「王都にて」
ハイリッヒ王国の心臓部、荘厳な佇まいで構える王城の中庭にて、その剣戟は披露されていた。
──ゴウッ!
風が唸る。大気が軋む。地面を踏みしめ、鋭い一撃を繰り出すのは真っ赤なパンダナを頭に巻いたガラの悪い少年……黒木拓馬だ。
自身の天権で作り上げた大剣を振るう先に待つのはすらりと長い足を大きく開き、受け止める少女……赤坂紅葉だ。
瞬間──ギンッッッッ!──とまるで金属同士がぶつかったかのような鈍い音を上げ、拓馬の大剣と紅葉の右脚が交差する。紅葉の日に焼けた肌には何も特殊な装甲は施されていない。それでも切れ味鋭い大剣の一撃を受け止めているのは彼女の天権、『硬化』の能力だ。
「ちっ!」
漏れた舌打ちをどちらのものだったのか。
拓馬の重い一撃を受け止め切れなかった紅葉が大きく後退する。
そして、その絶好の好機に、拓馬は追撃をしなかった。
見ればその強靭な大剣は刃こぼれしており、すでに使い物にならないことが分かる。
「──『生成』」
しかし、それも拓馬には関係がない。
この一本が使えなくなったのなら、次の一本を用意するまで。
魔力が切れない限り、拓馬の装備は無限に生成される。
ダッ! と勢い良く飛び出したのは紅葉だ。これまでの打ち合いで、真っ向勝負は分が悪いと踏んだのか拓馬の準備が整う前に勝負をかける。
しかし……
「えっ!?」
拓馬はその紅葉の動きすら読んでいたのか、生成した武器は二本の"短剣"だった。
「シッ!」
鋭い二本の白刃が迫る。予想以上の速度で襲い掛かるその双刀を紅葉は硬化の能力でなんとか耐える。元々硬化の能力は防御寄りの能力であったため受ける事はそれほど難しくは無い。
連続して響く金属音に、飛び散る火花。
拓馬の手数がそれほど多くない事が紅葉にとっては救いだった。
もしももう少し攻撃範囲が広ければ紅葉は攻撃を受けきる事が出来なかっただろう。紅葉の硬化は部分的に強度を跳ね上げる天権だ。だが、硬化により固めた部位はその稼動域が著しく制限されてしまう。
故に紅葉は首、肩、肘、膝といった動きを必要とされる部位を硬化することが出来ない。硬化することは出来ても、そこから動く事が出来なくなってしまうのだ。
そんな制約があるため、両手両足を硬化して拓馬の一撃一撃を丁寧に弾くしか紅葉に手は残されていない。防御寄りの能力とは言え、その防御能力は完璧ではないのだから。
守勢に立たされる紅葉。だが、その表情に悲観はない。
なぜなら……
「ぐっ!」
こうして打ち合っていれば、さきほどと同じように"拓馬の武器が先に根をあげる"。その瞬間こそが──好機!
「せぇぇぇぇぇぇえええええええええいいッ!」
腰に回転を加え、一気に飛び跳ねる紅葉の右脚。
綺麗な弧を描くその一撃は寸分違わず狙った箇所、拓馬の側頭部へと叩き込まれる。
洗練されたそのカウンターの一撃に拓馬はたまらず地面を転がり、威力を殺す。並みの人間なら一瞬で意識を刈り取られていただろうが、インパクトする寸前に身を捻り打点をズラした拓馬は何とか立ち上がる事が出来た。
脳震盪もない。まだ戦える。
だが……
「よし、二人ともそこまでだ」
二人の模擬戦の審判を務めていたルーカスによって止められる。
最初に一撃入れた方が勝ち。
ルールでそう決められていたからだ。
「……くそ」
悔しそうに拓馬は持っていた武器を分解し、塵に変える。魔力供給を止めた為、双剣は形を維持できなくなったのだ。
「やった! これで三連勝!」
対して紅葉は嬉しそうにはしゃいでいる。
「奏ちゃん! 見てた!? アタシまた勝ったよ!」
ぴょんぴょんと飛び跳ねて向かう先はどちらかが怪我した際の治療要員として呼ばれていた白崎奏。『治癒』の天権保持者だ。
「凄いね紅葉ちゃん。もしかして私達の中で一番強いの紅葉ちゃんなんじゃないの?」
「ははっ、流石に一番は言い過ぎだって。拓馬とは相性が良いから勝ちやすいだけだよ」
謙遜する紅葉だが、実際に相性の良さは誰の目にも明らかだ。
紅葉の防御力を前に物理攻撃系の能力はすこぶる相性が悪い。
これが『発火』の森や、『氷結』の児島であれば逆に紅葉は最悪の相性となるが、拓馬を相手にするのなら紅葉の『硬化』は凶悪なまでにその効果を発揮する。
「……武器の強度が足りねえのか? それとも単純に技量の問題……いや、その前に決定力不足が一番の課題か……」
己の敗因を冷静に分析する拓馬の元に、影が近づく。
「惜しかったね、黒木君」
水の入ったグラスを差し出しながら近づいてきたのは金井宗太郎。『魔導』の天権を持つ少年だ。
「悪い。助かる」
グラスを受け取り拓馬は一気に水を飲み干す。
「そうだ。お前から見てオレの敗因はなんだったと思う?」
「え? ……んー、そうだね。黒木君は少し前に出すぎだったかもしれない」
「前に? だが前衛のオレが下がってたら戦線を維持できねえだろ」
「実戦ならそうなんだろうけどね。でも今回は模擬戦で、一対一の状況でしょ? だったら攻めが続かなくなる前に一度下がるのも良かったんじゃないかな?」
ああだこうだとお互いの意見をぶつけ合う二人。
拓馬と宗太郎は前衛と後衛のトップクラスの実力者だ。最初のチーム分けからずっと一緒にいる縁もあり、こうして良く連携についての確認も行っている。
「僕が後ろにいる時でも、一度下がった方がいい場合もあるしね」
「そうか……分かった」
素直に頷き立ち上がる拓馬。
「後でまたフォーメーションの確認をしようぜ。どういうタイミングで下がるかの確認もしてえし」
「うん。分かったよ」
拓馬の提案をにこにこと笑顔で了承する宗太郎。
その笑みに何か含みがあるように感じた拓馬は、
「……何だよ」
生来の不器用さから、ぶっきらぼうな言葉で宗太郎を問い詰める。
「いや、なんていうかさ。黒木君がこうしてチームプレーを考えてくれてるのが嬉しくって」
宗太郎の正直な告白に拓馬はバツが悪そうな表情を浮かべる。
確かに、さきほどの戦い方に関しても『前衛のオレが~』なんて、"集団戦"を前提とした考えた方は以前の拓馬にはなかったものだ。
「……別に。そうすべきだとオレがそう思っただけだ」
語る言葉に嘘は無い。
これが元の世界、日本にいた頃であれば拓馬は頑として誰の協力も受け解けなかっただろう。事実、日常的に行っていた不良との喧嘩も、とある一人のおせっかいを除き、共闘した経験なんて拓馬には覚えが無かった。
だが、
「目的の為ならオレのちっぽけなプライドくらい、いくらでも捨ててやるよ」
自分の……自分達の目的のためならそんなもの、かまっている暇なんて無い。
拓馬は本心から宗太郎に告げていた。
「……そっか」
そして、それは宗太郎にしても同じ事。
「きっとみんな、同じ気持ちだよ」
「…………」
宗太郎の声に、拓馬は今度こそ言葉を返さなかった。
それこそ、言葉なんてなくても分かりきっていたことだから。
誰にでもなく誓ったあの日の想いはいまだ胸の中に燻り続けている。
その誓いがある限り、彼らは戦い続ける。
たった一人の少年を助ける事を誓った者達の修練は続く。




