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不死王と七つの誓い  作者: 秋野 錦
第二部 復讐者篇

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「記憶の片隅」

 ジョキン……ジョキン……。

 金属のぶつかる音が断続的に俺の鼓膜を揺らす。その振動は酷く不愉快で、形容しがたい感情を俺に伝えてくる。


 熱い……痛い……苦しい……辛い……。


 言葉にするならそのようなものだ。

 ぐちゃぐちゃと、どろどろと、訳の分からない衝動に突き動かされて俺は走っていた。音は背後から聞こえてくる。けれど、そちらを振り返って音の正体を確かめるようなことはしない。


 走って、走って、走って、走って。


 いつまでも続く真っ暗な道を走り続ける。

 なぜ走っているのかも、ここがどこなのかも、どこへ向かっているのかも分からない。まるで自分という人間を遠隔から操作でもしているかのような感覚。半ば以上無意識に俺は走り続けていた。


 ジョキン……ジョキン……と、いつまでもやむことの無い音。無機質なその音は少しずつこちらに近づいているようだった。

 息が切れ、足が鉛のようになっても俺は駆けた。

 何故、どうしてそこまでして走り続けるのか。

 とうとう走り疲れ、その足を止めた時に俺はその答えを知った。

 そう、俺は……


「さあ、遊ぼうぜ。カナタぁ」


 この男から、逃げていたのだった。




---




「────────ッ!?」


 体が大きく跳ねる。

 備え付けのベッドから飛び起きたのだと気付くのに、少しの時間が必要だった。動悸が激しい、寝汗も酷い。

 ゆっくりと周囲を見渡し、状況を把握した俺はゆっくりと額に手を当て息を吐く。


「……はぁ」


 まただ。また悪夢を見てしまっていたようだ。

 詳しくは覚えていないが、何か……とてつもなく怖いものから俺は逃げていた。この一ヶ月で幾度と無く味わった悪夢に俺はため息をつく。


「……またあの夢を見たの?」


 ふいに聞こえた声、ここ最近すっかり聞き慣れてしまったその声のほうへと視線を向ける。見ればイリスが俺の隣で布団を被り、瞳だけ開けてこちらを見ていた。


「悪い……起こしたか?」

「ええ。思いっきりね」


 俺の問いにイリスは顔をしかめて首肯した。寝起きの機嫌が基本的によろしくない彼女のこと、安眠中に起こされたとなればなおさらだ。今回ばかりは本当に申し訳なかったので、頭を下げて謝ると、


「別にいいわ。それより、顔酷いわよ」


 意外にもイリスは俺を心配するような言葉を放った。


「そんなに青い顔してるか、俺……」


 確かに悪夢にうなされて飛び起きるなんて尋常ではない。顔色の一つや二つ、悪くなって当然か。


「いえ、そうではなくて顔の造形が可哀想なほどに崩れているという意味よ」

「ブサイクってことか!? おい! 俺がブサイクって言いたいのか!?」


 やっぱりイリスはいつものイリスだった。

 このドSめ。俺がソフトMでなかったら付き合いきれないところだぞ。


「顔の造形はさておいて……顔でも洗ってきなさいよ。顔色も悪いのは本当だから」

「今度俺の顔面偏差値についてどういう認識でいるのか問い詰める必要がありそうだな、おい」


 イケメンとまでは言わなくても俺の顔はブサイクというほどに悪くは無い。ない……はず。ないと思いたい。ないよね?

 疑心暗鬼に陥りそうな気分に浸りながら俺は立ち上がる。

 それから俺は台所に向かい、水瓶に溜め置いている水を柄杓を使って汲み上げ、頭からぶっかけた。

 風呂もあるにはあるが、この世界では水さえも貴重品になる。無駄な使い方は出来ない。けれど確かに気持ちが悪かったのも確かだし、ここはイリスの好意に従うことにした。


 ……そっけない態度を取ることが多いイリスも、根は結構良い奴なのだ。俺が気を使わないように、自分から水を使うように勧めてくれる辺りにイリスの優しさが垣間見える。


「悪い、心配かけたな……って」


 顔を洗ってベッドに戻ると、イリスがすやすやと寝息を立てていた。

 眠気が限界だったのだろう。たった数十秒も耐えられないとは情けない。


「はあ……俺が寝転ぶスペース、ないじゃん」


 俺達は宿代節約の為に一人部屋を二人で使っている。そして一人部屋なのだから当然ベッドも一つしかない。小柄なイリスならば何とか一緒に寝れないこともなかったのだが、今みたいにイリスが中央を占拠してしまえばそれで埋まってしまう程度の大きさだ。


 ……仕方が無い。今日はもうこのまま起きていよう。


 今からもう一度イリスを起こすのも悪いしな。

 外に目を向ければ、窓から僅かな太陽の光が見える。少し早いが、早起きは三文の徳とも言うし、今日は早めにギルドに向かうことにしよう。今日から難易度を上げるとイリスにも約束しているし、早く行って質の良い任務を勝ち取ってこようではないか。


 冒険者ギルドは完全実力主義、早い者勝ちの世界だ。

 楽で割りの良い任務は早く行かないと他の同業者に盗られてしまう。


 俺も早起きは得意じゃないから、普段は昼頃にぶらっと行って適当な任務を受けているのだが今日は少し、やる気を出してみよう。ちなみに、この冒険者ギルドのあり方はイリスに説明していない。

 言えば間違いなく早起きを強制されるからな。言わぬが華とはこのことよ。


 さて……今日もお勤め、行ってきますかね。

 俺は唯一の同居人に視線を送り、借家の扉を開いて冒険者ギルドへと足を向けた。




---




 朝日も昇りきらぬ朝方に、今ではすっかり慣れてしまったケルンの街をゆっくりとしたペースで歩いていく。慣れたとは言っても、この町並みはやはり俺にとっては夢の世界そのもので、どうしても視線が目移りしてしまうのだ。


 行商人が交易の為に荷馬車を用意しているのが見える。

 近くの海から入荷したらしい魚を大声で売りさばく店主の姿が見える。

 大きな剣を背中に掲げ、颯爽と道を行く王国騎士団の一人が見える。

 朝っぱらだというのに、詩を綴る吟遊詩人の姿が見える。その隣では大道芸人だろうか、何に使うのかさっぱり分からない道具を箱一杯に詰め込んだ女の姿が見える。


 勿論、生活の水準は日本とは比べ物にならない。貧富の差だって酷いものだ。ちょっと路地裏に入れば、孤児や物乞いの姿が見れるし、下手をすれば餓死した死体だってそこら辺に転がっていることだろう。もっとも、それらの死体は物乞いたちによって『再利用』されるため、長いこと放置されることはまずないが。


 日本を天国だとするならば、この世界は地獄だ。不平等と、理不尽が跋扈する冥界だ。

 けど……それでも、この世界には活気があった。

 日本にいた頃には感じることの出来なかった高揚感を感じることが出来た。

 誰も彼もが下を向き、時間に追われて日々を生きる現代日本。すれ違う人達はすれ違う人でしかなく、他人は他人でしかない。日本人は基本的に閉鎖的であるということを考慮しても、そこに夢はない。


 あるのはただ顔も知らない誰かが決めたルールと、雁字搦めの倫理観だけ。

 一言で言うのなら……


 この世界はどこまでも、『自由』だった。


「何だかんだで俺も、この世界を気に入ってるのかね」


 自分で自分に納得して、俺はその目的地に到着した。

 眼前に広がるのは、周囲に比べて一際大きな建物。

 そう、ここが……

 

 冒険者ギルド、その本拠地だ。

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