、拓馬は小さく、静かに、だけど確かに……

 ──頷いてみせた。


 それでいいのだと。そう言われた様な気がして。

 駆ける互いの足音だけは鼓膜を揺らす戦場で、俺達は激突した。


「おおおおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉッ!」

「らああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁあッ!」



 ──ッッッギィィィィィィィン!!!



 一際高く鳴る金属音がその衝突の激しさを表していた。

 俺も、拓馬も、互いに全力。最初の一合は技もへったくれもない力と力をぶつける力比べから幕を上げた。


「ちぃッ!」


 拓馬の剣を溶かし斬れないことに思わず舌打ちが漏れる。

 一体どんだけの魔力をつぎ込めばこれほどの強度、存在感を持つ物質を作り出せるというのか。これは間違いなく拓馬の作れる最強の刃だと直感する。俺と同じく拓馬もガチだ。ガキの喧嘩なんてレベルではない、本物の戦いだ。


 お互いの力が拮抗しているのを見て、即座に方向性を変えたのは拓馬だ。

 力押しを諦め、上段に構えた袈裟切り、振り下ろしてからの逆袈裟切りと連続で斬撃を放ってくる。その一撃一撃がとてつもなく重い。物質量的にも重い大剣を使っているのだから当然だが、気を抜けばその瞬間に斬り飛ばされちまいそうだ。


 俺の灼熱の剣が半物質とも言うべき性質をしているせいか、反動はそこまで来ないのだけが救いだ。それでもその一撃一撃の激しさは肌が感じる衝撃から、鼓膜が震える振動から、眼前で散る火花からその存在を主張してくる。


 ──このままだと押し切られる。


 咄嗟にそう判断した俺は半歩ほど引いて拓馬の太刀筋をずらし、一気に後退を始める。ともすれば逃げたとも取れる形だが、これは戦略的撤退だ。何も拓馬の得意な剣術勝負に付き合ってやる意味はない。

 荒削りだが、才能を感じる太刀筋は確かにルーカスさんに見込まれただけのものはある。だが、戦いとはそれだけで決まるほど単純なものではない。


「はあッ!」


 呼気と共に炎を広範囲に展開する。空気すら揺れるほどの熱量は一時的に拓馬の瞳を焼き、視界を奪う。その内に近くの建物を配水管や窓のサッシなどの足場から上っていく。ひとまず一呼吸置いてやり直そうという魂胆だ。


「逃がすかよッ!」


 拓馬は俺の動きに誘われ、同じように屋根の上へと移動してくる。

 これで足場の悪い環境へと拓馬を誘い込むことが出来た。

 俺がここに避難したのには理由がある。


 俺が旅の間に温めていた"新技"を披露するにはこの場所こそが絶好のポジショニングだからだ。鬼面に襲われたときには室内という狭い空間だったが故に使えなかった新技。上にも横にも障害物のないこの屋根上というフィールドなら何の不満もない。足場が悪いというのも俺に有利に働くだろう。

 残る問題はどうやって拓馬との距離を縮めるかだが……


「──生成ッ!」


 足場の悪さは拓馬も理解しているところ。乱戦の形になる近接戦よりは飛び道具に頼った方がいいと判断して弓と矢を生成した拓馬は弦が千切れそうなほど強く引き絞り……


 ──バシュッッ!


 まるで弾丸のように風を置き去りにした一撃を放ったみせる。

 アゲハの光弾に比べれば速さも威力も大した脅威ではない。とはいえ、だからといってそれに対処できるかと言えばそれもまた別の話。

 何とか剣で弾こうと振るっては見るがタイミングが合わず、左肩に強弓が着弾してしまう。


「ぐッ!」


 抉られる肉に、飛び散る血液。

 鏃が肉に食い込むのが分かった。再生するためにはまず、傷口から異物を取り除かなければならない。矢を掴み、一息に引き抜くと同時に更に血液が飛び散って足元を塗らす。


 正直、拓馬の弓による攻撃は完全に予想外だった。剣一筋かと思いきや弓まで練習していたなんてな。これだけの威力と正確性、一朝一夕で身に付くような技能ではない。


(ちくしょう……やっぱりすげえな、拓馬は)


 思えば昔からそうだった。

 中学時代、父親がいないというコンプレックスからやんちゃしていた俺は同じ境遇にある拓馬と色々バカなことをやった。今思えば若気の至りなんて言葉を使うにも恥ずかしい黒歴史だが、あの時から拓馬は俺の一歩先を行っていた。


 喧嘩も、度胸も、俺なんかよりよっぽど上等なものを揃えていた。

 それが悔しくて、負けたくなくて……



 ──ああ、そうか。



 やっと分かった。

 ずっと分からなかった俺と拓馬の関係性を示す言葉。

 俺はきっと、拓馬のことを……



 ──ライバルだと……思っていたんだ。



「ははっ」


 今更気付いた感情に思わず笑みが漏れる。

 そうだ。そうだったんだ。拓馬に感じる気持ちはきっと、そういう意味を持っていたんだ。負けたくない、譲りたくない。拓馬を前にするといつも口調がぞんざいになってしまうのを自覚していた。それもこれもずっと前から変わらず、拓馬のことを越えてやりたい壁として認識していたからこそのことだったんだ。

 まるでスローモーションのように流れゆく視界の中で俺は自分の心を自覚した。そして……


 ──視線を拓馬へと向けた瞬間に、俺の足元が音を立てて滑り落ちた。


 俺の血に塗れた屋根の一部が潤滑剤の役割を持って俺の足を滑らせたのだ。一瞬で傾く視線の中、拓馬が弓から剣へと持ち変えるのが見えた。


 刹那の隙を逃さない正しい判断だ。

 今の俺には拓馬の剣を受けきれる体勢にはない。今を勝機と見て、即座に距離を詰めた拓馬の判断はどこまでも正しい。

 勝利を掴むことの出来る人間と、出来ない人間の違いは"踏み込めるかどうか"にあると俺は思っている。商機にしてもそうだ。訪れた機会を一度で掴める人間こそが成功を収める。


 そういう意味では間違いなく拓馬は強者だ。

 敏感に勝負の時を見抜き、行動できるその判断力は見事の一言。


 まさしく、拓馬は戦闘に関する天稟を持っている。

 斜めにズレた視界の中、俺は拓馬の才能を悟り……


「やっぱりな。お前ならこの瞬間に"踏み込んでくれる"と思ってたぜ」


 歪む口元と共に、勝利を確信した。


「────ッ!?」


 拓馬も俺の醸し出す空気に察したのだろう。

 自分がこのタイミングでこの距離に誘い込まれたのだと。

 だが、もう遅いッ!


「ふッ!」


 大地を踏めない足を完全に浮かせ、体を宙へと躍らせる。

 ここからだ。ここからが俺の新技の真骨頂。


 魔力を込めるのは右足、その踵付近。

 俺はずっとずっと考えていた。


 かつてイリスに言われた言葉、魔術の真理について。

 灼熱の剣という性質、その本質を。


 俺の禁術は常に剣という形で顕現していた。灼熱の剣という魔術名からも分かるとおり、この魔術の性質は炎であり、剣だからだ。

 だけどそこにこそ最初の落とし穴が存在していた。剣という形に定義付けされていた俺の魔術は限られた範囲でしか使うことが出来なかった。それもそのはず。剣というのは射程が限定された定型武器なのだから。


 だから灼熱の剣はさきほど拓馬がそうしたように、剣で受けようと思えば受けることが出来る。その熱量に耐えられる材質の剣がどれほど存在するかを考えれば滅多にない現象ではあるが、確かに受けとめることは可能なのだ。


 これは灼熱の剣という魔術が剣という性質を持っているが故の炎の半物質化現象とも言うべき機能だ。だが……もし、この魔術が本来俺のようにただの剣として使うだけの魔術であるのなら、"炎"という性質は必要にならない。ただよく斬れる剣で事足りてしまうからだ。


 だとするならば、灼熱の剣の機能とは、その真理とは……炎と剣、その二面性にこそこの魔術の真髄は存在していたのだ。

 つまりは俺が見落としていた"炎"の性質、その機能。

 それこそが俺の新技を形作る核となる要素だ。


 本来、炎に形などない。

 剣という形に収めたのは剣という形で運用するための仮の姿。もっとも使いやすく、攻撃手段として一般的な剣という形に定義付けしていたに過ぎないのだ。


 ならば……この魔術から、剣という定義を省き炎の性質をより強めた形で運用すればどうなるのか? その答えがこれだ。


 踵を噴射口として噴き出すのは炎の奔流。

 ニュートンの第三法則によって推進力を生み出すこの技には燃料も、発火剤も必要ない。灼熱の剣という魔術は通常ではありえない物理現象を生み出す。事象具現型の魔術だったからこそ可能となったこの技に名前をつけるとするならば……



「──炎舞(レーゼン)ッ!」



 赤く、紅く、朱く……満月を描くかのような形で空を舞うのは真紅の軌跡。炎の推進力を乗せた回し蹴りは空中にあることなどお構いなしに勢いそのままに拓馬へと迫る。

 咄嗟の判断で防御に剣を使ってみせるが……この一撃はさっきとは比べ物にならないほど速く、重い。当然だ。人の腕力で振るう一撃と、ロケットの発射にすら使われるほどの物理現象、どちらがより強力かなんて考えるまでもない。


「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!」


 咆哮と共に全力の一撃を振りぬく。


 ──バキィィィッッッッ!


 派手な音と共に周囲に飛び散る破片は拓馬の剣だったものだ。さきほどの一撃では焼き切ることはおろか、刀身に食い込むことすらなかったというのに炎舞の一撃はまるで飴細工を砕くかのような呆気なさで拓馬の剣を粉々に砕いて見せた。


「おっ、と……ッ」


 振り抜いた一撃。その余りの勢いに俺は着地することすら満足に出来ず、無様に屋根の上を転がり落ちる。何とか勢いを止め、這うように屋根にへばりつく姿はどう見ても格好悪かったが、まあ、仕方がない。炎舞はまだ開発したばかりの新技なのだ。どうしたってコントロールが甘くなる。


 心の中で言い訳しながら拓馬を見ると……そこには呆然とした様子で肩を押さえ、その場に膝を付く拓馬の姿があった。直撃はしなかったとはいえ、あの一撃を剣で受けたのだ。肩の一つや二つは持っていかれてもおかしくない。


 それよりも気になるのは、頬についた破片傷だ。結構深く刺さったのか、ダラダラと血が流れているが拓馬は気にする様子がない。というか……


「おい、大丈夫かよ。お前」


 余りにも気の抜けた顔に心配になってくる。まさかとは思うが、今の一撃に魂もって行かれたんじゃないだろうな。


「……は、はは……マジかよ。この剣、相当魔力込めて作ったはずだったんだがな……これを圧し折っちまうのかよ……」


 俺の問いかけを無視し、力なく笑う拓馬はやがて根元から折れた剣を粒子に変え、ゆっくりと立ち上がった。右肩が動かないのか、だらりと右腕を垂らしたまま俺を真っ直ぐに見つめた拓馬は、


「何で俺を狙わなかった」


 詰問するかのように、俺へと問いをぶつけてきた。


「さっきの一撃。お前、剣を狙って放っただろ。最初から俺を狙ってればきっと俺は防ぐことすら出来なかったはずだ。なのに……答えろ、カナタ。何で俺を狙わなかった」

「……そんなの、言わないと分かんねえのかよ」

「分かるわけねえだろ、答えろ」


 言葉にしなければ伝わらないなんて、本当に現代日本人かよお前。そこは空気読むところなんじゃないのかよ。はあ……言いたくないけど、言わなきゃ立ち去れない雰囲気だよな、これ。

 現代日本人であることを自負する俺は空気を呼んで、重い口を開く。


「……んなもん、お前が死んだら嫌だからに決まってんだろ」


 搾り出した俺の台詞に、拓馬はぽかんとした表情で俺を見た。

 くそ……だから嫌だったんだよ、言うの。

 俺だって分かってんだよ。クラスメイトを殺そうとした人間が今更何言ってるんだってな。それに、それだけじゃない。俺が拓馬を殺したくないと明言するということは……


「何だ、それ。それじゃあこの前俺を殺そうとしたのは……」

「……………」


 そう。この前の一連のやり取りが俺のハッタリだったということを白状したに等しい。拓馬は成績こそ悪いが馬鹿ではない。俺が何でそうしたのかもきっとすぐに悟るだろう。

 だが、今ここでそれを追及されるのだけは嫌だ。きっとお互い気まずくなるだけだしな。ここはさっさと退散することにしよう。


「おい、カナタ。待てよ」

「……何だよ」


 ふらつく体を起こし、立ち去ろうとしたその瞬間、拓馬の静止の声がかかった。正直、顔すら見たくなかったが拓馬の声に少しだけ振り向くと空を舞う細長い何かが視界に写る。

 反射的に手を伸ばし掴んだそれは剣というにはやや刀身の短い短剣だった。


「これは?」

「王都の鍛冶師に頼んで作らせたものをオレが打ち直した一振りだ。元が実際の物質だから魔力なしでも形を維持することが出来る。餞別代りだ。持っていけ」

「……いいのかよ、こんなの貰って」


 鞘から抜いた短剣は軽く弧を描くように反り返っており、見事な刃文を朝日に反射させていた。片刃のようだし、これは短剣というよりは小太刀に近い。


「ああ。お前の使ってたナイフ、あれ安物だろ。使ってたらすぐに折れるだろうし持って行けよ。強度と切れ味はオレが保障するぜ」

「…………」


 正直、これを受け取るのは抵抗があった。

 裏切った仲間から、しかも怪我までさせてしまったというのにこんなものを貰う資格が俺にあるのか。そのことが脳裏をよぎったのだ。だが、拓馬は俺の逡巡すら見抜いていたらしい。


「……これはオレが吹っかけた喧嘩だ。負けて何も失わないなんていくらなんでも虫が良すぎるだろう。オレの命の代わり、言うなら勝利品だよ。お前が気に病む必要はない。それに……粗悪品掴まされたせいで負けましたなんてなったら堪らねえからな。いいか、次にやる時まで絶対に誰にも負けんじゃねえぞ」


 そう言ってその場に腰を下ろす拓馬。どうやら「お前を倒すのはオレだからなッ!」ってことらしい。戦ったばかりだというのにもう次の催促をしているあたり、こいつからも戦闘狂じみた匂いを感じるぜ。

 でも、まあ……


「そこまで言うなら貰っておいてやるよ。悔しかったら取り返してみろ。俺に勝ったら返してやる。それが出来ればの話だからな」


 拓馬に対してだけは言い返してやらねば気が済まない。

 せいぜいこの負けを悔やんで毎夜毎夜枕を濡らせばいい。ざまみろ。


「じゃあな」


 どちらともなく最後に別れの言葉を贈り、俺達は別れた。

 確かに感じる重みを手元に感じながら。


 さて、こいつをどこに装備したものかと考え、ふと気付く。

 どうしてアイツはこれを最初から使わなかった? それほど良い武器なら使えば良かったのに。というか重量級の武器を好むあいつにしては武器のチョイスがおかしい気がする。いつでも武器を作れるのに、こうして持ち歩く意味も大してないだろうし……。

 そこまで考えて一つの結論に俺は行き着く。


「……あんにゃろう」


 今頃同じように赤面しているであろう拓馬に悪態が漏れる。

 つまり、まあ……俺も拓馬も素直じゃなかったってことだ。


 もしかしたらこういう関係をまさにライバルというのかもしれないな。

 なんて、朝焼けに包まれながらそんなことを思った。

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