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不死王と七つの誓い  作者: 秋野 錦
第二部 復讐者篇

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「天秤のリリィ」

 俺の目の前であのカミラが連れ去られようとしている。

 それだけでも意味分からん状況なのに、そこから男達は麻袋にカミラを突っ込み、どこかに連れ去っていってしまった。誘拐、ってやつか。額に流れる汗を自覚しながらゆっくりと男達の後を追う。


 男達を改めて観察すると分かったのだが、一人は以前ギルドでカミラに吹っ飛ばされていた奴だ。見覚えがある。色々とやらかしたらしく評判は悪かったが……ここまでする奴だったとはな。

 恐らくこの街のギルドから追放された復讐に、カミラをどうにかするつもりなのだろう。


(……復讐、ね)


 何と言うか……複雑な気分だ。アイツの場合は完全に自業自得だった。この行為は逆恨み以外の何でもない。でも……その本質、復讐という点において俺にそれを咎める資格があるのかどうか。

 そのことについて、疑問が生まれてしまった。

 そして……


「──────ッ!」


 その疑問が、俺から注意力を奪ってしまっていた。

 背後から迫る刃に、俺はすかさず地面に転がり回避を試みる。が、気付くのが遅れた分、背中をざっくりと斬りつけられてしまった。


「ぐう……ッ」


 呻き、地面を転がる。

 先ほどの三人組ばかりに気が向かっていたせいで、後ろが無警戒になってしまった。情けない。こんな奇襲をモロに喰らっちまうなんて。


「へえ……よくかわしたな」


 俺を襲撃した男は顎の辺りを撫でながら感嘆の声を漏らした。

 背丈は俺よりも少し高いくらい。筋肉質ではないが、よく鍛えられているのが分かる体格だった。恐らく、意図して筋肉がつき過ぎないように絞っているのだろう。より実戦を重視した体作り。見るからに"本職"の風貌だった。


「けどま、見られた以上はお前も連れて行く。オレとしては抵抗しないことをおすすめするぜ。足掻いても痛いだけだ」


 すっ、と目の前に突き出すように構えるのは刀身が太いコンバットナイフ。反りのある背にも刃がついている。突きだけでなく、抜きでも斬ることを可能にした戦闘用のナイフだ。


「…………」


 それに対し、俺は黙って無手を構える。

 右手を引き、左手は俗に言う死に手に。

 一人だけ武器を持っていることで自信があるのだろう。その男は自ら突進するように俺へ突っ込んできた。

 確かに武器を持っている者と持っていない者、それだけですでに大きくこちらは不利だ。決定力と射程(リーチ)、共に向こうに分がある。だが、勝負とはそれだけで決まるものではない。

 突き出されるナイフに、俺は"自ら左手を突っ込み"その一撃を受け止める。

 

 ──ブシュッ!


 派手な音がして手から大量の血が溢れ出る。それだけ勝負ありに見えるだろう。だが……俺の場合、ここからが本領だ。


「ハッ!」


 俺は右の拳を男の腹に捻り込むようにぶち込む。この一撃で確実に沈められるように。だが、


「甘いぜっ!」


 男は膝を打ち上げ、その拳の軌道を逸らす。

 とんでもない反射神経だ。俺の動きを読んでいるかの如き動きで男は更に俺へと追撃をしかける。

 顎を打ち上げる掌底、揺れる視界の中、男は俺の腹部に重い前蹴りを叩き込む。型にはまらない戦い方。まるで不良の喧嘩のような荒々しさだ。だが、


不良の喧嘩(それ)ならこっちも……飽きるほど経験してんだよッ!)


 俺は喉元まで来ていた血の塊を嚥下し、男の足を両腕で抱きこむように抱え、思いっきり振り上げる。それは柔道で言う朽木倒しと呼ばれる動きに似た投げ技だ。


「ちっ! なんてタフな野郎だッ!」


 男は投げから即座に身を起こし、油断なくこちらを見据える。いくらなんでもカウンターから使うには無理があったか。然したるダメージが見られない。いや、それとも向こうの受身が上手いのか? だとしたら相当に戦い慣れている。


 厄介な相手だ。

 時間がかかりすぎるとよろしくない。すでにカミラを連れて行った男達は見失ってしまっているのだから。


「…………ちっ」


 くそっ。仕方ない。やりたくはないが……どうやらそれしか手はなさそうだ。

 俺は男に向け、地面に膝をついてみせる。頭を押さえ、ふら付く演技をプラスしつつできるだけ情けない顔を作って懇願する。


「……俺の負けだ。どこだろうと連れてってくれ。このままじゃ……失血死しちまう」

「あん? ……何だよ。ようやく盛り上がってきたとこなのに。それなら最初から大人しくしとけっての」


 男は詰まらなさそうに鼻を鳴らしてナイフを収め、俺に止血する時間をくれた。良かった。男が人を殺さないと言う"不確実な常識"に賭けたが……何とか勝ったみたいだぞ。

 俺は傷が回復していることを悟られないように服の布地で傷をぐるぐる巻きにして隠す。傍目には止血しているようにも見えるから恐らく悟られることはないだろう。


 男は止血の終わった俺の両腕に手錠を嵌め、「ついて来い」と俺を先導し始める。賭けに勝ったとは言えあまり賢い選択ではないが、他に手段もない。俺は敢えて男に降伏することで、奴らの目的地を突き止めることにしたのだ。


 無論リスクもある。だがカミラを見失うことに比べればまだ幾分リターンを見込めるだろう。あのまま戦い続けても一銭の得にもならんからな。


「なあ、お前は何か習ってんのか? 最後の奴、あれは技術化された技だろう? なんていう流派なんだよ、始めてみた。教えろ」


 男二人で夜の街を歩いていると男は突然そんなことを聞いてきた。ここで無視して機嫌を損なうのもまずいと判断した俺は、


「……俺の故郷で柔道って呼ばれてた流派だよ。見よう見真似だけどな」


 正直に答えることにした。


「ジュードウ……知らねえな。だが、敵を投げるってのは中々面白い発想だと思ったぜ。今度教えてくれよ」

「本格的に習ったわけじゃない。見よう見真似だって」


 さっきまで命のやり取りをしていたはずなのに急にフレンドリーな奴だな。どこかズレてる。こいつも普通の感性とは違う、裏の人間ってことなのか?

 男の素性に探りを入れつつ歩いていると、やがて、


「着いたぜ」


 男に連れられて入っていくのは夜の帳が下りるアンダーグラウンド。表の人間が寄り付かない裏路地を伝って辿り着いたのは古びた廃屋だった。男の乱暴な手つきで押し込まれた先は鉄柵の牢屋。

 おいおい、こんなところしかねえのかよ。この辺には。


「ここで大人しくしてろ」


 ガチャンと無機質な音が響き、手錠と牢で二重に監禁される。

 あーあ。またこのパターンかよ。折角逃げ出したってのに。ここまで来ると呪われてるのか疑いたくなるレベルだぜ。

 俺はため息をついて、


「おい、大丈夫かよ」


 先に牢屋へ放り込まれていたカミラへと声をかける。

 別々の部屋にされなかったのはラッキーだ。カミラと同じ場所にぶち込まれたってのはツイてるぜ。いや、どっちかっていうと不幸中の幸いって奴か。


 うな垂れるカミラは顔を伏して部屋の隅で縮こまっていた。普段の尊大な態度からは考えられない塞ぎよう。やっぱりこんな状況に追い込まれればこいつも少しは怖いのかね。


「……だれ?」


 俺の声に反応し、恐る恐る顔を上げたカミラは……


「あれ?」


 よく見れば、カミラではなかった。そっくりな顔立ちをしてはいるが別人だ。声の調子が僅かに違う。髪も、記憶より少しだけ長い。


「お前……まさか……」


 俺はその少女を知っていた。

 カミラにそっくりな少女。

 しかし話した事もない少女。


「リリィ……なのか?」


 俺の問いに、その少女はこくり。

 小さな顔を微かに、縦に動かしたのだった。

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