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不死王と七つの誓い  作者: 秋野 錦
第二部 復讐者篇

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「遺恨」

 旅を始めて一週間。

 俺達はついにノインへと到着した。

 途中ハプニングもあったが、危険度の高い魔獣に襲われることもなく無事に第一目標のノインに到着したことでいくらか気が緩んだのか、


「私……もう、だめ……」


 ふらふらと頼りない足取りだったイリスがついにダウンした。

 それは警備兵に入村手続きを終わらせた次の瞬間だった。

 宿を探すまで頑張って欲しかったが仕方ない。ここまで騙しだまし来たようなもんだからイリスの体力はとっくに底をついていたのだろう。


「ったく、仕方ねえな。おい、ステラ。先にこいつを宿に運んでくるからここで荷物見ててくれ」

「あ、はい。分かりました」


 俺は背負っていた荷物を地面に降ろし、イリスを背中に担ぐ。

 うわっ、こいつ軽いなー。流石いろいろ足りてない体してるだけのことはある。


「こいつ宿に放り込んだらすぐ戻る。どこにも行くんじゃないぞ」


 大丈夫だとは思うが、"万が一"に備えステラにそう命令しておき、俺は宿を探す。強盗が現れないとも限らないが、警備兵も近くにいるし大丈夫だろう。


(……しかし、この街はケルンと大分違うな……見た目からして街っつーか村って感じだし)


 ノインは豊かな風土に安定した気候が特徴の比較的小規模な村落だ。農業や畜産業が発達したこの町はその反面観光資源に乏しく、旅人が泊まるような宿が少ないのが特徴になる。


 そしてその特徴は俺たちのように旅の休憩地として訪れる者にとってはあまりよろしくない。宿が少ないせいで競争も起こらず、ぼったくりみたいな宿しか見つからないのだ。


 それでも何とか許容できる範囲の宿を探し、契約するまでに相当手間取ってしまった。

 借りた部屋にイリスを放り込み、再びステラの元に戻る頃にはその場を離れてすでに40分近くが経とうとしていた。いくらなんでも待たせすぎ。ステラもやきもきしていることだろう。


「えっと確かこの辺に……あれ?」


 やっと見つけたステラ。なかなか見つからなかったのは人ごみに紛れていたせいだ。しかし、その様子が少しおかしい。何か変だ。

 小柄なステラは5、6人の男に囲まれるように立っている。


 ──はっ! まさかナンパか!?


 これはいけない。俺だってまだあの獣耳に触れてすらいないのに!

 俺はステラに危害が加わる前にと、慌てて近寄り、


「だから"獣人"は俺達の村に入ってくんじゃねぇっつってんだよ!」


 男の一人が上げた怒声に、耳を疑った。


「す、すいません……」


 俺よりもっと近くでその怒声を聞いたステラはすっかり萎縮してしまっている。普段明るい彼女の見せる怯えた表情になんとも言えない気持ちにさせられた俺は、


「おい、何やってんだよ。アンタら」


 考えるよりも先にステラとその男たちの間に割って入っていた。

 小柄なステラが俺の影に隠れるように背後に回し、男たちと向き合う。


「女の子一人に大の大人が寄ってたかって何を怒鳴り散らしてる」

「お前には関係ないだろ」

「それが関係あるんだよ。これが」


 俺は指で背後を指差し、


「この子は俺の連れだ。何があったのか聞くくらい問題ねえだろ」


 もしもステラが何かやらかしてしまったのなら一緒に頭を下げてやる。だがどうもそういう雰囲気でもない。お行儀のいいステラがここまで誰かを怒らせるなんてあり得ないからな。


「連れだと? ……そういやお前、見ない顔だな」


 俺が余所者だと分かったとたん、男たちはことさら強気の姿勢を見せるようになった。


「俺達の村に獣人は入れねえんだよ」

「……そうなのか? 審査所を通る時には何も言われなかったが」


 それぞれの街や村に入る際にはその人物が他の土地で犯罪をしていないかチェックする決まりになっている。犯罪者として捕まり有罪判決の出たものは右肩に犯罪者の烙印を押されるため、そこを見るというわけだ。

 そしてそれはステラももちろん例外ではない。警備兵はそのときにステラが獣人だと気づいたはずなのに入村を見逃したのはどういうわけだ?


「ふん。そりゃそれが奴隷だったからだろう」

「奴隷? 奴隷だったら問題ないのか?」

「……お前、どこの出身だ? そんなの常識だろう」


 俺の態度に村人は奇妙なものを見る態度を見せた。

 どうやら俺はこの世界の人間なら知っていて当然のことをまたやらかしてしまったらしい。


「いや、でもその理屈ならステ……この子は問題ないんじゃないのか? 悪いことするような子じゃないし、何かあったら俺が責任を……」

「そういう問題じゃねえんだよ。兄ちゃん」


 かみ合わない会話に男はがっくりと肩を落とし、


「……この村は昔獣人に襲われたんだ。まだそのことを覚えてる奴もいるし、実際戦った奴もいる。俺だってその一人だ」

「……それは……」


 男の語る言葉に、俺は何も言い返すことができなかった。

 この子はそいつらとは違う。

 昔の話を今、持ち出すな。

 そんな正論はすぐに浮かぶが、それを口に出すことは(はばか)られた。

 こういうことは……理屈じゃないからな。


「この村では獣人は禁忌なのさ。悪いことは言わねえ。早いとこ出て行ったほうがお互いの為だ」


 男達はそれだけ言って、後は任せるといわんばかりの態度でその場を去っていった。

 それぞれの街にはそれぞれのルールや風習、決まりがある。だから今までとは勝手が違うこともあるだろうと思っていたのだが……まさか、こんなことになるとはな。


「……カナタさん」


 腰の辺りを引っ張られる感触に我に返ると、後ろでステラが泣きそうな表情を浮かべていた。


「その……ごめんなさい。私のせいで、こんな……」

「いや、いい。今回は俺に配慮が足りなかった。少し調べれば分かることだったんだからな」


 思えばケルンでもその予兆はあった。

 牢屋でも皆がステラを避けていたし、時折向けられる無遠慮な視線にも気づいていた。

 だけど……ここまで獣人に対する反感が強いとは、思っていなかったのだ。

 認識不足、思慮不足。俺はステラと一緒にいるうえで当然知っておかなければならないことに対してあまりにも無防備だった。


「悪い……嫌な思いさせちまったな」

「いえ、そんな……」


 手をパタパタと振って、ぎこちない笑みを浮かべるステラ。

 いつもとはまるで違う、その笑顔に……


「しっかし不思議だよなあ。こんなに可愛いのに何で遠ざけようとするんだ? 俺だったら真っ先に飛びついちまうのに」

「……えっ?」


 ステラが反応するよりも早く、俺はステラの頭部に手を伸ばし……キャッチ!


「うおおおっ!? 何これ超もふもふなんですけど!? 永遠に触っていられる気持ちよさ!」


 念願の獣耳を掴み、全力でモフる!


「えっ!? えっ!?」


 俺の突然の暴挙に何がなにやらって表情のステラ。しかし、敏感な耳を弄られてくすぐったかったのか、すぐにいつもの笑みに戻る。


「ちょ、ちょっとカナタさん! そこは駄目ですってぇ」


 いやいやと首を振るステラだが、一度火のついた俺は止められねえぜ。

 今まで我慢してた分、ここで堪能してやる。


「ほーれほれ。ここか? ここがええんか?」

「あはっ、あははっ! ほんと、本当に駄目ですからぁ」


 手で頭部をガードするステラに猛攻をしかける。傍目には嫌がる猫を無理やりいじくる飼い主みたいに見えるかもしれないな、俺。

 そのやり取りが段々楽しくなってきた俺は調子に乗ってステラを弄り続け、


「はぁ……はぁ……」


 荒い息を吐くステラにいささかやり過ぎたと後悔するのだった。

 若干着崩れた衣服に上気した頬、やや虚ろな瞳と合わせれば逮捕待ったなしの現状。犯罪の三倍満状態だ。そこにロリ奴隷が追加されればやったね、役満成立だ!


「いや、その……正直すまんかった」

「あ、謝るくらいなら、最初からしないでださいよぉ」


 珍しくステラは若干怒っているようだ。

 俺、反省。

 でも俺は……


「悪いな、ステラ」


 ──どうしても、ステラには笑っていて欲しかった。

 歪な作り笑いではなく、本心からの笑顔を。


「あ……」


 今度はゆっくりと、丁寧に頭を撫でてやるとステラは意外そうな顔で俺を見た。


「俺、バカだからさ。こういうとこでお前らに負担かけてる自覚はあるんだ。だからそのことでステラが謝る必要はないよ」


 ステラは開口一番、俺に対して謝ってきた。

 それは彼女の遠慮がちな性格からしたらおかしなことではなかったが、あの瞬間、あの言葉を言わせてしまったことに俺はかつてない情けなさを感じていた。


「俺なんかじゃ頼りないかもしれないけどさ……少なくとも無理はしないでくれよ。俺の前ではな」


 立場からくる後ろめたさも、それに伴う謝罪も、その場を取り繕う作った笑みも……全部いらない。そんなもの、気にしなくていいんだよ。ステラ。


「お前だってまだ子供なんだからさ。たまには感情を吐き出しちまえよ」

「あ……わ、私……」


 少しずつ声を震わせたステラはやがて、


「カナタさんっ!」


 ぎゅぅぅぅっ! と痛いくらいの力を込めて俺に抱き付いてきた。

 それはステラが俺の前で初めて見せた弱さで、"甘え"だった。


「私、ほんとはずっと、不安で……っ。カナタさんが怖い人だったらどうしようって、ずっと、ずっと……っ!」

「ああ……分かるよ。ステラ」


 俺はステラの頭を撫でながら、思い出す。

 かつての日々を。そしてそれに類似したステラの境遇を。

 頼れる人もおらず、周りから忌避される日々。あの監獄はステラにとってどんな地獄だったのか、想像に難くない。


「私を、買ってくれたのがカナタさんで良かった……ほんとに、良かったよぉ……」


 ぼろぼろと涙を零すステラはずっと独りだったのだろう。

 それこそ俺やイリスと同じか、それ以上に。

 だからこそ、俺達は惹かれ合ったのかもしれない。

 胸に感じる小さな温もりに、そんなことを思った。

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