「再会の王都」
長かった旅を終え、ようやく王都へたどり着いた俺達が真っ先に行ったのは王都への道を警備する常駐兵へのお目通りだった。
その際に獣人であるステラが少し萎縮しているようだったので手を引いて先導してやった。どうやら前回のノインでもそうだったが奴隷以外の獣人ではこのように街へ入ることすら出来ないらしいのだ。
彼女が俺の奴隷であるようことさら強調することで何のお咎めもなく王都へは入れたが、こんなときだけステラを奴隷扱いすることには少しだけ抵抗があった。
「悪いな。本当はこんな扱いはしたくないんだが、そうしないと王都へは入れないらしい。少しだけ我慢してくれ」
そんな気持ちからステラへフォローを入れておいたのだが当の本人は全く気にしていないどころかむしろ嬉しそうな表情で手を横に振っていた。
「いえいえ。カナタさんが気に病むようことじゃないですよ。でも……お気遣い、ありがとうございます」
とまあそんなやり取りをしながらもようやく王都へ帰ってくることが出来たわけだが……まずはどうしようか。
「やっぱり王城に行くべきだよな? でもイリス達が中に入れるかどうかわかんないし、城下町で宿を探すのが先決か?」
俺が一同に方針を確信しようとした、その時だ。
俺達が王都へ入るのをずっと待っていたのか、只野と宮本が俺達の前に姿を現した。
「待ってたわよ、青野。さ、早いところ王城へ向かいましょう」
「お、おい」
強引に俺の腕を掴む宮本。どうやら一刻も早く俺を王城へ連行したい様子だ。
「引っ張るのをやめろ。今更どこにも逃げるわけないだろ」
「どうかしらね。ノインみたいな小さな村ならともかく、王都なら身を潜める場所はいくらでもあるわ。道中は見逃してあげたけど、ここでは監視させてもらうから」
確かに旅の間は魔獣などの危険があるため、逃げ出すなら王都が一番合理的だろうけど……こいつ、全く俺のことを信じてないんだな。俺だって王城に用があると何度も説明したというのに。
まあ、いいさ。
王城で八代に会うまでの辛抱だからな。俺も目的を前に騒ぎは起こしたくないし、ここは大人しくしておこう。
長旅での疲労はあったが、もう少し歩くことになった一同。イリスが倒れないかだけ心配だな。
「ふわあ……ここが王城ですか……凄くおっきいですね」
王城が近づくにつれ次第にはっきりと見えてくるその全貌にステラが感嘆の息を漏らす。確かにこの規模の建築物はまず他ではお目になれないだろう。何しろ、"城"だからな。城門から数えればちょっとした遊園地くらいの広さにはなるだろう。
そしてその城門を守る警備の騎士達だが、只野達が何やら一言二言告げるとすぐにその重い扉を開けてくれた。どうやらイリス達にも入城の許可が下りたらしい。
「…………あ」
一歩踏み出した先に広がるその景色は、まさに俺が召喚された王都そのものの景色だった。一ヶ月近くもの間生活していたのだから見間違えるはずもない。
──ああ、そうだよな。やっと帰ってきたんだ、俺。
その時、俺ははっきりと自覚した。自分が長い旅路を乗り切ったことを。
「ルーカスさんを呼んでくるよ。色々と報告しなくちゃいけないしね。皆はここで少し待ってて」
そう言った只野は足早に城内へと駆けていく。
正直イリス達を連れてぞろぞろ歩きたくもなかったので助かった。ルーカスさんが来るまで少し休ませてもらうとしよう。流石に少し疲れたしな。
頂点に輝く太陽にうたれながら待つこと十数分。懐かしい姿のまま、ルーカスさんが只野に連れられ現れた。
「カナタ君!」
俺の姿を確認するや否やこちらに駆け寄ってきたルーカスさんはとても活き活きとした笑顔を見せてくれた。
「よく帰ってきてくれたな。いや、本当に良く……」
そこまで言いかけて、俺の隣に陣取る宮本に気が付くルーカスさん。
「……何かあったのか?」
その間に流れる空気まで感じ取ってか、疑問を口にするルーカスさんに只野が事情を説明する。森が死亡したこと、その嫌疑が俺にかけられていること、俺の無罪を証明するため王都までやってきたこと。
「ですのでルーカスさん、すぐにでも形式裁判が行えるよう取り計らってはもらえないでしょうか」
「形式裁判? それは構わないが……そこまでする必要はあるのか? カナタ君はやっていないと申しているのだろう?」
「だとしても青野に疑いの余地があることに事実です。彼が我々の仲間に戻る資格があるのかどうか、その審判を怠ることは出来ません」
「ふむ……」
ルーカスと只野の会話の中でいくつか突っ込みたい部分もあったが、ひとまず口は挟まない事にした。やがてルーカスさんは俺と只野達の表情を見比べ、一つ頷くと、
「分かった。ミズキ君には私から話しておく。皆はひとまず旅の疲れを取りなさい。カナタ君は昔君が使っていた部屋をそのままにしておいたから、そこを使うといい。それで、そちらのお二方だが……」
「こいつらは俺の連れだ」
只野が何か言おうと口を開きかけていたが、この紹介ばかりは譲れない。俺は割って入る形でルーカスさんへ二人のことを伝えた。
「そうか、カナタ君の」
「ええ。なんで俺と同じ部屋でも構いませんから二人の滞在を許可してあげてくれませんか?」
「そういうことなら構わない。幸い王城にはまだ空き部屋もたくさんあるから、そこを使えばいい」
「ありがとうございます」
最後に一礼してその場はお開きとなった。改まった場で緊張していたのか、ルーカスさんと別れた途端に情けない顔でステラが俺の服の裾を引っ張ってきた。
「本当に王城へ泊まっても良いのでしょうか」
「ああ。ルーカスさんもさっき言ってたろ。後で部屋を確認しておいてやるからひとまず俺の部屋へ行こう」
何にしても、まずは部屋に行って道具を片付けよう。
そう思って渡り廊下を三人で進む。
王城の中に一度入ってしまえば脱出も用意ではないため、宮本もここまでついてはこない様子。あの調子で張り付かれてたら正直面倒だったのでこれにはほっとした。
「はわわ……あんな大きな中庭まであるなんて本当に立派な場所ですね」
「城の裏手には庭園もあるから覗いてみるといいぞ」
長旅を終えたばかりだというのにきょろきょろと周囲を見渡してはしゃぐステラ。こいつの無尽蔵の体力が少し羨ましい。まあ、俺も大概だけど。
「…………」
「イリス?」
そんなステラとは対照的にここに来て一言も話さなくなったのがイリスだ。最初は疲れているだけかとも思ったが、どうもそれだけでもないようだった。
「……何?」
いつも以上にそっけない口調のイリスはずっと何かを考えている様子で、返事にもいつものキレがなかった。
「いや、疲れてるなら今日はもう休もうかと思って」
「……私なら平気よ」
「そうか。ならいいんだ」
一体どうしたのだろう。王城……もっと言うなら王都に着いてからイリスの様子は少し変だ。怒っているのとも雰囲気が違うし、なんだかこの場所を"懐かしんでいる"ような目をしているのが気になる。
とはいえ、自分のことを多く語らないイリスだ。ここで追求しても聞きたい答えが返ってくるはずもないのでひとまず部屋に向かうことに。
「うし……とりあえず荷物はそのままでもいいから二人はここで待っててくれ。ルーカスさんに二人の部屋の場所を確認してくる」
二人にそう言い残して、廊下に出る。
空き部屋を使ってもいいとは言われたけど、一応の確認は必要だろう。
そう思って若き騎士の姿を探すのだが……
その途中。
ほんの一瞬のことだった。
俺の視界に、階段を下りていく一人の人影が写った。
「────ッ!?」
その姿を見た瞬間、俺の体は雷に打たれたかのように硬直してしまっていた。
なぜならその人物は"この場所にいるはずがない"人物だったから。
「あ……」
あまりの衝撃に動くことが出来なかった体を、見逃すわけにはいかないという想いで強引に動かす。もつれそうになる足を必死に動かし、その人物を追った先で……俺は見た。
──窓から入り込む風に揺れる美しい金髪を。
──メイド服に身を包む、その可愛らしい少女の姿を。
それは失ったはずのものだった。
それは俺が殺してしまったはずの人だった。
「…………ぁ」
余りの興奮で声が出てこない。
それでも俺は声をかけずにはいられなかった。
精一杯の声と勇気を振り絞って。
人の気配に気付いてか、こちらに振り向くその姿。それは……
「……シェリル?」
──かつて俺を愛してくれた少女の姿だったのだ。




