「とある昼下がりのイリス」
今回は前回の話のイリス視点となっております。
ちらり、と私は隣に座るカナタを盗み見る。
「…………」
黙って焚き火を見ているが、彼が何か悩んでいるのはすぐに分かった。カナタはすぐに顔に出るからね。
けどいつまでも隣で黙りこくられてたら面白くない。
「カナタ?」
「ん? どうしたイリス」
「別に用事はないのだけど……貴方、何か悩んでいるの?」
遠まわしに聞くなんて器用な真似はめんどくさくて出来ない。
私は直球勝負でカナタに聞いてみた。すると、
「まあ、その、なんつーか……俺って何も知らないんだなーって少し落ち込んでただけだよ」
カナタは少し寂しそうな顔でそう言った。
彼が別の世界から来た人間であることは私も知っている。だから、彼がこの世界の常識について疎いことも。けどそれはどうしようもないことじゃない?
「ふーん……まあ、貴方が無知なのは今に始まったことではないのだし落ち込むなんて今更じゃない?」
「ずっぱし言うよな、お前も」
カナタがなんで今更そんなことで悩み始めたのか、私には分からなかった。
「でも事実でしょ。焦っても嘆いても現状は変わらないのだから落ち込むだけ損だわ。それに、知らないのなら知る努力をすればいい。たったそれだけのことでしょう?」
「……お前がそんな正論を言うなんて……熱でもあるのか?」
「本当に失礼ね。貴方が落ち込んで泣ければ殴ってるところよ。精神世界で」
「せめて現実で頼む」
現実世界でやっても意味ないじゃない。むかついたらつい反射的に手が出ちゃうけど。
「けどま……お前の言う通りかもな」
語るカナタの表情は少しだけ晴れやかだった。私の言葉で元気が出たなら……ほんの少しだけ嬉しくないこともないかしら。
「ってことでイリス。お前のこと色々、教えてくれよ」
「え?」
突然のカナタの話題変更に、私は変な声を上げてしまう。
ここでなぜそんな話に?
「いや、俺イリスについて何も知らないって話だったろ?」
カナタは当然だろって顔でそう言うけれど……
──そんなこと一度も言ってないわよ!
え、何、それって一体どういうこと?
「え? ……え? 貴方そんなことで落ち込んでたの?」
「そんなって……俺には大切なことなんだがな」
私がカナタの本意を疑っていると、カナタは心底心外そうな顔をした。
と、というか今……大切って……。
つまりそういうことなの?
カナタはずっと私のことを考えて、悩んで……何も知らないって落ち込んで……え、えええぇぇぇぇぇぇ!? つ、つつまり!?
──カナタは私に恋わずらいしてる!?
「なあ、いいだろ。俺はもっと知りたいんだ。このままじゃ……どうにかなっちまいそうなんだよ」
もっと知りたいって……私の体を!?
どうにかなっちまいそうって……ナニが!?
待って! 待つのよイリス! 思考が暴走し始めてるわ! ここは一度落ち着いてちゃんと話を聞くべきよ。
「た、大切で……もっと知りたいって……そ、そそそそれってどういう意──」
「なあ、いいだろう、イリス? 教えてくれよ、お前のこと」
ぎゃあああああぁぁぁぁぁぁ!
これは……これはもう確定だわ!
迫るカナタの顔に、私は確信する。
──カナタはここで私にキスするつもりなのだと。
「……う、うぅ」
悩む。カナタは私にとっても恩人だし、彼が望むのなら出来る限り応えてあげたい。でも、これはいくらなんでも……まだ早い気がするし……
私は恥ずかしさに耐え切れず、さっと顔を手で覆いカナタから距離を取る。
結果的に拒絶するような形になってしまったけれど、これでいい。こういうのはもっとステップを踏んでからするべきことよ。うん。ほ、ほんのちょっぴりだけ惜しいことをしたような気もするけど……
ちらりと、カナタの表情を盗み見ると、カナタはとても悲しそうな顔をしていた。私に拒絶されたから。そう思うと胸の奥がずきりと痛んだ。
「…………悪いな」
さっきまで舞い上がってたのもどこへやら、カナタの沈んだ声に私は一気に現実に引き戻されていた。きっとカナタは勘違いしている。私が本気で嫌がったのだと。
「ま、待って!」
立ち去ろうとするカナタの手を、私は反射的に握っていた。
このまま勘違いしたままでは終わらせたくない。
カナタは結構鈍感なところがあるから、私から言葉にしなくてはいけない。
私は一度深呼吸を入れて、気持ちを落ち着かせる。
「そ、その……別に嫌だった訳じゃないから……貴方が大切って言ってくれたこと」
「? ……あ、ああ」
「それに私は……その、するべきことがあるし、"そういうこと"をしてる暇はないのよ。あ、貴方も分かるでしょ?」
「……まあな」
私たちにはするべきことがある。
その言葉にはカナタも頷いてくれた。
私たちの場合、れ、恋愛をするにしても、目的についての問題は残ってしまう。
「だから……その。全てが終わったとき、貴方の想いが変わってないのなら……」
その時、私はきっとカナタを拒むことは出来ないと思う。
でも、それを言葉にするのは恥ずかしくて……
「ああ。俺の想いは変わらない。絶対にな」
最後はカナタが私の言葉を拾う形で言ってくれた。
「そ、そう……絶対なのね……」
カナタは絶対だと、言ってくれた。
その言葉に私は何でもないと思いつつ、舞い上がってしまう。
ついついにやけてしまう口元を手で隠し、誤魔化す。
もう……何なのよ、この気持ちは。
というかカナタもカナタよ。こんな話を突然持ち出すなんて。
憤慨する私の脳裏に、恋はいつだって突然に、というキャッチコピーが流れてくるがそれを無視する。一目惚れなんて言葉もあるけど、私はそんなもの信じていないから。
恋は突然訪れるものではなく、少しずつ自覚していくもの。
少なくとも私はそう思っている。父の言葉からも、自分の経験からも。
(……ほんと、不思議な人)
最初に出会ったときは頭のおかしいただの子供だったはずなのに。
一体どこでこんなに頼りがいのある男に成長したというのか。
(ま、今のところ頼りになるのは家事全般で、だけどね)
カナタは戦いになんて向いてない。だからそういう方面で彼に期待したことなんて一度もなかったのだが……これから私たちが同じ道を歩もうとすれば、それは切っても切り離せない命題になる。
なぜなら私の復讐したい相手はあの──
「……よし、今日は休憩日にしよう」
私が思案に暮れていると、カナタは突然そんなことを言ってきた。
「え……? 突然どうしたの?」
「最近ろくに休んでなかったからな。今日くらいゆっくりしてもいいかなって」
「そう……」
確かに最近休みなく動いていたから疲れてはいるけど……いいのかな?
ここで足止めを食らっている分、カナタの復讐は遅れてしまう。
けどそれは私のことを考えてくれているからで……
何となく、複雑な気持ちだった。
(カナタは私のために復讐を今このときだけは忘れてくれている。でも私にはきっと……そんなこと出来ない)
目の前に復讐の対象がいて、その機会があるのなら。私はきっと立ち止まれない。カナタと復讐を天秤にかけたとき、その針は復讐に振れてしまうと思う。
──こんな私に彼を愛する資格があるのか。
──こんな私に彼に愛してもらう資格があるのか。
突然振って沸いたその疑問。
私はその問いに対し、答えを見つけることが出来なかった。




