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不死王と七つの誓い  作者: 秋野 錦
第三部 王都暗殺篇

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「別離の一撃」

 食事を終えた俺はイリス達と別れ、一人廊下を歩いていた。

 考えることが多すぎる。少し一人になりたい。

 しかし、それを許さない人物が一人。俺の目の前に現れた。


「……よう」


 ぶっきらぼうな口調で話しかけてきたのは黒木拓馬。

 そういえばこいつ、食堂でも見かけなかったな。


「何だ、俺を待ってたのか?」

「ああ。話したいことがある」


 寄りかかっていた壁から背中を離し、ついてこいと顎をしゃくってみせる。

 ずっと顔を見せなかったと思えば、急にカツアゲかよ。


「どこへ行くんだよ」

「…………」


 ちっ、着くまで話はしないってか。

 どうにも感じが悪い。こいつ、何考えてんだ?


「ここだ」


 歩いて数分程度、拓馬が招待したのは王城の裏門付近にある訓練場の一角。夜の帳が下りたその大地に、他の人影は見当たらない。人のいないところで話がしたかったらしいな。


「それで? 何の用だよ」

「……先に聞いとく。お前、赤坂に何した?」

「紅葉に……?」


 予想していなかった質問に、思わず口ごもってしまう。

 何でこいつがそんなことを気にしてんだ?


「何だよ。お前、紅葉のこと好きなのか?」

「質問にだけ答えろ」


 少しでも場を和ませようと冗談を吐いてみたが……どうも逆効果だったみたいだな。仕方ない。


「紅葉とは少し話をしただけだ」

「話? ……何の話だよ」

「そこまで説明する必要はないだろ。お前には関係ない」

「……ああ、そうかよ」


 胃が痛くなるようなぴりぴりとした空気。もし、宗太郎がこの場にいたら涙目になってただろうな。もっとも、俺も拓馬もこの程度の空気で萎縮するようなタマじゃない。


 最早殺気に近い怒気を放つ拓馬は俺を睨み続けている。

 こいつが何をそんなに怒っているのか、俺には分からないが……どうも話だけで終わる雰囲気でもない。


「……赤坂は、ずっとお前のことを心配していた」

「あ?」

「金井も、白峰も……それにオレだって」

「だから何の話だよ」


 俺のことを心配していたってんなら喜びこそすれ怒る必要なんてないじゃないか。そう思って問いを続けたが……


「赤坂は……泣いてたんだよッ!」


 火に油を注ぐが如く、その一言でついに拓馬の我慢が限界に達した。


「カナタ……お前、何やってんだよ。幼馴染泣かして、友達(ダチ)を蔑ろにして……一体何がしてぇんだよ。お前、そんな奴じゃなかっただろうが」


 まるで失望を隠そうとしない拓馬の物言い。

 なるほど。そういうことか。こいつは俺に期待してたんだな。前みたいに仲良しこよしのクラスメイトを演じることを。


「……お前なら分かるだろうが。俺が本来どういう奴だったか。中学時代の俺を知ってるお前ならよ」

「だからこそ、知ってるからこそ俺はお前に戻って欲しくねぇんだよ。あの頃に」


 拓馬の言葉に、その物言いに、ついに俺も声を抑えることが出来なくなる。


「はっ! それをお前が言うのかよ。いつまでも昔のこと引きずってるお前がよ!」

「っ……うるせぇ、オレは引きずってなんか……」

「だったらいい加減その汚いパンダナ捨てたらどうだよ。少しはマシな風体になると思うぜ」

「……てめぇッ!」


 怒声と共にこちらに向け、一歩を踏み出す拓馬。

 もともと喧嘩っぱやい拓馬がこうなることは分かっていた。分かっていて、こいつが一番怒るであろう言葉を選んだ。


 拓馬のパンダナは仲間の証。今は無き絆を示す唯一の旗印。

 それを侮辱されて拓馬がキレない訳が無い。

 慣れた動きで殴りかかってくる拓馬。それに対し俺も懐かしい動きで迎撃する。


 ──バンッッッ!


 激しい衝突音がして俺と拓馬の体がそれぞれ後方へ揺れる。ガードのことなど一切考えないお互いの拳がお互いの頬を打ったのだ。

 ボクシングなんかと違いグローブを嵌めていない拳はまさしく凶器。下手をしたら死んでしまう恐れすらある喧嘩を俺と拓馬は繰り返してきた。


「カナタッ!」


 体格の違いからか、先に体勢を立て直したのは拓馬だった。

 俺よりも力強い豪腕が再び俺を襲う。


「……チッ!」


 だが足に魔力を集中し、脚力を強化した俺に拓馬の大振りな一撃はなかなか決まらない。今日この日まで何度も何度も戦い抜いた経験が俺に告げていた。


 ──拓馬は俺より弱い、と。


 リンドウより力が弱く、リックほど洗練されておらず、アゲハほど多彩な攻撃を持っているわけでもない。拓馬の動きは今の俺にとって緩慢に過ぎた。


「がっ!」


 俺のカウンター気味の肘鉄が脇腹に決まった拓馬はうめき声を上げて膝を折る。追撃の絶好の機会に俺は拳を振らず、変わりに言葉を投げかけた。


「……ほらな。お前はやっぱり昔のままだ」


 拓馬に最も効くであろう言葉を。


「何、だと……」

「もうガキの喧嘩で済む領域はとっくに越えてんだ。そのことにいい加減気付かねぇと……死ぬぞ、お前」


 拓馬は怪訝な表情で俺を見る。やっぱり……分かってないんだな。

 煽る目的もあったがそれ以上にこれは忠告でもあったってのに。


「剣を出せよ、拓馬」

「……は?」

「剣を出せって言ってんだ。それがお前の天権だろうが」

「何を……言ってんだ、お前。こんな喧嘩で刃物なんか出すわけ……」

「お前こそ何甘いこと言ってんだよ。先にふっかけてきたのはテメェだろうが」


 ああ……ようやく分かった。

 何で俺が今、こんなにイライラしてるのか。拓馬と話している内に膨らんでいた暴力性の正体に。


 何のことはない。俺も期待していたんだ。こいつに。

 俺と同じ本質を持つ拓馬なら……もしかしたら分かってくれるかもしれない。そんな期待をしていたんだ。


 この世界の不条理に。お前もまた、飲み込まれているんじゃないかって。俺と同じ気持ちを抱えてくれているんじゃないかって。

 でも……どうやらそんなことはなかったようだな。


「分からないなら教えてやる。"俺を殺すつもりで来い"、俺はさっきからそう言ってんだよ」


 懇切丁寧に俺の本心を告げてやると拓馬は目の色を変え、


「馬鹿言うな。オレはそんなつもりでお前を呼び出したんじゃねえ!」


 馬鹿にするな、と。これまた的外れなことを言い出した。

 本当に……残念だ。森もそうだったがどうしてこいつらはそんなに危機感がない? 動物としての本能が備わっていないんじゃないかと本気で心配になってくる。


「……そこまで説明してやる義理もねえけどよ。お前ら、本気でこのままだと死ぬぞ?」

「お前ら? ……クラスの連中のことを言ってんのか?」

「ああ。どいつもこいつも危機感なさすぎだ。まるで殺してくださいって言ってるようなもんだぞ。外敵を前に本気を出さない、出す気すらないなんてな」


 思えば攻撃的だった宮本ですらそうだ。

 本気で俺が森を殺したと思っているのなら、俺を殺すべきだったんだ。拘束なんて甘っちょろい考えでなく、誰が止めようと自分の意思で俺を殺すべきだったんだ。


 もし俺が森を殺したとするなら、"宮本を殺さない理由なんて何一つない"のだから。

 要は自分が殺されるわけがないと高をくくっているのだ。身近な人間が死んだとしても自分がその立場になる訳がないと、まるで夢か何かのような心地で見ているのだろう。


 ……もしかしたらこの感覚は一度死の淵を体験した俺にしか分からないものなのかもしれない。


 ──人はこんなにも簡単に死ぬという、現実感は。


「オレ達だって"敵"を前にすれば本気で戦えるさ。この一ヶ月ずっと訓練してきたんだ。いくらカナタでも舐めたこと言ってるとぶっ飛ばすぞ」

「……舐めたこと言ってんのはどっちだよ」


 失望、諦観。そんな感情が俺の胸中を満たす。

 ああ……やっぱり俺の居場所はこんな温かい、陽だまりにはないんだよな。


「出でよ──灼熱の剣(レーヴァテイン)


 呪文を拓馬には聞こえないよう小さく唱え、俺はその"殺気"を解放する。


「…………ッ!?」


 頬を打つ熱量に、眼前に突きつけられた切っ先に、流石の拓馬もようやく気付いたようだった。


「お前は魔族の顔知ってんのかよ。自分の前に現れる人間全てを敵か味方か見ただけで判断できんのかよ。姿を変える、そんな魔術があることを分かってんのかよ……ああ、分かってるさ。全部承知していたなら"敵"の前でなら本気が出せるなんて的外れなことは言うはずねえもんなあ」


 少しずつ、少しずつ、拓馬も理解し始めるだろう。俺と同じ領域へと、近付くだろう。人はこんなにも簡単に死ぬのだと、ようやく悟るだろう。


「なあ、拓馬……」


 死への恐怖から涙を浮かべ、体を振るわせる拓馬へ俺は決定打となる離別の一言を告げてやる。




「何で俺がお前を殺すはずがないなんて、そんな愚かな勘違いをしちまったんだ?」




 これは俺が"敵"になる可能性を考慮しなかったお前のミスだ。"敵"だなんて曖昧な言葉で現実を判断しようとしたお前の失態だ。


 お前は最初の一合から本気で俺を殺すつもりで来なければいけなかった。

 そうすれば僅かでも生きながらえることが出来たかもしれないのに。

 その緩慢が、怠慢が、お前を殺すんだぜ?


「や、やめ……」

「さよならだ。拓馬」


 俺は拓馬の懇願を無視し、灼熱の剣を振り下ろす。

 全ての過去を断ち切るために。

 数瞬後、僅かな悲鳴と共に肉が裂ける音が周囲に響き……真紅の血が地面に散らばった。

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