「禁じられた魔術」
「何だ……これは……」
目の前に広がる光景に、スザクは思わず声を漏らしていた。
この世界に呼ばれた召喚者達はまずその身に宿る異能に名前を与えられる。
しかし、それは天権の体系的な分類に過ぎずその本質は別にある。
そして、自らその本質を理解し、具現化した時……召喚者はその名を手に入れる。自らの本質、その意味を。
追い詰められた宗太郎が見せた黄金光はまさしくその本質を的確に現していた。驚異的な学習能力、魔術に関する理解。それらは魔導と呼ばれる天権に見られる特徴だ。
だが、しかし……
「何なんだ、これはっ!?」
目の前に広がる無数の魔法陣。
それは魔導の天権だけでは説明の出来ない現象だった。
信じられない仮説。だが、間違いない。
宗太郎の天権、その本質を即座に見抜いたスザクは咄嗟に声を荒げていた。
「逃げろ! ナキリ!」
その魔法陣が向かう先、つまりはナキリへと。
そして……
──黄金の光が大広間を駆け抜けた。
それは宗太郎が愛用していた魔術、風の槍にも似た光景。
だがその物量が圧倒的だった。
それもそのはず、宗太郎が展開した無数の魔法陣、その全てからほぼ同時に黄金の光は射出されていた。一つ一つが人間を蒸発させるのに十分なエネルギーを持った破壊光線。それらを受けて無事で済むはずがない。
(同一系統とはいえ、これだけの数の魔術を同時に展開するなど聞いたこともないぞ!?)
スザクは魔術と呼ばれる技が全てを叶える万能の術でないことを知っていた。
術式に関する知識を必要とされる魔術は術者にかかる負担が少なからず発生している。要は一度に使える魔術には限りがあるということ。
複数の魔術の行使は原則として不可能。
それが魔術の大前提だった。
しかし、その常識すら塗り替えてしまうのが天権。召喚者達の持つ異能だ。
だがそれらの中でも宗太郎の天権は異質と言わざるを得ない。
(もしも奴の天権が知識にある魔術を全て自由に使えるのだとしたら……とんでもない応用性だ。私や魔王様……いや、全ての天権の中でも群を抜いている)
通常、召喚者が使える天権は一人に一つ。
カナタならば時を戻す『不死王』。
藍沢真ならば嘘を現実にする『大嘘吐き』。
だが宗太郎の『黄金光』は魔術の全てを同時に行使する天権だ。その能力が魔術という大規模なリソースの中から選択できるとなればその可能性は無限大。
そして、そもそも天権とはその仕組みを魔術と同じくする超常現象だ。
つまり……
──黄金光には"他の天権を模倣する可能性"がある。
(もしそれが可能ならばまさしく最強の天権。全ての上位互換と成り得る存在だ。幸い、今はまだそれほど多くの魔術は習得していないようだが……)
ちらりと、傍らに佇む魔王へと視線を向けるスザク。
宗太郎の存在が彼の悲願の達成に欠かせないものであることは理解していた。だが、いずれ確実に自分たちを超えるであろう存在を前に危機感を覚えるなと言うほうが無理だ。
加えて……"スザクの悲願"には宗太郎の存在は必ずしも必要条件ではないとなればなおさら。
(やるならば今……この時を置いて他にはない)
すでに毒の治療は彼の天権にて終えている。
宗太郎を殺すべきか否か。
スザクが自らの願望と主の命令を天秤に架ける、その刹那。
「ハハッ、ハハハハハハハハハハハハハハッ!」
まるで雷鳴のようなその哄笑が大広間に響き渡った。
宗太郎の一斉爆撃により、すでに原型を留めていないその一角の中心に……彼女は立っていた。
「凄い! 凄いじゃん! 何だよ、他にもいるんじゃん! 私みたいなのがさあっ!」
魔王軍第三席・ナキリ。
理想郷の天権を持つ彼女はその圧倒的な破壊に呑まれながらも"無傷"でその場に残っていた。それが当然だといわんばかりの態度で。
「威力も精度もまだまだだけど、うん。良い線いってると思うわよ、あんた」
嬉しそうに、楽しそうに、幸せそうに、ナキリは破顔する。
それは自らの天権に迫りうる可能性を持つ宗太郎への期待であった。
「ようやく私と対等に戦えそうなのがやってきたわね。良いわ、少しだけ……遊んであげる」
そして次の瞬間……ナキリの両手から漆黒の光が空間を裂いて飛んだ。
「────ッ!」
その攻撃を向けられた宗太郎は咄嗟に回避行動に移っていた。
受けることも、防ぐことも、逸らすことも不可能。そのことを直感していたのだ。なぜなら……
「ほら、"お返し"よ」
ナキリから放たれる光線、それら全ては宗太郎が放ったものと同質の魔力を纏っていたから。
ナキリの"理想郷"の中では彼女の望むもの全てが現実になる。
先ほど放たれた宗太郎の攻撃などは実にイメージしやすい、良いサンプルだったことだろう。
ナキリと違い、絶対的な防御力を持たない宗太郎にはこれを防ぐ術などない。
だが……
「導き照らせ──黄金光!」
ナキリには宗太郎を殺せないという制約があった。
そして、それこそが宗太郎に残された唯一の勝機。
宗太郎はその攻撃が直接自分に降り注ぐことがないのを理解していた。
咄嗟に逃げそうになる自らの足を叱咤し、宗太郎は逆にその場を動くことなく自らも黄金の光をナキリへ向け放つ。
交差する黄金と漆黒の光条。
その幾つかは衝突し、周囲に衝撃を撒き散らす。
「ぐっ……」
荒れ狂う暴風に身構えるスザク。
同じ魔術使いという分類になる宗太郎とナキリの戦いはこれまでのどれとも違った様相を呈していた。
お互いその場を一歩も動かない。
だがその衝突により巻き起こる被害は他のどの戦場よりも過激で鮮烈なものだった。
傍目には互角に見えるその拮抗。
だがその術者たちにはその優劣がはっきりと分かっていた。
(出力が……足りない!?)
額に汗を流すのは宗太郎。
自らの天権に目覚めたばかりの彼ではナキリの理想郷を完全に超えることは出来なかったのだ。
かろうじて拮抗しているように見せられているのもナキリが宗太郎を殺せないという制約が生んだ"手加減"によるもの。宗太郎は自らが眼前の少女に劣っているという現実をまざまざと見せつけられていた。
(やっぱり……僕には……)
脳裏を過ぎるのは諦めにも似た感情。
自分の力では大切な人を守ることなんて出来ないという諦観だった。
だが……今の宗太郎にはどうしても諦められない理由があった。
(そうか……そうだったのか)
そして、そのことを実感した瞬間、宗太郎は気付いた。
今の今まで疑問に思っていたその問いの答えに。
(カナタ……君はずっとこんな気持ちで戦い続けていたんだね……)
宗太郎が憧れる少年はずっと強く生きていた。
自分一人すら守れない宗太郎にはずっと疑問だったのだ。どうしてそんなに強くいられるのかと。だが、それはなんてことはない単純な理屈だったのだ。
つまりは"守るべき者がいたかどうかの差"。
カナタは他人を守れるほど強かったのではない。
守りたい誰かがいたからこそ強かったのだ、と。
(だったら……僕はこんなところで引く訳にはいかないよね)
ずっと彼のようになりたかった。
彼のような強さが欲しかった。
それは日本にいた頃から抱え続けてきた願望。
そして……金井宗太郎がこの異世界にて掲げた唯一つの"誓い"だった。
「……カナタ、今までありがとう」
おもむろに口を開いた宗太郎が漏らしたのはそんな感謝の言葉だった。
突然の台詞に困惑するカナタを前に……
「今度は……今度こそは、僕がカナタを守ってみせるから」
宗太郎は困ったような、泣いているような、そんな不器用な笑みを浮かべるのだった。そして……
──宗太郎は、その"詠唱"を開始した。
《剥奪者よ、賊心あまねく現世よ、骨肉排して慈悲を請え──》
「宗太郎、お前……まさか……」
ここに来てからずっとカナタの動向を魔術により追っていた宗太郎にとって、それは簡単なことだった。
呪文から術式を逆算し、自身の魔力での再現可能性を探るのに30分と時間は必要ない。新しい魔術を作ることに比べれば片手間とも言っていい手軽さだ。
《刃は救いに非ず、その身を焦がす焔に同じ。然れば……我此処に、愚者の理を顕す──》
「や、やめろ……やめてくれ……ッ」
カナタにとっても聞きなれたその呪文。
だがそれは……宗太郎が唱えてはならない呪文だった。
それ即ち──
「やめろぉぉぉぉぉっっ! 宗太郎ォォッ!」
カナタの叫び声が大広間に響き渡る。
だがカナタの懇願も空しく、その呪文は宗太郎の最後の一文により完成してしまう。術者を喰らい、形を成す、その禁術が。
《出でよ──灼熱の剣》
そして次の瞬間、カナタを背に魔族へ立ち向かう宗太郎の右手に……全てを焼き尽くす最強の剣が顕現するのだった。
お久しぶりの更新になりました、秋野錦です!
ここのところリアルがごたごたしていて、なかなか更新できない状況が続いてしまい申し訳ありませんでした。7月の頭にはあらかた片付く予定なのでまた以前の更新ペースに戻せるかと思います。
ご心配をおかけしてしまい本当に申し訳ありませんでした!




