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不死王と七つの誓い  作者: 秋野 錦
第三部 王都暗殺篇

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「やりにくい相手」

「──生成ッ!」


 叫ぶ拓馬の宙に掲げた手にはさきほどまで存在しなかった大剣が握られている。ぎりぎりまで武器を温存していた拓馬の一振りは狙い違わず馬の腹部を目指し急降下してくる。


 こんなところで馬を失う訳にもいかず、俺は咄嗟に懐から取り出したナイフで受けるが片手だったことに加え、体勢が悪かった。拓馬の渾身の一撃を受けきれず俺は叩きつけられるように落馬してしまう。

 当然、俺に引っ付いていた二人も巻き添えを食らって地面に降ろされるがそこは上手いこと着地して即座に態勢を立て直していた。


「ぐっ、てめえ……何のつもりだ、拓馬ッ!?」

「何のつもり? 今の見てまだ分からねぇのかよ。随分暢気なこと言ってんな、カナタ」


 拓馬はゆっくりと俺の正面に回りこみながら油断なく剣を構える。

 その一連の動作だけで今日まで拓馬がどれほど修練を重ねてきたのかが分かった。まるで本物の騎士のように、堂に入ったその立ち姿に思わず感嘆すら漏れそうになる。だが、感心ばかりはしていられない。今の俺にはどうしても時間が必要なのだから。


「素直に行かせてくれる……わけねえよな、やっぱり」


 俺の問いに無言で切っ先をこちらに向ける拓馬。

 どうやら先日のような甘さはもうないみたいだな。それを諭した俺がこうして剣を向けられているのだからなんとも笑えない。こいつは先日の件で目が覚めたのだろう。自分が今、どこにいるのかを。


 だとしたらとてつもなく厄介だ。

 元々クラスメイトの中でも拓馬が一番喧嘩慣れしている。戦闘経験だって他の比ではないだろう。やろうと思えば……拓馬は人だって刺せる。そのことを俺は誰よりも良く知っていた。


「……イリス、ステラを連れて先に逃げろ」

「カナタ?」

「こいつは俺がここで食い止める。俺もすぐに後を追うが、もし遅れるようなら先にケルンへ行ってろ。カミラ達を頼るんだ。あいつならきっと悪いようにはしない」


 拓馬は一筋縄でいくような相手ではない。

 性格的にも、能力的にも。彼は俺と同じ、天権保持者なのだから。


 だからこそ俺は先にイリス達を逃がすよう算段を立てる。優先順位は間違えない。今は二人の安全を確保するのが先だ。彼女達は俺に付き合ってくれただけなんだ。何かあったら俺は俺を許すことが出来ないだろう。


「俺なら大丈夫。俺が死なないことくらい、お前が一番良く知ってんだろ?」

「カナタ……」


 本心ではイリスも俺と一緒に逃げたかったのだろう。だが、立ちふさがる拓馬に制限時間、そして消耗している自分たちがどこまで戦えるのかを考え……


「……分かったわ」


 やがて、頷いて手綱をしっかりとした手つきで握り締めた。


「半刻だけ、前に休憩した川の近くで待ってる。だから……早く来るのよ」

「ああ、約束だ」


 最後に言葉を残し、ステラと共に遠ざかるイリスの姿を横目に見る。

 もしかしたらこれが今生の別れになるかもしれない。なんて、少しだけセンチメンタルな感情に浸されながら。


「……女を逃がすため自分が戦う、か。相変わらずそう言うところは変わってないんだな。お前」

「わざわざ見逃してくれたお前も大概だろうが。さっさと斬りかかってくればあの二人も捕まえられたかもしれねえのによ」

「用があるのはカナタだけだ。他の二人は正直どうでもいいんだよ」


 真っ直ぐに俺を見つめる拓馬は文字通り俺しか見えていないようだ。

 だが……となるとどういうことなんだろう。王城で騒ぎを起こしたのは俺達三人だ。優先順位と言うならその三人のどれもは変わらないはずなのに俺だけを狙ってくるとは。


「何? もしかしてお前、俺のこと大好きなの? マジ勘弁してくれよ。どうせストーカーされるなら女の子が良かったんだけど」

「減らず口が。お前みたいな軟弱野郎に熱を上げる女がいるか」

「いるかもしれねえだろうが。決め付けんな。それに拓馬よりは女っ気があるつもりだぜ? お前、昔からガサツだからな。その性格を直さないことには何も始まらないだろうよ。つか、お前好きな奴とかいるのか? 高校生にもなって初恋知らずなんて言うなよ?」

「……うるせえ。別にどっちだっていいだろ、んなこと」

「え……何、その反応。もしかして好きな奴いたの? 知らなかった。誰? 同じクラスの奴?」


 半分本気で気になる拓馬の恋愛事情を問い詰めながら、俺はゆっくりと立ち位置を変える。拓馬と戦うことになるのだけは御免だからな。適当なところで隙を見て逃げ出そう。

 周囲に視線を送り、丁度良さそうな逃走経路を発見したところで……


 ──ヒュッ!


 拓馬が素早い動作で放った短剣が風を斬りながら襲い掛かる。

 右手に持っていた大剣ばかりに注意が向いていたせいでその攻撃に一拍遅れが生じてしまった。ナイフで弾き、再び拓馬へと意識を戻したときにはすでにもう、


「逃がすかよ、舐めんなッ」


 眼前に、拓馬が迫っていた。

 振り下ろされる大剣をナイフを使って受ける。ガインッ、という鈍い音と共に体中を走る衝撃が拓馬の一撃の重さを物語っていた。


 何度も受けるわけにはいかない。

 咄嗟にそう判断して後退する俺に今度は拓馬の右ひざが食い込んでくる。


「ぐッ、ふ……っ!」


 的確に急所を潰す膝蹴り。剣術に織り交ぜ放たれる喧嘩流の体術は予想がつきにくく、受けようにも受けられない。俺も拓馬も共に近距離専門のファイターだが、向こうの方が上なのはすぐに分かった。

 前から喧嘩では拓馬に勝てなかったしな。急に勝てるようになるわけもない。


(ちっ……だからこいつとはやりたくねえんだよ)


 なんとも言えないやりにくさ。

 地面を転がるフリをしながら拾った砂を目潰しに投げてみるが、それも読まれていた。服の裾で払われ逆に、反撃を許してしまった俺は大剣の膂力に押されじりじりと後退を迫られる。


「お前のやりそうなことは全部見当がついてんだよッ!」

「ぐ……調子に、乗るんじゃねぇッ!」


 深く鋭く、反撃の一撃を拓馬の肩口に向けて突き出す。

 朝日を受けて反射するその白銀の一撃を拓馬はくるりと反転した剣の裏で受ける。軽く飛び散る火花に混じり、拓馬は滑るように刃をナイフの上で転がしてくる。


 ナイフという形の特性上、鍔迫り合いには持ち込めないことを見越しての反撃。つまり、用意していた一手だったのだ。

 気付いた時にはもう遅い。

 鋭さとは反対の滑らかな動きで迫る剣に手首を強かに打ち付けられ、ナイフを手放してしまう。


「勝負アリ、だな」


 拓馬は呟き、剣を引いた。


「……何のつもりだ。何で止めを刺さない」


 俺は戦いを"峰打ち"なんかで終わらせやがった拓馬に向け、隠さない怒気をぶつける。こいつは俺を本気で止めに来たのだと思ったから。そのためにこそ、俺の前に立ち塞がったのだと思ったから。

 だが、それに対する拓馬の答えはどこまでもあっけらかんとしたものだった。


「オレはただやられっぱなしで終わらせたくなかっただけだ。お前が何をしようとしていたかは吉本から聞いた。だがな、そんなことオレには何の関係もねえんだよ。オレは単純にお前の悔しがる顔を見るためだけにここまで来たんだからな」


 手をひらひらと振って、挑発するような態度で珍しい笑みを浮かべる拓馬。

 いや、ような。じゃないな。完全に舐めてやがる、こいつ。


「……言っとくが。こっちだって本気じゃなかったんだからな」

「言い訳は見苦しいぜ。"向こう"だったら今の結果が全てだろうが」


 向こう。つまりは元の世界でなら武器を取り上げられた時点で決着だと、拓馬はそう言っているのだ。


「だが、今は"こっち"で生きてんだぞ。武器がなくなった程度で簡単に諦めるようならとっくに死んでる。いくら死なない俺でもな」

「だろうな。もうガキの喧嘩で済むようなレベルの話じゃない。そんなことは分かってんだよ」

「……拓馬?」


 俺の言葉を肯定する拓馬は、しかしそれでも尚、抗っているように見えた。

 俺が捨て去った、過去の輝きを取りこぼさないように。


「分かってんだよ。お前はもうこっちで生きてるってな。そうなる前に止められなかったのが情けねえぜ。だけどよ……どうしても忘れられねえんだよ、オレは」


 拓馬は悲痛な顔で俺に向け、訴える。


「もう間に合わねえのか? もう元には戻らねえのか? お前は……本当にそれでいいのかよ?」

「…………」


 言葉足らずの拓馬の言葉。

 だが、その台詞は間違いなく俺の心に届いていた。

 戻ってこいと。もう一度やり直そうと。拓馬はそう言って俺の手を引っ張ろうとしている。恐らく、光差す彼らの道へと。散々悩んできた選択。だが、こうして呼びかけられることは初めてのような気がする。


 俺だって考えなかったわけではない。

 もう一度あの日々を、と。

 だが、


「……壊れたものはもう、元には戻らない」


 失った者は還ってこない。

 壊れた器は二度と元の形には戻らない。


 つまりは、ただの現実だ。

 それに気付いてしまった、直面してしまった以上もう演技は続けられない。舞台の上で踊り続けるピエロには、戻れない。


「お前の気持ちも分からないじゃない。確かに拓馬の言うとおり、俺だって元に戻せるものなら戻してえよ。だけどな……どうしたって無理なんだよ。俺達は過去には戻れない。過去を引きずったまま生きていくしかねえんだよ」


 拓馬は知っている。

 人と人との関係というものがいかに脆いものなのかということを。

 父親に捨てられ、友人と呼べる者も作れず、ただ社会の中で孤立するしかなかった拓馬はそれを痛いほど理解している。


 俺だってそうだ。誰だってそうだ。

 進学、就職、そうやって大人に近づくにつれ俺達は色々なものを失っていく。それは仲の良かったはずの友人であったり、選べたはずの未来だったり、かつて抱いた夢だったり。


 そういう理想って奴がどれほど脆いものなのか、俺達は知っている。

 だからこそ求めてしまうのだ。それがたった一瞬に過ぎない輝きなのだとしても。期限付きの、いつかは醒めてしまう夢だとしても。


「……昔からお前はどっか達観したところがあったけどよ、いくらなんでも諦めが良さ過ぎんだろ」


 ぽつりと、拓馬の口から寂しげな声が漏れた。

 俺達の間には友情なんて脆いものは存在しない。あるのはただ、お互いを認めたくないと言う醜い競争心と、同族嫌悪の僻みだけ。だが……この時だけは、不思議な思いやりを感じずにはいられなかった。


 拓馬はただ純粋に俺のことを心配してきてくれたのだと、疑うことなく信じることができた。だからこそ、申し訳ない気持ちもあるけどな。俺はどうしたってそっちにはいけないのだから。


「俺を待ってる奴がいる。そいつらの為にも俺は立ち止まることなんてもう許されないんだよ。全て、俺が始めたことだからな」

「……そう、か」


 瞳を伏せた拓馬はやがてゆっくりと面を上げ、


喧嘩(せっとく)で駄目なら……もう、戦争(これ)しかねえか」


 実力行使で来ると、宣言するのだった。

 その瞳に宿る鋭い光を見た瞬間に悟る。拓馬も今、捨てたのだと。


 それは二律背反と言うにふさわしい矛盾の再現だ。

 こいつは俺を日常へと連れ戻すため、自ら非日常へと足を踏み入れることを決意したのだから。どこまでも愚かしく、優しい決意。


「ははっ……お前かっこ良過ぎんだろ。俺が女なら惚れてるぞ」

「気持ち悪いこと言ってんじゃねえ。いいか、オレは本気だからな。お前の手足の二、三本は本気で取りにいくぞ」

「ああ。分かってるって、そんなこと」


 お前の目を見た瞬簡にな。

 俺にとってこれは最悪の展開だ。難敵が更に深く覚悟を決めやがったんだからな。普通に戦っても勝てなかった相手が本気になった。それはもう、絶望的な状況だ。

 だというのに……


 ──俺は今、嬉しくて仕方がなかった。


 宮本に続き、拓馬まで俺と同じ位置まで堕ちて来てくれたのだから。しかもその理由が俺の為ってのが更に泣かせやがる。本当に……俺は良い友達(バカ)を持ったもんだよ。

 静かに戦いへと望む拓馬を前に、俺は……


《剥奪者よ、賊心あまねく現世(うつしよ)よ、骨肉排して慈悲を請え。刃は救いに非ず、その身を焦がす焔に同じ。然れば……我此処に、愚者の理を顕す──》


 敬意にも似た気持ちを持って、その剣の名を呼んだ。


《出でよ──灼熱の剣(レーヴァテイン)!》


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