「探し人」
「海洋都市オストレア……何とか予定日までに辿り付けたな」
「よーし! 早速甘味処に……」
「だから宿が先だって何度も言ってんだろ」
真っ先に走り出したクロの首を引っつかむ。
お前はリードの外れた犬か。
「ステラ、悪いがクロ犬を連れて宿を探してきてくれ」
「分かりました」
「犬っ!? でも良いっ! お兄さんの犬ならっ!」
意味の分からないことを叫ぶクロを引きずっていくステラを尻目に、俺は目的地を探す。まだこの街に入ってばかりだから詳しい立地は分からないのだが……ああいう店は大抵決まった場所に立っているものだ。
「多分、こっちの路地の……おお、あったあった」
十数分とかからず目的の建物を見つけた俺は迷いない足取りで、その建物へと入店する。
途端に鼻腔をくすぐるアルコールの匂い。そして喧しい男共の喧騒。
俺が探していたのはまず間違いなくどの都市にも存在するであろう酒場だった。一体、こんなところまで来て何の用事かというと……
「マスター。人を探しているんだが、協力してもらえないか?」
「……ここは酒場だ。喋る前にまず何か頼みな」
「っと、確かにそうだな。失礼。それならこの店で一番高い酒を頼むよ。俺とアンタの二人分な」
「……少し待ってな」
ぶっきらぼうな態度ではあるが、話は通じそうな初老の男性。
この酒場のマスターであろうその人物は奥の戸棚から一目で高級品と分かる酒を取り出すと、グラスを二つ用意してそこになみなみと琥珀色の液体を注いでいった。
「……王国の繁栄に」
「乾杯っ」
一応の礼儀として、差し出されたグラスに自らのそれをぶつけ軽く一口。
酒は得意ではないのだが、高い酒ということで俺のような飲酒初心者にも飲めないことはなかった。一気に回りそうな酔いを、『不死王』を使って体内で浄化。恐らく俺の人生至上もっともくだらないクロノスの使い方だったが、これからする話は酔っ払った頭で出来るようなものではない。
向こうも口をつけたのを確認し、俺は早速切り出すことにした。
「俺が探しているのはこの男なんだが……何か聞いたことはないか?」
「これは……手配書か」
俺が差し出した一枚の紙を見て、マスターは目を細めた。
「お前さん……冒険者なのか?」
「いや、そういうわけじゃない。こいつとはちょっとした知り合い……ってほどでもないんだが探していてな。どうしても見つけだしたいんだ。去年の夏頃からこの辺に来ているはずなんだが、何か聞いていないか?」
「…………」
「……マスター?」
「ん、ああ。すまない。どう答えたものかと思ってな。人探しを頼まれたことは何度もあるが、こんな大物の依頼は始めてでな……それも少なからず知っている人物となると……」
「あんた、こいつが今どこにいるか知ってるのか!」
「知っているも何も……」
マスターは俺の言葉に何とも形容しがたい顔を作ると、
「そいつ、そこで働いているぞ」
俺の後ろを指差した。
「……は?」
釣られて視線を後ろに向けると、そこには……
「はっはっ! だから俺は王都じゃ泣く子も黙る大犯罪者! 天下に轟く大罪人よ! おめーらみたいな酔っ払いの相手じゃねえ!」
「だったら一つ得意のナイフ捌きでも見せてくれっての!」
「そうだそうだー! ビビってんのかー!」
「ビビってる? 俺がビビってるだってぇ!? 誰だ、ンな舐めたことほざく野郎は! いいぜ! そこまで言うなら見せてやる! 俺様の剣技をなぁっ!」
明らかに調子に乗った様子で酔っ払いの相手をするそのウェイターは、懐から大振りのナイフを取り出すと……
「鮮血を……ぶち撒きやがれッ!」
目にも止まらぬ速さで斬撃を放った。
誰の目にも一振りにしか見えぬその斬撃。だが、しかしその刃は対象をまるでシュレッダーにかけたかのようにずたずたに引き裂いていた。
その鮮やかな手並みに酒場の全員が、おおおおおっ! とどよめいた。
「へへっ、どうだよ……俺の千枚捌きはっ!」
そして、そのウェイターの持つ皿の上には先ほど掻っ捌かれた魚が綺麗に盛り付けられていた。だが、どう見ても千枚に捌けているようには見えない。まあ、技名だしそれくらいの誇張はいいか。
「すげえ、剣術だ。こりゃあ王都で名を売ってたってのも間違いじゃねえな」
「おう。あったりめーだろ。この俺様の名前を知らないやつなんざ、それこそ田舎者くらいしか……」
調子に乗りに乗っているそのウェイターの視線がこちらに向き、俺の視線とぶつかった。その瞬間……
「あああああああああああぁぁぁぁぁッ!?」
酒場の外まで聞こえる大絶叫で俺を指差した。
見つかってしまったなら仕方ない。
「よう、久しぶりだな」
「て、てめえ! 何でこんなところにいやがるっ!?」
「お前にちょっと用があってな。しかし、さっきの口上だが知らない奴がいないは言いすぎだと思うぞ? 知らない奴はほとんどいないくらいにとどめたほうが謙虚で好感が持てると思う」
「ん、んなっ……んなことどうでもいいんだよっ! てめえ、折角お前が来ない地方を選んで移り住んだってのに、何おめおめと俺の前に現れやがった!」
「だから用があるって言ったろ」
どうやら俺の登場に驚きすぎて、興奮してしまっているらしい。
やれやれ。相変わらず付き合いにくい奴だ。
「シッ!」
「おわっ!? 危ねえっ!? てめっ、こんなところでナイフなんか投げんじゃねえ! 他の客に当たったらどうする!」
「はっ、俺が獲物を外すわけねえだろ!」
男の手から放たれたナイフを間一髪のところで受け止める。
後ろのマスターなんかはビビッて頭を抱えちまってるじゃねえか。かなりの強面だったのに、どうやら見掛け倒しだったみたいだな。
「つーか、俺に当たっても普通に危ねえだろうが」
「はんっ、お前なら当たっても死なねーだろうが」
「そりゃそうだけどよ……」
俺だって痛いんだよ?
どいつもこいつもそのことが分かっていない。
だけど、まあ……久しぶりの再会の挨拶としてはコイツらしいか。
「それで……何の用だよ、カナタ」
「ああ、実は折り入ってお前に頼みたいことがあってな……」
俺はくるくると手元でナイフを回転させた後、ひょいっと掴みやすい角度で放り投げて返す。それを難なくぱしっと受け取った男に、俺は僅かばかりに頭を下げ頼み込む。
「頼む、俺に力を貸してくれ……"リック"」
かつてノインの街で俺と死闘を演じた男、リックへ向けて。




