「兄妹?」
旅の必需品を買い求めるその道中に、ステラが俺に聞いてきた。
「今日は何を買うんですか?」
「基本的には食料品だな。あと携帯用調理器具と簡易寝具、他にもナイフとかは必要らしい」
「完全に受け売りね」
「仕方ねえだろ。こちとら本格的な旅なんて経験ねーんだから」
「全く。これだから旅人童貞は困るのよ」
「おめーだって旅人処女だろうが」
ボスボスと俺の懐に拳をぶつけてくるイリスの脳天に俺はビシビシとチョップを返す。そしてそのやり取りを見ていたステラはくすくすと笑みを浮かべていた。
「ステラ? どうかしたか」
「いえ、何と言うか……二人が仲直りして良かったなって。今のカナタさん達、まるで兄妹みたいですよ」
ステラの言葉に俺とイリスは顔を見合わせる。
俺とコイツが兄妹?
ははっ、ナイス・ジョーク。
「どうせならもうちょっと可愛げのある妹が欲しかったね」
「あら。カナタだって兄にしては頼りがいが足りないんじゃないかしら?」
「あのね、この一ヶ月お前の世話は誰がしてやったと思ってんの? 俺以上に頼りがいのある男なんてそうそういないぜ?」
「そうね。確かにカナタは料理掃除洗濯家事全般で頼りになったわ」
「そうだろう、そうだろう。だからお前もたまにはその苦労を慮って……」
「つまり、旅の間の料理その他雑用はカナタが適任ってことね」
「はーい、その理論はおかしいと思いまーす」
「頼りになるんでしょ? お・に・い・ちゃ・ん」
ここぞとばかりに嫌みったらしい笑みを浮かべ、語尾を強調するイリス。
こいつ……俺の扱いを心得てやがるッ!
「ったく……どうせこうなるって分かってたよ」
「ふふっ、そうしょげないで。手伝いくらいはしてあげるわよ……気が向いたら」
最後の一言が気になったが……まあいい。
あのイリスが自分から手伝いなんて言い出すだけで大きな進歩だろう。それにステラもいるし、俺だけに負担が集中することもないはずだ。
希望的観測を抱きながら各店で必要な物品を購入していく。
食料品店にて。
「えっと、携帯食料ってどれがいいんでしょう?」
「安いのだ安いの。とりあえず安いのを選んどけ」
「安いのね安いの。とりあえず安いので間違いないわ」
武器屋にて。
「えっと、ナイフってどれがいいんでしょう?」
「安いのだ安いの。とりあえず安いのを選んどけ」
「安いのね安いの。とりあえず安いので間違いないわ」
旅行品専門店にて。
「えっと、簡易テントってどれがいいんでしょう?」
「基本的に広さ重視だろうな。後は魔獣避けのマジックシールが施されてる奴は高いけど安眠は約束されるから、選ぶならそっちだろう」
「そうね。ごろごろ出来るスペースがあるのはいいことよ。後はこっちの枕も一緒に買っておきましょう」
「おい、イリス。それならこっちの毛布も揃えておこうぜ。夜はマジで寒いからな。寝てる間に凍死したら困る」
「それもそうね。後は慣れない環境でもできるだけ眠りやすいようにアイマスクや耳栓も用意しておくべきかしら」
「確かに寝れないって事態だけは避けたいところだな。っていうかこの寝袋みたいな奴ってもう少し柔らかい素材ないのか? 俺固い地面じゃ寝れないんだけど」
そんなこんなで買い物を終えた俺達は両手いっぱいに荷物を抱え、家路に着く。思ったより時間がかかったせいか、全員顔に疲労がにじみ出ていた。
「カナタ、お腹すいたわ」
「家に帰ったらすぐ飯にするから待ってろ」
実際俺も腹減ってきたからな。と、思ったその瞬間、
──きゅるるるる、とお腹の虫が鳴る音がした。
「イリス……」
「わ、私じゃないわよ!」
俺の視線に慌てて否定するイリス。と、いうことは……
「す、すいません……私です」
恥ずかしそうに頬を染めるステラ。
しゅん、と垂れてる獣耳が可愛らしい。
「よし、あそこの露店で何か食っていこうぜ」
「ちょっとカナタ。私の時と対応違いすぎない?」
「気のせい気のせい」
膨れるイリスを流して、露店に向かう。するとそこでは油で揚げた魚を硬めに焼いたパンで挟むフィッシュサンドが販売されていた。
美味しそうな香りに、俺はかつての日々を瞬間的に思い出す。
「結構美味しそうじゃない。店主、それ三つ頂戴」
「へい、毎度っ!」
イリスの言葉に頷く店主。
俺は慌ててそこに口を挟む。
「あ、いや! 二つだ。注文は二つでいい」
「え? ……カナタはいらないの?」
「あ、ああ。あんまりお腹空いてないからな」
嘘だった。
正直今にもお腹と背中がくっつきそうなほど腹は減ってる。
けど……この料理だけは……
──あの子と交わした約束があるから。
『絶対また一緒に食べに行きましょうねっ!』
かつて交わしたあの約束。
もう二度と叶うことはないけれど……それを捨てることなんて出来るわけもない。
店主からフィッシュサンドを受け取る二人。思えばこういう風に女の子と買い物に出かけるのも二度目だ。あの頃とは全く違う面子になってはいるが。
「…………」
二人。
そう、二人。
あの頃から一人欠けたその光景を眺めながら俺は胸に到来する想いを必死に押し殺していた。普段からふとした拍子に溢れ出てくるこの想い。それは風化することも劣化することもなく、俺の内面を締め付け続けている。
早く、早く、早く、早く、早ク、ハヤク、ハヤクハヤクハヤクハヤク──ッ!
──アイツラヲ殺セ、と。
その衝動に押される、その瞬間。
「カナタさん?」
俺の視界に、ステラの心配そうな表情が写った。
「え? ……ステラ?」
「どうかしたんですか? 凄くその……怖い顔になってましたけど」
言われて俺は頬に手を当てる。
怖い顔、か。全く自覚はなかったが……そうか、そんな顔してたのか、俺。
「いや……なんでもないよ」
「…………」
俺が誤魔化そうとしているのが分かっているのか、俺の瞳をじっと見つめていたステラはやがて、
「何だ、それならそうと早く言ってくださいよ」
にっ、と笑みを浮かべて手に持っていたフィッシュサンドをこちらに差し出した。
「え?」
「実はカナタさんも食べたかったんですよね、これ」
ぐいっ、と口元に近づけられるフィッシュサンド。
「いや、俺は……」
「カナタさん早く食べてくださいよ。足が疲れちゃいます」
ステラは爪先立ちで差し出しているから今にもぷるぷると震えだしそうなありさまだ。そうまでして、俺にフィッシュサンドを食べさせたいらしい。
いつまでもステラにそうさせているわけにもいかず、俺は差し出されたフィッシュサンドを……一口だけ、頬張った。
「どうです?」
「……ああ、美味いよ」
初めて食べたあの日と変わらず。
「良かったです」
にこっとまるで向日葵のような笑みを浮かべるステラ。そして、
「……私はカナタさんに何があったかなんて知りません」
「ステラ?」
「でも……感謝してるって言葉、嘘じゃないですから」
真っ直ぐな瞳を俺に向け、そう言ったのだった。
「カナタさんにとっては小さな事だったのかもしれません。でも、それでも私は……それで救われたんですから」
ステラの言葉に、俺はああ、と納得してしまう。
そうだ。この感覚……ステラは宗太郎に似ているんだ。
いつか宗太郎も似たようなことを言っていたから思い出した。真っ直ぐな気持ちをぶつけてくるステラを、俺は宗太郎に重ねていたのだ。
「そっか……」
「はい。だからカナタさんも、私に出来る事があったら何でも言ってください」
どこまでも真っ直ぐな光のようなステラ。
今になって俺はなぜこの少女にステラという名前をつけようと思ったのか、ようやく理解する。
例えるならこの少女は星なのだ。
届かない彼方でも、屈折した虹でもない。
自分の力で輝ける、恒星だったのだ。
「……あの場所にいたのがステラで良かったよ」
「え?」
「なんでもない。ほら、そろそろ帰るぞ。いい加減日が暮れちまう」
もしかしたらステラを俺達のような日陰の道に連れ込むのは間違った事なのかもしれない。
だけど……この子がいてくれるなら。俺たちは変われるのかも知れない。
懐かしい日々を思い出させた今日、この日に。俺はそんなことを考えながら家路に着いた。




