「新生活」
俺とイリスがあの地獄のような日々から開放されて早一ヶ月。俺達は俺達なりになんとか協力して日々の糧を得ていた。
今は王城から少し離れた位置にあるケルンという街に拠点を置いている。
抜け出して初日は飯はないわ、宿はないわで大変だったが、今はそれなりに安定した生活を送れるようになっている。それもこれも、全て冒険者ギルドのおかげだ。
魔物や魔族からの侵攻に際し、傭兵として扱われる冒険者は俺のような戦うことしか取り得の無い人間にとっては天職だ。いや、どちらかというとこれしか選択肢がなかったと言うべきか。
冒険者ギルドへの加入は一応身元の確認が必要なのだが、俺の場合、ヘルゴブリン討伐の報酬で既に加入していたため、そこら辺の面倒なく冒険者家業を開始することが出来た。
目立って王国に連れ戻されるのも御免なので、日々の生活に困らない程度の稼ぎに抑えているが、そろそろ今後のことを考えるべきなのかもしれない。
これまでは生きることで精一杯で、後回しになっていた事。
俺達の今後の活動方針についてだった。
「というわけで、第一回青野家緊急会議を開きたいと思う」
「わーわーぱちぱちー」
「それで、今後の方針なんだが何か意見あるか?」
「私から言えることは一つよ」
俺の問いに、ぴしっと人差し指を立てるイリス。
足を組み、椅子をぎしぎしと揺らしながら体を前後に振っている。お行儀が悪い。しかし、この三ヶ月でこいつにそんなことを言っても無駄なのはすでに学習済みだ。
俺はせめてもの抵抗として、咎めるような視線を送りながら言葉を待つ。
「カナタ、貴方はもっと稼ぎを増やすべきだわ」
ドーン! と効果音が付きそうな勢いで断言するイリス。
確かに今の稼ぎが少ないことは認めるが、俺にも言い分はある。
「新入りが難しい依頼をバンバンこなしていたら悪目立ちするだろうが」
「知らないわよ。良い? 私は今の生活水準にこれっぽっちも満足してないの。貴方の力なら古龍だろうが何だろうが余裕でしょう」
「そんな頻繁に古龍が現れてたまるかよ」
「そのくらいの意気込みでいなさいってことよ」
俺が反発するのが気に入らないのか、唇を尖らせるイリス。
イリスの言うとおり、灼熱の剣を使えばある程度の敵は薙ぎ倒せるだろう。
……とはいってもなあ。
「あれ、目立つとかってレベルじゃないじゃん」
それに痛いし。
そこまで言うとまた怒られそうだったので口には出さない。
「別にいいじゃない目立つくらい」
「全然良くねえよ。前にも言ったが王都の連中に見つかるのだけは避けたいんだ。こうして青野カナタ名義で冒険者活動してるのだって正直危ない」
俺はルーカスさんを仲介人として冒険者ギルドに登録した。つまりルーカスさんにとって俺は書類上保護者のような扱いになっているため、ルーカスさんが調べようと思えば俺の冒険者としての活動全てが把握されてしまうのだ。
「なるべく早く活動資金を溜めようと言ったのはカナタじゃない」
「だからって不用意な行動は出来ない」
俺達の……俺の目的を考えれば王国側に俺の行動を把握される事態だけは避けたいのだ。
「…………」
「ねえ、貴方。本当にやるつもりなの?」
幾度と無く交わした議論。
それに対する結論は未だ変わりは無い。
「ああ。あいつ等には……死んでもらう」
酒井竜太郎、熊谷若菜、福地朱莉、そして……上原麻奈。
あの裏切り者共が今も安穏と暮らしているだなんて俺には我慢が出来ない。
あの日、俺は多くのものを失った。
その代償は、あいつ等に支払ってもらわなければならない。
「…………」
「まーた怖い顔になってるわよ、カナタ。いいかげんに話を戻しましょう」
「……そうだな」
彼女達のことを考えればどうしても気分が暗くなってしまう。俺は意識を切り替える意味でも話題を戻すことにした。
「稼ぎを増やせって話だったっけ」
「そう、それよ!」
バンッ、と机を叩き熱弁するイリス。
「カナタが一日に稼いでくる額がいくらか把握している? 1200コルよ、1200コル! こんな額じゃ二人分の生活費で全部消えちゃうわよ!」
……こいつ、居候のくせに何でこんなに偉そうなんだろう。
とは思っても顔には一ミリたりとも出さない。出せば鉄拳が飛んでくるのは確定的に明らか。仕方ない、ここは申し訳なさそうな顔でもしておこう。
「このままじゃ貯蓄なんて夢のまた夢よ!」
「だったらお前も稼ぎに出ればいいじゃん」
「無理!」
「言うと思った」
自信満々にイリスが断言するのには理由がある。
実際この暮らしが始まったばかりの頃は彼女も俺に対する遠慮があったのか、自分の生活費くらいは稼ごうと努力していたのだ。しかし彼女には労働ということに対するセンスがさっぱりなかった。
酒屋でウェイターをすれば、一日に何十枚もの皿を割り即日クビになる。
街中で売り子役をやろうものなら、雇い主に賃金をちょろまかされる。
朝早い配達の業務をしようとしても、寝坊で結局続かない。
昔から色んなバイトを掛け持ちしていた俺からしても、これほど駄目な子は見たことが無いというほどだ。ちなみに家事もからっきしで、本当にもう役立たずという言葉がぴったりな具合だ。
俺と一緒に来なかったらこの子、一人で一体どうしていたのだろう。いや、割とマジで。そのくらいイリスには生活能力がなかった。
「だからカナタ! 貴方が稼がなくてどうするの!」
「はあ……分かったよ。明日から少し依頼の難易度上げてみる」
「最初からそう言えばいいのよ。頑張って頂戴ね」
良い笑顔で俺にサムズアップするイリス。
俺は一体どうしてこの少女と一緒にいるのだろう。謎だ。
けれどまあ、あの日。俺達が自由を手に入れた日にイリスの手を取ったのは俺だ。乗りかかった船、というか乗り込んだ船なのだから途中で投げ出すようなのは人道に反するだろう。それだけはしてはいけない。
どんな形であれ、裏切りという行為は最低なのだから。
それに……
「それじゃあカナタ、話も終わったみたいだし……『いつもの』やるわよ」
イリスと一緒にいるメリットが、全くない訳でもない。
「分かった。今日は優しくしてくれよ。昨日の夜は本当に疲れたんだから」
「ふふ、それは貴方次第よ。私を満足させさえすればいいのだから。それとも何? 今日はやめとく?」
唇に手を当て、妖艶な笑みを浮かべるイリス。
完全に挑発していやがる。
それが分かってしまった以上、ここで引き下がれば男が廃る。
「勿論やるに決まっている。今日こそはお前を屈服させてやっから覚悟しとけ」
「あら、良い啖呵を切るじゃない。それじゃあ、試させてもらおうかしら」
そう言って机に身を乗り出してこちらに顔を寄せるイリス。
吐息すらかかる距離にイリスの端正な顔が迫る。普段は高飛車で傲慢な手の付けられない子供って感じなのに、こうして顔だけ見ると本当に可愛らしいから困る。
「私の目を見て、カナタ」
艶っぽいイリスの声に、俺は視線を向ける。
そしてその綺麗な瑠璃色の瞳と目が合ったとき、
──世界が音もなく崩れだした。
「……ッ」
ガラガラと、或いはフワフワと世界が再構成されていく。
幾度となく訪れたこの世界だが、未だこの光景には慣れない。まるで縦横無尽に走り回るエレベーターに乗っているかのような浮遊感。自分の足元がまるで薄氷にでも取り変わったかのような不安感。
そんな中、俺の正面に立つイリスはいつものように凛とした態度で佇んでいた。
「精神世界へようこそ」
この世界の主として客を出迎えるような所作で、イリスは一礼してみせる。その動作があまりにも堂に入っていて、彼女が文字通りお嬢様だったのだと納得させられる。
そして、頭を上げたイリスの左手には……
「では今晩の『特訓』を始めるわね、カナタ」
灼熱の剣が握られていた。
イリスが作り出す精神世界では彼女が主であり、王であり、神である。
彼女の望むもの全てがそこにあり、彼女の望まないもの全てが存在しない。
実際にある現実世界とは違う構造をしているが故の自由度であり、その世界では彼女はまさに『最強』であった。
この世界の中でなら、彼女は現実世界では使えない禁術すらも使うことが出来る。この夢の世界が終わった後に残るのは精神的疲労だけなのだから、肉体の損傷は気にしなくて良いと言うわけだ。
ということで俺は毎日、体感時間で一時間から二時間くらいの間この精神世界でイリスに修行をつけてもらっている。
「ほらほら! 出力足りてないわよ!」
「くっ!」
イリスの繰り出す『灼熱の剣』と俺の『灼熱の剣』が交差する。互いに熱量を叩きつけるというこの荒行を制すのはいつもイリスの側だった。
同じ魔術を使っているというのに、その出力に差が出る原因として考えられるのは二つ。
一つは単純なエネルギーの差。つまりは魔力の差ということになる。しかし、この世界ではイリスの側が俺と同等の魔力になるように調整してくれているので、ここで押し負ける原因となっているのはもう一つ方だ。
「まだまだ真理にはほど遠いようね」
「……みたいだな」
真理。
イリスはそういう風に表現しているが、もっと簡単に言うならばイメージの差だ。それこそが俺とイリスの力量を分かつ純然たる事実だった。
「カナタの魔力は確かに異常なほど多いわ。それだけの魔力量があれば使える魔術だって多いだろうし、単純な出力でも群を抜いているでしょうね。だけど……」
ちらり、と俺を見てイリスがその言葉を続ける。
「魔術とは構成力、その術式が意味する真理を正しく理解しなければ使うことは出来ても使いこなすことは出来ない。今の貴方にはこの禁術、宝の持ち腐れだわ」
「…………」
あまりの酷評にぐうの音も出ない。
事実、イリスの魔術に押し負けているのだから反論もあるはずがないが。
イリスは元々この世界を構築するだけのイメージ力を持っていた。魔眼という特殊能力があった故に元々の構成力に差があったのだろう。だから負けても仕方がない……なんて言い訳するのも情けない、か。
「ひとまずカナタは魔術とは何か……灼熱の剣という魔術の本質を、真理を理解することから始めなさい」
「……簡単に言ってくれるぜ」
元々俺には魔術の才なんてなかったのだ。それなのにいきなり魔術の真理を理解しろ、何て言われても困る。憮然とした表情を作る俺に、イリスは出来の悪い生徒をたしなめるような口調で語り始める。
「魔術とは、その術式を編み出した本人が最も強力に行使することが出来るといわれているわ。それもこれも術式を作った本人なのだから、そこに含まれる意味は考えるまでもなく分かっているということね。言ってしまえば、魔術の才というのは如何にしてその術者の真意を推測することが出来るか、ということでもあるのよ」
どれだけ術者の真意を推測することが出来るか。
まるで国語のテストのようだ。
登場人物の心情を30文字以内で説明しなさい、つってね。俺は国語の成績はイマイチだった。だから課題やレポートの宿題を良く渡されていたのだが、まさか異世界に来てまで似たようなことをさせられるとはね……この課題は俺にとって難題になりそうだ。




