「暗澹」
それからシェリルにいくつか補足質問をしたところ、色々なことが分かってきた。
まず、三春高校二年B組の計三十名の生徒全員が同時にこの世界に召還されたということ。そして、それぞれが天に与えられた『天権』と呼ばれる異能力を授かったであろうということ。
そして、その力を使って魔族と戦え。
それがハイリッヒ王国側の要求だ。
至ってシンプル。分かりやすくて良い。
勿論これがアニメやゲームならば是非もないのだが、「ところがどっこい夢じゃありません」と来たもんだ。俺は日本に帰ることは出来ないのかと訊いてみたが、その方法は分からないとシェリルに言われた。
正直冗談じゃないと思う。
突然呼ばれて、命を賭けて戦えと言われても俺にはどうしようもない。そんなの御免だと、言わざるを得ない。
しかしそうなるとハイリッヒ王国は俺を放逐するだろう。シェリルも気を使ってか、そんなことを直接は言わなかったがそういうニュアンスを含んだ言い回しをしていた。
情報の足りない今の俺に取れる選択肢は一つ。つまり、現状維持。少し考える時間が欲しいと言って粘るしかない。
幸い、この城には俺と同じ境遇の奴が二十九人もいる。皆と話してみれば今後の方針も固まるだろう。無事かどうかも確認したいしな。
そう思って目覚めた部屋を出て、辺りをぶらついてみたのだが……
「……無駄に広すぎだろ、この城」
窓から差し込む日の光を浴びながら、一目で高価と分かる調度品の数々が並ぶ廊下を歩き続ける。何度か階段も行き来したが、現在位置も含めて構造が全く掴めない。
これならシェリルが食器を下げるのを待って、道案内を頼んだほうが良かったかもしれない。
「後悔先に立たずってね……仕方ない、歩くか」
適当にぶらついていれば誰かに会えるだろう。そう思っていたら……ビンゴ! 前方に人影発見!
向こうもこちらに気付いたのか、学生服に身を包んだその男は非常に嫌そうな顔をした。
「って、何で嫌そうな顔してんだよ、おい」
「……別に嫌な顔なんてしてねぇよ」
偶然遭遇したその人物、柄の悪いパンダナがトレードマークの黒木拓馬が俺から顔を逸らしてそう言った。
「あのなあ、こっちだって最初に会うのがお前でがっかりしてんだ。だからそんな嫌そうな顔してんじゃねえよ」
「嫌そうな顔しなきゃ何言ってもいいのか? ぶんなぐっぞ?」
指をコキコキ鳴らして物騒なことを言い始める拓馬。
ああやだやだ。これだから不良は。
「んで、拓馬はこんなところで何してんの?」
「気分転換だよ。カナタこそどうした? 赤坂に付いててやらなくて良いのかよ」
「紅葉に? 何かあったのか?」
「いや、結構落ち込んでるようだったからな。オレも詳しくは知らねえけど」
「ふうん」
まあ、紅葉なら大丈夫だろう。うん。
「拓馬、みんながどこにいるか知っているか?」
「ここから一つ上のフロアにある大広間に集まっているのが大半だと思うが……なんで今更そんなこと?」
「今更? ……なあ、お前目覚めたのいつだ?」
また会話に妙な違和感があった俺は拓馬に尋ねる。
「オレは二日前だな。カナタは? そういやあんまり姿見かけなかったけど」
「俺は一時間前」
「あー、なるほど。そういうことか」
俺の言葉に拓馬も事情を理解したのか、納得顔を浮かべている。
「つーかお前、起きるの早いな。その辺は個人差なのかねえ。自分が貧弱に思えてくる」
三日も起きなかったって……どんだけ環境の変化に弱いのよ、と。
「いや、オレが聞いた話だと目が覚める時間は魔力総量に比例するらしいぞ。器が大きい奴ほど、溜めるのに時間がかかるから目覚めるのが遅れる……って、何だよ、その顔は」
「い、いや……だってさ」
俺は頬が緩むのを抑え切れなかった。
だって……あの拓馬がだぜ? 真面目な顔で……魔力って……ぷふっ……
「よーし、その顔で何考えてんのか大体分かった……表出ろ」
「怖い顔す、すんなって……ふふっ」
拓馬が怖い顔をすればするほど、さっきの台詞とのギャップで笑えてくる。それから結局拓馬が呆れるまで笑いを堪えていた俺は、改めて皆がいるであろう大広間とやらに向かうことにした。
「拓馬は来ないのか?」
「……オレはいい」
「相変わらずボッチ気質だよな、お前」
「るせえ。早く行きやがれ」
「へいへい」
手を振りながら遠ざかる拓馬を尻目に、俺も移動を開始する。
大広間……一つ上の階って言ってたよな。
階段を探して上へ、それから少し歩くと、一段と大きな扉が見えてきた。ここが大広間なのだろうと当たりをつけた俺はその扉に手をかける。
大きさの割りに、案外軽かった扉を開くと、そこには見知った学生服に身を包む何人もの生徒たちが集まっていた。
椅子に座って頭を抱えているもの、端に集まって何事か話している集団。落ちつかず歩き回っている奴。色々だ。
その中でも、暖炉の前で寄り添う二人の女生徒の姿を見つけた俺はそちらに近寄って声をかける。
「紅葉」
「……カナタ?」
久しぶり(体感的にはそれほどでもないが)にあった紅葉は少しやつれたのか、暗い表情を浮かべていた。拓馬が心配するのも頷けるほどだ。あの元気だけが取り得のような紅葉がこうして沈んでいるのは珍しい。
「白峰さんも、久しぶり」
「うん、青野君も大事なさそうで良かったよ」
紅葉を励ましてくれていたのか、紅葉の肩に手をかけている白峰さん。
「何だか……皆落ち込んでいるみたいだな」
「それは、まあ、ね。仕方ないよ。こんな状況だもん」
「そう言う割りに白峰さんはそんなに落ち込んでいるようには見えないけど」
「私は学級委員だからね。こんなときくらい、頑張らないと」
ぐっ、と手を握る白峰さんに無理をしている様子はない。
案外精神的に強いみたいだ。塞ぎこんで全く喋らない紅葉とは逆に。
「ほらっ、紅葉も元気出せ。うじうじしたって仕方ないだろうが」
俺はいつぞやのお返しとばかりに、紅葉の背中をバシッ! と叩いてやる。
「痛ぁっ! ちょっとカナタ! 女の子になんてことすんのよ!」
「おお、おお。元気出てきたじゃん……って、ちょ! 何で足振りかぶってんの!?」
「陸上部の健脚を見よ!」
紅葉はスカートが舞い上がるのも気にせず、大きく振りかぶってローキック! 膝を的確に狙ったその一撃は見事に決まり、俺は溜まらず転倒してしまう。
というか……痛ぇぇぇぇええええ! コイツ! ガチで蹴りやがったな!?
「お、おふっ……」
「ふんっ、カナタが悪い」
いや、確かにビンタした俺も悪かったけど……何もここまで……ん?
「…………ぁ」
「? どうしたのカナタ。変な声だして」
「い、いや……何でもない」
俺は痛む足を引きずるようにすぐさま立ち上がる。
決して気付かれてはいけない。
「? 顔、赤いよ?」
「は、ははは。かなり痛かったからかなぁ」
きょとんとした表情の紅葉はやがて俺が倒れていた位置と、自分の立ち位置を把握したのか、かぁぁぁ、と林檎みたいに顔を真っ赤に染めた……まずい、気付かれた。
「ちょ! カナタさいてー! 何勝手に見てんのよ!」
「ま、待ってくれ! 俺だって見たくて見たわけじゃない!」
スカートを抑える紅葉に俺は必死に弁明する。ここで選択を間違えると二度目のローキックが放たれかねない。
「それってアタシのパ……なんて、見たくないってこと!?」
「そ、そうは言ってないけど! とにかく落ち着けって!」
「カナタのスケベ! エッチ! 変態!」
顔を真っ赤にしたままの紅葉が右ストレートを放つ!
「ぐほっ!」
ローキックは来なかったが、代わりにグーパンを頂きました。信じられるか? 顔面にだぜ?
「うう……がくり」
こうして俺は意識を取り戻してわずか一時間にして、再び意識を失うことになった。
心配して損したと、心から思った瞬間だった。