「幕間」
王都へ召喚されてからたった二ヶ月。
その程度の時間しか経っていない事に驚愕すら覚える。
これまで色々なことがあった。色々なことがありすぎた。
それら全ての経験は青野カナタという存在を改めて構築するに十分な衝撃を持っていた。
かつて非日常を熱望していた少年は死んだ。
この異世界で殺された。
では今の俺は何だ?
この死にぞこないの肉体は一体何を求めている?
死への恐怖から『不死』という天権を会得した。そのこと自体に不満はない。俺という人間をうまく表している天権だとすら思う。
しかし……かつての少年は死んだのだ。
死を恐怖した少年は、死んだのだ。
では改めて問おう。
今の俺の願いは何だ?
俺は俺へと詰問する。
俺は何を望んでいる?
天権が個人の願いを具現化したものだとするのなら、今の俺は『不死』という天権を持つに値しない。当然だ。もう死んでいるのだから。死んでいる不死者なんてパラドックスもいいところだ。
でも俺はまだ『不死』の天権にすがり付いている。
なぜだ?
それはその先に確かな目的があるからだ。
答えなんて分かりきっている。
すでに死んでいる俺が死にきれていないのはただそこに想いがあるからだ。
──あいつ等を、あの裏切り者どもを殺すまで死ねない。
たったそれだけの想いを胸に、俺は今日まで生き続けてきた。
だとするならば。
俺の望みがたったそれだけだとするならば……
復讐を遂げた時、きっと俺は死ぬのだろう。
『不死』の天権を失い、ただの人として死ぬことが出来るだろう。
或いは……それこそが本当の俺の願いなのかもしれない。
だとすれば、こんな俺に不死の天権はやはり似合わない。
けど、俺にはお前しかいないんだ。この力だけが唯一、俺の力だと誇れるものだから。まだ失いたくないんだよ。彼女に褒めてもらったこの力だけは……。
だからもう少しだけ、力を貸してくれ。
卑怯者だと罵られようと、臆病者だと蔑まれようと、復讐を終えるまで俺は人であることすら捨てて見せるから。どんなものでも斬って捨てて見せるから。
だからもう少しだけ……俺を見守っていてくれ。
すぐに俺もそっちに行くから。あと少しだけ待っていてくれ──シェリル。
「…………」
「どうかした? カナタ」
隣を歩くイリスがふいに俺の顔を覗き込む。
黙りこんだ俺を心配してくれたらしい。
「別に、少しだけ懐かしい気分にさせられただけだ」
「まあ、そうでしょうね。貴方にとっては久しぶりの帰郷……ってほど時間も経っていないかしら」
「加えて別に郷里でもないしな」
「でも、何かしら思う所はあるのでしょう?」
「……ここにはあまり良い思い出がないんだよ」
俺は両手を挙げて誤魔化すのをやめた。イリスに対して、こういう遠回りな会話は疲れるだけだからな。
「少しだけ……ほんの少しだけ泣きそうな気分になったんだよ」
「……今なら誰も見てないわよ」
「お前が見てる」
「なら私以外、誰も見てないわよ」
本当にああいえばこういう。もう少し考えてから喋ったらどうなんだよ。
「きっと中に入れば泣いてる暇なんてないわよ。だからほら、泣くなら今よ」
「何でお前はそこまで頑なに俺を泣かせようとするんだよ。ちょっと泣きそうになっただけって言ったろうが」
「だって貴方の泣き顔なんて中々見れないでしょう? 永久に脳内保存しておいてあげるから今、まさに今泣きなさい」
ぼすぼすと俺のわき腹に拳をぶつけながら泣け、泣けと迫ってくるイリス。
もうそこまでいったら脅迫と変わらないんですけど。こんなので泣けるとしたらそれは別の意味だ。
「ったく、お前はよ」
イリスの頭をわしわしと撫で回して殴るのをやめさせる。
本当に、こいつは……
「カナタ」
「……何だよ」
「死んだら駄目よ」
ぽつり、とイリスが漏らした言葉に内心どきりと震える。
イリスは本当に俺の心を読んでいるんじゃないかと思うほど、勘がいい。
「……死なないさ。俺が死なないことくらい、お前が一番良く知ってるだろ?」
だからこそ、俺は誤魔化すしかなかった。
嘘をつくしかなかった。
「約束よ? 勝手に死んだら殺すからね」
死んだ人間をどうやって殺すんだよ、と突っ込む暇すら与えられずイリスは足早に先を急ぐ。
どうやらただそれだけ言いにきたらしい。
あいつらしいっちゃらしいな。
きっとイリスは俺の表情を見て、悟ったのだろう。俺の内心を。
俺とイリスは似ている。思考回路も、境遇も、性格自体も。だからだろうか、イリスは俺のことが良く分かるし、俺はイリスのことが良く分かる。まるで双子の兄妹か何かのように。
「……死にやしねえよ」
もう一度、届かぬ言葉をイリスに送る。
心配するなよ、イリス。俺の復讐にはお前の復讐も入っているんだからな。勝手にお前の力だけを借りて先に逝ったりなんかしない。俺が死ぬときは、全ての復讐を終えてから。そう誓ったんだ。
俺の復讐と、イリスの復讐。
イリスに関しては難易度も分からない状況だが構わない。どんな茨の道だろうが付いて行ってやるよ。お前を一人にしないと、お前の手をとったあの日にそう決めたからな。
「さて……まずは一つ目から片付けますかね」
道は狭く、険しい。
だけどそれでいい。俺が往くのは死への旅路だ。修羅の道だ。
安らかな道の先に、俺の目的は待っていない。だから、それでいい。
どんなに厳しかろうと、ただ真っ直ぐ進むだけだ。
──眼前に見える"王都"に俺はそう自分に言い聞かせる。
これまで色々なことがあった。色々なことがありすぎた。
けど……それももうすぐ終わり。
ついに俺は王都へ帰ってきたのだ。
さあ、終わってしまった全てを今ここから始めよう。
非日常を望んだ愚かな少年の物語を。
──復讐の物語を。




