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不死王と七つの誓い  作者: 秋野 錦
第三部 王都暗殺篇

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「審問会」

 昼になり、俺は森殺害の容疑者として審問会に赴くことになっていた。

 だけどこれは形式的なもので、八代が一言「嘘は言っていない」と言えばそれで済むことだ。だから然したる気負いもなく俺は審問会が行われる部屋に案内されていたのだが……


「……いやな感じね、全く」


 俺の隣を歩くイリスが不機嫌なオーラを隠そうともせず吐き捨てる。

 それは俺を遠巻きに見つめるクラスメイト達に対してのものだ。

 ひそひそ、と話の内容までは聞こえてこないが大体の想像はつく。


「あまり気にするなよ。言いたい奴には言わせておけばいい」

「貴方がそんな態度だから向こうも増長するんでしょうが。一回シメてやりなさいよ。そうすればどっちが上か分かるでしょうに」


 どっちが上かって……相変わらず容赦ない奴だな。しかもその方法がまた暴力的ときたもんだ。親の顔が見てみたいね。


「でも、冤罪を着せられているんですからカナタさんはもう少し怒っていいと思います」

「ステラまで……それでどうにかなるならいいけどよ。そうじゃないだろ? 俺は無闇に敵を作りたくないんだよ」

「すでに十分敵でしょうが」


 イリスとステラに揃って口撃される俺。

 お前らはどっちの味方なんだよ。


「というか二人とも帰ってろよ。どの道見てて気持ちいいものじゃないんだし」

「嫌よ」

「嫌です」


 二人は異口同音に否定する。

 それを聞いて、思わずといった様子で笑い声を漏らす案内人。


「はは、二人ともカナタのことが心配なんだね。でもその気持ちも分かるなあ。しっかりしてるようで危なっかしいんだもん、カナタってば」


 案内人……宗太郎はそう言って俺の服の袖を掴み身を寄せる。


「おい、近いぞ宗太郎」

「僕は今案内人だからね。カナタが逃げないように捕らえておかないといけないんだよ」

「ここまで来て逃げるわけねえだろうが。離せ」


 ぶんぶんと腕を振って宗太郎の手から服を引き剥がさせる。全く、何がしたいんだよこいつは。


「むう……新たなライバルの登場ですか……」

「まさかいつまで経っても手を出してこないのはそっちの趣味があるから……?」


 ステラ、イリスとそれぞれ独り言を呟いていたが突っ込むのも面倒だったのでスルー。それより大事なことがあるからな。


「それで宗太郎、例の件なんだが確認してくれたか?」

「え? ああ、うん。三人とも部屋にいたよ。でも良かったの? カナタが帰ってきてること伝えないで」

「ああ。あいつらに変な気を使わせたくないからな」


 俺が宗太郎に頼んでいたのは熊谷、福地、酒井の三名の所在についての確認だった。いざ行動するって段になって相手が出かけていましたじゃ話にならないからな。夜にもう一度確認してもらいたいところだが、ひとまず今はこの王城にいることが分かっただけでよしとしよう。


 ちなみに宗太郎を諜報として使うにあたって俺の存在は伏せさせた。引きこもってるらしいあいつらのことだから、俺が帰ってきてることも知らない公算が高い。無闇に危機感を煽らせる必要もないだろう。


「悪いな、宗太郎」

「ううん。全然構わないよ。僕に出来ることなら何でも言ってね。いつでも協力するから」


 俺を全く疑っていない様子で、無邪気な笑顔を浮かべる宗太郎。

 これほど信頼を寄せてくれている相手を小間使いのように扱うのは多少の抵抗があったが、俺が直接様子を探るわけにもいかない。初対面となるイリスとステラもまた同様に。


 だからこうして内部の人間に手伝ってもらうしかなかったのだが、そういう面で宗太郎は凄く役に立った。昨日、宗太郎の呼びかけを無視した件も「外様の二人を放っておくわけにもいかなくてな。すまん」と言ったらそれだけで許してくれたし。

 ……俺が言うのもなんだけど、ちょっと妄信的すぎやしないか?


「な、なんという正妻力なの……っ!?」

「まさに理想的な女性像そのままです……っ!?」


 そんで後ろで戦慄(わなな)いてる二人。宗太郎は男だからな? 分かってる、ねえ?

 俺が二人の馬鹿に嘆息していると、目的地に到着したようで、


「さあ、着いたよ。カナタ。あまり気負わないようにね」


 案内役の宗太郎がそう言って一つの部屋の前で立ち止まる。どうやらこの部屋が審問会の会場のようだな。

 宗太郎に開けてもらい中に入ると、


「うわ……」


 予想以上に真面目腐った雰囲気がそこに漂っていた。

 まるで本当の裁判か何かのように、中央に置かれた椅子。そしてその正面にはルーカスさん、只野、そして今回の重要人物となる八代瑞樹が並んで椅子に座っている。他は中央をぐるっと取り囲むように立ち見の傍聴人がぱらぱらと散見された。


「カナタは中央に、二人は僕と一緒にこっちに来てね」


 宗太郎はそう言ってイリスとステラを誘導していく。

 いなくなった宗太郎に代わり、俺の案内を務めてくれたのは二人の騎士。どうやら扉の前で待機していたらしい。ご丁寧に俺の両脇を固めて進むよう促してくる。


(……すげえ本格的だな、おい。これじゃあ何もやってなくてもやったみたいな気分にさせられるぜ)


 ぐんぐんやる気メーターが下がっていくのを感じるがここで引き返すことも出来ず、俺は中央に向かって進むしかなかった。案内された椅子に腰掛けると、三人を代表してルーカスさんが口を開く。


「よく来てくれた、カナタ君。早速だが始めよう」


 三人の中央に座るルーカスさんは今回の司会進行も兼ねているようで、手際よく話を進めていく。


「まずは事実確認から始めよう。一週間前に我々の仲間であるモリ・シュウヤ君が何者かに殺害された。殺害された日の朝、宿を出て行くシュウヤ君がカナタ君の下へ訪ねることを仲間に話していた。ここまでは間違いないな?」

「はい」


 ルーカスさんの問いに、只野が頷く。


「ではまず聞こう。カナタ君、君の元へシュウヤ君は訪れたのか?」

「……ええ、確かに来ましたね」


 やりづらさを感じながらも俺は本当のことを答える。ルーカスさんの隣で八代が目を光らせているからだ。きっと今も八代は天権を使って俺の内心を探っているのだろう。

 『読心』の天権についてだが、事前に聞いた話ではそこまで精度は高くないらしい。例えるなら色で感情を判断するようなもので、何を考えているかその詳細までは分からないらしいのだ。

 だが、嘘をつけばそれが心の色となって八代に伝わる。今回の八代の役目は言ってしまえば嘘発見器というわけだ。


「では……カナタ君はシュウヤ君が誰に殺されたのか、知っているか?」


 本題。少しだけ躊躇した様子で尋ねるルーカスさんに、俺は僅かに逡巡し……


「ええ、知っています」


 真正面から本当のことを答える。

 その瞬間に背後、側面、奥のほうからざわめく声を感じた。クラスメイトの何人かが俺の発言に動揺しているようだ。それもそうだろう。俺の発言はつまり"森が殺される現場に俺がいた"ということに他ならないからな。


「……嘘は言っていないようです」


 大事なことだからだろう、八代はここで一度俺の発言をチェックしルーカスさんに報告していた。そこまで気構えなくても嘘なんてつくつもりないんだがな。


「そうか……ではカナタ君。その人物が誰なのか、ここで教えてくれ」

「…………」


 これはまた、何と言うか。もし俺が犯人だったなら言いにくいことこの上ない質問だな。しかし、困った。ここで『カナタ君が犯人なのか?』と聞いてくれれば否定して終わりだったのだが、『誰が犯人か?』と聞かれれば非常に答えにくい。


 そもそもここで本当のことが言えるのなら只野達に対して誤魔化したりなんかしていない。俺と魔族との関係性、その間に含まれるイリスの秘密、禁術の存在について。話せない、話したくないことがあまりにも多すぎる。


「どうした? 言えないのか?」

「……いや」


 口ごもる俺に、不審の目が向けられているのが分かる。

 くそ、もっと簡単に終わると思っていたのに。こうなるならもう少し話の内容をシミュレーションしておくべきだった。


「森を殺したのは……」


 嘘を言う? いや駄目だ。八代がいる以上、それは無意味な行為で無駄な疑いを招くだけだ。嘘だけは言えない。

 迷った俺は、結局……


「……その日初めて会った奴でした」


 嘘ではないぎりぎりの範囲で真実を伝えることにした。真実というにはあまりにも迂遠にすぎるけど、今はこれで誤魔化すしかない。


「そうか、では今カナタ君にかかっている嫌疑は全くの誤解ということなのだな?」

「ええ、そうです」


 ようやく俺の話したかった話題に移ったので、思いっきり肯定する。これには純度100%の本心で頷くことが出来るぞ。


「これも、嘘は言っていないです」


 そして俺の言葉を肯定してくれる八代。これで俺の嫌疑は完全に晴れた。そう思った瞬間に……


「そんなはずないっ!」


 傍聴人の中から聞き覚えのある声が上がる。

 声の方向に視線を送るとそこにはやはりというか何と言うか、いきり立つ宮本の姿があった。


「青野は何かを隠してる、私はそれを知っているんだ!」


 大声で俺を貶す宮本に視線が集まっていく。ルーカスさんが止めようとするが、宮本はその制止の声すら振り切って主張を続ける。

 前々から俺に対していい感情を持っていない宮本が抗議に走るのは予想の範囲内だった。だから、予想の範囲外だったのはその"内容"だ。


「青野はクラスメイトを殺そうとしているっ!」

「────ッ」


 叫ぶその言葉が耳に届いた瞬間、俺は硬直していた。

 なぜだ。どうして宮本がそのことを知っている?


「コハル君。いくらなんでもそれ以上の暴言は看過できない。口を閉じたまえ」


 ルーカスさんが鋭い視線で宮本へ注意を飛ばすが、宮本は止まらない。


「嘘だと思うなら確認してよ! それで私の言ってることが本当だって分かるから!」


 叫ぶ宮本に、俺は内心冷や汗を流していた。

 もしも八代に確認されれば俺の本心が暴かれてしまう。


 俺がクラスメイトを殺害しようと企んでいることが……


 ちらり、と俺は八代の様子を伺う。そして俺を見る八代の視線と俺の視線が交差し、八代の顔色がさっと青くなるのが分かった。

 その瞬間、俺は悟る。


 ──まずい……"バレた"。


「……あの」


 口を開きかけた八代に俺は必死に打開策を探す。今八代に真実を告げられれば終わりだ。だが、もう手遅れ。今更何をしたところでどうにもならない。俺は死刑執行台に乗せられる死刑囚のような気持ちで次の瞬間を待ち……


「いい加減にしろッ!」


 新たに発せられた怒号によって、その場の空気は一変させられた。

 その場の全員が新たな発言者に視線を送り、そして見た。見慣れぬ銀髪を揺らし、澄んだ瑠璃色の瞳に怒りを宿すイリスの姿を。


「さっきから聞いていれば勝手なことばかり。カナタは誰も殺していないのよ? だったらまずは謝るべきでしょうが。一体誰の為にこんな茶番に付き合ってあげてると思ってるのよ」


 その怒りは真っ直ぐに宮本へと注がれている。俺でもここまで激情を顕にするイリスは見たことがない。それほどに今のイリスが醸し出す雰囲気は熾烈だった。


「それに他の奴も同じよ。根拠のない誹謗中傷に踊らされて真実を見ようともしない。それだけならまだしもその場にいない人間を陰で悪し様に言ってのけるその神経は醜悪の極みね。はっきり言って最低よ、アンタ達」


 そしてイリスの怒りはその場の全員に対して振るわれた。俺が森を殺していないと言う事がはっきりと証明された今、陰口を叩いていた連中はみなバツが悪そうな顔をして目を逸らしている。

 今までずっと不機嫌だったイリスの我慢が宮本の言葉でついに決壊したのだ。


(それをこのタイミング、この場で言えるってのがすげえよな)


 正直恐れ入った。周囲に同調するだけの現代日本人には決してできない啖呵。その物言いはいっそ清清しさすら感じるぜ。

 だが……八代に気付かれた以上、イリスの気遣いも意味が無い。俺はイリスの作ってくれたこの空白の時間に何かできないか考え……気付く。


「……八代?」


 だらりと力なく上半身を揺らす八代がゆっくりと椅子から倒れ落ちるのを。


 ──ガタンッ!


 派手な音と共に椅子ごと地面に投げ出される八代。意識を失っているのが遠目からでも分かった。隣に座っていたルーカスさんはいち早く異変に気付き、八代を抱え容態を確認する。


「くそ、何だ。突然……みんな、悪いが審問会は中止だ! 誰でもいい、ミズキ君を運ぶのを手伝ってくれ!」


 ルーカスさんの宣言に、只野が手を貸し八代を担ぎ運び出していく。

 突然の出来事。会場はすでに混沌と化し、ざわめきが収まりそうも無い状態だ。そんな中、いつの間にか俺の傍に移動していたイリスが一言。


「行くわよ、カナタ。これ以上付き合っていられないわ」

「え……あ、おい」


 俺の手を引き、会場を後にするイリス。ステラも扉の前で待機しており、俺が近づくと扉を開けて道を作ってくれた。

 こうして俺は審問会を予想外の形で終えることになったのだが、どうしても確認しておきたいことがあった。周囲に誰もいないことを確認して、イリスの耳元で囁く。


「おい、今のお前の仕業だろ」

「あら、流石に気付いた?」


 俺の問いに、にやりと悪戯っ子のような笑みを浮かべるイリス。そこにはさっきまでの怒気が跡形も無く消え去っていた。

 突然八代が意識を失うなんて都合が良すぎると思ったが……やっぱりかよ。こいつ、夢想眼を使いやがったな。

 イリスの夢想眼は視線の合った対象を精神世界へと引きずり込むものだ。その世界ではイリスが王。相手の意識を奪うなんて朝飯前だ。


「ったく……大した舞台女優だよ」


 つまりイリスは"八代の目を引くため"にあの過剰とも言えるパフォーマンスを行ったのだ。確かにあの時、会場の視線はイリスが独り占めしていた。あの場にいる誰であろうともイリスの夢想眼からは逃げられなかっただろう。その存在を知らない八代ならなおさらな。


「全部が全部、演技って訳でもないけどね。怒っていたのは本当よ」


 最後に種明かしをするイリスはやはりとんでもない奴だった。あの場で俺が八代に内心を読まれたことを読んだ洞察力、そして咄嗟の機転で八代の口を封じた行動力、最後にそれを躊躇無く行った胆力。どれをとっても常人の域を超えている。


「悪い。今回ばかりはマジで助かった」

「全く、私がいなかったらどうなっていたことか。貴方は甘すぎるのよ、敵意満々の相手にまで気を使うからこういう目に遭うの。次からは気をつけなさい」


 イリスの言い方は辛らつだったが、感謝しているのは事実なので肝に命じておくことにする。


「でもどうして私達の計画があの女の人にバレてたんでしょうか?」

「そう、それよ。あの女の言い方は明らかに確証があってのものだったわ。流石に二人以上同時に気絶させるのは何かしたってバレバレだからやめておいたけど対策は取らないといけないわね」


 宮本の口調は何かに裏づけされている確かなものだった。

 それはつまり俺たちの計画がどこからか漏れているという訳で……


(いや……流石にそれはない、よな)


 瞬間、脳裏に浮かんだ馬鹿な妄想を打ち払う。

 ありえない。この二人が俺を裏切ることなんてあるわけがない。

 だが……それ以外、情報の出所に見当が付かないのも事実。


「……どうにかしないとな」

「そうね。どうしようかしら。計画を繰り上げて動く?」

「それも視野に入れる必要がありそうだな。このタイミングで動けば俺たちが犯人ってバレバレだけど……この際それはもう仕方が無い」


 八代が意識を取り戻せば俺たちの計画が白日の下に晒されてしまう。宮本の言葉なら彼氏を殺された女の八つ当たり、で何とか誤魔化せないこともないだろうが八代は別だ。あいつは『読心』の天権を持っている上に、客観的立場にいる。発言に説得力があるのは疑いようがない。


「イリス、八代がいつ頃意識を取り戻すか分かるか?」

「結構"深め"に暗示をかけておいたから一日くらいは目が覚めることはないわ」

「そうか……ならとりあえず計画に変更はなしだ。まずは宮本の掴んだ情報の出所を探ることにする」

「分かったわ。確かにそっちも無視できないものね」


 どこから情報が漏れたのか、どうやって情報を手に入れたのか宮本に問い詰める必要がある。そしてそれには時間がない。どんな方法で情報を手に入れたのか分からない以上、悠長なことは言っていられない。宮本の言葉に説得力が追加されてしまったらそれだけで俺達は詰みだ。できるだけ早く動く必要がある。


「すぐに公表していないところを見るに確かな証拠がある訳じゃないと思うが……用心するに越したことはない。すぐにでも動くぞ」

「ええ」

「はいっ!」


 予想外の展開となってしまったが、こんなところで躓いてはいられない。

 俺は復讐を遂げるのだ。何としてでも。

 その為には最悪の場合……


 ──"宮本の口を塞ぐこと"も考えておかなければならない。


 決意新たに歩き出す。予定より少しだけ早く始まってしまった復讐劇を完遂するために。

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