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不死王と七つの誓い  作者: 秋野 錦
第二部 復讐者篇

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「天秤のカミラ」

 この世界は思った以上に平和なものだ。

 王城に居たころは魔族の侵略を恐れ、訓練を続けていたものだったがこうして市井に出てみるとまた違った感想を抱く。


 侵攻を恐れ、暗い顔をしているものなんて皆無と言っていい。それはこの街が魔族領から少し遠い位置にあるということを考慮しても、危機感がなさすぎるように思う。

 結局のところ、人はその危機に相対するまでその恐怖に気付くことはないということなのだろう。あの男が言っていたように、身近にあるものを人は最も恐れるのだ。


 掲示板に張り出されていた討伐系の依頼も、魔物の間引きがほとんどだった。適当に選んだ依頼をこなし、俺は依頼完了の報告の為にギルドへと再び足を運んでいた。


 そして、俺はその現場に遭遇してしまったのだ。


「もういっぺん言ってみやがれ! このチビが!」

「聞こえなかったんならもう一度言ってやらあ。邪魔なんだよ、てめえ。これ以上騒ぎを大きくするってんならこのシマから出ていきなッ!」


 男の怒声に続き、少女特有の甲高い声が聞こえてくる。

 ギルドの中央で向かい合い、お互いに睨み合っているその片割れ。少女の方に俺は見覚えがあった。


(今朝にも見た……あれは姉の方か)


 黒い髪を短く切りそろえた少女、双子の姉に当たるカミラが派手な大声を上げている。声を聞くのは初めてだったが、思ったより荒っぽい喋り方をするようだ。


 自分の倍はあろうかという大男に啖呵を切るカミラ。見た目の幼さにそぐわない胆力だった。

 しかし、ああも目立つ場所で騒いでくれていたら動きにくい。周囲の人間も立ち止まってことの成り行きを見守っている。俺はその野次馬の一人に、ひっそりと声をかけてみた。


「おい、何かあったのかよ」

「ほら、あの男がついにカミラ様の逆鱗に触れちまったのよ」

「あの男って……誰?」

「最近こっちに越して来た冒険者さ。マナー悪くて噂になってたんだが……とうとう天秤に目を付けられたみたいだぜ」

「……ふーん」


 なるほど。たまにいるゴロツキの類か。

 ああいう礼儀のない奴ってのはどこにでもいるもので、依頼の横取りや新人いびりなんかでこのギルドから出禁を食らった冒険者を俺も何人か知っている。結局、あの男もその類なのだろう。


「早く終わってくんねえかな」

「何いってんのさ兄ちゃん。こんな面白い見世物、中々見られねえぜ?」


 俺の愚痴に男はにやりと笑って再び渦中の二人へと視線を移す。喧嘩や乱闘はいつも見世物のように扱われる。娯楽の少ないこの世界で、こういう刺激は貴重なのだろう。

 俺には全くわからない感覚だがな。


 とはいえ、騒ぎが落ち着くまでは俺も動かないほうがいいだろう。することもないので、俺も周囲の野次馬と同じように部屋の中央へと視線を向ける。

 すると痺れを切らしたらしい男がカミラの胸元へ手を伸ばしたところだった。体格差のある二人のこと、つかみ合いになればカミラが圧倒的に不利なのは間違いがない。


 ……このまま男に押されてしまうのか?


 そう予想した俺の前に飛び込んできたのは、信じられない光景だった。

 男の手がカミラに届く寸前に、カミラは男の腕を取り懐に飛び込んだ。前傾姿勢になっていた男はカミラの突撃に重心を後ろに傾ける。カミラはその隙を見逃さなかった。


「ふっ!」


 呼気と共に、男の体が宙に舞った。

 三桁には届こうかという体重を持つ巨体が、軽々と投げ飛ばされたのだった。まだ子供にしか見えない、女の子の手によって。

 けたたましい音と共に、近くにあったテーブルに体ごと突っ込む大男。その姿を見て会場が一斉に沸き立った。


「おおおおおおおッ! さっすがカミラ様だぜ!」

「ははっ、白目向いてやがんぜ、コイツ。いい様だ!」

「カミラ様ぁ! 俺も投げ飛ばしてくれぇ!」


 一気に沸騰した水のようにはしゃぐ彼らに、俺は全員がこの結末を知っていたのだと悟った。商業ギルドの人間は基本的に荒事は得意ではないというイメージがあったのだが……どうやら今日限り、その認識を改めなければいけないようだ。

 騒ぐ会場に自慢げな顔で片手を上げたカミラは、ゆっくりと投げ飛ばした男の下に向かう。


「ぐ……この、ガキが……」

「ああもう椅子まで壊しやがって。最後の最後まで迷惑な奴だなぁ。仕方ない、この分の代金は今日のお前への報酬でチャラにしてやるよ」

「なっ!? ふ、ふざけるなよ。今日はオーガの討伐任務だったんだ! こんなちんけな椅子一つで消える訳……」

「ああ? 聞こえねえなあ。負け犬は黙ってさっさと失せろよ」


 蹴りでもいれそうな雰囲気のカミラに、男は腹立たしげな表情を浮かべる。しかし場の雰囲気と、目の前の少女の力量に不利を悟ったのか、結局それ以上何も言わずにギルドから立ち去っていった。

 舌打ちをして「覚えてろよ……」と悪態をつく男に会場が爆笑する。失敬ながら俺も笑ってしまった。まさか本気であんな負け犬みたいな台詞を自分から言うやつがいるとは思わなかったから。

 妙な盛り上がりを見せるギルド内で、カミラは両手を叩いて言い放つ。


「皆悪かったな! あんな屑を見逃してたのは俺の責任だ。今日は迷惑料として全員好きなもの飲んでいけ!」


 その言葉に再び歓声を上げる会場。

 それからギルド内に併設されている酒場にこぞって向かう男達。いくらなんでも現金過ぎるだろう……ま、俺も後で何かもらっていくけどな。折角だし。


 とはいえその前に報酬を貰いに行こう。

 一気に人気のなくなった会場で、俺は受付へと向かおうとして……


「おい、そこの新人」


 俺に向かって手を挙げるカミラに、呼び止められるのだった。

 視線と視線がぶつかる。俺は周囲をきょろきょろと見渡してから、自分に向けて人差し指を向ける。するとカミラはうん、とその小さな顔を縦に振る。


「……えーと、何か用でしょうか?」


 なぜ急に話しかけられたのか分からない。俺と彼女に接点はなかったはずだ。

 いぶかしむ俺の元に歩み寄ってきたカミラは少し大人びた笑顔を作って、口を開く。


「そう緊張するな。別に取って食おうってんじゃない」

「はあ……」


 思わず気の抜けた声が出てしまう。

 目の前に立ってみると、この女の子……本当に小さい。イリスと同じか、それ以上に小柄な彼女があんな大男を投げ飛ばしただなんて嘘みたいだ。


「お前はここのギルドにもう慣れたか?」

「ええ、まあ。おかげ様で……」

「敬語は良い。お前も年下に敬語を使うのは疲れるだろ。俺のギルドに入ってる奴ならそんな無礼は許さねえけどな」


 そう言って快活に笑うカミラ。彼女がそう言うのなら、そうしないのも逆に失礼だろう。


「なら、そうさせてもらおうかな」

「ああ、それでいい」


 そう言って頷くカミラ。どうやら口調だけでなく、内面まで男らしい性格みたいだな。こういう方が俺としては付き合いやすくて助かる。

 少しだけ打ち解けた雰囲気になったところで、俺は気になっていた事を問いかけることに。


「そういや何で俺が新人だって知ってたんだ?」


 新人だからといって、別に何か印があるわけでもない。ギルドによっては服に刺繍を施したり、揃って同じアクセサリーを付けたりと特徴を出すこともあるが、俺みたいな未所属(フリー)の人間には関係がない。


「ああ、そんなことか。俺はこのギルドを利用する人間は極力覚えることにしてんだよ。お前を最初に見たのは確か23日前だったか。ずっときょろきょろしてたから『ああ、コイツ新人なんだろうな』ってすぐに分かったぜ」


 なんでもないようにカミラは言うが……それはとんでもないことだった。

 ギルドなんて一日に何百人と人間が訪れてくる。そんな中に紛れた新参を識別することなんて、普通は無理だ。きっと驚きが表情に出ていたのだろう。俺の顔を見てカミラは手を振って笑う。


「俺はここを利用してくれてる奴らを家族みてえに思ってっからな。息子の顔を忘れるなんて、母親失格だろ?」


 悪戯が成功した悪ガキのように、無邪気な笑みを浮かべるカミラ。

 その顔を見て、何となく分かってしまった。

 カミラが大男に勝利したとき、なぜあれほどに会場が沸きあがったのか。きっと彼らは皆、カミラのことが好きだったのだ。この男らしくて、真っ直ぐな少女のことが。


「…………」

「ん? どうかしたのか?」

「……いや、何でもない」


 そう、何でもない。

 ただ……このギルドのことが少し好きになっただけだ。


「ま、困ったことがあったらこのお母さんになんでも相談しろよなっ」


 その薄い胸を張るカミラに、思わず笑みが漏れる。こんな女の子をお母さん呼ばわりしようものなら、それこそお巡りさんに捕まってしまうだろう。


「そういうのはもう少し色んなとこが大きくなってから言えっての」


 大人ぶるカミラに、軽口を放つ俺。

 その時の俺は、知らなかったのだ。


「…………」

「あ、れ?」


 俺の言葉に、顔を赤らめて拳をぷるぷると振るわせるカミラの姿がそこにはあった。そう、俺は本当に知らなかったのだ。


「だ、だ、だ、誰が貧乳ドチビじゃぁぁぁあああああああああああッ!」


 カミラに対し、「貧乳」を匂わす言葉は禁句だということを。

 そこまで言ってねえ! と、思いつつ大男の二の舞を演じ、宙を舞う俺を酒場の男達が手を叩いて笑っていた。

 ……本当に、いい性格してやがるぜ。全員な。


 プラスに傾きかけていた評価を、再びマイナスに振り切ることに決めた俺はぐんぐん迫る地面に受身も取れずぶつかり、意識を闇へと沈めていった。

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