「それぞれの夜」
まずは状況を整理しよう。
俺の目的、復讐対象となるのは全四名。
熊谷若菜、福地朱莉、上原真奈、酒井竜太郎。そのうち上原だけは任務に出ていて王城にいないことは確認済み。となると当面の目標は残りの三名ということになる。
この三人だが、食堂でも姿を見なかった。
話を聞くとどうやら自室に引きこもって出てこないらしい。たまに出歩く姿を目にすることもあるらしいが、俺が帰ってきた今、顔を出せるわけも無い。となると俺はあいつらの部屋に訪ねて殺害するしか方法はないわけだ。
「ここで問題になるのは三人の部屋が結構離れているってことだ。王城には常駐している騎士団員が少なくとも100人はいる。騒ぎになればあっという間に集まって取り押さえられちまうだろうから、それだけは避けなくちゃいけない」
俺は自室でイリスとステラに復讐計画を説明していく。
二人とも真面目な表情で聞いていたが、途中でステラが手を挙げ、
「こちらも三人いるんですし、各個撃破でもいいんじゃないですか?」
「基本方針はそれでいいと思うんだが……二人とも、やれるか?」
「無論よ。正直、ここに住んでる連中の態度は好きじゃないもの。知ってるかしら、カナタは今仲間殺しとして噂されてるのよ。やってもいないのに、憶測だけの陰口なんて人間性を疑うわ」
仲間殺し……森の嫌疑のことか。
宮本あたりが吹聴していそうだし、それは織り込み済みだ。
けど……
「それにステラのことも。青野カナタは無理やり奴隷を使役する外道だって。何も知らない連中が好き勝手言ってくれるわ」
イリスが苛立たしげに放った続く言葉は予想外だった。
「そうか。確かに王城には奴隷もいないし、そう見えても仕方ないのかもな」
「仕方ない、じゃないわよ。見当はずれの同情の視線。それがどれだけ辛いか分かってる?」
「分かってる。だから出来るだけ早く王城は出て行くつもりだ。王城に一人いないから時を待とうかとも思っていたが……明日にでも行動を起こす腹積もりだ」
残りの一人、上原については王城を出てから追うことにする。上原が王城に戻ってくるまで待つなんてのは出来そうもないからな。拓馬とも一戦やらかしちまったし。
「なら明日の夜、三人がそれぞれ一人ずつ殺しにいけばいいのね?」
「ああ。基本方針はそうだ。気をつけて欲しいのは出来るだけ人目につかないこと。騒ぎを起こさないこと。俺たちに求められるのは"暗殺"だ。それを忘れないでくれ。そして、事を終えたらすぐさま王城を離脱できるよう準備しておくこと」
念を押すよう俺が告げると二人はこくりと小さく頷く。
正直二人の手を借りることは少しだけ抵抗がある。だが状況を見るに俺一人で三人を殺すのは難しい。俺はあいつらに警戒されているだろうし、呼び出すのも一苦労だ。
だから苦肉の策、というほどでもないが若干の躊躇いを感じつつも二人を頼ることにした。俺にとって、信じることの出来るただ二人の存在を。
「時間は朝、日の昇る直前に動く。いいな?」
「分かったわ」
「分かりました!」
よし……ひとまずこれで作戦会議は終了。
後は時を待つだけだ。
---
黒木拓馬は地面に転がったまま、空を見上げていた。
彼方に見える月を。手の届かない光を。
「……何やってんだよ、オレは」
カナタを呼び出したのは独断でのことだった。昼間に偶然すれ違った赤坂の様子が妙だったから話を聞くとカナタが帰ってきたと言う。当然、喜んだ。顔には出さなかったがそれでもオレは自分で自覚できる程度には喜んだのだ。
だというのに……赤坂は涙を流していたのだ。
『あたしにはカナタを救えなかった……絶対助けるって、誓ったのに……っ』
オレには赤坂が何を言おうとしていたのか、その時は理解できなかった。
でも今なら分かる。
ああ……思わずオレまで泣いちまいそうだ。
カナタを救ったのはオレ達ではない別の人間だ。それがどんな奴なのかまでは分からないが……きっと、カナタはそいつと一緒にいてはいけない。
カナタは優しい。人の痛みが分かってしまう。だからこそ、他人に同調し自分を作る。今までもずっとそうだった。
「…………」
そっ、と未だ熱を持ったままの頬を撫でる。突きつけられた刃の熱は心を抉り、傷を残した。カナタが本気でオレを殺そうとしたのか、それすらも分からない。
「結局オレはなんにも見えちゃいなかったってことかよ」
思わず自嘲の笑みが漏れる。ああ、傑作だ。こんな様で何をしようとしていたんだよ、オレは。変わっちまったカナタを元に戻せるとでも本気で思ってたのか?
「……"また"止められなかった」
きっとオレではカナタを止めることが出来ない。
そういう運命にあるのだろう。
では、誰がカナタを止められる? 誰がカナタの隣に立てる?
オレの求めた席には、誰が座っている?
尽きない疑問に、オレは彼方の月を見つめる。
そこに答えがあるような気がして。
---
赤坂紅葉は自室のベッドに蹲り、反芻していた。
カナタに拒否されたことを。カナタに言われた言葉を。
王都を離れた後、カナタに何があったのかは分からない。けどきっとカナタはあたし達の元へ戻るために王都にやってきたのではない。それだけは分かっていた。
「……なんで、あたしは……」
いつまでもうじうじと考えるのは自分らしくない。そうは分かっていても一向に気分が上向かないのだからどうしようもない。まるで昔の自分を見ているかのようだ。かつて、カナタに救われる前のあたしを……。
「やっぱり、カナタがいないと駄目だよ。あたし……」
ここにはいない少年を想い、独り言を呟く。
届くはずなんてない。受け入れてもらえるはずなんてない。
そんなことは分かっていた。痛いほどに。
それでも溢れる想いは自分ではどうしようもないのだ。都合五年分の片思い。人生の三分の一を支配していた感情だ。そう易々と消えてくれるものではない。
今更言葉に出すまでもない。
あたしはカナタが好きなんだ。
どうしようもなく、どこまでも。
だからこそ、今彼の隣にいられないことに張り裂けそうな痛みを感じる。今まではずっと一緒にいられたのだからなおさらだ。奪われたその席に執着する自分を浅ましく感じながらも、望まずにはいられない。
「……ずっと、あの時が続けば良かったのに」
思うのは懐かしいあの景色。今はもう霞んで、色褪せた日常の一ページ。
カナタと共に歩いたあの通学路が、カナタと並んで学んだあの校舎が、カナタと他愛無い話で笑いあったあの日常が……いつまでも続くことを望んでいた。
叶わない夢だと分かってはいても。
「……会いたいよ、カナタ」
今はいない少年の名を呼ぶ。
この胸の痛みを晴らしてくれと、切に願いながら。
「カナタ……あなたは一体どこにいるの?」
見失った背中に、消えてしまった過去に、変わってしまった彼に、涙が止まらない。どうか、どうか。悪い夢なら覚めて。この胸が張り裂けてしまう前に……。
願いは宵闇に消え、痛みは眠りにつくまで消えることは無かった。




