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不死王と七つの誓い  作者: 秋野 錦
第五部 魔城奪還篇

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「親友」

「なるほど……認めよう。確かにお前の天権は凄まじい能力だ。だがしかし……それでこそ我々の悲願も成就に近づくというもの」


 スザクはゆっくりと、細剣を構え……


「その力……寄越せッ!」


 咆哮と共に、駆け抜けた。

 まさしく一陣の風となったスザクが疾走する。

 通常なら視認することすら難しいその超高速移動。

 だが今の宗太郎にはその動きについていけるだけの身体能力がある。

 真っ直ぐに突き出された細剣の切っ先を交わした宗太郎はそのままカウンター気味の掌底をスザクの腹部に向け放つ。

 渾身の一撃は決まったかに見えたが……


「どうやらさきほどの動きもまぐれではなかったようだな」


 スザクは空いた左手を使いしっかりとガードしていた。

 至近距離で向かい合う二人。

 先に仕掛けたのは宗太郎からだった。


「《黒の門、魔ヶ憑きの瞳、修羅の声──》」


 零距離からの貫通力に長けた物理操作型の魔術。

 その詠唱を開始した宗太郎はしかし、スザクの次の一手に阻まれることになる。


「遅いっ!」


 詠唱する隙さえ与えないと、スザクの細剣が宗太郎の喉元を狙い迫る。

 魔術師の弱点は詠唱がなければ魔術が使えない点にある。となるとまず狙うべきなのは心臓でも頭蓋でもなく喉だ。

 他の部位ならたとえ攻撃を食らったとしても詠唱を完成させられる可能性がある。

 スザクの狙い済ました一撃はまさしく対魔術師用戦術の定跡通り。

 お手本のような一撃だった。


 しかし正攻法、王道とはそれだけ"読まれやすい"ということでもある。

 スザクの一撃に対し上体を反らし、ぎりぎりのところで回避した宗太郎はその一撃をすでに想定していたのだ。


「右は(フェイク)だ」


 言うが早いか、左手の裾から飛び出してきた小振りのナイフ。

 その切っ先は僅かにスザクの頬に一筋の傷を生んだ。


「しまっ……」

「遅いよ」


 まさに意趣返しとばかり宗太郎が再び両手をスザクに向け構えなおす。


「《翼持つ者、その羽を穿つ。貫け──風の槍(ヴァン・スペア)》ッ!」


 中断していた詠唱を繋げ合わせる宗太郎。

 それで魔術が起動するはずがない。そんなやり方で詠唱を完成させたなんて聞いたこともない。だが……宗太郎の天権はあらゆる不可能を可能にする。

 宗太郎の両手に集まる魔術の煌きは僅かも曇ることなく、その純粋な色を光輝かせる。つまりはそう、黄金の極光へと。


「ぐ……っ!?」


 その道筋から何とか逃れようと駆け出すスザク。

 だが三歩も行かないうちに、その場に派手に転倒してしまっていた。

 宗太郎の持っていたナイフには何かが塗布されていたのだろう。恐らくは……麻痺毒の類。体の自由を奪われたスザクには宗太郎の一撃を避ける術は皆無だった。

 故に……


「ったく何やってんのよ、アンタは」


 その一撃を防いだのはスザクではない。

 それは二人の間に割って入るように姿を現したナキリだった。

 彼女の持つ天権、『理想郷(ユートピア)』は彼女の理想を現実のものにする。

 宗太郎の放った光の槍はナキリの纏う闇に触れた瞬間、まるでブラックホールにでも飲み込まれたかのように跡形もなく消え去っていく。

 まさしく絶対防御。

 ナキリの前にはどんな攻撃だろうと意味を成さない。


「もういいわ、私がやる。アンタはそこで寝ていなさい」


 スザクと入れ代わるようにナキリが前に出る。

 これは……まずい。本当にまずいぞ。

 ナキリの能力は本当に凄まじいのだ。灼熱の剣ですら貫けなかったあの鉄壁。軽々と叩き折られたあの尋常ではない圧倒的出力。いくら宗太郎の天権が優秀だからといって勝てるとは限らない。


「宗太郎っ!」


 逃げてくれ。

 俺はそう言おうとした言葉を途中で飲み込んだ。・

 なぜなら……


「……大丈夫だよ、カナタ」


 左手を横に伸ばし、ここから先へは通さないと宗太郎はナキリに真っ向から立ち向かう。

 何があいつをそこまで駆り立てているのかが分からない。

 だが……その命懸けで俺を守ろうとしてくれている姿を前に止めることなんて出来ない。

 だって俺も同じだから。


 自分で自分はこうだと決めた。

 だから往くのだと。

 他の誰でもない、自分自身に胸を張って自慢できるよう。

 己の魂にどこまでも従順な在り方。


 宗太郎がそうなったのはきっと……俺のせいだ。

 あいつはいつも言っていた。俺のようになりたいと。そのたびに俺は言った。俺みたいな人間になったところで意味なんてないと。

 実際その通りだ。

 俺は自分が偉大な人間だなんて思っちゃいない。

 それどころか自分の我を通すために周囲を巻き込んできた自分勝手な人間だ。

 今ならそれが良く分かる。

 イリスがあんなにも辛そうだった理由が。


「宗太郎……っ」


 やめろ……やめてくれ。

 俺はお前に助けてもらうような価値のある人間じゃないんだ。

 自分の身の安全の為だけに友達を売った糞野郎なんだよ。


 もしもこの世に罪と呼べるものがあるのなら、俺はそれを背負っている。

 俺を売ったクラスメイトと同じように。

 もしかしたらイリスはそのことに気付いていたのかもしれない。


 ──死なないで。


 イリスが口癖のように俺に言い続けていた台詞だ。

 それに対し俺はこれまた口癖のように同じ言葉を言い続けてきた。

 だけどそんなもんは本心じゃない。

 いや、それも本音の一つではあるのだろう。

 だけど真実ではない。

 俺の本心を余さず伝えようとするならば、最も大事な部分が抜けていたのだ。

 つまり……




 ──俺は心のどこかで『死』を望んでいたのだ。




 だってそうだろう? クラスメイトを裏切ったのは何も奴ら四人だけじゃない。

 シェリルを見殺しにし、クラスメイトの情報を魔族に売った人間がいる。


 クラスメイトに対し、復讐と言う名の正当性を見出すのなら、

 自分勝手に罪に対する裁きを代行すると言うのなら、

 俺は俺自身にも刃を向けなければいけなかったのだ。


 いつか俺を殺した人間が言った。

 この世界で自殺をする生物はニンゲンだけなのだと。

 無謀極まる単騎突撃はまさしく、俺の中に眠る死への傾斜がそうさせたのだ。

 ここで死んでも構わない。

 そんなやけっぱちな心があったことは否定できない。

 だが……これだけは言わせて欲しいのだ。


「俺はそんなこと望んでなんかいない! 宗太郎!」


 生きることも、戦うことも、逃げることも、失うことも、抗うことも、全てに疲れてしまったのだ。

 だから俺は華々しく散れる戦場を探していた。

 いつか俺を殺してくれる人間が現れるはずだと。それだけを願って。

 だから良いんだよ……宗太郎。


「お前が俺のために命を賭ける理由なんてない!」


 俺は俺のまま、ここで独り死んでいく。

 それでいい。

 それがいい。

 だから頼むよ……宗太郎。

 俺にこれ以上、仲間を殺させないでくれ。

 俺の悲鳴にも似た叫びに宗太郎はしかし、


「そんなもの……必要ないっ!」


 ナキリの繰り出す攻撃を掻い潜りながら、そう叫び返すのだった。


「僕がカナタの為に命を賭けることに理由なんて要らない!」


 ナキリの鋭利な一撃が宗太郎の肩口を切り裂く。


「僕の往くべき道は僕が決める! 他の誰にも邪魔なんてさせない! それが例え、カナタでも!」


 ナキリの操作する岩塊が宗太郎の足元を抉り、爆発にも似た衝撃を周囲に撒き散らす。

 体中に裂傷を刻みながら、それでも宗太郎は立ち上がる。

 見ている方が痛くなるほどの一方的な虐殺がそこにはあった。


 誰がどう見ても彼我の戦力差ははっきりしている。

 宗太郎の勝ち目なんて皆無に等しい。

 だと言うのに……なんで、お前は……


「なんでお前は……そこまでして俺を助けようとするんだよ……」


 思わず漏れたその疑問の声。

 それに対する宗太郎の答えは至極簡単だった。


「まだ分かんないのかよ! 僕がカナタの為に命を賭ける理由なんて一言あれば足りるんだよ!」


 次の瞬間には絶命していてもおかしくないその戦場で、宗太郎は声高に吠える。





「僕達は"親友"だろうが! 友達を助けるのに理由なんて要らない! 助けたいから助ける! それだけで十分なんだよ!」





 今まで聞いたこともないような声で、宗太郎は叫び続ける。

 それはまるで非行に走った友人を諌めるように。


「僕は僕の意思で戦うことを選ぶ! 今度はカナタの後ろで見ているだけじゃなくて、カナタと一緒に戦えるように!」


 宗太郎の願い。

 それは大切な友人を守るための誓い。

 今度こそ役に立てるようにと、全ての方面に特化した能力を求めた宗太郎だからこそ魔導の天権は宿ったのだ。

 故に、宗太郎の誓いは今この瞬間にこそ最もその輝きを強める。


「カナタは……僕が守る!」


 叫ぶ宗太郎の両肩からまるで羽でも生えたかのように光輝が放たれる。

 それはゆっくりと空間に浸透し、やがては一つの形を作り出した。

 つまりは……


「導き照らせ──黄金光(アインズ)!」


 空間に浮かび上がる無数の"魔法陣"へと。

 自らの意思で己の在り方を定めた宗太郎。

 与えられた名前ではない。自分で見つけ出した本当の天権。

 それこそが宗太郎の譲れない唯一つのことだった。


 かつて交わした誓い。

 宗太郎の真の戦いが始まろうとしていた。

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