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不死王と七つの誓い  作者: 秋野 錦
第二部 復讐者篇

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「喧嘩」

 奴隷の少女を購入し、各種手続きをすませた俺達は部屋の外で待たせていたイリスに合流し、簡単な自己紹介をしておこうと思ったのだが……そこで一つの問題が浮上した。


「え……君、名前ないの?」

「……はいです」


 俺の問いに申し訳なさそうな顔をして俯く女の子。そこまで落ち込まれるとこちらとしても悪いことをしたみたいでいたたまれない。俺がどうしたものかと頭をかいていると、イリスが、


「奴隷なんだから当たり前でしょう」


 フォローなのかよく分からない感じに俺を責めてきた。こいつの場合単に俺をイジりたいだけかもしれないが。

 しかし……


「これから一緒に行動するなら名前はないと不便だよな……イリス、何か名前付けてあげてくれ」

「いやよ、カナタのものなんだからカナタが付けなさい」


 俺が女の子の名前を、しかも異世界人の名前を付けられるわけがないだろう。けどそれを言ってもイリスには通用しないんだろうな……はあ。どうしよう。


「うーん……なあ、何か希望とかある?」


 結局俺は奴隷紋の時と同じく少女に聞くことにした。


「う、ううん……ご主人様が望むように呼んでくれれば……です」


 今回は拒否されてしまった。どっちかというと名前のほうがこだわりありそうだけどな。俺なんか人に名前を付けられるとなったら……いや、案外こだわらないかも。あだ名みたいなもんだと思えば受け入れられる気がする。流石に変な名前は嫌だけど。

 まあ、名前についてはおいおい考えればいいだろう。その前に……


「なあ、そのご主人様ってのは……やめない?」

「なんで、です?」

「なんていうか俺、そこまで偉い人間じゃないし。変に畏まられるとこっちまで恐縮しちゃうって言うか……だから敬語も無理に使わなくていいよ」

「え、う、うん……」


 俺の言葉に何と言っていいか分からない様子の少女。どうやら想定していた対応と違ったようだ。もっと乱暴に扱われる、とかかな。この世界の奴隷はまさに物のような扱いを受けているから例え死んだとしても罪に問われることはない。


 そう言う意味では彼女も相当の覚悟をして外に出てきたのだろう。

 けど……そんな覚悟は早い内に捨ててしまえばいい。俺もイリスも、意味もなく暴力を振るうようなタイプじゃない。

 とはいえそれは口で説明して分かるようなことじゃない。これからの生活で少しずつ知ってもらえればいい。そのためにも……


「じゃあ、何て呼んだらいいの?」


 呼び方は慎重に決める必要がある。俺は人との距離感は呼び方で変わると思っている。親しい呼び方をすれば、より親密な関係になれるし逆もまたしかり。だから出来るだけ親しげな呼び方がいいのだが、


「ボケとかカスでいいんじゃないかしら」


 しれっと失礼なことをのたまうイリス。つか少女の名前のときは黙ってて俺のときは生き生きと語りだすのやめろよな。むかつくから。


「お前は黙ってろチビ」

「あら、人の身体的特徴をあげつらうなんて失礼じゃないかしら」

「なら人のことをボケとかカスとか呼ぶのは失礼じゃないんですかねぇ?」

「それが事実なら仕方ないわ」

「お前がチビなのも事実だろ!」

「あ、あのあの、喧嘩はだめですよ……」


 言い合う俺とイリスを仲介してくれる少女。おろおろと頼りなさげではあるが毒気が抜かれるのも事実。はあ……イリスのことは帰ってからだな。今夜こそボコる。多分無理だけど。


「え、ええと、名前はカナタであってる、よね?」


 場の空気を読んでか、自分から話を広げてくれる少女。優しい子だなあ。


「ああ。フルネームは青野カナタだけど、カナタでいいよ」


 これから一緒に生活する相手だ。出来れば下の名前で呼んでもらいたかったのだが……


「ならカナタ様と──」


 言いかけた少女に、俺は、


「それはいい!」

「……え?」


 しまった。

 言いかけた少女に少し食い気味に否定してしまった。


「ご、ごめんなさい……」


 俺が怒ったと思ったのか、凄い勢いで頭を下げる少女に俺は慌てて頭を上げるよう告げる。思わず否定してしまったのは失態だった。でも、その呼び方だけはやめて欲しかったのも事実。

 その呼び方は……あの子の……


「…………」

「な、なら、カナタさんと呼ぶようにするね」

「……ああ、そうしてくれ」


 少女の気遣いが今はありがたい。

 俺は一体何をやってんだ。まだ会ったばかりの少女に気を使わせるようなことをして。年長者として情けない。


「まあ、貴方は気にしなくてもいいわ。カナタのあれは持病みたいなものだから。たまにでる発作みたいなものよ」

「う、うん……」


 やれやれってポーズで一応のフォローを入れてくれたイリスは……


「私はイリスよ。イリス様と呼ぶことを許可してあげる」


 なんて、どこまで偉そうなんだと突っ込みたくなる台詞をその薄い胸を張ってのたまった。


「う、うん。分かった、イリス様……」

「それと敬語はちゃんとしなさい。貴方は敬語が苦手なのは分かっているけど立場は立場。いずれ使えないと困ったことにもなるかもしれないわ」

「わ、分かった、です」

「そこは分かりました、ね」

「わ、分かりました!」

「うん、いいわ。理解は早いじゃない」


 おい。


「これからは私が貴方を徹底的に指導してあげるわ! 感謝しなさい!」

「あ、ありがとう、ですっ! イリス様!」

「おい! 何勝手に話進めてんだよ!」


 いい加減突っ込みをいれずにはいられなかった。


「おい、イリス。俺が敬語はしなくていいって言ったばかりだろうが。混乱するようなことを言ってやるなよ。可哀想だろうが」


 一緒にいることになるグループで敬語を使う人間と使わない人間の二種類いたんじゃやりにくくて当然だ。俺は意地悪でそう言っているのかと疑ってイリスにそう言うのだが、


「あら、私はカナタのことも思って言ってあげているのよ。いい? 奴隷が主人に対してタメ口なんてきいていたら他の人に舐められるわよ? 特に親しくない相手といるときはね。持ち物の管理は持ち主として当然のことなのだから」


 心底心外だと眉を寄せてそう言ったイリス。

 確かに俺はこの世界の常識に疎い。イリスの言っていることが本当なのかどうか、分からないほどに。だけどな、この世界の常識なんて俺には関係ない。もともと異世界から来た俺は全く別の常識を持っているんだ。郷に入りては郷に従え。ああ、確かに自分の中で妥協しなくちゃいけない常識ってのはあるんだろうぜ。だけどな、ここだけは譲れない。

 俺はイリスと、そして少女に聞こえるようはっきりと告げる。


「俺はこの子を奴隷だ何て思ってない」

「…………」


 俺の言葉を、神妙な顔で聞くイリス。


「だから俺はこの子を奴隷のようになんて扱わないし、一度預かった以上最後まで世話をみるくらいの覚悟はしてるんだ」


 奴隷は消耗品。

 そう言ったイリスとは全く違う意見になってしまうが、こういうのは早い内に伝えておいたほうが良い。そう思ったのだが……


「甘過ぎる」


 ポツリ、と呟いたイリスは俺を見据え、


「そんな甘い考えだから"裏切られる"のよ」


 ──言ってはいけないことを、言い放った。


「前から思っていたけどこの際よ。はっきり言わせてもらうわ。カナタは甘過ぎる。この子の面倒を見るといったけどそれは金銭的な意味で言っているの? 自分の食い扶持を稼ぐので精一杯の現状で? それに自分の"目的"のこともあるわ。この子もそれに巻き込むっていうの?」

「それは……それを、お前が言うのかよ」

「何?」

「俺に食わせてもらってるのはお前も一緒だろうが! 確かに俺はお前に助けてもらったよ! それについては感謝しているし恩も返すつもりだ! だけどな、俺の生き方までとやかく言われる筋合いはない!」


 かつて俺の天権を褒めてくれた少女がいた。俺の天権を、素晴らしい力だと言ってくれた少女がいた。俺はその言葉を聞いて……本当に嬉しかったのだ。

 かつての自分の生き方を、肯定してもらえたような気がして。


「……それでも"目的"についての問題は残るわよ」

「ああ。だけどそれだって同じだ。彼女が手伝ってくれるってんならもちろん嬉しいし、無理だって言うならそれはそれで仕方ない。ことが終わるまでどこかに隠れていてもらうだけだ」

「……貴方はこの子も修羅に落とすつもりなの」


 俺の言葉に、それまで努めて冷静に話していたイリスが珍しく声を荒げて、


「……それは、それだけは一人で行うものなんじゃないの?」


 その問いを俺にぶつけてきた。

 ああ、そうか。やっと分かったよ。イリスがどうしていつも一人でいようとしたのか。復讐について、俺に何ひとつ相談してくれないのか。その理由を。


 イリスはきっと、本当の意味で人を信じることが出来ないのだ。

 俺よりももっと根の深いところで、人間不信に陥っている。俺の場合の"裏切られたらそれはそれで仕方ない"といった諦観を含んだ不信ではない。裏切った相手を許すつもりも、裏切りと言う行為を認めるつもりも毛頭ないが、イリスの場合は更に一段、根が深い。


 "どうせ裏切られてしまう"。そんな最初から信じるという行為を放棄してしまっている思考なのだ。

 俺はイリスのことを信じている。もし仮に裏切られても仕方がないと、許してしまっている。だがイリスは俺のことを……信じてなどいないのだろう。


 ──ズキン、と胸の奥で何かが痛みを訴えた気がした。


「……そう」


 答えない俺に、イリスは俺の答えを悟ったのだろう。


「先に帰るわ」


 それだけ言って俺に背を向けて歩き出してしまうイリス。喧嘩……しちまったな。いつものじゃれ合いみたいな喧嘩とは違う。お互いの譲れない部分が衝突しちまった疑いようのない喧嘩。こんな人と言い合うようなことは出来るだけ避けてきたはずなのに……どうもイリスに対しては感情を抑えきれない自分がいる。

 俺は自己嫌悪に陥りそうな気分を味わいながら、奴隷だった少女に頼みを告げる。


「ごめん、イリスに付いていてくれるか」

「……いいの?」


 それが何に対しての確認だったのかは分からないが、俺は頷いて見失う前にと少女にイリスの後を追わせた。


「……はぁ」


 一人ぼっちになった俺はそれからすぐに帰る気分にもならず、周囲をうろうろして時間を潰すことにした。これが家に帰りたくない夫の気分なのかね。酒でも飲みに行くか。あー、でも一人で飲むのもなあ。

 丁度良くアーデルが歩いていないかと視線を彷徨わせたところで、俺はその異変に気付いた。


(……ん?)


 大通りから外れた裏へ通ずる道の途中、店の看板に隠れるようにして何かが蠢くのが見えた。野太い男の怒声も聞こえる。大人しくしろ、とか何とか。


(喧嘩か?)


 俺は野次馬根性を発揮して、その様子をちらりと盗み見ていたのだが……その集団を見て、一気に冷水をぶっかけられた気分になった。

 それは男達の手に持つ物体……ナイフが月光を受け煌くのを見てしまったからだ。そんなものまで出してしまったら喧嘩なんてレベルじゃなくなっちまう。下手したら人死にが出るぞ。


 しかも見たところ三対一で暴行に及んでいるらしい。羽交い絞めにされ、どこかに連れて行かれそうになっているその人物は男達の手から逃れようと必死に暴れている様子。それにあわせて揺れる深い藍色の髪にも、涙を溜めたヒスイ色の瞳にも見覚えがあった。


「なっ!?」


 思わず声が出てしまった。慌てて口に手をあて物陰に隠れ、男達の様子を再度伺う。どうやら気付かれてはいないらしい。だが、あれは……


(何やってんだよ──カミラっ!)


 間違いなく、見知った少女の姿だった。

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