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不死王と七つの誓い  作者: 秋野 錦
第三部 王都暗殺篇

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「同族」

 突如として時間制限(リミット)の課せられた俺の使命。

 それを阻む敵は宮本小春。明確な敵として立ちふさがる以上、排除しなければならない。問題はどのように排除するかだが、そこは運が良かった。


 審問会が終わってすぐ、吉本日和が俺達の元に宮本が呼んでいることを告げに来たのだ。

 指定されたのは何の因果か昨日拓馬と共に一戦やらかした訓練場だった。探す手間、呼び出す手間が省けたことに安堵しながら俺は目の前の女……宮本に視線を送る。


「逃げずに来たのね、青野」

「……俺もお前に用があったんでな」


 周囲にさりげなく視線を送り、人影を確認するが……この場には俺と俺を案内した吉本、そして待っていた宮本の三人しかいない。どうやら俺をすぐに取り押さえる気はなさそうだ。


「一つ聞きたい。なぜ審問会であんなことを言った。みんなが混乱することくらい分かってただろう」

「なぜ? おかしなことを聞くのね。私達を害そうとする人間がここに紛れて込んでいたのよ? 糾弾するのは当然のことだわ」


 やはり、この宮本の口ぶり。何か確信があるのだ。


「俺がクラスメイトに危害を加えるって? 何の証拠があってそんな嘘八百並び立てたんだ?」


 俺はあえて相手を馬鹿にするような態度で宮本の言葉を否定してやる。

 すると思ったとおり宮本はすぐに熱くなった様子で、隣に立つ吉本を指差した。


「この子の天権は『不可視』。自分の姿を周囲の人間から視認されなくする能力よ。私はずっと貴方のことを疑っていた。そんな私が何の対策も取らないまま貴方を野放しにするとでも思った?」


 ……なるほどな。

 ご丁寧に説明してくれた宮本のおかげで謎は解けた。

 つまり、吉本は俺が気付かないまま"俺を監視していた"のだろう。彼女の天権ならそれができる。確かに強力な能力だ。隠密活動にはもってこいのな。

 だが……


「おいおい、それはどういう意味だよ。俺達はここに来てから"何一つやましい事はしていない"ぞ」

「なっ……アンタ、ここにきてとぼける気!? こっちはアンタたちが何を話していたかまで聞いてるのよ!?」


 そう、お前の言うとおりだよ、宮本。

 俺はとぼけてやる。吉本が聞いた俺達の会話は別に録音されているわけではない。それは証拠としては不十分だ。他の判断材料も合わせればいくらかの説得力を持たせることはできるだろうがそれには時間がかかる。

 俺は今日一日、耐え切ればいい。そうすれば計画を実行に移すことができるのだからな。


「吉本が聞いた話ってのも聞き違いか何かだろ」

「そんなわけないでしょ!」


 とはいえ、宮本が激昂するのは当然。向こうからしたら確定していることだからな。歯がゆいのはそれを他の人間に伝えても効果が薄いこと。

 審問会の様子を伺うに、クラスメイトのほとんどはまだこの世界に慣れていない。俺がクラスメイトを殺そうとしているなんて夢にも思っていないのだ。それに加えてイリスのパフォーマンスも効いた。あの言葉であの場の全員が噂に対して懐疑的になっている。


 恐らく、宮本の言葉を真剣に聞き真実にたどり着く人間も中にはいるだろう。だが、それでは遅い。俺は今夜すぐに事を起こすつもりなのだ。宮本達が一人一人を説得しているうちに夜が明けてしまう。

 そうなれば俺の"勝ち"だ。


「悪いけど、そんな話をするつもりで呼んだなら俺は部屋に戻らせてもらうぞ。正直忙しいし、疲れてるんだ。虚言に付き合っている暇は無い」


 情報の出所については判明したし、これ以上話し合う意味はない。

 そう思って俺は身を翻そうと、一歩を踏み出し……


「虚言、ですって……ッ」


 一つ、大きな勘違いをしていたことに気付く。


「────ッ!」


 そして、気付いた瞬間にはもう遅かった。

 ぐるり、と視点が回転して体が宙を舞う。まるで柔道で投げられたかのような浮遊感を感じ、激突。地面に強かに背中を打ちつけ、肺の酸素を全て吐き出す俺の頭上に落ちる影。


「ふざけるなッ!」

「が……あ……」


 ぎりぎり、と首元に力が込められ俺の体はひとりでに宙に浮く。まるで見えないロープで首を絞められているかのようだ。


「お、まえ……」


 俺の眼前の宮本はその瞳に怒りを宿し、天権を行使していた。

 俺の勘違い。それは周囲に人影がないからと、宮本が俺を取り押さえるつもりがないと侮っていたこと。一度味わった天権だというのに、こんなにあっさり首を絞められたのは油断としかいいようがない失態だ。


「本当のことを言いなさい。でないとその首、圧し折るわよ」


 鋭い眼光を携える宮本は……本気だ。

 それは俺がこの世界に来て何度も何度も見てきた混じりっ気無しの本物の殺意だった。なぜ、と思わないでもない。どいつもこいつも平和ボケしているクラスメイトの中でなぜコイツだけと。


 だが、その疑問もすぐに氷解する。

 思えばそれは当たり前のことだったのだ。


 ──俺がなぜ、今のようになってしまったのかを考えればすぐに分かること。


 大切な人を失った痛み。

 それが宮本を俺と同じ領域に至らせたのだ。


「は、はは……」

「何笑ってんのよ」

「い、いや……案外ちゃんと生きてる奴もいるじゃねえかと思ってな……」


 俺は自白の為か少しだけ緩くなった拘束の中、必死に言葉を紡ぐ。

 本当に嬉しかった。

 自分だけ特別なわけじゃないと分かったから。


 ──ああ、何だ。みんなもちゃんと壊れるんじゃないか。


 そのことが分かって、俺は心底ほっとしていた。


「くく……あはは……」


 止めようにも止められない笑み。

 だってそうだろう? 俺以外にもこうして壊れてる奴がいるんなら、俺は普通だ。正常だ。何も間違っちゃいない。

 そう……俺は何も間違っていない。

 間違っているのは──世界の方だ。


「うっ!」


 突然俺の拘束が解ける。

 重力に引かれ地面に落ちる俺を、宮本達が妙な視線で見つめていた。


 それは理解できないものを見るときの目。自分の常識の外にいるものを見るときの目。異端、異常、特別なものを見るときの視線。


 ──それはまるで目の前の存在を畏怖するかのような視線だった。


「……気持ち悪い」


 ぽつり、と漏れた宮本の言葉にはあらゆる感情が詰まっていた。


「気持ち悪い、気持ち悪い、気持ち悪い。何よ、何なのよ、その"目"は。やめて、そんな目で私を見ないで……そんな、そんな……」


 続く言葉を探す宮本に、俺は告げてやる。


「そんな……"仲間を見つけた怪物のような目"で、ってか?」

「────ッ!」


 先回りして告げてやった俺の言葉に、宮本は色を失った顔で声なく答える。

 ああ、そうか。まだお前は自覚していないんだな。自分がさっきまでどんな形相で俺の首を絞めていたのかを。


「凄く気分が良いから特別に教えてやるよ。俺とお前には何の違いもない。お前は今さっき、"クラスメイトを殺そうとしていた"んだぜ? 自分勝手な激情で、相手の事情を省みることなく、ただ本能の赴くままにな」


「違う……」


「本当はお前、俺がクラスメイトを殺そうとしているかどうかなんてどうでもいいんじゃないのか? ただそこに俺という分かりやすい悪役がいたから飛びついただけ。正義の味方である内は何の抵抗もなく暴力を振るうことができるからなあ」


 本来人はやろうと思えば何だってできる。

 盗みだろうと、強姦だろうと、暴力だろうと何でもだ。

 

 だがそれをしないのはなぜか? それはそれをしてはいけないと法律で、道徳で、理性で己を縛っているからだ。だからこそ人は人のまま、社会の中で生きていける。だが……どうしてもそれらの行為に手を汚さなくてはならなくなった時、その精神的負荷は想像を絶するものがある。


 まるで身を引き裂かれるかのような葛藤がその身を襲う。

 人が人のまま、それらの行為を行うには理由がいる。自分を誤魔化すための正当性が必要となるのだ。

 まさに今の宮本が"亡き恋人の為に"と暴力に正当性(りゆう)を求めたように。


「けど、俺に言わせればそこが甘い。自己を正当化し、理論武装してから取り掛かるなんて迂遠もいいところだ。本当に何かを為すつもりならありとあらゆるものを捨てなければいけない。たとえそれが人間性だったとしても。目的が困難であるならなおさらな」


「うるさい……」


「認めたくないなら何度でも言ってやる。俺とお前は同じだ。それが良いか悪いかは別として、すでに俺達は元の世界の常識から逸脱した場所にいる。だからお前の言葉は俺以外の誰にも響かない。審問会で見ただろう、大声で主張するお前を見るクラスメイトの視線を。そこに理解の色は見えたか?」


「やめろ……」


「理解したくない気持ちも分からないでもないけどな。さっさと自覚したほうが身のためだぜ? 自分ひとりで気付かない内に溜め込んだ人間がどうなるか、その結末を知っている。だから俺は"善意"でお前に忠告しておいてやるよ」


 始めてみた俺の同族に、本心からの言葉を送る。



「──さっさと認めちまえよ。お前はもう俺と同じく"狂ってる"」

「黙れッ!」



 怒号と共に俺を押しのける強い衝撃。

 胸骨が折れるかと思うほどの力をその身に受けながらも俺は、それでも尚、宮本の前に立ち続ける。


「私は……違う。お前なんかと一緒にするな!」


 荒れ狂う暴虐の中、宮本は正気を保ち続けようと懸命に努力しているのだろう。ずっと感じていたこいつの暴力性は方向性を失った感情の発露でもあったのだ。


 つまり、本当は最初から分かっていたのだ。

 森を殺した人物が俺ではないことくらい。


 しかし、それを認めてしまえば感情をぶつける相手がいなくなってしまう。それでは駄目だ。正気が保てない。あまりにも濃すぎる殺意は何かで薄めなければならないから。


 要するに俺は水だったのだ。

 感情という器を満たす殺意を溶かす水として、都合の良い悪役(ヒール)を求めた。ただ、それだけのこと。


 それが分かった今、これまで感じていた宮本に対する鬱憤はどこかへ消え去ってしまっていた。それどころか妙な親近感すら感じる。境遇だけではない。性格はまるで違うにしても、俺達は"失った後に取る行動"がどこまでも似通っているのだ。


 だからこその、共感。同情。愛しさすら感じてしまう。

 ならば俺もその道の先達として、彼女を導いてやる必要があるだろう。やり場の無い感情(いたみ)ほど、辛いものはないと知っているから。


「宮本、お前には教えておいてやる。森を殺したのは俺じゃない。アゲハって名前の魔族だ」

「なっ!」


 俺の告白に、唖然とする宮本。まるで考慮になかった真犯人に驚愕しているのだ。


「信じる、信じないはお前に任せる。だが一つだけ確かなのはアゲハという女は俺と森を襲い、その代償として右腕を失っている。もしも俺の言葉が本当か確かめたいのなら……探してみろ。アゲハと名乗る隻腕の女をな」

「ぐ……」


 宮本の目に映るのは疑い、迷いその類のものだった。

 そう。今はそれでいい。これからどうするかなんて落ち着いてからじっくり考えればいいさ。今は俺の言葉を胸に刻んでおけ。何があっても忘れないように。


 今度こそ対話は終わり。

 俺は呆然と立ち尽くす宮本を置き去りに、その場を後にする。


 これでもう、宮本は俺に敵対することはない。その確信を抱きながら。

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