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不死王と七つの誓い  作者: 秋野 錦
第二部 復讐者篇

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「天秤の双子」

「はっ……はっ……」


 リリィは走る。

 夜の街を駆け抜けながら。

 考えるのは自分を助けるために一人あの怖そうな男に立ち向かっていった少年の姿。元々こうなったのは自分が不用意に裏通りに近づいてしまったからだ。一人静かになれる場所が欲しかっただけなのにあんなことになるなんて……


「ねえさま……」


 口から漏れるのはこの世で最も信頼を置いている相手。

 お姉さまならどうにかしてくれる。こういう荒事が苦手な自分と違って、うまく対処してくれるという確信があった。


 他のギルドメンバーも皆言っている。同じ双子であってもリリィに比べ、カミラのほうが遥かに優秀だと。もちろん直接面と向かって言うような人はいないけどあの狭い世界では陰口もふとした拍子に耳に届いてしまうのだ。


 それを悔しいと思ったことはない。

 悲しいと思ったことも。


 だって比べるまでもないことだから。

 出来損ないの自分と違って姉さまは凄い。勉強も出来るし、体を動かすのも得意だ。天秤の経営は二人で行っているように言われているけど実際は違う。そのほとんどを姉さまが一人で取りまとめている。そのほうがずっと上手く回るし、良い成果を上げられる。


 だから姉さまに任せておけば全て上手くいく。

 これまでも、これからもきっとそうだ。


 私がそんなことを漏らすと姉さまは決まって「リリィは卑屈になりすぎなんだよ」なんて言うけど、それがすでに私の中で当然のこととして固定されてしまっているのだから仕方がない。


 自分では卑屈な思考だなんて思えないのだ。

 だって姉さまは凄くて、私は出来損ない。

 それが当たり前だったから。


 いつも人に囲まれている姉さまと私は違う。

 物怖じしない性格で初対面の人ともすぐに仲良くなってしまう姉のようには……どうしたってなれないと分かっているから。


 事実、あのカナタと名乗っていた少年も私を姉さまと間違えていたようだし、きっと姉さまを助けるつもりで乗り込んできたのだと思う。それが見間違いだったと分かってきっとあの人はがっかりしていることだろう。最初から私だと分かっていれば助けることなんてしなかったのにと。


 諦めにも似た感情を自覚したその瞬間……


「……きゃっ!」


 考え事をしていたせいで注意力が下がっていたのか、曲がり角を抜けようとしたところで誰かにぶつかってしまった。かなり勢いよく走っていたせいで思いっきり転んでしまう。


「す、すいませ……」


 反射的に謝ろうとして……気付く。

 自分がぶつかったのが、例の誘拐犯の一人だと言う事を。


「手間かけやがって……もう逃がさねぇぞ」

「ひっ……」


 男の目は爛々と黒い光を放っており、果てしない恐怖を感じさせた。しかし逃げようにもここまでの疲労に加えて、さっきので腰が抜けてしまっていた。後ずさることしか出来ないリリィに男はゆっくりと近づいていく。

 動くことも、抵抗することも出来ないリリィの耳に……


「リリィィィィィィィィィィィィッッ!!」


 その声が、届いた。

 それは聞きなれた、待ち望んだ声。


 ──ドゴォッ! と派手な音を立て男の背中に飛び蹴りをかましたその人物は……


「ね、姉さまっ!?」


 リリィの双子の姉、カミラだった。


「テメェ、うちの可愛い妹に何さらしとんじゃボケぇ!」


 飛び蹴りで吹き飛ばした男の腕を取り、ギリギリと間接を極めにかかるかかるカミラは傍目から見てもはっきり分かるほど、ブチギレていた。


「いたっ! いたたたたたたっ! 骨っ、骨折れるっ!」

「折れろ!」


 ゴキャッと嫌な音に続き、男の断末魔の叫びが響く。

 あまりの激痛に泡を吹きながら気絶した男を尻目に、パンパンと手を叩いて一仕事終わらせた雰囲気を滲ませるカミラ。突然の姉の登場に呆然とすることしか出来なかったリリィは、


「なんで……姉さまがここに?」


 ひとまず、一番気になったことを尋ねた。


「なんでって……いや、探すだろ普通。あんな別れ方したらよ」


 頭をわしゃわしゃとかき回したカミラの頬は若干赤い。

 喧嘩別れした妹をどうしても放っておけなかったカミラはあれからずっとリリィのことを探していたのだ。どうしても、謝りたくて。


「俺が悪かったよ。だから……あんまり心配させるんじゃねえ」


 それが精一杯。普段威張り散らしている高慢なカミラが謝る姿なんて、妹のリリィですら滅多に見られるものではなかった。


「姉さまっ!」

「うおっ!? り、リリィ!?」


 突然自分の胸に飛び込んできたリリィを慌てて受け止めるカミラ。


「ごめん……ごめんなさいっ!」

「と、ととと、突然どうしたっ!?」


 まさかリリィが誘拐されていたとは夢にも思ってないカミラは家出した妹の豹変振りにおろおろと両手をさまよわせている。

『姉さまなんて大っ嫌い!』と啖呵を切って出て行ったリリィを追いかけてみれば突然抱きつかれたのだから驚きもする。


「姉さまっ! 姉さまっ!」


 一方リリィは今までの不安やら恐怖がごちゃ混ぜになっているところに現れた"最も信頼出来る相手(カミラ)"に感極まってそれどころではない。


「ちょ……いくら何でも姉妹でそういうのは良くないと思うんだ、リリィ! もちろん俺はお前を愛しているがそれは家族愛的な何かであって、決して邪な感情では……」


 意地でも離さないとばかりに、強くぎゅーっ! と抱きついてくるリリィにカミラは顔を真っ赤にして自分でも意味の分からない弁明を始める。

 それからお互い落ち着くのを待つのに10分、リリィが何があったのかを説明するのに更に10分かかった。


「そうか、カナタが……それで、あいつは今どこにいる?」

「分かんない……ここにくるまで大分かかっちゃったから道も覚えてなくて……ごめんなさい」

「いや、大丈夫だ。アイツはそんな簡単にやられるタマでもねぇ」


 不安げに見上げてくるリリィを安心させるため、カミラはぽんと肩を軽く叩いて安心させてやる。


「そうなの?」

「ああ。毎日討伐系の任務を一人で片付けてるみたいだからな。腕っ節には自信があるんだと思うぜ」


 とはいえ、この裏世界では何があっても不思議ではない。

 リリィが巻き込まれたようにありとあらゆる非合法な行為が行われているのがこの裏世界なのだから。いかに実力があってもそれだけではどうにもならないことがある。


「とにかく一度ギルドのほうに戻ろう。捜索に出させているメンバーをもう一度集める必要もあるしな。カナタの救助はそれからだ」

「うん……でも……」


 カミラの提案に、リリィはちらりと自分が今来た道、背後に視線を送り、


「…………」


 リリィの口から言葉が出ることはなかったが、長い付き合いのカミラにはリリィの言いたいことがはっきりと伝わった。


「心配なら少しでも早くギルドに戻って救助の準備を整えよう。それが今俺たちに出来る最善だ」

「うん。……うんっ!」


 最後にもう一度頷いたリリィはカミラの手を取り、


「急ごう、姉さま!」


 姉の手を引っ張るようにして走りだす。

 久しく聞いていなかった妹の積極的な台詞にカミラは少しだけ驚いて……


「ああ、急ごう!」


 力強く言葉を返す。


 思わず浮かぶ笑みを自覚しながら。

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