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不死王と七つの誓い  作者: 秋野 錦
第一部 王都召喚篇
6/163

「怪物」

 クラスメイト達のほとんどが天権の扱いにも慣れ始めた頃のことだ。

 俺たちを再び中庭に集めたルーカスが宣言した。


「今日は皆に実戦を経験してもらおうと思う。ギルドの依頼にゴブリンの討伐が張り出されていたので、今日はこの依頼を受けてもらう」


 ひらりと、一枚の紙を取り出したルーカス。

 ちなみにギルドとは冒険者ギルドのことで、主に都市の防衛を担う傭兵達の会社のようなものらしい。


「あんまり大人数でも仕方が無いからな。今回は部隊の最小単位。四人一組で依頼をこなしてもらう。まずは好きに四人組を組んでくれ。バランスが偏っていると思えば、そこは私が調整する」


 ルーカスの言葉に、それぞれ四人組を作るクラスメイト。

 というか俺みたいなボッチに『好きに組んでくださーい』は死刑宣告に等しい。くっ……中学時代の黒歴史が……ッ!


「カナター! 一緒に組もうよ!」

「宗太郎、お前が居てくれて……本当に良かったッ!」

「え? と、突然どうしたのさ?」


 戸惑いながらも嬉しそうに笑みを浮かべる宗太郎。

 ああ、友人とは素晴らしい……。

 固い友情を確かめ合う俺たち。


「あ、あの私も一緒させてもらってもいいかな?」


 そんな俺たちの前に現れたのは……


「出たな上原さん! 俺はもうアンタの正体は見破っているぞ!」

「え? な、何のことかな?」

「白々しい! この腐女子が!」

「ちょ! 青野君、そんな大声で言わないでよ! 恥ずかしいじゃない!」


 恥ずかしいと言うことはガチなのか……察してはいても、本人が否定しないと結構きついものがあるな。


「ね、金井君もいいよね? 私が一緒でも」

「僕は構わないけど……」

「ほらほら、金井君もそう言っているんだし、青野君も」

「ぐぬぬ……裏切ったな、ブルータスッ!」

「な、何で僕!?」


 はぁ……仕方が無い。

 上原さんには困ったものだけど、このままでは二人ボッチになる可能性もある。断腸の思いで受け入れようではないか。断腸の思いで!


「あれ、麻奈ちゃん、そっちのグループ入ったの?」


 俺たちが三人組になったとき、二人の男子生徒が驚いた表情で上原さんを見ていた。


「うん、今日はこっちが気になる……じゃなくて、こっちに入れさせてもらうことにしたから。そっちは二人でヨロシク!」

「えー、何だよそれ。折角一緒に行こうと思ってたのに……」

「まあ、いいじゃねえか忠。麻奈がこう言ってるんだし」

「……つまんないの」

「ごめんね下野君。この埋め合わせはまた今度するから」


 両手を合わせて舌を出してみせる上原さん。


「ま、まあそれならいいけどさ……」

「んじゃ、今回は別行動ってことで。またな、麻奈」

「うん、中村君もごめんね?」

「いいって、いいって。ただ、俺にも埋め合わせはちゃんと頼むよ?」

「うん、分かった」

「それじゃ、また」


 最後に手を振って去っていく二人。

 確か……背の低い妙に渋っていた方が下野忠。背の高いチャラ男っぽいのが中村翔だったかな?


 あんまり接点はない二人だけど……意外だ。

 二人の態度は明らかに相手に好意を寄せているそれだった。まさかこんな腐女子が同時に二人の男に好かれているだなんて……意外だ。

 名前が麻奈だと初めて知った上原さんにちらりと視線を向けてみる、すると……


「ふふふ……翔×忠……やっぱりこのカップリングは最強ね」


 非常に残念な独り言が漏れていらっしゃった。

 もう……やだ……。


「うーん。これで三人だけど、後一人はどうしよっか」


 純粋な宗太郎は上原さんの独り言の意味が分からなかったのか、そんなことを言っていた。これで三人だからな、あと一人いる。


「それなら多分、そろそろ周囲の目を気にしてそわそわし始めてる奴がいるだろうからそいつにしようぜ」

「え、それって……」

「まあ、ちょっと待ってろ……おーい! 拓馬!」


 俺は周囲を見渡して、案の定一人佇んでいたその男に声をかける。


「……何かようかよ。カナタ」


 いつもの仏頂面……に、少しだけ安堵の色を混ぜた拓馬がこちらに歩み寄る。

 何でもないように振舞っちゃいるが、内心ほっとしていることだろう。


「ふふ……お前、いつもより早足でこっち来たな」

「……殺すぞ?」

「まあ、そう怖い顔すんなって。後一人足りないんだ。こっちの組に入れよ」

「別に、構わねぇけどよ」


 そっけない態度を取りつつも、決して断らない拓馬君。ウケる。


「えと、黒木君? よ、よろしくね?」

「……ああ」


 よし! あの上原さんですら話しかけるのに躊躇している! これで少しは大人しくなることだろう。


「これで四人揃ったけど、バランスはどうなのかな?」

「ああ、そういやそんなこと言ってたな」


 バランスが悪ければ調整する、と。

 ここにくるまででも結構疲れたから、これ以上班決めで手間取りたくない俺は、俺たちで能力の確認をすることにした。

 最初に手を上げたのは宗太郎。


「僕の天権は『魔導』。魔術に関する理解が深まるものなんだけど……ごめん、まだ二、三個しか魔術を覚えていないんだ」


 それでも十分すぎるほどに十分だ。

 魔術なんて、一つ覚えるのに10年かかると言われているのだから一週間で三つなら異常もいいとこだ。

 次。


「私の天権は『障壁』。そうだね、見えないバリアを張るって感じかな? 今のところ精度には自信ないんだけどね。あ、強度は結構あるよ。それはルーカスさんのお墨付き」


 なるほど。防御役としては申し分なさそうだ。

 精度がどれくらい怪しいのか気になるが、そこら辺はまた後で確認すればいいだろう。

 次。


「……オレは『生成』だ。武器が作れる」


 言葉短く説明した拓馬。

 武器が作れると言うことは、俺でも役に立てるかもしれない。


「話を聞いた限りでは結構相性良さそうだな。俺たち」

「うん、そうだね。バランスは取れてると思う」


 攻撃役の宗太郎、防御役の上原さん。それに俺と拓馬が武器を作って前衛をやればそれなりの形にはなりそうだ。


「ねえ、まだ青野君の天権が何か聞いていないんだけど」


 と、思っていたら上原さんが地雷を踏み抜いてくれやがりました。

 折角宗太郎と拓馬が気を使って追求せずにいてくれたのに……ッ!


「あ、あの上原さん、カナタはその……」

「? 言い辛い能力なの? でも折角パーティーを組むんだし教えてよ。誰にも言わないからさ」


 本気で気を使っている優しげな笑みを浮かべて話を促す上原さん。

 くっ……いつもは気遣いのきの字も持ち合わせてないのになんでこんなときだけ……ッ!


「……カナタはまだ天権が見つかってねぇんだよ」


 この微妙な空気に業を煮やした拓馬があっさりと暴露しやがった。


「え!? ま、まだだったの!? だってあれから一週間も経ってるんだよ!?」


 『えー、童○が許されるのは小学生までだよねー』みたいな口調で口に手を当てて驚く上原さん。いや、上原の野郎。


「ぐっ……」


 なんという……屈辱ッ!

 確かに俺以外のクラスメイトは三日で全員天権を見つけたけど……見つけたけど!


「ご、ごめん……そうだよね。そういうこともあるよね? 一週間くらい見つからないってことも……うん! 全然普通だって!」

「上原ァ……それ以上言うな……」

「いきなり呼び捨て!? けど、ごめん……」


 本気で申し訳なさそうな顔の上原。

 ……はあ……仕方ない。


「……悪い、ちょっと取り乱した」


 別に上原が悪いわけでもなんでもないからな。いい加減八つ当たりみたいなことは止めよう。呼び捨ては止めないけどな。


「よ、良かった……もう許してもらえないかと思ったよ」


 あはは、と笑みを浮かべる上原。

 確かに上原への恨みはないが、この劣等感が消えるわけもない……うう……


「……まあ、元気だせよ」


 余りにも俺の姿が哀れだったのか、拓馬までもがそんなことを言ってくる。

 止めて! その優しさが痛いから!


「拓馬×カナタ……アリね!」


 そして平常運転の上原。

 ……大丈夫かよ、このチーム。




 それから俺たちは街を抜け、森林の奥へと歩を進めた。

 ゴブリンの捜索のためだ。見つけ次第、即抹殺。それが今回の任務だ。


『しっかし、この魔術便利だな。さすが宗太郎だぜ』


 俺は口を開かないまま、『念話』で三人に語りかけた。


『隠密行動の際には必須だね。この魔術』

『役に立てたなら良かったよ』

『現状一番役に立っているのは間違いねぇだろうな。誰かさんと違って』

『おい、拓馬。その誰かって誰だよ。おい』

『…………』

『無視すんな!』

『うるせえ。武器返してもらうぞ』


 うっ……それを言われると弱い。

 俺は手元にある両刃の剣を見る。正直、これがなければ役立たず以下。足手まといまでその価値を落とし込むだろう。


『生意気なことを言って申し訳ありませんでした。拓馬様』

『分かればいいんだよ。分かればな』


 くそっ……調子乗りやがって、もう誘ってやんねーぞ!?


『けど、結構意外だね。黒木君ってもう少し怖い感じの人かと思ってたよ』

『あ、それは僕も思ってた』

『…………オレはそれに何て返せばいいんだよ』

『ぷすすー! いっつもむすっとしてっからそんなこと言われんだよ。ほらほら、たまには笑ってみてもいいんだよ拓馬ちゃん?』

『……カナタ、表でろ』

『ここが表ですよー』

『剣返せ』

『まことに申し訳ありませんでした』

『『変わり身、はやっ!?』』


 いや……流石に武器を盾に取るのは卑怯だと思うのですよ。逆らえないじゃないか。武器なのに、盾とはこれいかに。

 そんなくだらない会話を交わしながら、俺たちは奥へ奥へと進んでいく。

 隊列は俺と拓馬が一番前。唯一の女の子ということで上原が一番安全な真ん中。そんで危険なのか安全なのかよく分からない最後尾が宗太郎だ。


『けど、青野君と黒木君って仲良いよね? いつから二人はそんな関係に? ……ふふふ』

『おい、上原ァ! 何か最後変な笑み漏れてんぞ!』

『いやだなー、青野君。レディーに対してそれは失礼だよ?』

『うるせえ腐女子!』

『ストレートにひどっ!』

『……ねえ、黒木君。婦女子って悪口だったっけ?』

『……オレに訊くな……』


 ざっざっ、と足並みだけが聞こえる。

 念話の魔術は本当に不思議な感覚だ。携帯電話を使っているのともまた違う聞こえ方。うーん……魔術って不思議。


『……おい、止まれ』


 俺が魔術について考えていると、突然拓馬が俺たちを制止した。


『黒木君?』

『……何か、いる』


 拓馬の言葉に、俺たちは周囲を警戒する。

 俺には何も感じ取れなかったが、拓馬がこう言っているのだ。確かに何かの気配を感じ取ったのだろう。

 拓馬は昔から喧嘩ばかり過ごしていたせいで、こういう血の気を自然と感じ取れるようになってしまったのだとか。


『右だ!』


 拓馬の声に、俺たちは一斉に振り向く。

 草むらの中、そこに確かに動く生き物がいた。


 ──ガサッ!


『……ッ!』


 妙な緊張感の中、その草むらから飛び出してきたのは……


『……ウサギ?』


 真っ白な体毛に包まれた、ウサギのような生き物だった。

 草を()んでいるところをも見るに、草食なのだろう。危険な相手ではない。


『び、びっくりした……』


 宗太郎の安堵の声が聞こえる。

 ウサギはじっとこっちを見ていたかと思ったら、そそくさと草むらに逃げていった。これで完全に安全だろう。一応、あの可愛らしいフォルムで残虐! みたいなオチがないとも限らないからな。


『よ、良かったね。なんとも無くて』

『拓馬がビビリ過ぎなんだよ。何が『右だ!』だよ』

『う、うるせえな! 何か危険な気はあったんだよ!』

『まあまあ、いいじゃない。なんとも無かったんだから』


 俺たちは腰が引けていた互いを笑いあって、再び歩み始めることに。


『あ、ごめん。靴紐ほどけてるからちょっと待って』


 乱れた隊列の中、上原が俺たちにそう言って、その場にしゃがみこんだ。


『気をつけろよ。ゴブリンじゃなくても、転んだだけで結構怪我しそうだからさ』


 俺は振り向いて上原を待とうとした。

 その時だった──


 上原の屈んだ傍の木の枝の上に、その『化け物』は居た。


 茶色の皮膚に、ぎろぎろと忙しなく動く真っ赤な眼球。その口元は三日月に歪んでおり、ちろちろと蛇のように先が割れた真っ黒な舌が覗いている。開かれた口元に不規則に並ぶ犬歯のように尖った牙は、黄色い涎に濡れている。

 そして……


 1メートル程度のその小さな体が上原の頭部に向けて弾丸のように飛び出したのだ。


『────ッ!』


 声を出す暇もなかった。

 俺は咄嗟の判断で飛び掛っていた。


 上原の体を突き飛ばすようにぶつかり、その軽い体を吹き飛ばす。屈んでいた上原はなすすべなく俺のタックルを受けて転倒する。

 そして、その直後に俺の体にとてつもない衝撃が走って、俺も吹き飛ばされるように地面を這った。

 視界の先に、上原が呆然とこちらに視線を向けているのが見える。良かった。上原は無事のようだ。


「あ……あ、あ、あああああァァァァァァァァアァァァァアア!!」


 上原の絶叫が鼓膜を震わせる。

 その声で先に行こうとしていた拓馬と宗太郎も異常に気付き、こちらに戻ってくる。二人はまず上原の状態を確認してから、俺を見て……絶句した。


「か、カナタぁぁぁッ!」


 拓馬の声が聞こえる。

 あれだけ隠密行動云々と言っていたのに、全員念話を使うことすら忘れている。


 ……っと、そんなことよりさっきの化け物だ。

 妙に頭が重い感覚を不思議に思いながら、俺は立ち上がろうとして、転倒した。


(…………あ?)


 べちゃりと体を濡らすその液体にようやく気付く。どうやらこの液体のせいで転んでしまったようだ。俺は今度こそ慎重にと、体を起こそうとして、再び転倒。

 頭が混乱していた。

 何で俺は起き上がることも出来ない?

 俺はそんなに運動神経の悪い奴だったか?


 俺は自分の体を叱咤するように、力を入れ……その感覚がないことに気付いた。

 不思議に思って視線を向けると……見えた。


「あ、あ、あ……」


 もっと正確に言うのなら、『見えなかった』。

 俺の上半身。その右側に付いているはずの右腕が……


「あああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあぁあああああああああああ!?」





 ──俺には付いていなかったのだ。

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