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不死王と七つの誓い  作者: 秋野 錦
第一部 王都召喚篇

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「灼熱の剣」

「何だ……それは……ッ!?」


 右手に燃え盛る炎を宿した俺に、リンドウが呆然とした表情を向けていた。


 灼熱の剣(レーヴァテイン)


 イリスから受け取ったこの剣は、あらゆるものを燃やし尽くす。

 あまり時間をかけてはいられない。俺はリンドウの問いに言葉を返すこともなく、リンドウに向けて襲い掛かった。


「ちっ!」


 迫り来る炎に、回避行動を取るリンドウ。

 先ほどまでリンドウがいた場所を炎が通り過ぎ、地面を、壁を、全てを切り裂いた。


 ──ドオオオォォォォォォォォン!


 けたたましい音を立てて建物が崩壊を始める。

 初めての一撃に、威力が調整できなかったのだ。


「か、カナタ!」


 崩れる足元に、移動できないイリスが叫ぶ。

 俺は瓦礫となった床を蹴り、イリスの元へ。


「イリス!」


 伸ばされた手を掴み、彼女を拘束する手錠を焼き切る。

 そうして自由になったイリスの手を掴み……再び跳ぶ。


 妙に体が軽い。

 どうやら魔術を使うことで、俺は魔力自体も自由に使うことが出来るようになったらしい。理屈としては分からなくても、直感で出来ることは分かる。

 俺は足に魔力を集中させ、飛ぶように瓦礫の群れから脱出する。まるでスーパーマンにでもなったような気分だ。ありえないほどに身体能力が向上しているのが分かる。


「す、凄い……」


 倒壊した建物に、イリスが呆然とした声を上げる。

 俺だって信じられない気分だ。これだけの破壊を俺がしでかしたなんて。


「痛ッ……!」


 不意に右腕に走った激痛に、思わず声を上げる。

 この炎は術者すら飲み込み、燃やし尽くす。

 早いところ決着をつけなければ。


「アオノ……カナタぁ!」


 あの崩壊の中、上手く逃げ切ったらしいリンドウが雄たけびを上げる。その表情は以前にもまして深い笑みが刻まれており、実に楽しげな様子だ。


「はははっ! お前もついに昇ってきたか! これでこそ対等! これでこそ殺し合いになりえるというものだ! ほら、来いよ! 今度こそぶち殺してやる!」


 轟々と、まくしたてるリンドウ。

 さっきまであれほど脅威に思っていた相手が、今は不思議と怖くない。


「カナタ」


 それはきっと、俺の手を握る彼女がいるからだろう。

 守るべきものがあるならば、どんな障害だろうと怖くない。そんな感覚が俺を満たしていた。


「行ってくるよ」


 俺はそっと、イリスの手を離しリンドウに向かい合う。

 そして、それと同時にリンドウが弾丸のような勢いで飛び出してきた。

 かつて食らった一撃をそのままに、俺はリンドウに肉薄する。前回は簡単に吹き飛ばされたが……もう、やられるだけじゃないぞ。


 俺は灼熱の剣を盾の様に構え、リンドウの動きを牽制する。

 今の俺にはこの剣だけが唯一の武器、リンドウに対してダメージを与えられるただ一つの手段だった。

 リンドウも触れるのはまずいと分かっているのか、俺の剣の間合いに中々入ってこようとしない。だが、リンドウは無手。俺に攻撃を加えようとすれば近づくほかにない。

 そして、リンドウが踏み込んだ瞬間──


「シッ!」


 その瞬間を待っていた俺は、まるで居合いの達人のようにその一撃を繰り出した。横殴りに振るわれた灼熱の剣はリンドウの胸を裂き、鮮血を撒き散らす。

 だが……


「くっ、浅いか!?」

「ひひひっ、あはははっ、楽しい! 楽しいなぁ、カナタァ!」


 傷口を手で押さえ、狂ったように笑うリンドウ。


「ああ、最高の気分だ。もっと、もっと俺を殺してくれ! 俺がお前を殺してやるからよぉ!」


 叫ぶリンドウが右手を俺に向けてかざす。

 そしてその腕がぐにゃぐにゃと気持ちの悪い動きをしたかと思えば、まるで植物のツタか何かのように伸びてきて、俺の首に巻きついた。


「ぐっ……」


 ぎちぎちと締め付けが強くなるその腕に、思わず苦悶の声が漏れる。

 リンドウを喜ばせるだけだと分かっていたのに。


「くくく、これが俺の能力。『変身』だ。特異な能力を持っているのは何もお前だけじゃないんだぜ?」


 得意げに語るリンドウ。

 ルーカスから魔族は不思議な魔術を使うと教えてもらっていたのに対処が遅れてしまった。

 自身の体を好きに変化させることが出来る『変身』の能力。なるほど、以前王城に猫の姿で忍び込んだのはこういうカラクリだったのか。


 しかし納得してばかりはいられない。

 俺の首を絞める腕の力は以前強まるばかりなのだから。


「このまま窒息しろ! カナタァ!」


 このまま息を止められ、意識が落ちるのはまずい。

 俺の不死の能力ですぐに死ぬことはないにしても、殺され続ければいつか死んでしまうのだから。そういう意味ではこのリンドウの戦い方は俺の天権の特徴をよく理解している。憎たらしいほどに。


「くそ、が……いつまでも触ってんじゃねぇ!」


 俺は右手に顕現させた灼熱の剣をリンドウの腕に振るう。

 ブツンと勢いよく切れたリンドウの腕。これで俺の首を絞める力は弱まったが、リンドウに然したるダメージは見当たらない。切られた右腕を戻した際に、普段どおりの形に変身していたのだ。


「ちっ」


 変身の能力は思った以上に厄介のようだ。

 傷すらも治せるというのなら、かなり高い回復力を持っていることになる。しかも向こうは自在に姿を変えられるというオプション付き。俺の能力より遥かに性能がいいことだけは確かのようだ。


 それからリンドウは腕を鎌のような形状の刃に変え、俺へと襲い掛かってきた。

 鋭いその一撃を俺は首をひねってかわす。

 シュンッ、と死の音が耳元を通り過ぎ僅かに髪を揺らす。


 生と死の狭間で、リンドウは俺に問いかける。


「死ぬのは怖いか? アオノカナタ」


 質問の意図が分からなかった俺は思わず聞き返す。


「……何だって?」

「死ぬのが怖くないのかと聞いたんだ」


 死が怖いか。

 その質問は、俺にとって愚問に過ぎた。

 もしもそうでないなら、こんな能力なんて発現してはいないだろう。


「他の動物がどうかなんて知ったこっちゃねえけどよ。俺は思うんだ。死を恐れるのは人間だけなんじゃないのかってな」


 リンドウは俺に語り聞かせるように告げる。


「人は死を恐れ、死後の世界を作った。それは死んだ後はこうなるもんだってのが分かっていれば死の恐怖からいくらか開放されるからだ。考えても見ろ、もしも死んだ後、魂が肉体から開放されることなく永遠の不動を味わうことになるとしたら? 魂だけ、まるで石か何かのようにそこらへ放り投げられたとしたら? それはとんでもない恐怖だとは思わねえか? なあ、アオノカナタ」


「……何が言いたい」


「俺はただ知ってもらいたかっただけだ。死とは何かをな。死を想え(メメント・モリ)とは良く言ったのものだぜ。なあ、カナタ……お前にとって死は何だ?」


 リンドウは俺に、俺の死生観を問いただす。

 本来なら答える必要なんて無い。

 だが、今のリンドウが醸し出す妙な雰囲気に、俺は流されるかのように答えてしまっていた。死とは何か、その本質を。


「死は別れだよ。リンドウ」


 死を恐れ、死を遠ざけようとした俺の想い。その原点は何かと問われれば、その答えは決まっていた。


「人間だけが死を恐れるってのは中々面白い意見だと思ったよ。俺にとって死とは離別を意味する。愛する人と共にいたいって気持ちは、確かに人間特有の感情に思う」


 群れを成す生物は数あれど、人間ほど情の深い動物はいないだろう。


「……なるほどな、それがお前の答えか」


 リンドウは俺の答えに満足したのか、深く頷いている。

 そして、真っ直ぐに俺を見据えて言い放った。


「俺にとって死とは、開放を意味する。知ってるか? 自殺するのもまた、人間だけなんだぜ」


 にやりと笑ってそう言ったリンドウ。

 その笑みを見て、何となく分かってしまった。こいつが何を求めているのかを。コイツの過去に何があり、どういった経緯であんな凶行に手を染めるようになったのかは分からない。だが……それを知る必要はない。


「亡霊は死人の国へと還れ、リンドウ」


 まるで幽鬼のような足取りで迫るリンドウ。今の俺には奴の動き、その全てが見えていた。交差する俺とリンドウ。


 そして一瞬の静寂。


 立ち居地を変えた俺達の内、身を崩したのは……リンドウただ一人だった。

 ただ言葉もなく、ゆっくりとその命の灯火を消していく亡霊。

 あれほど苦しめられたにしては、あまりにも呆気ない幕切れだった。


「…………」


 変身の回復力を超えた一撃を食らい、その体に酷い裂傷を刻んだリンドウを一度だけ見て、俺は剣を鞘へと戻した。ボッ、と最後の勢いを見せた炎が消え、俺には重度の火傷が残る。


 右腕はすでにドロドロと融解でもしてしまったかのような有様で、ところどころ骨まで見えていた。けれど、それすらも無かったかのように俺の天権が修復していく。

 何事も無かったかのように。俺の右腕は再生した。


「……思ったとおり、酷い相性よね。貴方と禁術って」


 俺の背後まで来ていたイリスが、俺の右腕を見てしみじみとした様子でそう言った。


「使用者に代償を強制する禁術……貴方にとってはそれさえも代償にはなりえないのだから」

「……まあな」


 俺は右手を握り、感覚を確かめる。

 普通ならあの剣を手に持ったものは二度とその腕を自由に動かすことが出来ないだろう。だが、俺は違う。俺だけはその代償を払った上で再生することが出来る。確かに痛みこそあるが、今の俺にとってそれはないに等しい代償だ。


「不死と禁術……きっと貴方はこの世界でも最強の存在よ。これほど理不尽な存在もないんじゃないかしら」

「俺だってなりたくてなった訳じゃない。文句ならこの力を授けた神にでも言ってくれ」

「まあ、それもそうね。それで? 貴方はこれからどうするの?」

「…………」


 リンドウは死んだ。

 これで俺達を捕らえていた障害はなくなったのだ。

 もし、が現実になった瞬間だった。だからこそ、イリスは改めて俺に聞いたのだろう。どうするのかを。

 そして、それに対する俺の答えは決まっていた。


「生きるよ、俺は」


 それが彼女の最後の願いだったから。

 どんなに醜くても、意地汚くても、生き抜いてやる。

 その覚悟が、今の俺にはあった。


「そう……」


 俺の答えに、イリスはそれだけ言って答えた。


「だからさ、ひとまずはスザクに見つかる前にここから逃げようと思うんだが……」

「そうね。それがいいわ」

「お前は……どうするんだよ」

「……私も逃げるわよ。今回のことでよく分かった。復讐するにはまだ、力が足りない」


 イリスはそう言って俺に背を向ける。


「また会えると良いわね、カナタ」


 その背を見て、俺は悟った。

 彼女は俺のことを信用してなどいなかったのだということを。俺に力を与えはしても、それはこの窮地から逃れるための手段であって、本当の意味で俺とイリスは協力関係になどなかったということを。


 別れの言葉を最後に、遠ざかるイリス。

 俺は……なんだか悔しくて、


「イリス!」


 耐え難い衝動に押され、駆け出していた。


「何よ、まだ何か……って、ちょ、ちょっと! 何で手を引っ張るのよ!?」

「うるさい! この力のこと、まだお前から何も聞いてねえぞ! 誰から追われてるのかも説明してもらってねえし、このまま放置すんのは無責任だろうが!」

「そ、そんなの一人で何とかしなさいよ!」


 ぎゃーぎゃー騒ぐイリスの手を無理やり引っ張り歩く。

 とはいえ、本気で抵抗しているならとっくに引き剥がされていただろう。そこまで強くは引っ張っていないのだから。


 こいつはいつも素直じゃない。

 無理して、一人で抱え込んで、ようやく俺の手を取ったのだってギリギリの時になってからだ。本当に、見ていられない。こうして手でも引っ張っていなければ、心配でいけない。


 なんて……本当は分かっていた。

 きっと、俺はコイツのことが気に入っていたのだ。

 この強情で、意地っ張りな少女のことが。


「ちょっと! カナタ! どこに行くつもりなのよ!」

「あーあーあーあー、うるせえ! 少しは黙ってついてこい!」


 俺達はお互い素直じゃないから、今はこんな言い方しか出来ないけれど。俺はイリスの力になってやりたかった。彼女が復讐を望むというのなら、きっと俺達の道は繋がっているはずだ。


「……まだ始まったばかりだ」


 これで終わらせない。

 まだ、まだ、まだ、まだ。

 まだ終わらせはしない。


 俺には俺のやるべきことがある。

 彼女はきっとこんなこと望んではいないだろうけど……俺の気がすまないのだ。


「きちんと落とし前はつけないとな」


 ふと、友人達の姿を思い出す。

 今の今まで記憶の彼方へと押し飛ばしていた姿。

 リンドウの話では彼らはすぐ近くまで来ているらしいが……


「…………」

「どうしたの、カナタ。行かないの?」

「……いや、何でもない」


 きっと、ここが運命の分岐点。

 彼女達と再び歩む道もあったのだろうが、俺はそれを選ばなかった。

 彼女達のような、光の中にある者と俺達は違うのだから。


「行こう、イリス」


 俺は廃墟となった病院に背を向けて、歩きだす。

 月夜の晩に、闇へと消えていく二人組。その背を見たものはいなかった。

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