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不死王と七つの誓い  作者: 秋野 錦
第三部 王都暗殺篇

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「起源」

 青野カナタ、帰還。

 そのニュースは王城をたった数時間で駆け巡った。

 それだけ皆にとって驚くべき出来事だと言う事だろう。何せ死んだとされていた人間が生きて帰ってきたのだ。驚くのも無理はない。


 でも隠密に行動したかった俺としてはいささか都合の悪い出来事であることにはかわりない。まあ、仕方ないといえば仕方ないけど。そんな中一番困ったのは何人かのクラスメイトが俺の部屋に押し寄せてきたことだった。


 真っ先に駆けつけてきた宗太郎なんて、何言ってるか分からないくらいの涙声で話すのにすら苦労した。疲れているから、と半ば強引に押し返しはしたが次に会う時のことを思うと気が滅入る。

 俺はもう……誰とも親しくするつもりなんてないから。


「はあ……」


 一通りクラスメイトを追い返した後、一人になった部屋でベッドに沈みこむ。旅の疲れもそうだが、色々なことがありすぎて少し疲れた。泥のように眠りたい。


 瞳を閉じて、思い浮かべるのはさきほど会った二人の少女のこと。

 シェリルの妹であるシャルロット。

 彼女の言った言葉が頭から離れない。


『私はカナタ様のことを恨んでいます』


 当然だ。恨みという感情が中々消えてくれないのを俺は誰よりも良く知っている。


「……どの口が言ってんだよ。本当に」


 俺を恨んでいるのか、なんてよく聞けたものだと自分で思う。今度会ったときには謝っておこう。彼女がそれを受け入れるかは分からないけど。


「…………」


 そしてもう一人、紅葉のあの表情も頭から消えてくれない。

 タイミングが悪かったのもある。俺にはあの時、紅葉に構ってやれるだけの余裕がなかった。予想しない人物との出会いに動揺していたことも認める。


 だけど……そうでなくても、俺は似たような対応をしていたと思う。

 俺が紅葉達を魔族に売ったのは事実なのだから。


「……早く出て行かないとな」


 俺にはこの場所にいる資格がない。目的を済ませたすぐにでも出て行こう。

 そんなことをすればきっと俺は疑われるだろうけど……構わない。もう二度と会うこともないだろうから。

 シャルロットとも、紅葉とも……誰とも。


「……そういえば拓馬、来なかったな」


 昼間尋ねてきた人達を思い出し、その中に友人の姿がなかったことに気付く。

 紅葉も、宗太郎も、奏も、仲が良かった連中は皆顔を出していった。ろくな対応が出来なかったけどな。


「まあ……あいつはそういうタイプでもないか」


 天井を見つめながら一人呟く。

 そんなときだ。部屋の扉がノックされ、一人の人物が姿を見せる。


「今、大丈夫だろうか」


 騎士剣も外し、ラフな格好で現れたルーカスさんだった。


「何か用ですか?」

「ああ。明日の前に君から事情を聞いておこうと思ってな。コハル君たちからはすでに聞いてきたのだがどうにも要領を得ない」


 コハル……ああ、宮本のことか。


「まあ、そうでしょうね。あいつらには何も詳しいことは話してないですから」

「なぜ話さなかった?」

「話したくなかったからですよ。それに話したところで信じる訳もない」


 あいつらは森が死んだことで普通の精神状態ではなくなっていた。

 怒り、悲しみ、恨み。そう言った負の感情に押され、視野が狭くなっていたのだろう。俺にも経験がある。


「あいつらは……いや、俺達は何も分かってなかったんですよ。戦うってことがどういうことなのか」


 分かっていたら奏に協力して皆を鼓舞することなんてしなかっただろう。

 強すぎる力を得て、強くなった気でいた。そんなもの本当の強さではないというのに。


「……君たちは元の世界で平和に暮らしていたのだったな。ならそれも仕方がない。そんな君たちをこの世界に呼んだ我々にこそ責任があったのだ」

「…………」


 そんなことないです。ルーカスさんは俺達に良くしてくれています。

 そう言うのは簡単だ。だけど今の俺にはそんな言葉を吐く気にはとてもなれなかった。だって、ルーカスさんの言うとおりだったから。


 今更恨み言を言うつもりも、言う資格も俺にはない。

 だが、俺達がこんなことに巻き込まれているのは間違いなくこの人達、王都の人間が原因だ。自分たちの都合で無関係の俺達を引っ張り出した罪は重い。今の今までなぜ、誰も糾弾しなかったのか不思議なくらいだ。


(……いや、その空気はあったのか)


 この世界に来た当時、誰もが下を向き落ち込んでいた。

 だからこそ、俺は奏と共謀してクラスの皆が立ち上がれるよう鼓舞したのだ。

 そんなこと、望んでいない人も確かにいたはずなのに。


「……なあ、ルーカスさん。俺達が元の世界に戻る方法をアンタ達は知らないんだったよな?」

「ああ。少なくとも私は聞かされていない」


 少なくとも私は、ねえ。

 ルーカスさんの言葉を慎重に吟味しながらその本心を探る。


「魔族と戦い、元の世界に戻る方法を探す……言っとくけどこの二つは必要条件じゃない。俺達は俺達で魔族を無視して帰る方法を探すことだって出来る」

「……つまりカナタ君は魔族との戦いを放棄すると?」

「"少なくとも俺は"そのつもりだ」

「…………」


 ルーカスさんも俺のスタンスに気付いたのだろう。精悍なその表情が一層引き締まる。今日、彼は俺の内心を暴きに来たのだろう。当然だ。王城の警備を預かるものとしてその程度の警戒は当たり前。武器を持たずに来たのは俺の警戒心を削ぐためだ。

 だけど……こっちだって色々聞きたいことはある。この機会にルーカスさんの知っている情報を聞き出してやる。


「まあ……それも仕方がないことなのかもしれないな。君はこれまで大変な思いをしてきたのだから。詳しいことはコハル君達にも話していないのだったね。どうだろう、私にその真実を話してはくれないか? どんな話だろうと信じると約束するよ」


 早速、来た。

 向こうも俺がこれまで何をしてきたのか知りたがっている。だが一方的に情報を吐き出すのはまずい。俺に得がない。


「大変だったのは事実ですけど、結構楽しかったですよ。知らないことも知ることが出来ましたし。魔族との戦闘だけはもうこりごりですけどね」

「君は魔族と戦ったのか! そうか……それで、どうだったんだい? いや、君がここにいるということは少なくとも負けてはいないということなんだろうけど……」


 ルーカスさんは俺の言葉に驚いていた。王城にいた頃の俺から考えれば無理もないけどな。しかし、予想通り魔族の話には食いついてきたか。これなら話を有利に進められそうだ。


「逃げ回って何とか、って感じですかね。それよりルーカスさんは知っていたんですか?」

「何をだい?」

「魔族がどれくらい強いのかを、ですよ」


 ルーカスさんは俺達を激励する際に、天権があれば勝てるというようなことを言っていた。クラスメイトの中にはそれを鵜呑みにしていた奴もいたようだが俺には分かる。魔族の強さははっきり言って俺達のそれを凌駕している。とてもじゃないが太刀打ちできるような相手じゃない。


 ここで問題なのは、ルーカスさんがそのことを知っていたのかということ。

 知っていたのなら彼は俺達に嘘をついていたことになる。知っていなければそれはそれで適当なことを言っていたほら吹きということになるがな。


「それは……」


 ルーカスさんはここでどう答えても信用をなくすことが分かってか、口ごもっている。だから俺はここで助け舟を出すことにした。


「別に怒っているわけじゃないんですよ。敵の戦力が常にはっきりしているとは限りませんし、上に立つものとしての責務も分かっているつもりです。俺が今知りたいのは、王都の人達がどんな認識でいるのかってことです」

「……魔族の強さについてはあまり情報が出回っていない。私が過去聞いた話では魔族の使う魔術に対抗できるのは天権だけだと、そう聞いていた」

「……まあ、そうでしょうね」


 普通の人間では歯も立たないだろう。魔族の力には。


「だが前回の王都襲撃……君が連れ去られた日のことだな。あの日に私も魔族と相対したのだが、そこで私は自分の認識不足を痛感させられたよ。他の子達の手前、迎撃に成功したと押し通したがあれはそんなものじゃない。手も足も出なかった。彼らが退いてくれなければ王都は陥落していたかもしれん」

「そこまで戦力に開きが……」


 ルーカスさんがそう言うのならきっとそうなのだろう。元々あいつらの狙いは召喚者の一人をさらうことだったようだし、それに注力していたのだ。要は手加減、時間稼ぎに徹していたということ。


「なら魔族が本気で侵略してきたらかなりマズくないですか? 今の戦力で対抗できるとは思えませんし……」

「そうだな。だから私は君に頭を下げて頼まなければならない」


 そう言ってすぐに頭を下げ、頼み込む姿勢を見せるルーカス。


「頼む、カナタ君。君の力を我々に貸してくれ」

「…………」


 上手いな。俺が少し気勢を緩めただけですぐに反撃してきやがった。ここまでは向こうの段取り通りといったところか。後はこちらがどれだけの"条件"を引き出せるかが鍵だ。


「……さっきも言いましたけど、今の俺に協力するつもりはありません」

「そこを曲げてはくれまいか?」

「嫌です……と、言いたいところですけど俺にも目的がありますからね。いくらか質問させてもらえるなら手を貸すのはやぶさかではないです」

「質問?」


 そこでルーカスさんは頭を上げ、俺の顔色を伺ってきた。真意を探っているのだろう。さて……ここからいかに上手く話を繋げられるか。


「さっきも聞きましたけど、元の世界に戻る方法は本当にないんですか? もし隠しているならそれを公開してください。でなければ協力は出来ません」

「…………」


 ルーカスさんは俺の質問に対し、押し黙っている。それだけ慎重さが求められる回答ということだ。

 元の世界への帰還方法。その情報はどうしても聞きだしたかった情報の一つ。俺はともかくいまだこの世界に囚われている皆を解放する方法だけは知っておきたかったのだ。


「元の世界に帰る方法は……ない」

「……本当にないんですか?」

「ああ……残念ながら」


 俺にはルーカスさんが本当のことを言っているか確かめる術はない。彼が知らないだけで本当は王都の誰かが知っている可能性もある。

 だが……ルーカスさんは一度目の問いで"知らない"と答え、二度目の問いには"ない"と答えた。そのことを考えるに……元の世界に戻る方法は本当にないのだと考えるべきなのかもしれない。


「……カナタ君にだけ教えるが、召喚術というのは本来異世界の人間をこの世界に呼び出す術ではないんだ」

「え?」


 ルーカスさんの言葉に思わず聞き返す。

 それは俺にとって思いもよらない真実だった。


「召喚術は本来、願いを叶える禁術なんだ。君も知っているだろう。天権とは自らの願いをこの世界に反映させる力だと」

「え、ええ。俺の天権もそうでした」

「そういう意味では魔術も天権も、全く同じ作用で発現していると言える。ではなぜ召喚者の天権と、我々の魔術。習得難易度にそこまでの差があるか分かるかい?」

「習得難易度の……差?」


 一つの魔術の習得には数年、下手したら数十年かかると言われている。それに対して俺達はたった数日で天権を手にした。だが……それはそういうものじゃないのか?

 俺の疑問に、ルーカスさんはきっぱりと「違う」と答えた。


「同じ原理で動くのだから習得の難易度に大きな差が出るはずはないんだ」

「つまり……俺達が天権を手に入れたのには何か理由があると?」

「理由……というほどのものでもないんだけど。いいかい? 魔術や天権はこの世界を作り変える術だ。常識を覆す法と言い換えてもいい。だからこそ"この世界の常識を持たない"君たちだからこそ簡単に天権を所得することが出来たんだ」

「は……? いや、でもその理屈だと俺達は誰でも簡単に魔術を会得できることになりません?」

「魔術は元の常識をズラす手段だ。つまり、元の常識を知らなければ使えないということでもある。その点、天権とは起源を異にする力だ」


 俺にはルーカスさんが何を言いたいのか分からなかった。

 そんな能力の出所なんて、気にしたこともなかったから。

 動揺する俺に構わず、ルーカスさんは話を続ける。


「話を戻すと召喚術は本来願いを叶えるための禁術だと言ったね? その禁術をとある条件で指定することによって禁術は召喚術へと変質する」

「とある、条件?」

「ああ。それは"異世界への召喚を望む者"を術式によって固定することでその者の願いを叶えるよう発動させるんだ」

「────ッ!?」


 ルーカスさんの語る話に、俺は思わず息が詰まった。

 つまり、要約すると……元の世界で異世界へ来ることを願った人間がいたから、俺達はこの世界に召喚されたのだと、そういうことになる。


「他にも条件はあるのだけれどね。その条件に選ばれた人間の周囲も同じく転移させられるよう術式も弄った。そうでなくてはたった一人しか召喚されなくなる。それは本意ではない。だから君達が30人も現れたときは正直上の連中はうるさいくらい盛り上がっていたよ。よほど一箇所に固まっていたのだろうね。30人も召喚されることは中々ない」

「……つまり、29人はたった一人……異世界へ来ることを願った馬鹿のせいで巻き添えを食らったと?」

「言い方は悪いが……まあ、そうなるな」


 異世界へ来ることを願った馬鹿。

 俺はその人物に心当たりがあった。

 いや、心当たりなんてものじゃない。思い出してみればいい。あの日、あの時、あの瞬間。足元に見知らぬ魔法陣が広がるその寸前……


 ──俺は一体、何を考えていた?


 背筋にまるで蛇が這い回っているかのような寒気を感じる。

 微かに震える体を、怒っていると勘違いしたらしいルーカスさんは見当はずれにも俺を宥めに来た。


「怒りたくなる気持ちも分かる。だが誰にも言わないでくれよ。もしこのことが知られたら魔女狩りが起こりかねない。過去、そういったことが起きた記録もあるのでね」

「魔女……狩り……」


 それは……そうだろうな。そいつのせいでこんな世界に来てしまったのだから、怒りをぶつけたくなるのも分かる。


「だ、だけどルーカスさん。さっきの話が本当なら俺達は元の世界に戻ることも出来るんじゃないのか? 俺達の中に元の世界に戻りたがってる奴はいくらでもいるんだし、そいつらを改めて条件に固定すれば……」

「それが出来ればいいんだけどね。言った通り、この術は"禁術"なんだ」


 禁術。

 それは俺にとっても馴染み深い単語だった。


「まさか……」

「ああ。願いを叶える代償……それは術者の死だ」


 つまり……王都の連中は俺達を召喚するために人間を一人、犠牲にしたってのか? そんな……そんなこと……。


「普通じゃない。そう思うかい?」

「……当たり前でしょう」

「だがこちらの世界の住民はそうは思っていない。魔族の脅威が排除できるのなら人一人の命は安いんだよ。けどまあ、そんな禁術が使える術者となれば価値は一般人より高いだろうけど。それでもだ」

「…………」

「君達には悪いと思っている。だけど禁術が使えるものもいなくなった今、君たちを帰す方法はないし、そのために我々が力を貸すこともない。それでは何のために召喚したのか分からないからね」


 ルーカスさんの語った話は多分、本当のことだ。ここでそんな嘘をつく必要がないしな。だけど……その真実を受け止めるには、あまりにも重すぎた。


「君はこの真実を知った以上、我々に力を貸してくれることはもうないだろう。でも、それでも私は君の頼みに真摯でいたかった。それだけは分かってくれ」


 最後にそう言ったルーカスさんは踵を返し、部屋を出て行った。

 お互い得るもののない対談になってしまったが……知ることは出来た。

 だがそれは知る必要のあることだったのか、知るべきことだったのか。

 今の俺には、何も分からなかった。

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