「戦う意思」
森と別れた俺はまず、アゲハの位置を特定することから始めた。
向こうもこちらの位置には気付いていないだろうから、まず相手を見つけたほうが先制攻撃の機会を得ることになる。
それまでは灼熱の剣も出さない。これは余りにも目立つ上、いつ遭遇するとも分からない現状で発現させるには魔力消費が痛すぎる。
(向こうは姿を消す魔術を使っている可能性もあるが……あれも魔術である以上、維持には魔力が必要なはず)
向こうも、こちらもお互いに魔術を引っ込めての探りあい。向こうの魔術起動が早い分、同時に見つけたくらいのタイミングではこちらが撃ち抜かれるだろう。だからこそ、こちらから先に見つけたい。
岩場の影から影に移動しながら索敵を続ける。さきほどの一撃のせいで足場の悪い中、物音を立てないように移動するのも一苦労だった。
体感時間で5分程度が過ぎた頃、俺は黒髪の少女の姿を発見した。
(よし……向こうはこっちに気付いていない)
こちらに背を向け、岩場の影から周囲に視線を送っているアゲハ。
俺はその姿を確認した瞬間に詠唱、魔術を起動し灼熱の剣を取り出す。
向こうもこちらの魔術に気付いてか、ばっと振り向き光球を作り出すが……もう遅い。間合いは完全にこちらのものだ。
唸りを上げて迫る紅蓮の刃に対し、アゲハは……
「あはっ♪」
──快活な笑みを浮かべた。
そして、その瞬間にアゲハの姿が"ブレた"。
「なっ!?」
俺の灼熱の剣はいつの間にか人一人分横にズレていたアゲハの側面を通り過ぎていく。これは……これも、魔術だ!
必殺の一撃を外された俺はアゲハから見て、格好の獲物だっただろう。懐から何かの破片を空中にばら撒いたアゲハは……
「弾けろ──交錯する白の閃光」
呟き、魔術を起動させた。
目の前で発射された光の筋は空中に散らばる破片にぶつかり、幾本もの光条へと変化する。まるでショットガンのように光の銃弾は俺の体を通り抜け、その体を引き裂いていく。
「ぐっ……があぁぁぁあぁぁぁあああッ!」
まずい、まずいまずい!
いくらなんでも一方的に攻撃されすぎだ。灼熱の剣を取り出した状態での長期戦は俺にとっては鬼門。一撃だ。一撃でいい。何とか攻撃を当てさえすれば勝てる。
幸いにもまだアゲハは俺の間合いの中にいる。
体中を貫く痛みを耐え、俺はその"一歩"を踏み出す。
「死ねッ!」
紅蓮の流星と化した俺の突きが寸分違わずアゲハの眉間に集中する。
この一撃で殺すッ!
「あははっ! 物凄い顔してるねぇ、アオノカナタ君。だけど……」
まるで森の湖畔を漂う蝶のように、くるりとその身を翻したアゲハ。
俺はその一連の動作に魅入られたかのように、アゲハのカウンターを防ぐことが出来なかった。
「その台詞は……私のものだッ!」
一際強い光が俺の視界を焼く。
気付いた時にはすでに俺は地面を転がっていた。
まるで地球の重力が傾いたのかという勢いで、地面を舐め、岩石に叩きつけられた時に残ったアゲハの体勢から、俺はようやく自分が"蹴られた"のだと気付いた。
「ぐっ……」
痛い。痛い。痛い……そうだ。これが痛みだ。
全身を苛む感覚に、俺はかつての日々を思い出す。
嫌な方向へ折り曲がった両足では立つ事も出来ず、俺はゆっくりとこちらに歩いてくるアゲハを呆然と見上げる。
すでにその表情に先ほどまでの笑みはない。
「リンドウは私の友人だった。20年間、ずっと一緒だったんだ。それなのに……まだ、何も成し遂げていないのに……アイツはこんなところで死んでいい奴じゃなかった! 我々の"悲願"を真っ先に享受するべき資格はリンドウにこそあった!」
それは怒り。
人間の最も原始的な感情を発露させたアゲハは俺を睨み付ける。
「お前のせいだ、アオノカナタ。お前さえ……お前さえいなければリンドウが死ぬことは無かった!」
俺に向け、指先を突きつけるその光景には見覚えがあった。
そして、今回ばかりはそれを否定するつもりにもなれない。リンドウを殺したのは俺だし、奴の死に責任があるとすればそれは俺にこそあるのだろう。
そう言う意味で、彼女の……アゲハの怒りは正しい。
だが……
「……随分、好き勝手言ってくれるじゃねえか」
俺にだって、譲れないことはある。
「俺さえいなければだって? その台詞、さっきの意趣返しじゃねえけど言わせて貰う。その台詞は……俺の台詞だッ!」
修復した足で立ち上がった俺は真っ先にアゲハへと飛び掛り、右腕を振るう。
「アイツさえいなければ"彼女"は死ななかった!」
それは後悔。
「アイツさえいなければあんな想いをすることもなかった!」
それは恐怖。
「アイツさえいなければこんな道を進むこともなかった!」
それは植えつけられた復讐心。
どうしようもなくこの身を焦がす焦燥感。
俺はきっと、リンドウを殺した瞬間に鬼に成ったのだろう。
昔は心を包み込むかのように押さえ込んでいたその感情がもう……今は抑えられそうにないのだから。
「リンドウも、アイツ等も、生かしておけない。生きる資格なんてこの俺が与えない! それを邪魔するってんなら誰であろうとぶっ殺す!」
きっと俺の心はすでに取り憑かれているのだろう。
けど、今はその感情すら心地よい。
右腕に感じる痛みも、何もかも全て。
「まとめて地獄に堕ちろよ……外道共がッ!」
────轟ッッッッッッ!!
俺は自分の体が焼かれることすら思慮から外し、ただ目の前の女を殺すことだけに意識を集中する。
早く、早く、早く……何でもいいから死んでくれ。
最早今の俺にはアゲハすら復讐の対象に映っていた。その道を邪魔するのだからそれも当然。
俺の放った渾身の一撃はアゲハですら回避不可能と判断したのか、先ほどと全く同じ強力な光を脚部に宿し、カウンターに打って出た。
交錯する二つの衝撃は周囲に轟き、爆風を生みだす。
ほとんど相打ちみたいなものだが、それでいい。俺には不死の天権があるのだから。
右半身が爆発したかのように、ぐちゃぐちゃになった俺は霞む視界の中、アゲハを探す。すると……
「う……」
そこには右腕を失ったアゲハの姿があった。
「う、ああああああああああああああああああッ! 腕、私の腕がああああぁぁっぁぁぁぁぁッ!?」
その場に蹲り、必死に出血を止めるアゲハ。
くそ……一撃では殺せなかったか。
だが、
「次は、殺す」
ゆっくりと立ち上がる俺。
すでに右半身は回復していた。
「ぐ……何よ、その力……ほとんど反則じゃない」
先ほどまでの威勢はどこへやら、いくら殺しても死なない俺にアゲハの心が音を上げ始めていた。事実、この天権を前に戦意を失わずにいるのは難しい。あの戦闘狂のリックですら最後には音を上げていたのだからな。
そう思うと、目の前のアゲハが急に可哀相に見えてくる。
とはいえ、見逃すつもりは毛頭ないがな。
「安心するといい。俺はリンドウと違って弱者をいたぶる趣味はない。楽に殺してやるよ」
「や、やめて……こないで……」
灼熱の剣に焼かれる恐怖はその身にしっかりと刻み込まれているのだろう。後ずさるアゲハに俺はその切っ先を向け、
「駄目だね」
死の宣告を送った。
ゆっくりと振り上げられるその剣を前に、
「やめろ! 青野!」
その声が周囲に響き渡った。
背後から聞こえた声に振り返れば、そこにはとっくに逃げたと思っていた森の姿があった。
「その人はもう戦える状態じゃない。何も殺す必要は無いだろう」
「黙れ」
俺が視線を向けると森はビクッと体を震わせ、硬直した。
「だ、だけどその人が魔族なら情報を持っているかもしれないし……」
「だから何だ? 俺を殺そうとした奴を見逃せって言うのか?」
それに例え情報を持っていたとしてもそれを聞きだすつもりなんて俺にはない。それは奴と全く同じ行為に手を染めることを意味するからな。
「そ、それは……」
俺の殺気に森は完全に萎縮してしまっていた。
その姿に、俺は森へ対する興味を一気に失っていく。
あれほど戦うと息巻いていたくせに、こうして出てきたのも決着がついてから。何て卑怯な奴だと、むしろ不快感の方が強い。やっぱり、クラスメイトなんて関係は当てにはならないのだ。
「俺がお前に従う必要は無い。だからコイツは殺す。今、ここで殺す」
「だけど……その"人"は……」
依然として躊躇う森に、俺は一つ思い当たる節があった。
「おい……まさかお前、コイツが人の形をしてるから殺すのを止めようとしたんじゃないだろうな?」
俺の問いに、森はさっと視線を逸らした。
……これは、図星みたいだな。
「はぁ……本当に、何を言い出すかと思えばそんなことかよ。なあ森、お前確かこの前魔獣討伐の任務を受けてここまで来たって言ってたよな。その魔獣はどうした。結局殺したんだろ? なのにたまたま俺達と姿形が似てるってだけで魔族を見逃すのはおかしいだろ」
「お前こそ……なんで殺そうなんて思えるんだよ。その人は俺達と同じ姿をしてるんだぞ?」
「だから?」
「えっ……」
俺の問いに、森は呆気に取られたようで何も言い返せずにいた。
「俺達と同じ姿をしてるから殺せない? そんなことはないだろ。人なんて簡単に死ぬ。やってやれないことはない」
「それは……違うだろ、青野。それだとお前、俺達のことだって殺せるってことに……」
「だからさあ……」
いい加減面倒になった俺は、決別の意味も込め、告げる。
「俺はそう言ってんだよ。俺の邪魔をする奴は誰だって殺す。例え……元クラスメイトだとしてもな」
俺の言葉に、森はさっと血の気が引いた表情を浮かべる。
「……そ、それは流石に嘘、だよな?」
「嘘だと思うなら試してみるか? ちょうどさっきから俺の邪魔をする奴がいてイライラしてたところだ」
ブラフでも何でもなく、俺は本気で森を殺してもいいとさえ思っていた。戦闘の高揚感から言葉が大きくなっているのは否定しないが、それを実行に移すのに大した抵抗もない。
「青野……」
森が俺に向け、何かを言いかけた。
まさにその時……
──俺の視界に、何かが写った。
「……え?」
森の呆然とした声が聞こえる。
それもそうだろう。
"自分の腹部から手が生えてきた"のだ。誰だって動揺くらいする。
「なん、で……?」
よく見ればそれは手が生えてきたのではなかった。森の背後にいる人間が森の腹部を貫くよう、手刀を掲げていたのだ。
当然のように噴き出す血液に、俺もとっさに行動に移ることが出来なかった。
結果として、目が合う形になる俺と森。その瞳には何か訴えたい言葉が見てとれたが……俺は結局、その言葉を耳にすることはなかった。
なぜなら──
「森ッ!?」
森はたった一撃で、呆気なくその命を散らしてしまったから。
人なんて簡単に死ぬ。
さきほど言った自分の言葉が頭の中で反射する。
倒れ落ちる森の背後から姿を現したのは比較的小柄な人物だった。
「アゲハ……油断、良くない」
その話し方、風貌、全てに覚えがあった。
それはかつて俺を連れ去ったリンドウと一緒にいた男……
「お前は……確か……」
「コテツ」
俺の表情を見て、先回りして自分の名前を告げるコテツ。
「久しぶりだね、カナタ」
その日、二人目の魔族はどこまでも無表情に俺を混乱へと叩き落した。




