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不死王と七つの誓い  作者: 秋野 錦
第二部 復讐者篇

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「嫌疑」

 気付けば柔らかいベッドの上で俺は横たわっていた。

 曖昧な記憶を辿り、腹部の傷を確認するがそこにはすでに痕すら残っていない。無くなりかけていた魔力も快調。どうやら俺は何とか生き延びたらしい。


「カナタさん?」


 ふと耳に届いた声に振り向けば、そこには桶に入った水を運ぶステラの姿があった。


「ああ、良かった……気分はどうですか? カナタさん」

「ステラ……ああ、大丈夫。少し頭が重いけどそれぐらい。それより俺は……」


 何があったのか思い出そうとするが、それも出来なかった。はっきりした記憶であるのは森と一緒にいたところを襲われ、何とか逃げようと道中を彷徨っていたところまで。


「覚えてないんですか? カナタさんは昨日の昼過ぎに突然血だらけの格好で帰ってきてすぐに意識を失ったんです。私もイリス様もびっくりしましたよ。それまで喧嘩してたのも忘れて一緒に看病してたんですけど……あ、すぐにイリス様も呼んできますね」


 慌しく部屋を後にするステラ。

 何と言うか落ち着く光景だ。

 しかし……俺は自力で宿まで帰ってこれていたのか。全く記憶がない。

 それほど疲労していたということだろうと納得したところで、部屋の扉が開きイリスが姿を見せた。


「やっと起きたのね。カナタ」

「ああ。もう大丈夫だ」


 やっとって、一日しか寝てないはずなんだけどな。

 思いながらも口には出さない。イリスもステラも、目元に隈が残っている。きっと優しいこいつ等のことだ。俺につきっきりで寝ずの看病をしていてくれたのだろう。


「よっ、と」


 起き上がり、体の調子を確認する。

 うん。これなら大丈夫そうだ。


「二人とも、予定より一日早いが明日王都に向けて出発しようと思う」

「病み上がりなのだからむしろ遅くても構わないのだけれど?」


 俺の体を気遣うイリスに、俺は端的に状況を告げる。


「魔族が現れた」


 その一言だけで二人の顔に緊張が走る。


「なるほど……そういうことね。で、その魔族は何人いたの?」


 しかし、頭の回転の速いイリスはすぐに自分のペースを取り戻し昨日何があったのかまでアタリをつけてきた。


「二人。一人には重傷を負わせられたんだが、もう一人が後から出てきてな。逃げるしかなかった」

「そう……それなら早めにこの街を出たほうがいいかもしれないわね」

「ああ。準備が出来次第……ってのは流石にキツイと思うから二人が休んでから出発する。その間に俺が旅支度を整えておくからもう休んでいいぞ」

「分かったわ」


 頷くイリスとは対照的に、いまだステラは何がなにやら分かっていない様子。

 ああ……そういえば魔族関連についてはまだステラに話してなかったんだっけ。


「あの、カナタさんはその……魔族に追われてるんですか?」

「俺……というか俺とイリスだな。魔族から目の敵にされてるみたいだ。昨日もそのせいで殺されかけた」

「それは……」


 ステラの顔にははっきりと恐怖が刻まれていた。

 それもそうだろう。この世界で魔族とはそれほどの脅威なのだから。そんな魔族から狙われている俺に同行しようものならそのとばっちりがステラに行くのも想像に難くない。ステラが俺と一緒にいることに抵抗感を覚えるのも当然だろう。


「悪い。黙ってて。だけど俺も狙われてるかもって程度の認識だったから余計に怖がらせるのもどうかと思ってさ」

「え? あ、いえ別にそれはいいんです。ただ……私が力になれるか不安で」

「え?」

「え?」


 お互いきょとんとした表情で顔を見合わせる。

 どうやら……ステラは俺の考えていたのとは全く違うことで悩んでいたらしい。


「ステラは旅のサポートさえしてくれれば十分だ。戦うのまで強制したりはしないから」

「そうなんですか? でも私は獣人ですから、戦闘でも少しくらい役に立てるかもしれませんよ?」


 獣人は魔力の操作能力に劣る分、身体能力が他の種に比べて高いということは知っていた。ステラ自身の実力も、旅の間に散々見せてもらったからすでに把握してはいる。


「けど……やっぱりそれでも俺はステラには戦って欲しくない、かな」

「どうしてですか? 私は別に構いません。カナタさんが望むなら一緒に戦うことだって……」

「俺は」


 ステラの言葉を遮るように、口を開く。


「俺のせいで誰かが傷つくところなんて……もう、見たくないんだよ」


 正直、ステラの戦闘能力は予想以上に高かった。手伝ってくれるというのならそれを利用してやろうぐらいの感覚でいたのも事実。

 以前の俺なら一も二もなく助力を頼んでいただろう。

 だけど……ステラの境遇をこの村で知り、再び目の前で知人を失う経験をした今の俺にはどうしても言う事が出来なかった。


 "俺の為に死んでくれ"


 どこかそう言っているように思えてしまって。


「悪いな」


 少しだけ寂しそうな顔をしたステラの頭をくしゃくしゃと撫で付ける。

 それからすぐ休むように告げ、俺は一人旅支度を整えることに。


 三人分の道具を一から確認していく。といっても二度目の旅路だし、苦労するようなことは何も無かった。古くなった消耗品を新調し、ステラ用のナイフを護身用に買っておく。ただそれだけの手間で俺達の旅支度は終了した。


 店を出て空を見れば夕焼けが広がる時間帯。家路に着く人々に混じって俺も宿へと向かう。

 二人はまだ寝ているだろうか。だとしたら今日までのお礼も込めて俺がとびっきりの夕飯を準備しよう。

 そう思っていた。その時だ。


「青野っ!」


 俺の名を呼ぶ声が通りに響く。

 振り返ったそこにいたのは……三人。


 その内の一人が鬼のような形相をして、俺へと飛び掛るのが見えた。

 荷物を持っていた俺はその突然の行動に面食らい、咄嗟に対応することが出来なかった。結果、その人物……宮本小春の拳が俺の頬を殴りつけた。


 本気の拳に、俺はたまらず荷物を手放し後退するが宮本は逃すつもりがないらしく二発目の拳を俺に叩きこんできた。


「何のつもりだ!」


 その手を掴み、問いかけるが次の瞬間に俺は見えない手に掴まれたかのような感覚に襲われ地面へと叩きつけられた。

 先ほどまでの宮本の腕力ではありえない膂力に、俺は宮本の天権を思い出す。


 ──『念力』。


 触れずとも物体を動かす超能力。実際に体験すると本当に強い。男の腕力でも何の抵抗も出来ないまま地面に貼り付けられたのだから相当の威力だ。


「何のつもりですって!?」


 宮本は激昂したまま俺の上に馬乗りになり、拳を振るってくる。何とか腕を使ってガードしようと試みるが俺の腕は念力によって押さえられ、防御することすら出来ず宮本の拳打を受け入れるしかなかった。


「宮本! やめろ!」


 一方的な暴力を振るう宮本を止めに入るのは先ほど一緒に姿を発見した只野だ。只野が宮本の体を俺から引き剥がすと同時に宮本の念力も消える。


 只野の天権は『魔力操作』。魔力を基に発動する魔術や天権を只野は触れただけで乱すことができる。完全に打ち消すわけではなく、術式を塗りつぶし魔力の方向性を強制的に変更できるからこその『魔力"操作"』だ。


 その只野が宮本に触れたおかげで俺の枷も外れたらしい。

 すでに治ってはいるが、確認の意味も込め頬を拭いながら立ち上がる俺に、只野は状況を説明してくる。


「悪いな、青野。だが許してくれ。僕達は全員今、平常心を保つのに苦労しているところなんだ。お前なら分かるよな?」


 只野の言葉に、ちらりと後方へ視線を向けると吉本の不安げな顔も見えた。

 この三人が揃って俺に会いに来た理由。そんなもの、考えるまでも無い。


「森のことか」

「っ……やっぱりアンタがっ!?」

「宮本、落ち着け。まだそうと決まった訳ではないだろう」


 そういえば宮本は森の恋人だったんだっけ。

 それなら彼女の取り乱しようも理解できる。


「それで、俺に何の用だよ」


 理解は出来ても、いきなり殴られたことを許したりはしないけどな。

 ぶっきらぼうな俺の言葉に、宮本はまた殴りかかってきそうな顔をして、只野は困ったような顔を浮かべる。


「昨日、森の死体が見つかった。ついさっき葬儀も終えてきたところだ」


 ゆっくりと、その場の全員に言い聞かせるように只野が口を開く。


「僕達は昨日の朝、森が君の元へ行くと言って出て行くのを見ていた。その後何があったのかまでは分からないが……以前の君の態度を考えるに、それほど可能性はないと考えた」


 どこか言葉を探るような只野の態度に、俺は苛立ちを感じていた。

 はっきり言えば不快感。森の死に立ち会った以上、こういう追求はいつかされるだろうと思っていたが実際にそうなると申し訳なさよりも苛立ちが先にくる。

 俺の意見も聞かず、喚き散らす宮本の存在もそれに拍車をかけていた。


「はっきり言えよ。俺のこと、疑ってんだろ」


 だからだろうか。俺はしなくてもいい煽るような口調になって只野達の真意を問い正した。普通に考えてあんなところに魔族が出たなんて誰も思わないだろうし、彼らの狙いが俺だった為かこの村にも被害は及んでいない様子。それなら真相にたどり着かなくても仕方が無い。


 だとしても……それは俺を疑っていい理由にはならないがな。


「……ああ、そうだ。僕達は青野を疑っている。だからその疑惑を晴らす為に、青野の話を聞きたい。一体何があった?」

「…………」


 只野の問いに、俺はすぐに答えることが出来なかった。それは迷っていたから。本当のことを言うかどうかを。それに加えて本当のことを言って信じてもらえるかどうかを。


 本当のことを言ったところで信じてもらえない可能性はかなり高いように思える。こんなところに魔族が現れたなんて都合が良すぎる言い訳に聞こえるだろうし、なぜ現れたかの説明が出来ない。


 俺が魔族に追われていることは説明できるだろう。だがその際にどうやって恨みを買うようになったかを説明しないとならず、その説明には灼熱の剣の存在を明かす他ない。


 彼らの知る不死の天権を持つ俺は、死なないだけのお荷物という扱いだったからな。魔族の一人を殺したと言っても説得力がない。

 しかし、灼熱の剣のことを話すのは抵抗がある。

 俺の切り札だから、というだけではなくその出所であるイリスのことまで説明することが躊躇われたからだ。


 彼女は自分の能力を知られることを嫌っていた。その力を狙って寄ってくる魔族という存在が事実としてある以上、迷惑をかけないという意味でも、迷惑をかけられたくないという意味でも秘密の保持は絶対だ。


 それに……そういう理屈を抜きにしてもイリスの情報を誰かに渡すという行為は俺にとってあり得ないことだ。彼女の許可を取っていない以上、それは灰色以上の裏切り行為。


 俺だってイリスが俺の天権のことや、禁術のことを知らない間に誰かに話せば少なからず裏切られた、と感じることになるだろう。そんな想いをイリスにだけはさせられない。


 そういう事情があるため、俺は森の死に対し理論的な説明をすることができない。出来れば彼らと出会わないまま村を出られればと思っていたのだが……どうやらそれも甘い考えだったらしい。


「黙ってないで答えなさいよっ!」


 俺の沈黙に痺れを切らしたらしい宮本が叫ぶ。

 しかし……答えられないものは答えられないのだから仕方がない。

 だから俺に出来たのはたった一言。


「俺はやってない」


 自分の無実を訴えることだけだった。


「……青野。何があったのか説明してくれ。それで僕達は納得できるんだ。でないと……」


 分かるだろう? と言いたげな様子で俺に視線を投げかける只野。

 これは……参ったな。完全に俺を疑っている。

 辛いのは事情説明が出来ないまま実行犯の容疑者に挙がっていること。これではいくら俺が口で無罪を主張しても聞き入れてもらえるはずも無い。


「…………」


 答えられない俺と、俺の言葉を待つ三人。

 しばしの沈黙がその場に降りた。


 舌打ちしたくなる気持ちを抑えながら俺はどうやって弁明すればいいか思考を巡らせる。この状況で俺に取れる選択肢はそれほど多くない。


「……俺はやってない」


 そして結局、俺は同じことを繰り返し言い聞かせるしかなかった。

 逃げることも、打ち明けることも出来ないのなら信じてもらうしかない。

 しかし……


「信じられないわね」


 全てを打ち明けないまま信じてもらおうなんて、それもまた甘い話だ。

 案の定、疑惑の目をこちらに向ける宮本は俺を完全に犯人だと思っている様子。


「青野……」


 そしてついには只野まで、じり、と地面をならしてこちらににじり寄る姿勢を見せ始める。どうやら俺を捕らえるつもりらしい。その空気を感じた俺は……


「はぁ……」


 説得することを諦めた。

 こうしてだらだらと無駄な口論を続けるのが面倒になってしまったのだ。それに俺を端から犯人だと決め付けているこいつらの態度も気に入らない。

 あからさまにため息をついて見せた俺に、宮本はむっとした表情で言い寄る。


「何よ、言いたいことがあるならはっきり言いなさいよ」

「別にいい」


 どうせ本当のことを言っても信じないだろうしな。

 喉元まででかかった言葉を呑みこむ。そこまで言ったらただの煽りでしかない。しかし、言葉にしなくても態度は伝わるもので俺と宮本の間にぴりぴりとした一触即発の空気が流れ始める。

 もう次の瞬間には爆発してしまいそうな、そんな空気の中。


「あ、あのっ!」


 これまでずっと黙っていた吉本が口を開いた。


「わ、私は青野君のこと……信じてます。そんなことする人じゃないって」

「何言ってるのよ。こいつが何か隠してるのは明らかじゃない!」


 そしてそれに即座に反発する宮本。こいつ、と俺を指差すその仕草に不快感を感じながら俺は吉本を観察する。

 あまり普段から自己主張するタイプではない吉本がこうして俺を弁護するようなことを言うのは正直意外だった。だけど信じてくれるというのなら是非もない。


「……俺はこれから王都へ向かうつもりだ」


 少しだけやる気の回復した俺は三人に向け、話しかける。

 突然話題を変えた俺に、三人は耳を傾け言葉を待つ。


「王都にはクラスの連中のほとんどがいるんだろ? だったら八代もいるはずだ。俺の言っていることがどうか、『読心』の天権で判断してもらおうぜ」


 八代瑞樹(やしろみずき)

 彼の持つ天権は『読心』といってそのまま文字通り心を読む天権だ。彼の天権で判断してもらえば、俺の無罪を証明することができるだろう。


 正直そこまでする必要があるか疑問だが、どうせ俺は王都へ向かうつもりだったのだ。"用事"のついでにこの面倒な嫌疑も晴らしておくのがいいだろう。

 賛成する吉本、判断に迷っている様子の只野、今すぐ無理やりにでも口を割らせるべきだと豪語する宮本。三人三様の主張があったが結局は俺の意見が通る形になった。


「……途中で逃げようとしたら足を"捻る"から」


 最後に俺にぶっそうな言葉を残す宮本にのみ、不満が残る形で。

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