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不死王と七つの誓い  作者: 秋野 錦
第二部 復讐者篇

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「忍び寄る恐怖」

 イリスと俺がまだ囚われていたときのこと。

 俺はリンドウを含め、四人の魔族と顔を合わせていた。

 一人は忘れられないあの男、リンドウ。

 そして彼らを取りまとめていた代表格のスザク。


 他二人は顔と名前を知ってはいても話したことはないし、どんな人柄なのかも大体の雰囲気からしか判断できなかった。

 その片割れであるコテツが今、俺の目の前にいる。


 この弛緩した空気を醸し出す男は俺にとって過去の残滓。膿んだまま癒えることないのない傷口を犯す敵意の象徴だ。

 思わず視線に力が入り、睨み付ける格好になるが当の本人には全く気にした様子が無い。それどころか、今まさに攻撃した森すらも興味なさそうに放り投げ、アゲハに向け声をかけ始めた。


「……だから一人で突っ込むなって言ったのに」

「ぐ……うるさいわね。こんな傷くらいどうってことない」


 右腕の肘から先が無くなってこんな傷もないだろうにアゲハは強がってそう言った。いや、今はそんなことより……


 地面にうつ伏せに倒れた森に視線を向ける。

 すでに息はない。一度に大量の血液を失ったことでショック死したのかもしれない。


 俺と森は友達なんかじゃない。

 ただのクラスメイトですらない。


 それどころかつい先ほど俺は森を殺してでも自分の我を通すつもりでいた。

 だというのに……


(何なんだよ……この気持ちは……)


 この胸を焦がす感情を、俺は言葉に出来なかった。

 悔しさとも、怒りとも、悲しみとも違う。


 強いて言うなら痛み。


 痛みはただの電気信号だ。そこに感情は伴わない。というより今の俺にそれらを感じる権利すらない。こちらに歩み寄ってきた森を突き放したのは他ならぬ俺なのだから……


 ──もしかしたら……俺が最初から共闘することに賛成していれば違った結果があったのかもしれない。


「…………ッ!」


 これは悔しさではない。

 これは怒りではない。

 これは悲しみではない。

 これはただの痛みだ。だけど、そのときの俺はその痛みに耐え切れず……気付けばコテツへと襲い掛かっていた。


「……無駄だよ」


 しかし俺の全力の拳はまるで赤子の手を捻るかのようにかわされ、気付けば俺は勢いそのまま地面に叩きつけられていた。


「ぐはッ……!」


 まるで合気道の達人のように、コテツは俺の力を利用して投げたのだ。

 俺のように魔術に頼った力任せの戦い方ではない。長年積み上げてきた修練を感じさせる動きだった。


「コテツ、殺すのは私にやらせて」

「身動き取れなくするのが先。カナタは一日中リンドウと遊んでても壊れなかったんだから」

「……なによそれ。先に言って」

「僕はちゃんと言った。それも三回も」


 ぎちぎちと俺の肩を締め付け、拘束するコテツ。

 くっ……悔しいが完璧に極まっている。ここから抜け出すのは難しそうだ。


「お前ら……何が望みだ」

「……望み? ……強いて言うならカナタの死かな。それともう一つ……」


 時折気だるげに言葉を詰まらせながら答えるコテツは、


移動図書館(ライブラ)はどこ?」


 ライブラ? ……ああ、イリスのことか。


「それを俺が言うと思うのか?」

「うん」


 真顔のまま、声だけで肯定したコテツは懐から細身の短剣を取り出し……俺の二の腕に突き刺した。


「ぐ、あ……ッ!」


 焼けるような異物感が傷口から脳内に激痛を送りこむ。

 こいつ……まさか……っ!?


「ごめん。でもカナタにはこのやり方が一番良いと思って」


 全く何の悪気も感じさせないまま、コテツは俺の体のあちこちに裂傷を刻んでいく。


「ぎ……が、ああッ!」


 思わず漏れる声に、俺は頭の中が沸騰するかというほどの強烈な怒りを覚えていた。

 二度も拷問まがいの行為に晒されたことに対して……ではない。


「……舐めるな、よ」

「え?」


 俺が、この俺が、二度も、それもイリスを、


「裏切る訳……ねえだろォがぁぁぁああッ!」


 俺とイリスの関係は正直、周囲から見ても良く分からない関係だと思う。なあなあで付き合ってきた惰性の感覚も俺自身持っている。

 だけど……俺は、イリスの事情を知っている俺だけは。

 あのイリスの悲しそうな表情を知っている俺だけは。


 ──どんな行為にこの身を犯されようと、イリスを裏切るなんてありえない。


 再びリンドウとの日々に戻されることになろうとも、それこそその地獄で残り一生を費やすことになろうとも。俺は確固たる意思を持って、今度こそ誓う。


 ──もう二度と、大切な人を裏切ったりはしないと。


 一度目はシェリルへの裏切り。

 俺は俺を大切だと言ってくれた彼女の為に、一歩を踏み出すことができなかった。


 二度目は紅葉達への裏切り。あれほど良くしてくれた友人を、俺は自分の保身の為だけに裏切った。


 だからもう……三度目は許されない。

 俺と同じ境遇を持つ彼女だけは、俺の為に涙を流してくれた彼女のことだけは……あの意地っ張りで、寂しがり屋の少女のことだけは──何があっても裏切るわけにはいかない。


「っ……つ、うう」


 今更自分を取り繕ったりなんかしない。

 俺は元々弱い人間なのだから。卑怯で、臆病で、矮小な人間なのだから。


 だから今だけでいい。

 後悔と、怒りに押された今だけの抵抗でいい。

 過去に、恐怖に、痛みに立ち向かう力をくれ……イリス。


「ガアアアアアアアアアアアアアアアああああああああああぁぁぁぁぁあぁぁああああ!」


 イリスの姿を脳裏に浮かべた途端、俺の中にあったそれらの感情が消えていくのを感じた。

 俺はその感覚を信じ、コテツの持つ肩を自分から思いっきり動かした。


 ──ゴキャッ──


 当然無理な動きを強要された肩は気持ちの悪い音を上げ、俺をコテツの魔の手から解放する。痛みはある。だが今はそんなことに構っている場合ではない。


「……なっ!」


 ここに来てようやく表情を変えたコテツが慌てて俺から距離を取ろうと身を浮かす。だが……誰が逃がすかよ。

 破壊された左肩に代わって俺は右腕を思いっきり振るう。

 型も何もない、がむしゃらな裏拳はコテツの顎を掠めて空を切る。


「まだ、だッ!」


 俺は一歩を踏み出し、コテツの懐へと侵入する。

 ほぼ零距離。俺は腰だめに構えた渾身の掌底をコテツに向け、放つ。


 魔力で強化された一撃は最早普通の人間に放てるものではなかった。加減も知らず無茶苦茶に魔力を込めたせいで、俺の右腕はその速度に耐え切れず裂傷が走っている。


 だが、それで構わない。

 目の前の敵をそれで排除できるのなら、多少の痛みくらい安いものだ。


「────ッ!?」


 元々至近距離にいたコテツはその一撃をかわせるような距離にはいなかった。

 最初の裏拳をかわしたときに体勢が崩れていたのを確認したから、どんなに良くてもガードするのが精一杯。その、はずだったのに……


「なん、で……?」


 気付けばコテツの姿は数メートル先にあった。

 当然俺の一撃も届いてはいない。それどころか、勢い余って無様にも俺は地面に転倒してしまった。


 アゲハの幻光とも違う。あれは単に姿が見えなくなるだけの魔術だが、コテツのそれは実際に距離が開いている。まるでワープしたかのように、一瞬でその姿が移動したのだ。


「……危なかった。でも……もう僕には"届かない"」


 コテツの言葉に違和感を覚えたその時、


「──白の閃光(オーバーレイ)


 背後から放たれた閃光が俺の背中に突き刺さる。


「ぐっ、あああああああッ!」


 予想していない方向からの一撃に、俺はたまらず転がるようにして回避を試みる。無様というなら今以上の姿もないだろう。俺は必死に遮蔽物となる岩場を探し這いずり回る。


 と、言うのもゆっくりとだが……俺の不死の回復限界が近づいていたのだ。

 灼熱の剣に思ったより魔力を持っていかれたのと、アゲハに重要器官を幾度となく破壊されたのが原因だ。俺の不死の天権は傷が深ければ深いほど、致死を超えれば超えるほど治癒するのにかかる魔力が跳ね上がっていく。


 リンドウがやったように指先や目といった生命維持に特に関係のない場所であれば簡単に治癒することができる。だが……最初に攻撃された心臓だけはいけない。


 血液は魔力を循環させる為に必要な媒体でもある。

 だからそれを送り出す心臓を破壊された際、ごっそりと魔力を持っていかれるのを感じていた。今はまだ修復出来ているがそれも少しペースが落ちている。このままではいずれ回復することすらままならなくなるだろう。


「く……ッ」


 そろそろと忍び寄る死に対し、俺が出来たのは逃げ回ることだけだった。

 コテツの不可思議な魔術に対する対策も浮かんでいないし、アゲハがまだ戦闘可能である状況はまずい。


 この数分の戦闘で分かったのだが、アゲハのように遠距離から一方的に攻撃できる武器がある相手に俺は滅法弱いらしい。一言で言えば相性が悪い。


 新たに出てきたコテツも不気味だ。それに新しい増援がコテツ一人とも限らない。他の魔族が出てくる前に……逃げるしかない。


(くそっ……くそっ……くそっ!)


 あるかどうかも分からない逃げ道を必死に探す己が情けない。

 あれほど勇んで挑んだというのに……いざ死が目前となると逃げ出すこの無様さよ。俺なんかに比べればたった一つの命で魔族に立ち向かおうとしていた森の方がよっぽど上等だ。

 

 そんな森に逃げろだなんて、本当によく言えたものだ。

 自分で自分が恥ずかしい。


 そして何より、森をこの場において逃げようとしている自分の惨めさに反吐がでる。いくら手遅れだったとしても、俺の心に走る痛みが俺を許してはくれない。


「すまない……っ」


 思わず漏れた懺悔は誰に届くことも無く、虚空に消えた。

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