「止まった世界」
「嘘……」
ルーカスに集められた私達は、その話を聞かされた。
カナタが……あのカナタが、魔族によって連れ去られたという話を。
「嘘、だよね?」
私は自身の声が震えていることを自覚しながらも、聞かずには居られなかった。
私はカナタとずっと一緒だった。子供の頃からずっと、ずっと。そして、これからも。そう、信じていたのに……
「……ごめんなさい」
私の前で、カナタとチームを組んでいた上原さんが青い顔でそう言った。その今にも死んでしまいそうな表情に、どれだけ酷いことがあったのか察することが出来たが、私は言わずにはいられなかった。
「何で! 何でそんなことになったのよ! 一緒に居たんでしょう!? 何とか出来なかったの!?」
これは八つ当たりだ。魔族を見逃して、城内に侵入させてしまった自分達にも責任はある。けれど、今の私には感情を抑えることなんて出来なかった。
上原さんはアタシの言葉に蹲り、ついに泣き出してしまった。大声で、人目も憚らず泣き続ける上原さんに、それ以上誰も何も言えなくなってしまった。
「……紅葉ちゃん」
私の肩に、そっと手が添えられる。
見れば奏ちゃんが私と同じように青い顔で、フルフルと首を振った。
「……ッ」
「紅葉ちゃん!?」
溜まらず駆け出した私に気付いたルーカスさんが目の前に立ちふさがる。
「どこへ行くつもりだ」
「退いて! 今すぐカナタを探しに行く!」
強引に突破しようとする私の肩をルーカスさんが掴んで止める。
「あれから一時間以上経っている! 今から追っても見つかる訳がない!」
「だから何だってのよ! カナタは今、一人なのよ!? 放っておける訳ないじゃない!」
何とか退かせようと力を入れるが、大の男の力には適わない。ルーカスさんは私の力を正面から押し返した後に、サッ、と足を払って私を地面へと押し倒した。
「落ち着け! カナタ君のことは助ける! 絶対だ! だから今は落ち着くんだ!」
「くっ……」
確かに、ルーカスさんの言うとおりだ。
街で相対した魔族の男はあまりにも強すぎた。ルーカスさんを含めた五人がかりで耐えるのが精一杯という状態だった。そんな相手に、私が一人で突っかかったところで勝機なんてない。
けど、それでも……
「……カナタ」
居なくなった少年の名前を呼ぶ。
カナタはいつだって私が必要としてくれたとき、傍に居てくれた。
小学校のとき、今と違って引っ込み思案だった私をクラスの輪に入れてくれたのはカナタだった。
中学校のとき、年上の先輩に告白されたことが原因で、とある女の子のグループから虐められた時、助けてくれたのはカナタだった。
そして、この異世界に召還されたとき、励ましてくれたのはカナタだった。いつものように、いつもの調子でカナタは私に接してくれた。いつもの調子のカナタを見ているだけで、自然と心が落ち着いていったのだ。
カナタが私のことを特別に思っていないことは分かっていた。
カナタは誰にだって優しい。私はその大勢の人達の一人なのだと、分かっていた。
けれど……カナタにとってはそうであっても、私にとってカナタは特別な存在だったから。誰にも代えられない、たった一人の存在だったから。
絶対に、助けてみせる。
今は力が足りないかもしれないけれど、いつか必ず。
私は私の心に、魂に、そう誓った。
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ぴちゃん、ぴちゃん。
等間隔で響く水の滴る音に、俺は目を覚ました。
妙に重い頭を使って、何があったのかを思い出す。
「シェリル……?」
そうだ……シェリルが……死んだ。
毎朝起こしてくれた彼女、朝食を運んで『今日は私が作ったんですよ』って、笑顔を見せてくれた彼女。その姿を見ることは、もう二度と適わない。
「よう、起きたか?」
頭上から降ってきた声に、視線を上げるとあの男が立っていた。
シェリルを殺した、あの男が……ッ!
「くっ」
飛び掛ろうとして、腕に走る違和感に気付く。どうやら俺の手足は錠と鎖によって壁に繋がれているようだ。立ち上がることは出来るが、移動することは出来ない。
「その鉄はお前の力じゃ破れねえよ」
男は腕を組んで俺を見下ろしていた。
「……ここはどこだ」
「俺達が拠点にしてる施設の一つだよ。元々病院か何かだったみたいだが、ちょちょっと改良してやればこの通り。立派な監獄の出来上がりって訳よ」
得意げに語るリンドウ。口笛でも吹き出しそうな彼の背後から声がかかる。
「リンドウ、無駄口を叩くな」
良く見ればリンドウの後ろに、知らない男が立っていた。最初からそこにいたのだろうが、リンドウにばかり目が行って気が付かなかったようだ。
男は燃えるような赤髪を揺らし、前に出た。
リンドウよりも身長は低い。体つきもリンドウに比べて華奢だったが、口調から彼がリンドウよりも上の立場に居ることは理解できた。
じぃっと、男の視線が俺の瞳を貫く。
「……なるほどな。随分と気が強い」
やがて男はそう言って、俺に背を向けた。
「リンドウ、情報を引き出しておけ。手段は問わん」
「へへ、分かったぜ、スザク」
スザクと呼ばれた赤髪の男は最後に一度だけ俺の方を見て、部屋から出て行った。そうして残されたのは俺とリンドウの二人。薄暗い室内で、リンドウが愉しげに笑みを浮かべたのが分かる。
「さぁて……お楽しみの時間だ」
リンドウはその顔を喜悦に歪ませて、そう言った。
それからリンドウは俺の手足に繋がれた鎖を手錠のようなものに交換して、その部屋から俺を連れ出した。どこへ向かっているのかは分からない。映画にあるような囚人を閉じ込める牢屋がいくつも続く廊下を抜けて、俺はその部屋に通された。
そこは不思議な部屋だった。
かなりの広さを持っているというのに、家具や寝台の類が見当たらない。あるのは部屋の中央にポツンと置かれた一脚の椅子と、その近くに置かれた台車だけ。
「行くぞ」
俺はリンドウに強引に引っ張られ、その椅子に座らされた。新しく用意された手錠によって、両手足を椅子に括り付けられた俺は、リンドウが何をしようとしているのか、何となく察してしまっていた。
捕虜の受けることと言ったら……相場は決まっている。
台車の所へと向かったリンドウを尻目に、俺は手足を動かして何とか脱出できないか試してみるが……二重にかけられた手錠はびくともしない頑丈さで、到底外せるとは思えなかった。
「ああ、久しぶりだなぁ……ひひ、楽しみだ。楽しみだ」
ひひ、ひひひ、と気持ちの悪い笑みを浮かべるリンドウ。振り返った奴が持っていたのは……真っ黒の布だった。
「最初は怖いだろうからなぁ。ほら、視界を消してやる」
そう言ったリンドウは俺の顔、その二つの瞳を覆うようにその真っ黒な布を巻きつけた。これで視界に広がるのは真っ暗闇。何が起きているのか、何が起きようとしているのかさっぱり分からない。
「…………ぅ」
少しずつ、少しずつ、動悸が激しくなってくる。頭が痛い。吐きそうだ。
「はぁ……はぁ……」
いつの間にか息切れすら起こしていた。リンドウはまだ何もしていないというのに。
「まずは質問からだ。今回召還されたのは全部で何人だ?」
ドキッ、と心臓が跳ねるのが分かった。
よくある定番のパターンだ。この質問に答えるかどうかで、今後の俺の道が決まる。
「…………」
喉がカラカラに渇いていた。水が欲しくて仕方が無い。けれど、この質問に答えるまで、リンドウは俺を離しはしないだろう。
どうする? 正直に話すか、黙っておくか。
クラスメイトを売るか、黙秘を続けるか。究極の二択だった。
黙っていれば俺がどうなるか、分かったものじゃない。だが、正直に話してしまえば敵に情報が渡ってしまう。それだけは避けなければいけないだろう。
だったら、嘘の情報を伝えるか?
そうだな……それが良さそうだ。
「に、二十人だ」
普通に喋ったつもりだったのに、声が裏返っていた。
「ほう……二十人、ねえ。思ったより少ないなぁ、オイ。スザク達が言うにはもう少しいそうな感じだったらしいぞ?」
「嘘は言ってない」
「ふーん……まあ、いいか」
自分から質問したと言うのに、その答えには余り興味がなさそうな様子だった。それから少しの間、静寂が落ちて……
ヒヤリ、とした感触が俺の指先に伝わった。
「おいッ!」
「あ? 何だ? ちょっと指先を触っただけじゃねえか。そんなビックリしなくてもいいだろう?」
「くっ」
見なくても、その声音からリンドウが喜んでいると言うことは分かる。突然の刺激に反射的に体が反応してしまっていた。その事実が、『俺はビビッています』と自ら公言しているようで、悔しかった。
けれど、主導権は向こうにあるのだ。
悔しかろうと、どうすることも出来ない。
「じゃあ、次の質問だ。その二十人全員の名前と能力を教えろ」
「…………っ」
これは嘘が付きにくい質問だ。咄嗟に誤魔化せる範囲には限界がある。特に能力なんて、ぱっと思いつくようなものではない。
「わ、分からない」
逡巡した俺は、咄嗟にそう答えていた。
「分からない、だぁ?」
「お、俺達はお互いに能力のことは隠してたんだ」
苦しい、とは思いながらもそんな言い訳しか思い浮かばなかったのだからしょうがない。そんなその場しのぎの嘘、リンドウにも分かっていたのだろう。少しして……
──ベリッ!
「ッ、アアアァァァァァァァアァアアア!?」
指先に激痛。チカチカと視界が点滅しているような気さえする痛みの中で、俺は爪を剥がされたのだと悟った。
そして、更にリンドウは俺の顔面を殴りつけて言った。
「俺は別に構わないんだぜ? お前が嘘を付こうとさ。何せ愉しい時間が延びるんだからよお」
「うっ、グ……ひぐっ」
衝撃に椅子ごと地面に倒された俺は再びリンドウの手によって元の位置に戻される。
「少しは頭を使え。じゃねえと、本気で地獄を見るぞ?」
リンドウの声が耳元で聞こえる。
俺はすでに参ってしまっていた。まだ尋問が始まって五分と経っていないのに、精神が降参しかけていたのだ。
「ほら、知っている奴だけでも良い。名前と能力を教えろ」
「…………あ、藍沢真。能力は『嘘』」
「嘘? 知らないな、どんな能力だ?」
「い、言った言葉を対象に本当のことだと思わせることが出来ます……」
「面倒そうな能力だな、他には?」
「上原麻奈、能力は『障壁』……」
そうして俺は、次々に仲間の情報を吐き出した。
実際に俺の知らない能力の奴もいたから、そこら辺は飛ばして、最初に言った二十人を超えないように名前と能力を伝えていく。
せめて、少しでも情報漏えいを抑えようとしてのことだったが……こうして話してしまっている以上、最早意味なんてないだろう。
「おら、他には?」
「…………」
そして、ついに俺の言える能力と名前が尽きてしまった。どうしても言いたくない、彼女達の分を除いて。
「……言いたくないってんなら仕方ねえ」
「ッ!」
俺が悩んでいると、再び手に何かが触れる感触。そして……
激痛が再び、俺を襲った。
「ァアァァァァァァァァァァァァアアァアァァ!」
獣のような咆哮を上げて、俺はガシャガシャと両足を我武者羅に振りまくる。鎖が肌に食い込んで痛みを伝えるが、そんなもの手の痛みに比べれば些細な事だった。
「爪を剥ぐだけってのも芸がないからなぁ、今回は針だ」
「つぅぅぅッ!」
ジンジンと、脳髄を焼く痛みに耐えていると、次第にその痛みも引いていく。俺の不死の天権が傷を癒しているのだろう。この時ばかりはこの天権に感謝した。
「ありゃ? ……そういや、お前の天権は回復系だったか」
俺の傷口を見ていたらしいリンドウが声を上げ、
「だったら……もう少しハードでもいいか」
そんな、恐ろしいことを言い出すのだった。
「…………ぅ」
「さて、次は何を使うかなあ」
カチャカチャと少し遠くからリンドウの声と、金属のぶつかる音が聞こえる。道具を物色しているのだろう。
気付けば、俺は涙を流していた。
(何で……こんなことに……)
この世界に来たときには、こんなことになるなんて思いもしなかった。漠然と、これから楽しい冒険劇が始まるのだと、そんなことを夢想していたのだ。
誰だって一度は夢想したことがあるであろう、剣と魔法のファンタジー。
そんな、世界のことを。
俺がそれを望むのは、悪いことだったのか? こんな仕打ちを受けなくてはいけないほど罪深いことだったのか?
「悪い、待たせたな。そろそろ続きをしよう」
得物を選び終えたらしいリンドウが、こちらに近寄ってくるのが分かった。
ジョキン……ジョキン……と、聞き慣れない音が鼓膜を揺らす。それが何の音なのか、俺には分からなかった。その音が怖くて、怖くて……
──俺はその日、大切だった友人を、売った。




