「強まる決意」
面倒なことになった。
泣きじゃくるステラを何とか宥め、獣人であることがばれない様にフード付きの外套を用意した俺達は今夜の食事を求め、酒場へと向かった。
思い出したくないことは酒を飲んで忘れるに限る。
そう言ってステラを励ましたのはイリスだ。
思えば彼女はいつかこういう事態になることを予測していたのだろう。何があったのかを説明すると驚くでもなくそう言った。俺自身、ステラが嫌なことを忘れられるならとこうして慣れない酒場へと足を運んだのだが……
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
誰も話し始めようとしない。話すべきことはいくらでもあるがいざ口火を切るとなると何を話せばいいのか分からなくなる。
そして、それは俺も同じこと。
酒場の店主に言って用意してもらった酒場の奥にある個室で、俺達は向かい合っていた。
吉本小春。
只野仁志。
二人の後ろではクラスのムードメーカーだった森と宮本の二人が仲良く寝息を立てている。かなり泥酔していた二人はどうやら睡魔に勝てなかったようだ。
それはともかく……
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
……空気が痛ぇ。
イリスとステラ、吉本と只野はそれぞれ初対面だからな。ここは俺が間を持って話を繋ぐべきだろう。
「えーと、とりあえず何か注文しますか」
どこの合コンの幹事だよと思いながらも無難なところから話しかける。
「僕はいい。さっきまで森に付き合わされて散々飲んだところだからな」
「わ、私も注文はいいです」
只野と吉本が断ったので、微妙な空気を感じながらも俺達だけで注文をしていく。今日はまだろくな飯を食べていなかったから早いところ晩餐にありつきたい。
「さてと……」
店の従業員に注文を告げ、改めて二人に向き合う。
「久しぶりだな。二ヶ月ぶりくらいか?」
「……そうなるな」
只野は俺の言葉に頷き、ちらりとイリス達に視線を向けてから、
「なあ、青野。何があったのか聞いていいか?」
「まあ、当然そこを聞いてくるよな」
酒場の前で鉢合わせしてからこういう話になるであろうことはすぐに予測できた。だが、そこで二人を無視するわけにもいかずこうなってしまったのだが……正直、今会いたい人物ではなかったな。
クラスメイトの全員が全員友達だったわけではないが、この二人は一年の頃からの付き合いだったため、それなりの面識がある。
まあ、少しだけ仲の良いクラスメイト……みたいな関係だ。
俺はそんな二人に──嘘を付かなければいけない。
「色々だよ。リンドウって名前の魔族に連れ去られて、そこから何とか隙を見て逃げ出して、生きる為に生きてきた。ただそれだけだ」
俺は敢えて肝心な部分をぼかしながら説明していく。
二人は俺の詳しく話したくない雰囲気を感じ取ったのか、追求はしてこない。
「そうか……お前も大変だったんだな」
俺の言葉に同情の目を向けてくる只野。
その言葉を聞いた瞬間、俺の胸の奥で──ドクン──と何か蠢くようなモノを感じた。
「僕達は一ヶ月前、連れ去られたお前を追って捜索隊を編成した。なかなか見つからなかったからルーカスさんの指示で撤退することになったんだが……その際に青野は死亡したということになっている」
「死亡、ね」
それが皆の共通認識だったというわけか。
勝手に死んだことにされたのは腹が立つが今それを言っても仕方がない。今は目的のため、少しでも情報を集めるべきだろう。
「そういえばお前らは何でこんなところにいるんだ? 王都から脱走でもしたのか?」
「まさか。僕達はルーカスさんの指示に従って魔獣討伐の任務で来たんだよ。任務自体はもう終わってしまったけどね」
「へー……もう訓練期間は終わりって訳か」
「大体そんなところ。皆が皆戦うことを選んだわけではないけど」
まあ、そうだろうな。俺が死んだということになっているのなら、そろそろ現実が見えてきた奴もいることだろう。この世界で戦うということがどういうことなのか、その意味を。
「……なあ、只野。今上原達が何をしているか知ってるか?」
「上原達、っていうと?」
「俺が最後にチームを組んでた奴らだよ」
いつまでもダラダラ話すつもりもなかったので、俺は早速一番聞きたかった本題に切り込むことにした。
今まではずっと王都にいるものだと思っていたが、只野の話を聞くと王都以外に旅立ったメンバーもいるらしい。その中に奴らが混じっているとすれば少々面倒なことになる。
「上原さん以外は全員王都にいるよ」
「上原以外? アイツはどっか行ってるのか?」
「ああ。僕らと同じように近くの村へ任務に行っているはずだ。僕達と同時期に出発したからまだ王都には戻ってないだろう」
「……そうか」
上原が王都にいない。
その情報がここで聞けてよかった。
(となると、少し時期を空けてから王都に向かったほうがいいか? けどその間に他の奴らが別の場所に行くと面倒だし……)
やはりもう少し情報が欲しい。
俺は只野に続けて質問を飛ばす。
「なあ王都に残ってる奴は何をしてるんだ?」
「基本的には前みたいに自分達の腕を磨いてる。中には完全に戦いを放棄した奴らもいるけど」
「戦いを放棄した奴ら?」
「さっき言った上原さん以外の連中だよ」
只野の言葉に、俺はまさしく聞きたかった情報だとわずかに腰を浮かす。
「戦いを放棄ってどういう意味だよ」
「そのままさ。訓練をやめて雑用をすることで王都に住まわせてもらってるんだよ、彼らは」
「……ありそうな話だな」
彼らは天権に恵まれていなかった。だからこそ魔族襲撃の際、防衛として後詰めに回されていたし、リンドウに襲われた際も腰を抜かして何も出来なかった。
そもそも戦うことに向いていないのだろう。
能力的にも、性格的にも。
まあ……それは俺にも言えることなんだけどな。
「けどそういう人たちが出るのもある意味仕方ないことなんだろうな。森なんかは見下してるけど、それも一つの生き方だと僕は思う」
「……命あってのことだしな」
死んでしまえば全ておしまい。
シェリルの死を目撃した俺や彼らは同じような思いを抱いているに違いない。
……気持ち悪い話だけどな。
「青野はやっぱり王都へ戻るつもりなのか?」
「ん? ああ、そのつもりだけど」
「そうか。良かった。彼らも青野のことを心配しているようだったからな。顔を見せてやれば喜ぶと思う」
「…………は?」
只野の言葉に、俺は思わず変な声が出てしまった。
喜ぶ? あいつらが?
「いや、それはないだろ」
あいつらは俺を裏切ったんだぞ?
今更会いたいなんて思うはずが無い。
「そうなのか? でもまあ、会ってやれよ。きっと感謝の言葉の一つくらい言ってもらえるだろ」
感謝の……言葉?
俺は只野の言っている意味が分からず、
「それ……どういう意味だよ」
少しだけ語調強く聞き返した。
「どういう意味って……お前、あいつらを庇って魔族に連れて行かれたんだろ? 普通、心配するし感謝の言葉くらいあってもいいと思うんだが……」
只野の言葉を聞いた。その瞬間──
「あいつらを……庇って、だと?」
──空気が凍るのを、はっきりと肌で感じた。
「あ、青野君?」
俺の顔つきが変わったのが分かったのか、吉本が心配そうな声を上げる。
が、今の俺にはそれに構っているだけの余裕がなかった。
森の話を聞く限りどうやらあいつ等は……上原達はシェリルが死んだあの日、何があったのかをクラスメイトに話していない。
──俺を魔族に売ったことを、シェリルを見殺しにしたことを……隠しているのだ。
「…………ッ!」
俺は知らず知らずのうちに強く拳を握り締めていた。
まさか思いもしていなかったぞ……今まで以上に殺意が強くなる日が来るなんてな。
「……青野、どうかしたのか?」
「……なんでもない」
この感情を今悟られるわけにはいかない。
ここでばれてしまえば今後動きにくくなることは間違いないだろう。警戒されていない今の立場を利用しない手は無い。
だが……
「悪いな。今日は少し気分が悪い。先に帰ることにする」
これ以上、ここにいたくない。
こいつらと話していたくない。
このままここにいると……衝動に呑まれそうだ。
「あ、ああ……?」
テーブルにいくらかの金銭を残し突然立ち上がった俺に、やはり只野達は困惑している様子だった。
ろくに食事も取らず立ち上がった俺はずっと物置状態だったイリス達にも声をかける。
「帰るぞ」
イリスはやれやれと肩を落とし、ステラはちらりと只野達に視線を送り、それぞれ俺に続いてその場を後にする。
「あーあ。私まだ食べてなかったのに」
「帰ったらすぐになんか作ってやるよ」
「はいはい、楽しみにしておくわ」
ぶつくさ言いながらも付いてきてくれるイリス。彼女なりに気を使っているのだろう。口は相変わらず悪いけどな。
俺と並んで歩くイリスは会話が途切れるその寸前に、
「……貴方は何も間違っていないわよ」
ぽつり、とそんな言葉を残していくのだった。
俺の事情のほとんどを知っているイリスは只野の言葉から何があったのか、そのおおよその事情を察しているのだろう。そんなイリスから言われたその言葉に、俺は少しだけ救われた気分だった。
──イリスがいてくれて良かった。
素直にそう思えたから。
「……ん?」
ぎゅっ、と服の袖をつかまれる感触に振り向くと、
「わ、私もいますからっ!」
ステラが真剣な表情で俺にそう告げる。
彼女は俺の事情なんてほとんど知らないはずなのに、こうして文句も言わず俺に従ってくれている。俺はその無償の優しさが嬉しかった。
「ありがとな、ステラ」
俺はフードが脱げないよう注意しながらステラのそのさらさらの髪を梳くように撫で付ける。
「ふわぁ……」
すると気持ちよさそうに目を細めるステラ。何と言うか犬みたいで可愛らしい。心地よい手触りにいつまでも撫でていたくなるが……
「こら、カナタ! 貴方なにステラにセクハラしてるのよっ!」
イリス様がご立腹になられるのでほどほどにしておきましたとさ。




