「ふさわしき場所」
ルーカスさんから話を聞いた俺は暫くその場を動くことが出来なかった。
術式に選ばれた異世界への旅を望んだ者。それはきっと……俺だ。
俺が皆をこの世界に呼び寄せてしまったんだ。自分勝手な願いで。
「……知らなきゃ良かった。こんなこと」
知ってどうなるわけでもないのだから、知る必要なんてなかった。そうすればこんな想いをすることだってなかったのに。
痛む胸を服の上から強く押さえる。この痛みと共に、収まってくれやしないかと期待して。しかし、そんな都合の良い願望が叶うはずもなく……
「……カナタ様?」
部屋を訪れたシャルロットに見つかるまで、収まることはなかった。
「……何か用か」
「いえ、夕餉の支度が出来ましたのでお知らせに……胸、痛むんですか?」
「……別に」
素っ気無い口調で立ち上がり、シャルロットを追い越し部屋を後にしようと歩み寄る。頭一つ分低い背を追い抜く、その瞬間に、
「あのっ」
シャルロットが小さな手で俺の腕を掴んできた。必然的に歩みを止められた俺は彼女と二度目の対面を果たす。至近距離で向き合う顔と顔。
しかしこうしてみると……本当に似ているよな。まるで間違い探しみたいだ。ほとんど違いなんてないけど、よく見れば右目の下辺りに泣きほくろがある。分かっちゃいたけど、やっぱりシェリルとは別人なんだよな。この子。
「何?」
「いえ……昼間会った時にはあまりお話できませんでしたので。私、カナタ様とはいつか話してみたいと思っていたんです」
シャルロットはゆっくりと腕の拘束を外し、じっと藍色の瞳で俺を見つめる。それは俺という人間を暴こうとしているかのように感じられた。冷たい……というのも少し違う。淡々とした瞳。
──やはり、シェリルとは違う瞳だ。
「……悪いけど俺はあまり君と話したくない。君も姉を殺した相手なんかとお喋りなんかしたくないだろ?」
懐かしい顔で、見知らぬ雰囲気の少女に俺は居心地が悪くなり、ついつい口調まできつくなってしまう。こういうところが駄目なのだと分かってはいるんだけどな。
しかし、そんな俺の態度に嫌な顔一つすることなくシャルロットは、
「私は……姉のことを尊敬していました」
ぽつり、と独白を始める。
「姉は私とは違い皆に愛されていました。性格もそうですが、能力も周りより優れていたためあの歳で王城勤めを許されていたほどです。きっと……ああいう人こそ幸せを掴むのだと、そう信じていました」
「…………」
ああいう人こそ幸せに、か。
確かにそうだ。シェリルのような人間こそ幸せにならなくてはいけなかったんだ。だからそれを奪った人間を許しはしない。絶対に。
「姉は私の目標でした。いつか、姉のようになりたいと。そう思っていました。ずっと……ずっと……だから、私は貴方を恨みます。カナタ様」
「…………」
「でも……」
何も言えない俺に、シャルロットは言葉を続ける。
まるで子供をあやす母親のように。その表情に、俺はかつての言葉を思い出す。
『私はカナタ様の天権は、素晴らしいお力だと思うのです』
「私は姉から尊敬されていた貴方を、尊敬しております」
それはどこまでも優しい、温かみに満ちた言葉だった。
重なって見える姿に、俺は思わず目を細める。眩しい光を直視したかのように。
「俺は……だれかに尊敬されるような人間じゃない」
「だとしても、姉が貴方を尊敬していたことは事実です」
即座に否定される想いに、どうしてそこまで? と思わないでもない。
俺なんて取り得のない、どこにでもいる人間だ。それなのに、シャルロットは……シェリルは……俺に何を求めてるって言うんだよ。
「私はカナタ様に、姉の願った姿のままいて欲しいと思っています」
俺の内心を知ってか知らずか、シャルロットはその"願い"を口にする。
俺にとって余りにも残酷な、その言葉を。
「どうか、姉の言葉を忘れることのないように。お願い申し上げます」
最後に一礼したシャルロットは今度こそ部屋から出て行ってしまう。
言いたいことだけ言って俺の意見なんて聞きやしない。シェリルとは違って自分勝手な奴だな。あいつ。
……いや。思えばシェリルにもそういうところがあったっけ。
俺の専属メイドになった時も、今のシャルロットみたいに俺のことそっちのけで行動してたっけ。
ほんと……メイド失格だろうが、お前らよ。
「……なあ、シェリル。俺はどうしたらいい? やっとの思いでここまで来たってのにさ。俺……お前の姿探してばっかりなんだよ」
シェリルが掃除していた階段、シェリルが作ってくれた料理、シェリルに案内された中庭、シェリルが転んでいた廊下、そしてシェリルと初めて出会った……この部屋も。全て、お前との思い出で一杯なんだよ。
見渡す限り、かつての記憶と重ね合わせてお前の姿を探しちまう。どうしても。思っちまうんだよ。お前が生きていたらって。お前ともう一度会えたならって。
「……どうしようもない事だってのは分かってんだけどな」
シャルロットもシャルロットだ。どうして俺の前に現れたんだよ。お前さえいなければここまで思い出すこともなかっただろうに。なんて、流石に八つ当たりにすぎるか。
「俺に姉の言葉を忘れないように、ってお前はどうなんだよ」
お前だってシェリルの死を少しは悼んだはずだろう? なのになんで……俺なんかと平気な顔で付き合える? 悔しくはないのか、辛くはないのか、憎くはないのか?
それともお前はもう、シェリルのことなんて忘れちまったのかよ。
「……ちっ」
いくら考えても答えなんて出るわけもない。
無駄なことを考えるのはやめて食堂に行こう。またシャルロットが呼びに来る前に。
記憶にある道筋を辿り、食堂へ入ると様々な視線が俺に向けられた。
無遠慮な視線。ぼそぼそと口元が動いているのが分かる。皆、噂してんだろうな、俺のこと。
「あっ、カナタ!」
そんな中、俺に向け手を振る宗太郎の姿が目に映る。どうやら俺を呼んでいるらしい。そういえば宗太郎の隣が俺の定位置だったっけ。
けど……悪いな。俺はもう、そっちに着くつもりはないんだ。
俺は人ごみの中から周りを避けるように座る二人の人物を発見し、その隣に腰掛ける。
「……やっと来たのね」
「悪い、待たせたか?」
俺が相席に選んだのはイリスとステラ。
見れば二人ともまだ料理に手をつけていない。俺のことを待っていたのだろうか。
「ええ。かなりね。居心地最悪なんだからもっと早く来なさいよ」
やれやれって感じで嘆息するイリスは遠慮を忘れたのかのように料理に手をつけ始める。まあ……そうだろうな。俺からしてみればそうでもないけど、二人からしたらここは完全なるアウェー。勝手ができるわけもない。
「悪かったよ。ほら、ステラも飯にしようぜ」
「肉……魚……果実……ここは天国ですかっ!?」
すでに涎を垂らさんばかりにお預けされていたステラは満面の笑みで食事に取り掛かる。そういえば俺達と一緒にいるときもろくな食事とってなかったからな。この豪華な料理の数々に目が眩んでいるんだろう。
俺もイリスも食に関してのこだわりが薄い。三度の飯より惰眠が好きって人種だからな。でも、ステラが喜ぶならもっと良いもの食わせてやればよかったかもしれない。
次から気をつけようと心に決め、俺も懐かしい味に舌鼓を打つ。
そういえば今料理は誰が作っているんだろう。シャルロットかな?
だとしたらかなりの腕だ。以前の料理と比べても遜色ない。まあ、素材が良いってのもあるんだろうけど。
「…………」
「どうかしたの?」
「いや……」
さっきまで色々と考えてしまっていたのに二人の所へ来た途端、そんな迷いがいつの間にか霧散していた。安心する。落ち着く。俺の場所はやっぱりここなんだと強く思う。
「……お前らがいてくれて良かったなって」
「……突然何言ってるの? 頭大丈夫?」
「その辛らつな物言いも何だか懐かしさすら感じるぜ」
久々に自分がソフトMだったことを思い出し、思わず笑みが浮かんでくる。
ああ、そうだよな……やっぱり違う。紅葉や宗太郎、シャルロット達とは。
彼らは優しすぎる。例えるなら光のような存在。あまりにも純粋で、穢れを知らない。俺がどんな目的でここまで来たのかを、知らない。
願わくは、彼らがこの世界の不条理に飲み込まれぬように。
口には出さないまま、この世界の不条理に飲み込まれた俺はそんなことを祈った。




