「風来坊」
旅人生活も五日目に突入し、そろそろノインの町並みが見えてきてもいいだろうという距離までやってきた。
昨日まではごつごつとした岩肌が目立つ粗道だったが、ついさきほどから眼前に広がるのは悠々とした草原だ。歩きやすい反面、蛇が出やしないかと気が気でない。
「ステラ、ノインの町はまだ見えないか?」
「えと……私の見える範囲にそれらしいものはないですね」
「そうか」
何度目かになる問いをステラにぶつけるも色よい返事は返ってこない。
ステラの目で見えないとなると少なくとも10キロメートル圏内には存在しないということだ。遮蔽物のないこの土地で、ステラが見逃すはずがない。
「……もしかしたら今日中にたどり着けるかと思ったが難しそうだな」
「うう……ふかふかのベッドが欲しいわ……」
どこからか拾ってきた杖を頼りに歩くイリスは遠い目をして呟く。
「ああ……目の前に上質な高級ベッドが見える……」
「イリス、それは幻覚だ。しっかりしろ」
「カナタ……今までありがとう、私……ここまでのようだわ」
「本当にしんどくなったらおぶってやる。だからもう少し頑張れ」
「……一時間前と二時間前にも聞いた気がするわ、その台詞」
だろうな。俺も言った覚えがある。
けど、俺だってすでに二人分の荷物を持っている(三日目以降、イリスの荷物はずっと俺が持っている)のだ。さらにイリスを背負う余裕なんてない。
ここは辛くても頑張ってもらうしかないのだが……
(……やっぱり、無理はさせられないよな)
俺の目的に二人を付き合わせてしまっているのだから、配慮は必要だ。
少し休憩しようかと二人に提案しようとした、その時……
「カナタさん! あそこ!」
突然ステラが大声を上げ、ある一点を指差した。
何があるのかと視線をそちらに集中させると、
「あれは……人か?」
草に隠れるようにうつ伏せに倒れるその人物の背中が目に入った。
どうやら行き倒れって奴らしい。旅の途中で食料が尽きたか、何者かに襲われたか。とにかく運のない奴だ。
「どうしましょう。ひとまず様子を見に行ってみましょうか?」
「そうだな。このまま放って置いたら酷いことになるだろうし、最悪の場合埋葬くらいはしてやろう」
それが同じ旅人としての温情だと思ったのだが、
「でも大丈夫かしら。死んだフリして罠に嵌めようとかしてない?」
「いや……流石にそれはないだろう」
イリスはこんな場面でも持ち前の警戒心を発揮したらしい。
こんな開けた場所で罠もないと思うのだが、イリスが慎重になる理由も分からないではない。旅での鉄則はまず何事も疑ってかかること、だからな。
この山菜は食べられるのか? この拠点で魔獣に襲われることはないか? 目的地への方向は合っているのか? そういう全てに疑問を持って行動することで不測の事態を避けることができる。
そういう意味で、旅人としてはイリスの行動の方が正しいのだろう。
だが……
「もしかしたら生きてるかもしれないしな。それだけでも確認してやろうぜ」
「……本当にカナタはお人よしね」
手のひらを上に向け、やれやれってポーズをしてみせるイリス。
どうやらこの場は俺に譲ってくれたらしい。俺は何かあった場合に備え、二人をその場に待機させその人物へと近寄って行く。
うつ伏せに倒れているせいで顔は見えないが、漆黒の外套に金色の髪がよく目立つ。なんだかどこかで見たことあるような後ろ姿だと思ったら、
「お前……こんなところで何やってんの?」
「………………か、なた?」
半分以上意識を失っていたのか、俺の声に反応しこちらを伺うその風貌は……ケルンの冒険者ギルドで出会った新人冒険者、アーデル・ハイトその人であった。
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「いやー、カナタが通りかかってくれて助かったよ!」
がつがつ、もりもり、もぐもぐ、ごっくん。
俺が用意してやった食糧を次々に口に放り込みながらアーデルはそう言った。
「僕もまさか空腹で倒れるとは思ってなくてね。ノインに向かう途中、森で迷子になったのが痛かったよ」
聞けば俺より五日も早く旅立ったアーデルは道中森で迷子になり、そこで持ってきた食料のほとんどを消費してしまったらしいのだ。食料が尽き、何とかノインにたどり着かないかと歩き続けるうちに力も尽きたと。
「というか迂回すれば良かっただろうが。確かに一日ロスはするけど、安全性を考えるなら普通こっちだろ」
森を避け、安全なルートを進んできた俺たちにしてみればアーデルの選択は短慮の一言だ。急ぐ理由があって森を突っ切ったのかと思ったら、
「いやね、歩いてたら突然目の前を美しいアゲハが横切っていったんだよ」
「……それで?」
「僕は一目で気づいたよ。これは名のある蝶に違いない! ってね。何せ飛び方に優雅さと気品が満ちていたんだ。それはそう、まるで荒野に咲いた一輪の花のように……」
「蝶のくだりはどうでもいいんだよ。何でお前が森に入ったかって話だろうが」
脱線しそうだったアーデルの話を無理やり軌道修正する。
こいつは自分の好きなものを語りだしたら止まらないからな。典型的なオタク気質だ。人の話を聞かないあたりがもう、まさに。
「え? 蝶を追ってたらいつの間にか森に迷い込んでただけだけど?」
「当然でしょ? みたいな顔して言ってんじゃねぇよ! 蝶々追って死に掛けるバカなんて世界中見渡してもお前ぐらいだわ!」
薄々そんな気はしてたよ、くそったれ。
どうやら頭の中身も尽きてたみたいだな、こいつ。
「お前に食料分けたのがバカらしくなってきたぜ」
「そ、そこまで言わなくてもいいじゃないか……もちろんお礼はするし」
はあ……まあ、いいや。こんなバカでも一応知り合いには違いない。見捨てたとなれば寝覚めが悪いからな。これで良かったのだとしておこう。
「助けてもらったことには感謝している。しかし、カナタ。僕は君に一言物申したいのだよ」
「あん?」
何事かと思えば、ばっと自慢のマントを翻したアーデルは非常に悲しそうな顔をして、
「ロリハーレムを建国するつもりなら、なぜ僕に声をかけてくれなかったのだ!?」
「いったい全体何の話!?」
まるで身に覚えのない容疑をかけられていた!
「イリス君に加えてもう一人! いや、もう一ロリ! 両手に花とはこのことだ! 実に羨ましい!」
おい、最後願望駄々漏れになってんぞ。それでいいのかアーデル・ハイト。今の台詞で女性陣の評価が氷点下にまで落ち込んだぞ。
もとから遠巻きに眺めるだけだった二人は視界に収めることすら嫌になったのか、さっとテントの中に引っ込んでしまった。できればこいつと二人にしないで欲しいんですけど。
「カナタ! 僕は実に悲しい! まさか旧知の間柄である君に裏切られることになろうとは!」
「いや、俺たち別にそれほど長い付き合いでもないだろ」
一緒に活動してたのは実質一週間くらいか?
旧知と言うにはいくらなんでも浅すぎるだろう。
「友情の前に時間の概念なんて関係ない!」
「先に言い出したのはお前だろうが……」
もう何なのコイツ。話が通じねえよ。宇宙人か何かと会話してる気分になってきた。
「カナタぁ! 僕にも……僕にもロリハーレム建国のノウハウを!」
「誰もそんなハーレムは建国してねえ!」
いい加減はっきりさせておかないとそういうことにされそうだった。
「つーかお前さ、両手に花とか言ってたけどそれは言いすぎだって。せいぜい両手に蕾程度だろ」
「ふむ。まだ未成熟という意味なら確かに」
「誰もそんな深いことは言ってないわい。単純に、花って言葉が似合わないってことだよ。まあ……確かにステラは可愛らしいけどな」
毎回見せてくれるあの笑顔はまさしく花と呼んで差し支えないだろう。
「けどイリスはなぁ……正直蕾っていうか棘って感じだろ」
「はは、あんな可愛らしい子を捕まえて棘だって? カナタも冗談を言うんだな」
「いや、冗談じゃないんだけどね、これ」
一緒に生活してみればすぐに気づくだろうよ。
しかし、今それを言っても仕方がない。イリスは見た目だけは儚げな美少女って感じだしな。見た目だけは。
「っと、少し話しすぎたか。おい、アーデル。俺達はそろそろ出発しようかと思うんだけどお前はどうする?」
「よければ僕も同行させてもらえると助かるんだけど……」
俺の問いにアーデルはちらりと、テントの方を盗み見て、
「それを望まない子もいるのだろうね」
「いや……まあ、アイツは人見知りするっつーか愛想のない奴だけどよ。お前のことは一応知らない訳でもないんだし、事情を話せば……」
「そういうことじゃないよ、カナタ」
歯切れ悪く釈明する俺を、アーデルは言葉で切って止めた。
「誰かが我慢を強いられるグループは遅かれ早かれ瓦解してしまうものさ。それが彼女のような人種ならなおさらね」
「アーデル?」
急に真面目な口調に戻ったアーデルは俺の瞳をじっと捕らえ、告げる。
「彼女は今、精神的に少し不安定にあるようだ」
「………え?」
「これでも人を見る目には自信があってね。今のイリスちゃんには以前見た"強さ"がなくなっているように見える。それが良いことか悪いことか、そこまでは僕には判断できないけど……」
そこで一度言葉を区切ったアーデルは俺の肩を二度叩き、
「とにかく。注意してあげて欲しい。今彼女の支えとなっているものが崩れたら……彼女は壊れてしまうかもしれない。元々そういう芯の細い子だったしね、彼女は」
訳知り顔でそんな台詞を吐くのだった。
「お前、一体何を……」
知っている?
続く言葉を言い終える前に立ち上がったアーデルはいつものおちゃらけた雰囲気に戻り、
「それじゃあ助かったよカナタ! このお礼はいつかまた、必ず!」
ぴっ、と指で空を切ったアーデルは脱兎の如く走り出していってしまった。
ついさっきまで行き倒れていた病人とは思えないその走りっぷり。
突如目の前に現れた風来坊は、こうして俺に解けることのない疑問を残していくのだった。




