「それはどこまでも優しく、残酷な言葉」
宗太郎はいつも俺のようになりたいと言っていた。
その度に俺は困ったような笑みを浮かべて誤魔化していたように思う。
今は……そのことを少しだけ後悔している。
だって、もしもその時強く否定していたなら宗太郎は俺に憧れにも似た幻想を抱くこともなかっただろうから。
俺は宗太郎が言うような大した人間ではない。
ただ、誰かに傍にいて欲しかっただけの臆病者でしかない。
それなのに……
「やめろぉぉぉぉぉっっ! 宗太郎ォォッ!」
俺の制止の声も空しく、宗太郎はその禁術の詠唱を完了する。
燃え盛る宗太郎の右腕。そこには俺が普段から愛用している剣が顕現していた。
だが……それは普通の人間が使ってはいけないモノだ。
自らの肉体を贄として発動させる禁忌の魔術。
いずれ灼熱の剣は宗太郎の体を燃やし尽くすだろう。
だから、その前に……
「止めろッ! 今すぐに!」
大広間に響き渡る声は俺のものではなかった。
見れば魔王が今までになく焦った様子で、そうナキリとスザクに指示を出していた。
「右腕を切断して構わんッ! 今すぐあの魔術を止めろ! でないと……我々は『魔導師』を失うことになるッ!」
魔王にとって宗太郎は『魔法書』を起動するためのピースのひとつだ。つまりは絶対に失うわけにはいかない人材。
そのことを宗太郎は良く分かっていた。
だから……
(宗太郎……まさか、お前最初からそのつもりで……ッ!?)
魔王の悲願が達成されれば彼らは元の世界に帰るのだろう。
だが、その時に宗太郎は禁術の代償にその命を失うことになる。
彼らがどうやって宗太郎にその禁術を使わせるつもりだったのかは分からない。だが宗太郎からしてみれば言いなりになって死ぬくらいなら、自分の意思で死地を選ぼうとしてもおかしくはない。
つまり……この場所、この時こそがその死地なのだと。
「宗太郎……駄目だ……ッ」
だが、それは決して俺の望んだ結末なんかじゃない。
俺はあの日、決めたのだ。
イリスと共に闇の道を歩むと決めたあの日に。
「お前は……お前らだけは巻き込みたくなんてなかったのに……ッ!」
あの日、俺には宗太郎たちの元に戻るという選択肢も当然あった。だがそれを選ばなかったのは偏に巻き込みたくなかったら。
俺は戦うことを選んだ。
復讐と……そして、何より大切な人を二度と失わないために。
かつての友人達と距離を置くようにしたのは、この道についてくることで俺のように変わってしまうことが怖かったからだ。
こんな血塗られた道を歩くのは俺一人だけで十分だ。十分なのに……どうして、お前は……
「どうしてお前はついてきちまったんだよ……宗太郎……ッ!」
今まさに血を流しながら戦う宗太郎の背に、俺は搾り出すように問いかけた。
すると、宗太郎は……
「巻き込まれたなんて……思ってないよ」
戦いの中にいることなんて微塵も感じさせない、どこまでも穏やかな口調でそう告げるのだった。
「僕がカナタに付いて行くと決めたのは僕の意思だ。あの日……カナタが僕達の前から姿を消した日に決めた僕の誓いなんだよ」
「……誓い、だって?」
「うん。僕はあの日、カナタを助けられなかったことを悔やんだ。もっと自分に力があれば助け出せたのにって。だから、今度こそカナタの力になりたいって、強く思ったんだ」
荒く呼吸を吐き出しながら、宗太郎は途切れ途切れになりながらも言葉を紡ぐ。文字通り、命を燃やしながら戦う宗太郎はどこまでも真っ直ぐに剣を降り続ける。
「だからこれは僕のエゴなんだよ。助けてもらった恩返しに、なんてことは欠片も思ってない。ただ僕がやりたいからやってる。ただそれだけなんだよ」
自分の中で譲れないモノ。
それを宗太郎は確かに持っていた。
「だからカナタは何も気にしなくいい。自分のせいで、なんて絶対に思わないで欲しいんだ。カナタはカナタの道を往けばいい。僕は僕の道を往くから」
すでに確定してしまった未来を語る宗太郎の背中に、俺は直感した。
ああ……俺ではこいつを止められない、と。
俺にも譲れないモノがある。自分で自分はこうだと決めた道を違えることは出来ない。なぜなら……
「こんなこと僕が言うのもおかしいけど……生きてくれ、カナタ。僕の分までなんてことは言わないから。こんなところで命を散らすんじゃなくて、ちゃんと生きてそれから死んでくれ」
──それこそが己の魂に刻んだ、自分自身に立てた"誓い"だから。
「…………っ」
宗太郎は分かっていたのだ。
宗太郎たちと合流した後、イリス達を探しに行こうとした俺の内心を。
自らの命を賭けた宗太郎には、命を捨てようとしていた俺の心が分かったのだろう。
……いや、違うな。そうじゃない。
宗太郎は俺をずっと気にかけてくれていた。
こんな俺を親友だと呼んで、こんなところまで助けに来てくれた。
だからこそ分かったのだ。俺がイリスの為に命を捨てる覚悟だと。
だが……
「お前まで……それを言うのかよっ!」
その最後の頼みは、俺にとって辛い言葉だ。
かつて救えなかったシェリルは俺に「生きて」と言った。
また同じように俺の大切な人が同じ言葉を残して消えようとしている。
そんなことが許せるか?
そんなことに耐えられるか?
今度こそ俺は自分が許せなくなるだろう。
これ以上ないってくらい、自分のことが嫌いになるだろう。
だが、それでも……
「うん。そうだよ。カナタには生きていて欲しいんだ。だって……」
宗太郎は俺に生きろと言うのだった。
「──僕はカナタの親友だから」
最後に振り返った宗太郎はどこまでも優しい笑みを浮かべていた。
そして……
「《古の法、原初の理。我は地平の果てを望む者──》」
宗太郎は自らの体を炎に焼かれながらも、その呪文を唱え始める。
聞いたことのない呪文。だから俺がこの魔術の効力を知るのは後のことになる。
「《──其は繋ぎ、紡ぐ精霊の導き。未だ見ぬ地を求むるならばとく往かん──》」
だが宗太郎の物言いに嫌な予感がした俺は咄嗟に宗太郎に向け、手を伸ばし叫んでいた。
「宗太郎、俺はまだお前に……っ!」
しかし……その手が宗太郎の手を掴むことはなかった。
なぜなら……
「《開け──精霊宮の扉》!」
宗太郎の詠唱が完了した次の瞬間、俺はどこかへ引っ張られるような感覚と共に意識を失うのだった。




