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不死王と七つの誓い  作者: 秋野 錦
第二部 復讐者篇

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「立ち上がる意思」

「へぇ、それがお前の切り札って訳か」


 灼熱の剣を取り出した俺に、リックは興味深げな視線を向けてきた。この剣の圧倒的存在感を前に、何の恐怖も感じていない様子だ。あのリンドウですら初見では気圧されていたというのに。


「はぁ……」


 大きく息を吐き、俺は気持ちを落ち着かせる。

 前回この剣を使ったときは痛みに晒され続けていたという環境に加えて復讐対象が目の前にいたことでいくらか気を逸らすことが出来ていたが……


 この一ヶ月、安定した生活を送ってきたせいか改めて使うととてつもない負担が右腕にかかる。少しでも気を抜けば崩れ落ちてしまいそうなほどに。

 神経を直接焼かれているかのような激痛が俺の右腕を苛み続ける。早いところ決着をつけたほうが良さそうだ。


「魔術、事象操作……いや、火種は見当たらなかった。となると具現型……形状を見るに剣。切断することに特化した魔術ってところか」


 冷静に俺の魔術を分析するリック。

 それにしてもコイツは一体何なんだ? 今まで会ったことのあるどんな人種にも当てはまらない雰囲気を感じる。一言で言うなら不気味。


(拳を交えたいタイプじゃねえが……そうも言ってられねえよな)


 俺が突破されればそれだけリリィが危険に晒されることになる。少なくとも時間稼ぎ以上の成果は上げなくてはならない。


「いくぞ……ッ」


 俺は覚悟を決め、リックへと突撃する。

 俺の灼熱の剣の射程は実際の剣と同じ1メートル程度だ。その分近づかなくてはいけないのだが、この近距離という間合いはリックにとっても得意分野のようで……


「シッ!」


 懐から取り出したコンバットナイフを直線的に突いて来るリック。鋭い突きだがそれを見るのは二度目だ。軌道も読める。

 俺は身を捻ってリックのナイフをかわし、右手を思いっきり叩きつけるようにして振るう。

 ジュジュッ、と地面を焦がしながら迫る灼熱の剣をリックは後退することで回避する。特殊な歩法を用いているのか動きが読みにくい。左に行くかと思えば右、攻めてくるかと思えば退いていたりと掴みどころがない。


 さっきまでの攻め一辺倒な戦い方とは明らかに違う。恐らく相手の戦い方を見て対応を変えているのだろう。とてつもない戦闘経験の差を感じる。

 そして予想の立てにくいそのトリッキーな動きは何も防御にだけ機能しているわけではない。


「ぐっ!」


 リックのナイフが俺のわき腹を抉る。深くはないが、鋭い痛みが走り僅かな隙が生まれてしまう。


「終わりだぜ」


 そしてその隙を見逃さなかったリックの刃が正確に俺の喉元を抉り取った。


「ぐ……が……あっ」


 言葉にならない声と共に上がる血飛沫。

 ふらつく体を気合で留め……


「あん?」


 俺は間抜けな顔を見せるリックに向け、真紅の軌跡を振るった。

 これが精一杯。めちゃくちゃな太刀筋だが、虚は付いたはず。

 その、はずだった。


 俺の攻撃をリックは完全に見切っていたらしく、カウンターの要領で右の拳を俺の顔面に叩き付ける。不良の喧嘩なんてレベルではなく、本気の本気で人の命を奪うために磨いてきたその一撃に俺は地面を無様に転がり痛みに耐える。


 ありえない。

 こんなことはありえない。


 俺には不死という天権があり、灼熱の剣という禁術がある。

 だから本気を出せば大抵の奴は倒せる自信があった。そもそものスペックに圧倒的な差があるのだからそれは当然だと。


 だがしかし……これはなんだ?

 なんで俺が地面を這っている?


「なるほどね。お前には傷を治す力があったのか。これでお前の妙な戦い方にも納得がいったぜ」


 傷の塞がった俺を見てリックは独り言のように漏らす。そして……


「けどその魔術はなんだ? お前……使わねぇほうが強かったのによ」

「……は?」


 魔術を使わないほうが強い?


「お前、戦い慣れてねえだろ。剣筋に虚実が全く感じられねえ。視線誘導、間合いの取り方、体全体を使った最速の剣捌き……どれも素人くさくて見てられなかったぜ」

「…………」


 そうえいば王城にいたころ、俺はルーカスに言われたことがある。

 お前には剣術の才がない、と。


 思えば俺にはそれら戦闘に関するセンスが欠如しているのかもしれない。剣術と魔術、そうそうに見切りを付けた俺にはなかった才能たち。

 しかし、この灼熱の剣という武器を完全に扱うのにはその二つの才が必要になるのかもしれない。普段のイリスとの特訓で成果がなかなか上がらないのも……俺に才能がないから。


「オレはお前みたいに戦う意思のある奴は好きだぜ。人の価値は何を言うかではなく何をするかで決まる。目の前の障害に対し目を逸らさない奴は人間として尊い。だが……惜しむらくはお前にその障害を乗り越えるだけの力がなかったってことか」


 再び突きつけられたのは現実。

 どんなに望んでも手に入れられない才能という限界。

 俺には紅葉のような身体能力も、奏のように誰かの為になる優秀な天権も、宗太郎のように魔術に対する圧倒的なセンスも、拓馬のように剣を扱う天性の素質も、何もない。


 彼女たちのような人を"持っている"人種というのなら……明らかに俺は"持っていない"側だ。光差す王道を往く彼女らとは性質からして異なる存在。


「残念だぜ……お前なら、オレと遊んでくれるかと思ったんだがな」


 ぽつりと漏らしたリックは本当に残念そうな顔を浮かべ、首を刎ねるためその刃を振り下ろした。

 きっとこいつも"持っている側"だ。刃物に関する扱いは俺の知っている人間の中でも郡を抜いているし、その身体能力も俺なんかでは足元にも及ばない。

 勝てない。

 俺ははっきりとそう自覚した。


「死ね」


 俺の首元に再び迫る白刃に対し……



 ──俺は揺るがない意思を持って、その刃を掴み取った。



 切れ味の鋭いナイフは俺の皮膚を裂き、血を滴らせる。しかしそれでもその刃の進入を食い止めることは出来た。それで、十分。俺に出来ることなんて言われるまでもなく分かっている。そして……出来ないことも。


「おめぇ……」


 ナイフを掴んだままゆっくりと立ち上がった俺に、リックは眉を潜めてその視線で問いかける。なぜ立ち上がるのか、なぜ諦めないのかと。


「……分かってんだよ。俺に何もないってことくらい」


 才能だけの話じゃない。

 元々不死の天権だって俺が努力して得た力じゃない。禁術にいたってはイリスの助けを借りてようやく使えるようにさせてもらった力に過ぎない。

 つまり、全ては借り物。偽者の力だ。


「そんなこと、言われるまでもねえんだよ」


 俺は自分に出来ないことを理解している。

 けど……それと同様に、


「俺には"これ"しかないってことくらいなぁッ!」


 俺は自分にしか出来ないことも分かっていた。

 それは生きること。この命ある限り、立ち上がること。


 幾度倒れようと、敗北しようと、殺され続けようとも……俺にはこんなことしかできないのだから。自信を持って自分の力だと言えるのは、この想いしかないから。


 精神論者と笑いたければ笑えばいい。

 敗北し続けた者のつまらぬ見栄だと嘲りたければ嘲ればいい。


 だけど……どんな言葉をぶつけられようと、俺はこの生き方を否定するつもりはない。

 俺の天権を、この在り方を──美しいと言ってくれたあの子がいたから。


「……お前は強いよ、リック。そんなお前からすれば俺なんてそこらの小動物と変わらない雑魚なんだろうぜ。けどよ……お前は俺を侮った」


 俺はリックの肩口を掴み……力の限り思いっきり引っ張るッ!


「覚えとけ! 俺は諦めがわりぃんだよッ!」


 ──ゴスッッッッッッッ!!


 才も技もない。ただ純粋な気合を込め、俺はリックに頭突きを食らわしてやったのだ。頭蓋骨に穴でも空いたんじゃないかってほどの衝撃に俺たちはお互い後ろによろめく。

 脳震盪により足元すら覚束ない朦朧(ぴより)状態から先に回復したのは……


「クク……カハハ……アハハハハハハハハハハハハハハハハハ!」


 高らかに哄笑を上げはじめるリックだった。

 どうやら当たり所が悪かったらしい。狂ってる。


「ハハッ、おもしれぇ! お前、最ッ高に愉快なバカじゃねえか! いいぜ! 根競べがしてぇってんなら付き合ってやる! 早々に音を上げんじゃねえぞ!」


 酔っ払いみたいな足取りで俺に迫るリック。

 それからはまさに乱闘。殴り殴られ、斬って斬られて。そのやられ具合が酷いのは俺で間違いないが俺には不死の天権がある。少しずつでもダメージを与え続ければいつかは俺が勝つ。


 勝負はすでに技や才能でどうにかなるような状況を超えていた。

 俺がリックの猛攻に耐え切れず轟沈するか、リックが俺の根性に攻め疲れ音を上げるかという勝負。まさに気合や根性で勝負をつけるような乱暴な斬り合いだ。


 俺に利があるとすれば痛みというデメリットと引き換えにダメージを与えているという達成感があることくらい。傷が治る俺にリックは精神的負荷を感じていることだろう。いつまで続くと知れない戦いに疲弊しやすいのはリック。

 だが……


「全く最高だぜ! 殺し合いってのは楽しいよなあ、カナタ!」


 その表情は嬉々として疲労は感じられない。


「お前と一緒にすんじゃねえ! この狂人が!」

「ありがとよ!」

「褒めてねえ!」


 リックは笑みを浮かべながら戦い続ける。

 本当に楽しくて仕方がないといった様子だ。そしてそれが……俺はなんだか少し、羨ましかった。

 いや……正直言うと俺も少しだけこの状況を楽しんでいた。だからこそ、この時間はあっという間に過ぎていったのだろう。

 結局、俺たちの戦いに決着が付くのはそれから大分経ってからのことだった。


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