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不死王と七つの誓い  作者: 秋野 錦
第二部 復讐者篇

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「混血の少女」

 ギルドで旅の同行者を募るのは金がかかる。

 では奴隷を買うのは金がかからないのか? その疑問の答えはイエスだった。まさか、と思わないでもない。なぜなら冒険者を雇うのにかかる金額は大体1日1500コル。最近収入が増えた俺の半日の稼ぎに相当する。つまり払おうと思えば払えないことはない金額だからだ。

 それに比べて奴隷のほうが安いというのはイメージから大分離れた話のように思えたのだが、


「旅となると話は別よ。何週間も一緒にいることになるのだから当然冒険者の給料は日数分払わなくてはならないわ。それに比べて奴隷なら一度の決済で済むのよ。後々のことを考えても早めに入手しておいたほうが安上がりだわ」


 旅が終わった後でも家事の手伝いや出稼ぎなどで使い道はいくらでもあるとはイリスの談だ。入手だとか使い道だとかまるで奴隷が物であるかのような言い草だが、事実この世界では奴隷は人ではなく物として扱われている。


 もっと悪く言えば消耗品。この世界の命にはその程度の価値しかない。

 俺に奴隷の有用性を語ったイリスは最後にこう言って締めくくった。


「それに……奴隷は何があっても私達を裏切れないわ」


 もしかしたらそれは独り言に近い言葉だったのかもしれない。思わず漏れた皮肉だったのかもしれない。けれどその台詞は俺の心に突き刺さった。


 あの地獄を共に生き延びた身として、頷かずにはいられない。

 誰かに裏切られるのは筆舌に尽くしがたい痛苦だ。そこにどんな理由があろうとそれは言い訳にすぎない詭弁だ。そんな言葉なんて、俺たちは求めていないのだから。


 何があっても裏切らない。

 それは俺たちの同行者となる上で絶対の条件だった。




---




 方針が決まれば後は行動するだけ。

 俺もイリスも行動力だけは一人前にあったから計画を立てた日の夜には行動に移っていた。引きこもりのイリスと町を歩くのはなかなかに新鮮だったが、感傷に浸っている場合でもない。俺たちは今、表の人間の寄り付かない裏の世界に足を踏み入れているのだから。


「これがアンダーグラウンドって奴なのかね。どこもかしこも淀んでやがる」

「しっ、あまり喋らないで。目を付けられるわよ」

「……悪い」


 思わず漏れた声をイリスが叱責する。

 けれどこの重苦しい空気に耐えかねた俺の気持ちも察して欲しい。何か喋らないとこっちまで気が滅入りそうになる。

 イリスに従って道の奥へ奥へと向かう俺たち。30分ほど道を行ったところで、唐突にイリスが立ち止まり一軒の家屋へと視線を向けた。


「ここよ」

「分かった」


 会話も短く、俺はイリスと入れ替わりで前に出る。事前に決めておいた通り、何が起きてもいいようにという配慮だ。


「…………ん」


 妙な緊迫感に思わず唾を飲み込む。奴隷商人、そういう輩の元を尋ねるのは初めてのことだったから。しかし、いつまでも扉の前で立ちすくむわけにもいかない。覚悟を決めた俺はその古びた扉をゆっくりと押し開いた。


(う……この匂い……)


 まず始めに感じたのは匂いだ。

 錆びた鉄の匂い。

 それはまさしく俺にとっては嗅ぎ慣れた死の匂いだった。


「お客さんかい?」


 不意に訪れた問いに思わずビクッ、と体が反応してしまう。声の方向へ視線を向けると影と同化したかのように存在感の希薄な一人の男が立っていた。身長はそれなりに高いが明らかに貧相な体格をしている男だ。フード付きのローブで体全体を覆い隠しており、地肌が伺えるのはその頬のこけた顔だけだった。

 俺はその不気味な風貌の男へ、挨拶代わりに話しかける。


「奴隷を買いに来たんだが……いるか?」

「それならいくらでもあるぜ。奥の部屋だ。ついてきな」


 そう言ったローブの男はこちらに一瞥もくれず、すたすたと奥の通路へと歩いていってしまった。


「愛想のない男ね」


 どうやらローブの男に俺と同じ感想を持ったらしいイリスが口を尖らせて呟く。俺もそれに頷いて同意を示し、ゆっくりとローブの男の後を追う。さて……ここからだ。

 今回の本題、奴隷選びのお時間だ。


「予算はどれくれえだ?」

「大体2万ってとこだな」

「かー、しけてんなぁ。そんなんじゃまともな奴隷も買えねえぞ?」

「一番安いのでいい。ただ、できるだけ若い奴で頼む」


 俺たちが求める奴隷の条件は緩い。もともと選べるほどに資金が潤沢なわけでもないのだからそれも当然っちゃ当然。


「若いの、ねえ。それが一番値の付くステータスだっての。だがまあ、2万以下ってのもなくはねぇぞ。こっちだ」


 まるで迷路のような通路を迷うことなく進むローブの男に導かれ、俺達はその牢の前に辿り着いた。


「…………」

「オイ、どうした? 凄い表情してるぞ」

「……なんでもない」


 俺の様子をいぶかしむローブの男。どうやら見て分かるほどに俺の顔は強張っていたらしい。だけど、それも仕方ない。この場の雰囲気があそこにそっくりだったのだから。


 ──俺たちが地獄の2週間を過ごした、あの牢獄に。


「この中にいんのが5万以下の品だな。気に入ったのがあれば言え。値段を教えてやる」

「分かったわ」


 ローブの男に全く物怖じしない様子で前へと出るイリス。中々肝が据わっている。俺なんてこの場にいるだけで結構ビビッてるってのに。こういう閉鎖的な空間は苦手だ。さっさと用事を終わらせて出て行くことにしよう。

 牢の中に視線を移すと大体10人くらいの子供が身を寄せ合うようにして座り込んでいた。俯く者、虚空を見据えるもの、ぐったりと横たわり動かない者。様々だ。


「……ん?」


 そんな中、その集団と離れ部屋の隅でひっそりと膝を抱える子供の姿が目に映った。薄汚いローブを羽織り、そのフードを目深に被っているから表情は伺えないが……集団に入っていこうとせず、独り縮こまるその子供はこの空間でも一際浮いていた。


「なあ、あれは……」


 ローブの男は俺の視線に気付いたのか、「ああ」と納得顔を浮かべ、


「アレも一応商品として扱ってはいるが……混じりモンだ。おすすめはしねぇぜ」

「混じりもん?」

「混血ってことよ」


 俺の口を付いて出た疑問に答えるイリス。いや、俺もそれくらいのことは何となく分かる。聞きたいのは何と何の混血なのかってことだよ。

 というか、


「何でおすすめできないんだ? 俺は別に血統で選んだりはしないぞ」


 前に飼っていた犬も雑種だったしな。


「そういう問題じゃないでしょう。貴方、混血の意味も分からないの?」


 呆れた様子で手のひらを上に向け、やれやれのポーズを取るイリス。腹立つからその動き止めろ。


「まあ、気になるってんなら顔くらいは見ていくといい。それで全て分かる……オラ! お客様がいらしてんだ! 顔を上げやがれ!」


 乱暴な口調で牢を蹴るローブの男。どうやらこっちが地らしい。これなら先ほどまでの口調がお客様相手だったと納得できる。いや、それでも接客態度が悪いことには変わりがないけどな。

 ガシャンッ! と大きな金属音を立てた牢にビクッ、と身体を震わせる奴隷達。それは独りぼっちの子供も変わらないようで、小さな身体を小刻みに揺らしているのがローブ越しでも分かった。


「ぐずぐずしてんじゃねえ!」


 それでもローブの男の叱責に震える手を動かし、そのフードを恐る恐るといった様子ではだける子供。そして外気に晒される顔は汚れてはいても、とても可愛らしい顔立ちをしていた。どうやら女の子だったようだ。


 栄養がしっかり取れていないのか病的なまでに白い肌に、明らかに目立つ緋色の瞳が印象的な子だった。ぼさぼさの髪の毛は赤茶色にくすんでおり、好き勝手に伸びている。

 奴隷ということで小汚い格好をしてはいるものの……周りの子供たちより明らかに整った顔立ちをしている。これなら彼らより安値が付くなんてことはないと思うのだが……


(ん……?)


 そう思ったときのこと、俺は周囲の反応に違和感を持った。

 牢の中にいる子供たちは顔を出した少女から距離を取るように後ずさり、ローブの男に至ってはわざとらしく舌打ちまでしてみせている。そして、驚いたのがイリスまで僅かに眉を寄せていたことだ。


 イリスは良くも悪くもさっぱりした性格をしているため、このように口に出さないまま不快感のようなものを顔に出すことは珍しい。一体何が彼らをそうさせているのか、その正体を探ろうと改めて牢へと視線を戻し……俺は気付いてしまった。


(なるほど……混血ってのはそういうことだったのか)


 混血が意味するところ。

 なぜ、少女が顔を隠すかのようにフードを被っていたのか。

 それらの疑問が氷解する。


 俺の視線の先、少女の頭上には……



 ──明らかに人間のものではない『ケモノ耳』がぴこぴこと動き、その存在感を主張していたのだ。

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