「帰還、そして再会」
リックとの交渉を無事に終えた俺はステラとクロを連れて拠点のあるケルンの街へと戻っていた。あれだけ時間をかけた長旅の成果としてはまずまず成功と言っていいだろう。
俺にはこの世界でのツテがあまりにも少なすぎるからな。カミラもこっち方面に関してはあんまり顔が広くないようだったし、頼れる人物には総当りしていくしかない。
「カナタさん、もうすぐ街に入ります。この辺りは騎士の方も多いですからフードを」
「ん? ああ。そうだな。そうだった」
ステラの進言に自分が指名手配中であることを思い出す。
田舎の街ならともかく、こういう大きな都市では大手を振って歩くことすらままならない。
「でもこの辺も大分復興が進んできたみたいだね。あ、団子屋発見! お兄さん! ちょっと寄って行こうよ!」
「街中にはなるべくいたくない。行くならお前一人で行け」
「えー! ちょっとくらい良いじゃーん!」
「はあ……それならテイクアウトにしとけ。それなら待っててやる」
「ていくあうと?」
「持ち帰りってことだ。ほら、金もやるからさっさと行ってこい」
「うんっ、先に帰ったら駄目だよ? ちゃんと待っててねー!」
俺から金子袋を受け取ると、喜々として駆け出して行くクロ。一体、あの細い体のどこにあれだけのバイタリティが潜んでいると言うのか。身体強化の天権も影響しているのだろうけど、それにしたって元気すぎだろ。
「ふふっ、楽しそうですね。クロさん」
「街に着いたらいつもこれだ。いい加減見慣れたさ」
クロの買い物をステラと二人で並んで待つ。
思えば、この子にも随分と負担をかけてしまっているな。
「ステラは何か欲しいものとかないのか? 金はそんなに不便していなんだから好きなものを買ってやるぞ?」
「私ですか? うーん……」
俺の提案に指を口元に当て、可愛らしく考え込むステラ。
最近は大分雰囲気も和らいできた。それだけ距離が縮まったということなのだろう。
「あ、そういえばこの前にもらった短刀が刃毀れしていたんでした。帰ったら研ぎ師の方に出しておいてもらえますか?」
「俺は欲しいものって言ったんだがな……そっちはそっちで頼んでおくよ」
物欲の一切ないステラに苦笑しながら、短刀を受け取る。
「あはは、すいません。こういうときは上手に甘えるものだっていつも言われていたんですけどね。どうも私には難しいみたいです」
「言われてたって誰にだ? クロ、じゃないよな?」
「え? あ、はい。その……」
ステラはそこで若干言いにくそうに、ちらりとこちらに視線を向けると、
「……昔、イリス様にそう言われたことがあったんです」
「…………」
その名前を聞いた瞬間、俺は言葉に詰まってしまった。
胸に押し寄せる様々な感情に呼吸すら忘れてしまいそうになる。
痛い……苦しい……辛い……そんな様々な負の感情だ。
「あっ! ご、ごめんなさいっ! その、私……」
「いや……良いんだ」
しまった、と顔に書いてあるステラに手を向け平静を装う。
だけど、きっとステラには分かってしまうのだろう。長く一緒にいる彼女には俺の表情からその感情が読み取れてしまう。
きっと俺は今、とても情けない顔をしている。
それが分かったから、俺はフードの端を指でつまみなおさら深く表情を覆い隠すのだった。
「イリスのことは……もう、良いんだ」
言わなくてもいいのに、そんな言葉が口から漏れる。
言えば言うほど未練を残していることが丸分かりだというのに。
二人の間に微妙な空気が流れる中……
「あれっ、二人ともどうしたの?」
ちょうど良いタイミングでクロが帰ってきてくれた。
見れば、その両手にはたっぷりと包み紙に包まれた団子が抱えられていた。というか……
「いや、お前それは流石に買いすぎだろ。一体いくら使いやがったんだ」
「えー、仕方ないじゃん。皆にも分けてあげないとだし」
ああ、なんだ。皆へのお土産も兼ねていたのか。それならまあ良し。
結局、なんだかんだでほとんどをコイツ一人が食べちまう気もするけどな。
「ほらほら、さっさとギルドに戻ろうよ。きっと皆も待ってるよっ!」
「あっちへこっちへ忙しい奴だな……ったく」
クロに押し込まれるようにギルドへ向かう俺達。
そこで俺達を待っていたのは……
「あっ、カナタだっ!」
「お帰りなさい、カナタ君」
何かの作業中だったらしく、木箱を抱えてギルドを歩き回る紅葉と奏の姿だった。木箱をその場に下ろし、駆け寄ってくる紅葉と軽くハイタッチを交わして再会を喜ぶ。
「今帰ってきたの?」
「ああ。ついさっきな。お前も無事に怪我が治ったみたいで何よりだ」
俺達が旅に出たとき、紅葉はまだ一人で立ち上がることが出来ないほどにダメージを負っていた。あれからすでに数ヶ月が経っていることを考慮すれば驚くことではないが、元気になったことは素直に喜ばしい。
「奏が治療してくれたんだろう? いつもありがとな」
「それが私の役目だからね。カナタ君も無事で良かった」
心の底から良かったと、そう言っていることが分かる奏の言葉に俺は頷き返す。そして、ここに預けられているもう一人の同級生の姿が見えないことが気になった。
「……拓馬は今、どこに?」
「…………」
俺の問いに、奏はすぐには答えなかった。
「……今はたぶん、裏の小部屋にいると思う」
「そうか。分かった。ちょっと顔出してくるよ」
荷物もあったので、それらの片付けをステラとクロの二人に任せ、俺は一人でギルドの奥にある小部屋へと向かうことにした。
カミラが俺達の拠点として貸してくれているこのギルドは、カミラも普段使っているため人通りが多い。しっかりと顔を隠して歩く俺は、やがてその扉の前にたどり着いた。
「…………」
僅かに逡巡し、俺はノックもせずにそのままドアノブを捻って入室することにした。中は暗く、すぐには目が慣れなかったが、確かに拓馬はそこにいた。
「……カナタ、か」
「ああ。今戻った」
「そうか……」
部屋の隅に置かれたベッドに腰かけ、虚空を見つめる拓馬。
以前の屈強な体躯が見る影もなく、痩せ細ってしまっているのが見て分かった。体重で言えばかなり落ちこんでいることだろう。それもそのはず……
「久しぶり……だな」
はらり、と揺れる左袖。
そこにかつてあったはずの左腕は……もうどこにもない。
隻腕となった拓馬はゆっくりとこちらに振り向くと、なんとも言えない表情で俺を見た。そして……
「……悪い」
力なく、そう呟くのだった。




