「旅立ち」
商業都市ケルンの中心部、天秤のギルド本部が佇むその一角で俺は世話になった二人を前に最後の別れの挨拶を告げていた。
「ってことで色々世話になったな。カミラ、リリィ」
目の前にはそっくりの姿をした双子の姉妹、カミラとリリィが立っている。
カミラは腕を組み、こちらをじっと見て。
リリィは寂しげに両手を胸に引き寄せながら。
「あの……本当に行っちゃうんですか?」
「ああ。元から決めてた事だからな」
「そう……ですか」
しゅんと俯くリリィを見ていると決心が揺れそうになる。だが、それでもこれだけは譲れない事だ。
「それで? この街に帰ってくる予定はあんのか?」
「いや……どうだろう。正直後のことはあんまり考えてないんだ。もしかしたらケルンに帰ってくることになるかもしれないけど、それはきっと大分後になる」
「……なあ、カナタ」
俺の報告を黙って聞いていたカミラは突然、
「お前、天秤のメンバーにならねえか?」
「え?」
その提案をしてきたのだった。
「うちは黄金の夜明けほど初心者支援が充実してるわけじゃねえけどよ。それでもお前がうちに入るメリットは多いと思うぜ。旅をするにも、仲間は必要だろ? うちのお抱えになってる旅団にも話を通してやれるぜ」
「それは……」
正直有難い申し出ではある。
カミラのお墨付きとなれば怪しい行商人や成りすましの危険性もぐっと低くなる。だが、それは普通ならばの話だ。
「悪いけど、無理だ」
「…………そうか」
いつも気丈なカミラだが、俺が誘いを断ると珍しく落ち込んだ様子を見せた。
俺なんかがギルドに入っても仕方ないと思うんだが……カミラは何かと俺に気を使ってくれていたからな。その延長なのだろう。本当にいい奴だよ。
「そこまで言うなら俺ももう止めねえ。だけどもし、気が変わったときは……」
「ああ。そん時はよろしく頼むよカミラ」
最後に俺がカミラの言葉を貰って答えると、カミラは嬉しそうに笑みを浮かべた。
「気長に待っといてやるよ。達者でな、カナタ」
「お前もな、カミラ」
最後に差し出された拳に俺は自分の拳をぶつけて返す。
こつん、と俺たちの拳がぶつかり合い、それが俺とカミラの最後の挨拶になった。
カミラ達がいた執務室を出て、外に待たせているイリス達に合流しようと歩き始めたその時、ガチャリと背後でドアが開く音がして、
「あの……カナタさんっ!」
何か小さな包みを抱えたリリィが俺を追って走ってきた。
「リリィ? どうかしたのか?」
「あの……これっ」
リリィは俺に向け、手に持っていた包みを差し出してきた。
反射的に受け取ると、袋から何か甘い香りがした。
「……これは?」
「か、カナタさんが来るって聞いて準備してた……その……お、お菓子ですっ」
「お菓子?」
包みの口についていた紐を軽く引っ張り緩めると、確かに中にはクッキーのような形状をした焼き菓子らしきものが入っていた。
「これ、貰っていいのか?」
「は、はい……食べてもらえるとその……嬉しいです」
そう言って恥ずかしそうに瞳を伏せるリリィ。
焼き菓子なんて、この世界では滅多に食べられるものじゃない。原材料がかなりかかっちまうからな。もしこれが彼女なりのお礼なのだとしたら……
「ありがとな、リリィ。すっげー嬉しい」
俺は胸に感じた想いを素直に吐き出し、その場でそのお菓子の欠片を一つ、口の中に放り入れた。
「あ……」
その様子に、リリィが一瞬不安そうな表情を浮かべるが、
「うん……美味い。リリィは料理上手なんだな」
「そ、そんなことないです」
それもすぐに笑顔に変わった。うん。やっぱりリリィは笑ってる顔が一番可愛い。
「残りはゆっくり旅をしながら頂くとするよ。ほんと、ありがとな」
「そ、そんな、お礼なんて……」
いつものように謙遜するリリィ。
これがカミラの妹だってんだから遺伝って不思議だよな。
俺は口に残る甘い風味をかみ締め、
「……そんじゃ、またな。リリィ」
「……はい」
最後に一抹の名残惜しさを感じながらリリィに背を向けた、その瞬間、
「カナタさんっ! また、絶対また会いに来てくださいね! 私、まだまだ話したいこと……いっぱいありますからぁ!」
少しだけ震えているリリィの声が聞こえた。
もしかしたら彼女は今……いや、それを確かめるのは流石に野暮か。
俺は振り返らないまま、
「ああ、約束だ」
ひらひらと手を振って、リリィと始めての約束を交わした。
叶えられるかどうかなんて分からない。
けど……叶えてやりたいと思えるその約束を。
全てが終わったら……そうだな。また、この場所に帰ってくるのもいいかもしれない。
甘い香りと共にギルドを去りながら、俺はそんな風に思った。
「悪い、待たせたな」
「遅いわよ、カナタ」
そして、ギルドの正面で俺を待っていた二人と合流する。
大して知人が多かった訳ではないにしても、挨拶周りくらいはしておくべきだろうということでこうして旅立つ直前に各方面に足を向けたのだが、イリスはあまり乗り気ではなかったらしい。十数分とはいえ、待たされた事でご立腹のご様子だ。
「それで? 挨拶はもう済んだの?」
「ん? ああ。これで全部済ませたかな」
いつも利用していた露店の親父や、ギルドでよく話していたカウンターのお姉さん、同じ宿を利用していた隣人達、これで全部、親しくなった人たちへの別れの挨拶は済ませたはずだ。
……誰か一人、忘れているような気もするけど。まあ、忘れてるってことはたいした付き合いじゃ無かったってことだろう。放っておいても問題なさそうだ。
「それじゃ……行くか」
俺の号令に、
「ええ」
いつものようにイリスが端的に答え、
「はいっ!」
ステラが元気に返事する。
今日はついに……待ちに待った旅立ちの日なのだ。
ケルンの外縁部を目指し、俺たちは歩みを始める。もうすでにこの瞬間から王都に向けて歩き始めているのだと思うと、心が震えた。
(やっと……ここまできたか)
何度も死にかけた。
一度は死んだほうがマシとさえ思った。
だが……人間生きていればなんとでもなるらしい。今ではそれら全ての感情は過去のものとなり、残ったのはただ一つの残り火のみ。
──それは復讐の炎。
過去に、痛みに、運命に、裏切りに、信念に、後悔に、そして何より、今は亡き少女へと誓った復讐を……ようやく始めることが出来る。
(もう少しだよ……シェリル)
日々の食い扶持を稼ぐので精一杯だった今までとは違う。王都へ向かう具体的な方法をついに見つけたのだ。だから……
──あと少し、あと少しだけ待っていてくれ……シェリル。
「俺達を裏切った連中は全員……俺が殺してやるから」
ぽつりと、誰にでもなく呟く。
その口元は………………
いつの間にか──三日月型の笑みを浮かべていた。




