「仇敵、再び」
「ね、ねえ……本当に行くの?」
「ここまで来て引き返せるかよ」
以前の魔族との戦闘によって廃墟同然と化した町並みを背景に上原と二人で並んで歩く。この辺りは火災が広がっていたエリアだからか、燃え落ちた家屋が良く目に付く。
まさしく戦争の爪痕。
この近くに住んでいた人にとっては災害にも等しい出来事だったことだろう。
「う、うう……」
「あまりきょろきょろするな。良いカモだと思われるぞ」
魔族の侵攻により職や家族を失ったものも多い。ここはそんな住む場所さえも失った浮浪者が集まっている。気弱な態度を見せれば強盗に襲われてもおかしくない。
「で、でも私心配で……」
両手を胸の前に引き寄せ、体を縮ませる上原。
元々小柄な彼女が更に小さく見えた。
「心配するな。何かあっても俺が守ってやる」
「え……」
俺の言葉が意外だったのか、きょとんとした表情で俺を見る上原。
「何だよ。そんなに意外か?」
「いや、だって……その……」
歯切れの悪い様子に思わず舌打ちが漏れそうになる。
だが、ここでそんな態度を取れば更に上原との間に距離を作ってしまうことだろう。こいつにはまだ利用価値がある。必要以上に怯えられているこの現状は何とかした方が良い。
「俺はもう昔のことは水に流した。だからお前も水に流せ。全部な」
「う、うん……」
ぎこちない様子で頷く上原。本当に分かっているのだろうか?
まあいい。どっちにしろ俺には人の気持ちをどうこうする力なんてないのだから。好きにさせるしかない。
「さて、メモにあった場所はこの辺りのはずだが……」
「何もないね」
上原の言う通り周囲を見渡しても人が住めそうな建物は見当たらなかった。つまりこれは本当にただの集合場所としての意味しか持っていないのだろう。
問題は一週間もの間向こうが俺のことを待ってくれていたかどうかなのだが……
「────ッ!」
そんな暢気なことを考えていた瞬間だった。
突然腹部に貫かれるような痛みが走る。
見れば光の筋のようなものが俺を貫通しており、そこから音も無く血が舞い散っていた。
「がッ、はっ……!」
「カナタ君っ!?」
たまらず吐き出した吐息にも血が混じる。
俺は自らが襲撃されたことを悟った瞬間……
「──不死王ッ!」
ほぼ無意識の内に天権を発動させていた。
体内の魔力が吸い上げられ、時間の針を巻き戻す。
俺だけに許されたたった一つの力。全てをなかったことに出来る唯一の手段だった。そして……
「上原っ!」
「ふぇ?」
時間にして10秒ほど。消費を最小限に抑えるため極々短期間に絞った時間回帰を行った瞬間に俺は隣にいた上原を抱えて跳躍した。
足元を通り過ぎる光線は真っ直ぐに俺達がいた場所を貫き虚空に消える。
その射線を見切った俺は背後に振り返り、照準を合わせる。
「燃えよ──灼熱の剣」
俺の瞳を照準器として飛ぶ重火器をイメージする。
「飛べ──柱火」
俺が呟いた瞬間、イメージは現実となる。
敵に向けて一直線に飛ぶ火の弾丸は俺が習得した技の一つ。以前から飛び道具の欲しかった俺は旅の間に一つの魔術を完成させていた。
全ては使い方、イメージ次第なのだと彼女に教わった通りに。
まさしく弾丸と呼ぶに相応しい速度で飛ぶ火の弾丸は一直線に飛翔して……
「撃ち放て──白の閃光」
虚空を切り裂く閃光と激しく衝突するのだった。
光と火の粉が周囲を彩り、花火のような一瞬の美を演出する。
だが俺達にはそれに見惚れている時間なんてなかった。
「ここで待ってろ」
上原を安全な位置に下ろし、即座に跳躍。
足元を発火させて加速しながら俺は目の前の敵を確実に殺せる距離まで近づく。つまり……
「──死ね」
灼熱の剣。その殺傷圏内へと。
だが俺の最強の剣が彼女に届くことはなかった。
「迷い往け──無限回廊」
俺と彼女の間に立ち塞がる一人の男の手によって。
「……なっ!?」
俺の灼熱の剣は言わば魔力の塊のような存在だ。魔力の塊に熱と剣、二つの性質を伴わせた魔術と言い換えることもできる。つまりそのほとんどが魔力で構成されている術であるが故に灼熱の剣は魔術的な現象であれば切り裂けるという特性を持っていた。
そのはずなのに……
(剣が……進まないだとッ!?)
俺の灼熱の剣はまるで見えない迷路に迷い込んでしまったかのようにその場で静止していた。幾ら力を込めようとも押し込むことが出来ない。
見えない壁にでもぶつかっているかのようにその場に固定されてしまっていた。
(魔力による結界? いやそれなら灼熱の剣で切り裂けないはずがない。魔力によって空間そのものを断絶してやがるのか?)
敵の能力を分析しつつ、この場に留まるのは危険と判断して一気に後方へ飛び退る。どうやら後ろへなら行けるらしい。完全に俺の動きを封じているわけでもないようだな。
「……なかなか面白い天権を使うんだな」
以前に見たコテツの魔術。それは俺の攻撃圏内から遠ざかり、距離を空けるものだった。それと今の現象を合わせて考えるなら……
「『空間』を操る魔術。それがお前の天権の正体だな?」
俺は自分の読みを相手に披露する。その反応も含めて判断するために。
「そうだろう? ……コテツ」
目の前の男。以前、俺と殺し合いを果たした男の名と共に。
俺の呼びかけに対し、コテツはいつもと変わらない飄々とした態度のまま……
「久しぶりだね、カナタ」
全く変わらぬ台詞を吐くのだった。




