「旅路」
ケルンを出発した俺達はまずノインという小さな村を目指した。
出来るだけ視界の悪い森や密林を避け、広々とした野原を進んでいく。
道中には野生動物や魔獣と呼ばれる危険な生物が生息しているため、気が抜ける時はない。俺達は三人で交代して見張りを続けながら休息を取っているが、それも三日目ともなると明らかに疲労が目に見えてきた。
特に……
「ぜぇ……ぜぇ……ぜぇ……」
普段から家でごろごろしているだけだったイリスはすぐに体力が底をついてしまった。
「おい……大丈夫かよ、イリス」
「だ、大丈夫よ……」
いや全然大丈夫には見えないんだけど。
足、めっちゃ震えてるし。
イリスは自分の体力が俺達のグループでダントツに低いのを自覚しているのだろう。俺達の足手まといにならないよう、気を使っているのだ。
「……ったく」
最近のイリスは少し素直になった。
毒舌が減ることはないが、確かに俺達に対し信頼というかチームワークのようなものを見せ始めている。そのこと自体は嬉しいのだが、それでイリスが無理をするのは違うだろう。
「ほら、荷物かせよ」
「え?」
「バックパック。水も入ってるから結構重いんだろ、それ。持ってやるからよこせ」
俺はイリスが背負っているバックパックを強引に奪い取り、肩に引っ掛け担ぎ込む。俺は俺で荷物を背負っていたからかなり無理な運び方になるが、まだ体力にも余裕がある。今日一日くらいは問題ないだろう。
「あ……ありがと」
疲れているからかいつもより素直なイリス。
いつもだったら「私の荷物を運ぶ名誉をくれてあげるわ。感謝しなさい!」くらいのことは言うだろう。やはり精神的にも疲れているのだ。
俺は少し歩く速度を落として、イリスを前に出させイリスの速度に合わせることにした。そしてその際にステラに近寄ってこちらの様子も確認しておく。
「ステラ、お前は大丈夫か?」
「はい。私はまだ大丈夫ですよ。何ならイリス様の荷物も私が持ちましょうか?」
「いや、いいよ。流石に女の子に荷物押し付けるのは気が引けるし」
そんなことをするくらいなら自分で運ぶ。たとえ、ステラが俺より体力があろうともな。
(しっかし、獣人ってのはすげーな……本当に疲れてないみたいだし)
この三日間の旅で唯一、ステラだけは休息を必要としていないかのように動き続けていた。休憩中は周囲の食料を探しに出てくれたり、拠点を決める際も近くの安全を率先して確認しにいってくれている。
それに加えて驚いたのはステラが予想以上に強かったこと。
昨日道中に出くわした熊を一人で倒してみせたのには正直びびった。調理用にと渡していたナイフであそこまで戦えたのだから、もっと本格的な武器を用意してやるべきだったかもしれない。
俺達に比べて視力や嗅覚といった五感に優れているのも周囲を警戒する上で非常に心強い。ほんと、ステラがいてくれて助かることばかりだ。
(……俺も何か返してやれればいいんだけどな)
俺に何が出来るのか分からないけど、全てが終わったときにはこの子の望むことをしてあげよう。そんな風に思った。
けど、その前に……
「……とりあえず、休憩かな」
「……ですね」
ついに体力の限界に達したのか、地面にぶっ倒れたイリスを眺めながら俺達は呟く。やれやれ……こんなんでちゃんと予定通りにノインまでたどり着けるのかね。
時間はまだ少し早かったが、イリスの疲労も考え今日はもう野営してしまうことにした。
「ステラ、そっちの杭を頼む」
「はいですっ」
ステラと協力して簡易テントを設置し、その中にイリスを放り込みとりあえず休憩させておく。その間に俺は携帯調理器具を取り出し、携帯燃料に火をつけ湯を沸かす。
周囲の警戒はステラ、調理は俺という風に分担しているのだ。
普通男と女で立場が逆な気はするのだが、それが各人の得意分野だったのだから仕方ない。
(携帯食料は出来るだけ食べない。現地で取れる食材は最大限利用せよ……っと)
俺はカミラに教えてもらった旅での鉄則を思い出しながら調理に取り掛かる。
昨日倒した熊の肉がまだ余っていたのでそれを鍋に入れ、煮込む。正直こういうジビエは当たったときが怖いからあまり食べたくは無いのだけれど、旅の間はどうしても食料限界という問題が発生してしまう。
食べられるとき、食べられるものがあるのならそれは絶対に食べるべきなのだ。特に腐りやすいものならなおさら早く。
(もう少し山菜が採れればいいんだけどこっちは肉以上に取り扱い注意な代物だからなぁ……そもそもイリスは野菜食べないし。何かうまい調理法があればいいんだけど……)
どうやって非健康幼児に野菜を食べさせようかと考え、気付く。
──自分の思考回路がすでに主夫のそれであることに。
「…………あれ? どうしてこうなった?」
改めて考えると色々おかしいだろ、おい。
食事なんてウィダーで充分なんて言ってた俺はどこ行ったんだ? うーむ、謎だ。
「まあ、いいか」
俺の相方が予想以上にダメな子だっただけの話。あの日イリスの手を取ったのが運の尽きだと考えよう。
「おーい、イリスー。飯できたぞー」
深く考えたら落ち込みそうだったのでさっさと調理を終わらせ、イリスを呼び行くことにした。
「イリス?」
テントの中を覗き込むと、そこにはぐでーと体を伸ばしまるで泥にでもなったかのように横たわるイリスの姿があった。これはあれだな。女の子がしちゃダメなポーズだわ。
「おい、イリス?」
寝てるのかと思ったらどうやらそういうわけでもないらしく、「うー」と呻くイリスはごろりとこちらに顔を見せ、
「カナタ、足痛い」
「まあ、三日も歩けば多少はな」
「あーしーいーたーいー!」
ばたばたと痛いはずの足を暴れさせて子供みたいに駄々をこねるイリス。
なんでかは知らんが最近イリスの幼児化が著しい。本当に何でだよ。これでステラと三人でいるときは絶対にこんな態度は取らないんだよなあ、こいつ。
妙なところでプライドの高いイリスはこちらをちらりと見て、
「カナタ、喜びなさい。貴方に私の脚をマッサージする権利を与えるわ」
予想を裏切らないイリスの台詞に俺はため息をつく。
「心底いらねえ」
正直めんどくさい。俺の返答にイリスは驚愕の表情を浮かべ、
「え……? あ、貴方、正気なの!? この機会を逃したら一生女の子の体なんて触れられないかもしれないのよ!?」
「微妙に心に来る暴言はやめろ! 悲しくなってくるだろうが!」
確かに俺はそういう機会にこれまで恵まれなかったけど!
「っていうかお前元気じゃねえか。これならまだ歩けたろうに」
「精神的にはまだまだいけると思ってたのよね。ただ私の予想を超えて私の体が貧弱だっただけで……」
「いや、まあ、その……悪かったよ」
ずーん、と空ろな目で自らの無力さを自嘲するイリス。
俺と精神世界で特訓してるときは最強キャラだからな、こいつ。理想と現実のギャップというか実際に体を動かしたら思ったより動かなかったんだろう。
「……はぁ、仕方ない。少しだけだぞ」
今日までイリスは音を上げず頑張ってくれたのだ。マッサージくらい、付き合ってあげてもいいだろう。
「カナタ、愛してるわ」
「はいはい、俺もだよ」
料理のこともあり時間がなかったので、俺は手早くイリスの細い足を掴み何となくの素人マッサージを施してやる。
「あっ……んっ……」
「………………」
「はぁ……ああっ! そこっ、気持ちいいわ……カナタ!」
「……………」
「ああっ! いいっ! いいわ! あっ、ん、んんっ! ら、らめぇ……っ! そこはらめなのぉぉぉぉぉぉっ!」
「わざとか!? わざとだろオイ!? そんなに童貞イジって楽しいか!?」
いくらなんでもマッサージであんな声が出るわけない。
俺は自分でも分かるほど動揺しながら、イリスの脚を放り投げマッサージの終わりを告げる。
「ふふっ……顔真っ赤よ、カナタ」
「ああ、ついでにてめーもな」
にやりと口元に笑みを浮かべるイリスの顔は薄暗いテントの中でもはっきり分かるほど赤く紅潮していた。自分で恥ずかしがるくらいなら最初からやるなよ、こんな悪戯。
「ああ、もう。ほら、飯にするぞ」
「はーい」
全く……こいつといるとペースを乱されっぱなしだよ。
俺は複雑な気持ちを胸に、再びため息をつくのだった。




