「反発する意思」
アゲハと名乗った少女と相対したとき、俺の脳内に過ぎったのは不覚にもなぜこんなところに魔族がいるのかという疑問符だけだった。
以前にイリスから忠告も受けていたというのに、俺は彼女の初撃を避ける事ができなかった。
「撃ち放て──白の閃光」
その言葉と共にアゲハの指先に白色の光が点灯する。
その段になってようやく、危機を感じ取った俺は即座に回避行動に移るが……
──ジュッ!
肉の焦げる音と共に、俺の心臓が破裂した。
それは比喩でも何でもなく、文字通り心臓部に風穴が空けられたのだ。
何をされたのかも、何が起きたのかも分からない。
余りにも突然の出来事に俺は、自分が殺されかけたことに気付くことすら一拍の間が必要だった。
「が……な……ッ!?」
まるで噴水のように飛び散る血液。
俺の不死の天権が修復を始めてはいるが、普通の人間であれば今の一撃で死んでいた。
「あはっ♪ 本当に回復するのね」
その様子を見ていたアゲハは楽しげに声を漏らし……
「白の閃光」
再びその文言を唱えた。
恐らくそれが彼女の魔術の起動式。詠唱は省略されているが、間違いない。俺は今、魔術によって攻撃されている。
それは不可視に近い攻撃であった。
何の予備動作もなく、ほんの少し指先が光ったと思ったら次の瞬間には体に風穴が空けられている。再び鮮血を肩口から噴出させる俺は何とか体勢を整えようと、後退する。
幸いこの周囲には遮蔽物となる岩場がたくさんある。彼女の不可視の攻撃を飛び道具による攻撃だと当たりをつけた俺は隠れられそうな場所を探すが……
「ちっ! 森、逃げろ!」
その場にクラスメイトがいたことを思い出す。
彼は俺と違って回復系統の天権ではない。あの攻撃を食らえば即死だろう。
「逃がさないよっと!」
そして、目の前の獲物を易々と見逃すほどアゲハという少女は優しくない。
今度は森に向け向けられた指先に俺は咄嗟に前に出ていた。
「らあああああぁぁぁぁぁッ!」
魔術を詠唱している暇はない。
そう判断した俺は右の拳を握り締め、アゲハの顔面に向け振り下ろす。
だが……俺の拳がぶつかる寸前、アゲハの姿がまるで始めからそこにいなかったかのように突如として消えてしまった。
「幻光」
聞こえた声は背後から。
俺は咄嗟に振り返るがもう遅い。
アゲハの指先が灯ったかと思えば……次の瞬間に、俺の視界は暗転した。
「ぐっ……があああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!?」
脳髄を焼くような激痛に、俺は自分の目を抉られたのだと悟る。
視界の利かない中、俺は何とか反撃を間に合わせようと手当たり次第に拳を振り回すが……当然そんな攻撃があたるはずもなく、俺は追加の攻撃を胸、左肩、右太腿と順番に食らっていく。
「ぐっ……」
落ち着け。
俺は自分に言い聞かせる。いきなり襲われたことで面食らってしまったが俺には不死の天権があるのだ。リンドウの時のように持久戦に持ち込めば良い。
まずは視力の回復を待とう。話はそれからだ。
「あははははははははははッ!」
アゲハの哄笑が響く。
俺はそれを頼りに大体の敵の位置を把握しながら立ち回る。
が、それでも視界が利くようになるまで十数もの攻撃を俺はその身に受けていた。
「ほらほらほらほらっ! さっさと治さないと死んじゃうよぉっ!」
見ればアゲハの周囲にいくつもの光球が漂っていた。
それが一際強い光を放ったかと思えば、次の瞬間には俺の体に風穴が空いている。何の冗談だと思いたいが、間違いない。アゲハの持つ魔術は恐らく、レーザービームのように光線を発射するもの。
速過ぎて目で追えない上、その威力も折り紙つきだ。とてもじゃないが、普通の人間……いや、召喚者であったとしても為すすべなくやられてしまうだろう。
「ぐっ……それは、反則だろッ!」
余りにも強すぎる力。
かつて宗太郎が使っていた『風の槍』を何発も連発されているようなものだ。耐え切れるはずが無い。
俺は何とか隙を作れないかと、アゲハの動きを全力で追っていた。
まさに、その時だ。
ゴオオオオオオオオォォォォッ! と唸りを上げて火の玉がアゲハへと襲い掛かった。
こんなことが出来るのはただ一人。俺は咄嗟に森へ視線を向けると、そこには無理やりな笑みを浮かべる森の姿があった。
「俺様のことも忘れてんじゃねえぞ!」
森は次々に火を生み出していく。
渦を描くように迫り来る火に、アゲハは再びその身を空に溶かす。
「幻光」
その仕組みは分からなくて起きている現象は明らか。先ほどまでの砲撃とあわせて考えれば恐らくアゲハは光を操る魔術師だ。
その能力の強力さは脅威だが……攻撃は止んだ。
俺は森の生み出した一瞬の隙に詠唱を完了させ、最強の"武器"を呼び出す。
「出でよ──灼熱の剣!」
一瞬でその熱量を発現した灼熱の剣が俺の右腕を呑みこむ。激しい痛みが包み込むが、今はそれに構っている暇もない。俺は姿を消したアゲハを巻き込むように、自ら爆心地となりその剣を地面に叩きつける。
強烈な破壊音と共に、まるで地震でも起こったのかという衝撃が大地を走る。
吹き荒れる炎はその戦場を一瞬で地獄へと叩き落した。
「森っ!」
特に打ち合わせもしていなかったので、いきなりの出来事に対応できていない森の下へ俺は飛んでいく。非常に不本意ではあったが、この場で死んでもらっても困る。俺は森の体を強引に引っ張り、岩陰へと連れ込む。
「森、お前は今すぐ逃げろ。アイツの狙いは恐らく俺だ。お前の後を追ったりはしないだろう」
時間もなかったので、端的に告げる。
「青野はアイツが誰か知ってるのか?」
「知ってるというか……お前こそ相手も知らずに攻撃してたのかよ」
「青野が襲われてるのは分かったから、何とかしなきゃって……」
呆れる俺に対し、森はそんなことを言ってきた。
本当に……こいつは……
「まあいい。それより早くここを離れろ。アイツは魔族だ。お前の手に負える相手じゃない」
「魔族!?」
森も俺と同じく、なぜ魔族がこんなところにいるのかと疑問に思っているようだった。
「そうか……うん。なら余計ここを離れる訳にはいかねえな」
「おい、何を考えてる。お前は大人しく逃げてろ」
「俺が逃げて青野はどうするんだよ。一人で戦うつもりか? さっきも変な魔術使ってたみたいだけど……お前が残るなら俺も残るからな」
いい加減頭を抱えたい気分だった。
俺のいう事なんて聞くようなヤツじゃないと分かってはいても、こうして意に反する相手というのは苛立ちが募るものだ。そうでなくてもこの緊急事態、無駄な会話は省きたいというのに。
「こっちも時間がねえんだよ。死にたくなかったらさっさと逃げろ」
「駄目だ。俺も戦う」
間髪いれず反発してきた森の意思は強いようだった。
何がそこまで彼をそうさせているのかいぶかしむ俺に、
「戦う力を持つものには、戦う義務がある」
森はその言葉を告げるのだった。
「俺は王都の連中より良い天権をもらってんだ。その分、俺には魔族と戦う義務がある」
「……そんな義務あるわけないだろ。戦うかどうかを選ぶのはいつだって自分自身だ。戦う理由を他人に任せている人間に、俺は背中を預けられない」
戦う理由を他人に預けていた俺がそうだったように、土壇場になってそういう人間は足が竦んでしまうものだ。
「俺は俺一人で戦う。お前が戦いたいってんなら止めはしないが、忠告はしたぞ。俺の魔術に巻き込まれても文句なんて言うなよ」
「青野、お前……」
俺は森の言葉を待たず、移動を開始する。
これだけ強く言えば、もう森がここに残る意味なんてないだろう。
きっとこれはイリスも言っていた魔族側の報復なのだ。だからこそ、森にはそもそも関わる理由がない。これは俺が決着をつけなければいけない問題……俺の、俺だけの戦いなのだ。
自分に言い聞かせるようにして戦いの場へと向かう。
背を向け歩く俺は、森に対し気を払うことが出来なかった。
彼がどんな想いでいるのかを、俺は慮ることをしなかった。
その代償がどのような形で現れるのかすら、知ることも無く。




