「消えた復讐者」
それはいきなり現れたアザミについてギルドの皆に説明している途中のことだった。そろそろ全員に話し終えたかと廊下を歩いていると、
「カナタ……君」
躊躇い気味に俺の名前を呼ぶ声に振り返ると、そこには見知ったクラスメイトの姿があった。
「ああ……お前か」
別に忘れていたわけではない。
だが、特に意識していたわけでもなかった。
昔の自分から考えると信じられないようなことだが、あの魔王城での決戦を終えてからの俺は彼女に対して途端に関心を失ってしまっていた。
一言で言えばどうでも言い。
生きていようと死んでいようと。
俺がかつて妄執に取り付かれていた頃、執拗に再開を望んでいた相手……
「その……お帰り、なさい」
──上原麻奈は怯えた様子で俺にそう言った。
「ああ」
それに対する俺の答えも簡単なもの。
別に意趣返しとか、かつての恨みを抱えて淡白に接しているのではない。
本当に、心の底からどうでも良くなっていたのだ。かつての俺は復讐心を心の支えとして生きていた。そうしなければ正気が保てる気がしなかったからだ。
だが、今は別の使命感。悲願に突き動かされている。
だからどうでもいい。生きていようと死んでいようと、どっちだって良い。
のうのうと無駄に生を重ねていようとも、例え……
──この場で暇つぶしに縊り殺したとしても。どっちでも良いのだ。
「……っ」
俺の視線を受けた上原は泣きそうな顔になって俺を見た。
本当に殺されたわけでもないのに、蛇に睨まれた蛙のように縮こまっていた。
(今はカミラ達の助けもいるんだ。こんなところで騒ぎになるようなことをするわけがないって分からねえかな)
もしそれをやったとしても、俺は不死王でなかったことにしなければならないだろう。勿論、そんな面倒なことを暇つぶしだとしてもする気にはなれない。
少なくとも、今はそんな気分ではない。
「俺がここを離れてから数ヶ月は経ってるか。少し意外だよ。お前がまだこんなところにいるなんてな」
「そ、それは……まだ、助けてもらった恩も返してないし」
「助けてもらった恩、だと?」
おずおずと言葉を搾り出す彼女にかつての快活な少女の面影はどこにもない。
「それは一体どっちのことを言ってんだ?」
「……ひっ、ご、ごめ……」
まるで喘息にでもなったかのように呼吸すら覚束ない様子の上原。
どうして彼女がここまで変わってしまったのか、その心当たりが俺にはなかった。話を聞く限り、俺以外の相手とはそれほど以前と変わりなく接しているらしいというのに。
「……はあ。それで? わざわざ話しかけてきたんだ。何か用事があるんだろ」
「う、うん。この前、表の方で掃除してたら女の人が話しかけてきて、それで……」
慌てた様子でポケットに手を入れた上原は一枚の紙を取り出し、俺に差し出した。
「これを青野カナタに渡せって……」
「?」
受け取り、内容を確認するとそこには雑な書体で住所が書かれていた。
いや……住所というよりは空き地か? 以前の魔族襲来によってこの街は今、復興状態にある。ここに書かれている住所は特に被害の大きかった地域で、今は誰も住んでいないはずだった。
「……その女、どんな奴だった?」
「え、えっと……黒髪で、背がちょっと高くて、それで……」
「……それで何だよ。早く言え」
言いにくそうにしている上原に催促すると、そのあまりにも特徴的な外見を告げるのだった。
「その人……右腕がなかった」
「……そうか」
上原の言う人物の特徴。
それに俺は心当たりがあった。
(なるほどね。つまりこれは『ここで私は待っている』ってことか)
「そ、その……カナタ君はどうするの?」
「何がだ?」
「それで……その場所に行くのかなって」
「…………」
上原の問いにしばし考え込む。
もしも彼女が俺の予想している通りの人物だったなら、このままのこのこ出て行くのは危険と言えるだろう。まさか今更どうこうされるとも思えないが、それでも用心する必要はある。
逆に問題となるのはリスクよりもリターンだ。
今のところ俺が彼女に会いに行くメリットはゼロに等しい。向こうからしたら願ってもない状況だろうが、こちらが会ってやる必要は……
「…………」
いや……ちょっと待てよ。
「……なあ、上原。お前、これを受け取ったのはいつの話だ?」
「えっと……一週間くらい前、かな。今はいないって言ったら帰ってきたら渡せって。それまでずっと待ってるからって言ってたよ」
「一週間前……」
つまり奴は俺がいない間、このギルドを襲撃しようと思えば出来たってわけだ。それでもそうしなかったのには何か理由がある……のか?
そもそも俺がここを拠点にしているとどうして知っていた?
「……なんだかキナ臭いな」
「それじゃあ行かない方が良いかも」
「いや、行くよ」
「えっ……?」
「向こうの意図を分からないままにはしておけない。罠の可能性が高いが……まあ何とかなるだろ」
「何とかなるだろって……」
俺の能天気な発言に肩を落とす上原。
確かに罠と分かっていて飛び込むのは愚行以外のなにものでもないだろう。
だが……俺には『不死王』がある。
罠や奇襲、闇討ちの類は俺には効果を為さない。ならばあえて飛び込んでみるのも一興だろう。それほど時間が残されているわけでもないしな。最短で片をつけるとしよう。
しかし、そうなると……
「? えと……どうかした、かな?」
俺の視線に気付いたのだろう。きょとんと首を傾げる上原。
「なあ、お前暇か? 暇だろ? 暇だよな?」
「え? ……えっ?」
「お前、ちょっと付いて来いよ」
「えっ、ええええええええええっ!?」
俺のちょっとした悪戯心によって悲鳴を上げる上原。
ソフトMを自称する俺だったが、ここに来てようやく気付くこともある。
俺……どうやらSっ気もあるらしい。




