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不死王と七つの誓い  作者: 秋野 錦
第三部 王都暗殺篇

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「幇助」

 王城の周囲には城壁が張られており、その壁をくぐるには正門と裏門に用意されているたった二つの門を通るしか方法はない。例外としてかつてリンドウが変身した姿で城壁をよじ登ってきたがそれも俺達には出来ない芸当だ。

 つまり、王城から逃げようと思えば正攻法に頼るしかなく、逃走経路として俺は裏門を予定していた。先行させていたステラと合流し、警備の騎士を倒して城下町に逃げ込むまではよかったのだが……


「くそっ……警備の手が早すぎるだろッ!」


 裏道から飛び出してくる騎士を迎撃しながら走り続ける。散発的に現れる騎士を見るにまだ包囲網は完成していないのだろう。だからと言って油断できる状況ではないが。


「……確かに。これは少し早すぎるわね」


 俺のぼやきに釣られてか、イリスも形の良い眉を潜めて疑問を口にする。


「私達の動きを知ってからの対応にしては迅速すぎる……カナタの前に現れた鬼面にしてもそうだし、どうやら私達は誰かに嵌められたみたいね」

「は、嵌められたって誰にです?」

「そこまでは分からないわ。でもそう考えるとこの状況は最悪に近い。嵌める準備をしていたってことは手抜かりなんて期待できないでしょうし」

「そ、そんな……」


 イリスの分析に、青い顔を作るステラ。

 確かに鬼面の現れたタイミングといい、俺達の動きを事前に知っていたとしか思えないこの一連の流れには何か作為的なものを感じずにはいられない。

 だとするならば……やはり一番怪しいのは宮本達だ。俺達の動きを知っていたし、先回りすること自体はそれほど難しくないだろう。

 だが……


(それだと鬼面に説明が付かないんだよな)


 実際に手合わせして感じたのは洗練された戦闘技術。この世界に来てたった二ヶ月程度の技量には到底思えない。だとするならばあれはクラスメイトに関係のない勢力ということになるが……そうすると、今度はなぜ警備の厳しい王城へ侵入できたのか分からなくなる。


 それにそもそも、動機が分からない。

 俺達を止める為ならば、酒井達を殺す必要なんてどこにもないのだから。


(そう考えると狙いは俺じゃなかった、とか?)


 もともと酒井達を狙っていた勢力がいて、その襲撃タイミングに俺達が偶然居合わせたというのは……いや、ないな。偶然にしては出来すぎている。


「あーもう! 分からねえことが多すぎる!」

「そうね。考えるのは後にしましょう。今は……目の前の障害に集中するのよ」


 そう言って急ブレーキをかけるイリス。揃って立ち止まった俺達の前に立ち塞がるのは小隊規模の騎士達だった。


「ぐっ……一体何人いやがるんだ」

「少なくとも動ける人間は全て動いているのでしょうね。あまりここで時間はかけてられないわよ、カナタ」

「分かってる、こっちだ!」


 叫び、走る。一人一人倒している時間なんてないからな。出来るだけ人の少ない道を選び、交戦を避けながら進む。後ろから追いすがる騎士達のプレッシャーは半端ないが、休んでいる暇はない。

 薄っすらと空を染め始めた朝焼けの中続いた追いかけっこは唐突に終わりを迎えた。


「行き止まりですっ!」


 ステラの悲鳴のような声が響き渡る。最早行き先すら分からなくなるほど滅茶苦茶に逃走していたせいで、袋小路に追い詰められてしまったのだ。


「どうするの、カナタっ!」

「……ッ、俺が時間を稼ぐ! お前らはその内に逃げろ!」


 追い詰められた俺が決断したのはまず、二人の安全確保だった。

 俺一人ならどうとでもなる。最悪捕まったとしても……


「カナタっ! 駄目っ!」


 そんな俺の決意を悟ったのか、イリスが俺の腕を引き一緒に逃げようと主張する。そして──その一瞬が命取りだった。

 イリスの懇願に俺は迷ってしまった。二人と共に逃げるか、ここで俺が追っ手を食い止めるかを。そのせいでもう手遅れになるほど騎士達の接近を許してしまっていた。

 包囲するように展開した騎士達を相手にするには俺の手が足りなさ過ぎる。近距離技しかない俺には二人を守りながら戦う術はないのだ。


「イリスっ! ステラっ!」


 正面の騎士を相手にしている内に左右からそれぞれ襲い掛かる騎士。俺に出来ることは両手に二人を抱え込み、刃から隠し通すことだけだった。その結果……


「カナタッ!」


 肉に深々と食い込んでくる剣が、脳髄に激痛を叩き込んでくる。砕けんばかりに歯を食いしばって耐えるがそれも長くは続かない。俺の肉体は鉄でもなければ鋼でもない。刃を防ぐには余りにも脆弱に過ぎたのだ。


 ──このままでは二人を守れない……。


 脳裏に走るのは無力感。そして、恐ろしいまでの恐怖だった。


(また……俺は一人になるのか?)


 それは死ぬ恐怖ではなかった。

 失う恐怖。大切な人を取りこぼす恐怖だ。

 だが、今の俺にはその恐怖を取り除く力すらなくて……やがて振り下ろされる刃を傍観することしか出来ず、そして──


「水精よ、夢幻を写せ──幻霧(デア・ネーベル)


 頭上から聞こえたのは魔術の詠唱。その声が耳に届いた瞬間にはすでにその現象は完了していた。


「これは……っ!」


 視界を覆うのはどこまでも真っ白な霧。

 朝方に霧が出ることはあるにしても、その規模が尋常ではない。まさに一寸先すら見渡せない視界の中で俺の腕をぐいっ、と引っ張る感触。それと同時に脳内に直接響いてきたのは懐かしい魔術の恩恵だった。


『カナタ、こっちに!』


 それほど強い力で引っ張られているわけではない。振りほどこうと思えば簡単に振りほどくことが出来るだろう。だが……どうやらその必要はなさそうだ。


 声の誘うままに移動を続ける。

 どうやらこの声の主はこの濃霧の中でもはっきりと視界を確保しているらしい。もしかしたらそういう魔術もあるのかもしれない。


 イリスとステラがはぐれないように半ば両脇に抱えた状態のまま5分近く移動をしたところでようやく霧が晴れてきた。そして、そこでようやく俺は霧を生み出し俺達を先導してくれた人物を拝むことが出来た。

 とはいえ……


「悪い。助かったよ……宗太郎」


 念話で話しかけられた時点で気付いてはいたがな。昔ゴブリンの討伐の際に使用した魔術だったからすぐに気付いた。


「全く。目を離すとすぐに厄介ごとに巻き込まれてるんだから」


 宗太郎は呆れ顔に似た笑みを浮かべ、俺達に傷がないかチェックしていく。


「良かった。大きな傷はないみたいだね。僕はまだ回復系の魔術は使えないから本当に良かったよ」

「そういやさっきの魔術、あれ新技か? 前は使えなかったよな?」

「ああ、うん。ルーカスさんが攻性魔術以外もバランスよく揃えた方がお前の天権を活かせるだろうって、あんまり研究されていない分野の魔術まで調べてくれたんだ……って、今はそれどころじゃないね。えーと、確かこっちの方に……」


 いつもの調子でのんびり歓談しそうになるのを自制し、宗太郎は俺達を人通りの少ない路地の方へと案内していく。やがて、到着した場所には場違いにも手綱によってその場にくくりつけられている馬が一頭立っていた。


「な、何でこんな場所に馬が……?」


 種族的に動物に懐かれやすいのか、ステラに向け鼻をふんふん鳴らす馬にそっと手を触れ感触を確かめる。日本で見たことのある馬より更に大きい。乗馬用であることは間違いないであろう、その馬の手綱を慣れた手つきで操るのは宗太郎だ。


「この馬は僕が用意したものだよ。逃げるなら足が必要になると思ってね」

「逃げるなら……って、宗太郎、お前……!」


 思わず声が詰まる俺に、宗太郎は笑って、


「うん。知ってた。と言っても昨日の夜に教えてもらったばっかなんだけどね」

「教えてもらったって、誰に?」

「吉本さんだよ。どうすればいいか分からないって、カナタと仲良かった僕に相談してくれたんだ。とりあえず、僕が何とかするからって宥めておいたけど……何かまずかったかな」

「いや、まずいなんてことはないけど……」


 そう。まずいことなんてない。宗太郎が俺に協力するつもりなのはこの状況を見れば明白なのだから。何一つまずいことなんてない。ないのだが……


「お前、俺が何をしようとしていたか知ってるんだろ? なのに何で俺に協力するんだよ」


 分からないのはその理由だ。

 普通、俺の行いを知れば止めようとするんじゃないのか? そうなるだろうと思ったから宮本を口止めしようと思ったわけだしな。結果として、宗太郎に真実が伝わっている以上見通しが甘い部分があったと言わざるを得ないがこの展開は予想外だ。


「何でって……僕は今も昔もずっとカナタの味方だったじゃない。別におかしなことなんてないよ」


 手に持った手綱を俺に差し出し、宗太郎が続ける。


「僕はずっとカナタに恩返しがしたかった。でも僕に出来ることなんて何もなかったからさ。今、少しだけほっとしてる。ようやくカナタの役に立てたかなって。だから……これは僕のエゴなんだよ。どうしてもやりたかったからやっただけ。吉本さんの言ってることが本当かどうか分からなかったけど、一応準備しておいて良かった」


 押し付けるように俺へと手渡された手綱に、俺はなんとも言えない気分にさせられていた。因果応報の逆バージョンとでも言うのかな。まさか宗太郎がここまで俺の為に動いてくれるなんて……


「……助かる、宗太郎。ありがとな」

「"何でもないよ、これくらい"──ははっ、やっと言えた。ずっとこれが言いたかったんだよね」


 俺の感謝に宗太郎が返すのは、いつも俺が口癖のように言っていた言葉だった。困ったときの誤魔化しに使ってきた言葉だったが……こうして言われる側に立つとなんだかこそばゆいな。


「それで、宗太郎はこれからどうするんだ?」

「僕は王城へ戻るよ。もしかしたら僕がカナタの逃亡を手助けしたってバレるかもだけど……まあ、そうなったら仕方ないよね。その時は僕も何とか逃げ出すことにするよ」


 随分簡単に言うが大丈夫かよ、それ。すっごい心配なんですけど。

 ここまでしてもらって宗太郎だけ捕まるなんて罪悪感で殺されちまう。せめてものお礼に警告だけはしておこう。


「どっちにしろ王城は離れたほうが良い。信じてもらえるか分からないが、俺は今回の事件で何もしていないんだ。俺が部屋に行ったときにはすでに酒井も死んでいた。何が起きたのか俺にも分からないが一つだけ確かなのは王城(あそこ)がもう安全な場所ではないってことだな。折を見て宗太郎も王城を離れろ」

「え? ……そう、そうなんだ。うん。分かった。赤坂さん達にも伝えておくよ」


 俺の訴えを宗太郎はあっさり信じてくれた。なんだかあっさりしすぎて逆に信じてもらえたのか不安になるが宗太郎に限っては大丈夫だろう。昔からどんな嘘でも俺が言ったら絶対信じてたからな、こいつ。


「そうだな、後は……」


 他に宗太郎へ伝えておくことがないか探していると、


「カナタ、折角ここまでしてくれたのだから急ぎましょう。王都を出る道が封鎖される前に王都を離れないと」


 イリスが俺を急かすようにそう言った。


「悪い、そうだな。宗太郎、俺達はとりあえず東に向かって移動するつもりだ。もしも合流することになるのならケルンって街を探してくれ。当面はそこを拠点にするつもりだから」

「分かった。道中気をつけてね」


 こうして俺は宗太郎と別れを告げ、借りた馬を駆け走る。最後にイリスが宗太郎へ何かを言っていたのが気になって尋ねるのだが、


「カナタには関係ないことよ。これは女の戦いなんだから」


 そう言って詳しいことは教えてくれなかった。あと、宗太郎は男だからね?


「でも、本当にいい人でしたね。ソウタローさん。カナタさんのこと凄く大切にしてるのが少し話しただけでもすぐに分かっちゃいました」

「ふん。尽くすことがその人の為になると思っているのならまだまだよ」

「お前は一体どこから目線で語ってんだよ……」


 どこまでも尊大なイリス。今日も絶好調だ。


「そうですよ、イリス様。貴重な馬を貸してくださったんですから。しかもこんな大型なんて凄く高かったはずです。感謝はしなくちゃ……」

「ステラ、貴方いつからそんな反抗的になってしまったの? 悪いのは頭? それともこの口かしら。私に逆らう悪い子にはお仕置きが必要ね」

「い、いりふはま。いまはひょっと……」


 わしわしと頭を撫でられ、むにむにとほっぺを弄られるステラが可愛らしい悲鳴を上げる。それはいいのだが、狭い馬上でイリスが俺の後ろ、ステラが俺の前に座っているもんだから挟まれる俺としては非常に鬱陶しい。


「おい、お前ら。危ないからやめなさい」


 二人に注意を飛ばしながらちらりと後方へ視線を向ける。

 今のところ追っ手は来ていないようだ。一度俺達を見失ったせいで慌てているのかもしれない。だとしたらチャンスだ。今の内に王都を抜けてしまおう。


 振り返り、意識を前方に向ける。

 その時だ。


 俺の視界に見覚えのある人影が写りこんできた。

 その人物は俺達の行く先を塞ぐように立っており、空の右手をまるで見えない剣を持っているかのように空中に掲げている。たったそれだけの動作で俺はソイツが何をしようとしているのかを悟り、


「──気をつけろッ!」


 同行する二人に注意を飛ばす。

 そして、同時に聞こえてくるのは聞き間違えるはずのない"悪友"の声だった。


「──生成ッ!」


 叫び、その手に剣を出現させたのは……



 ──黒木拓馬。


 

 かつての仲間がいま、俺に向け剣を振り下ろそうとしていた。

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