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不死王と七つの誓い  作者: 秋野 錦
第五部 魔城奪還篇

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「決着は突然に」

 二人の魔力が激しく衝突を繰り返す。

 魔王の持つ天権の正体は未だ不明だがやりようはある。現象として不確かな能力だからこそある程度無視するしかないってのも俺にとってはやりやすい。


 普通なら見えない力に臆して、二の足を踏むところなんだろう。

 だが俺は違う。

 俺には不死王がある。

 どんな致命傷だろうと瞬時に治す再生の能力がある。

 これがある間はどんな危険にだろうと立ち向かえる。


 かつてシェリルが俺に言ったように、これは誰かを守るために前に出て戦うための力。運命に、障害に立ち向かうための力なんだ。

 だったら……一瞬たりとも退いてやるわけにはいかない。


「おおおおおおおおッ!」


 ありったけの魔力を込めた炎舞を食らわせる。

 回し蹴りの軌道で魔王の即頭部に迫る一撃を、魔王は上体を逸らしてかわす。

 まるで軌道が最初から分かっていたかのような動きだ。もしかして時間を巻き戻されたのか? 分からない……分からないが、今優勢にあるのは俺だ。

 このまま攻め潰す!


「出でよ──灼熱の剣(レーヴァテイン)ッ!」


 かわせるはずのないタイミングで右手から灼熱の剣を放つ。

 渾身の一撃は魔王の左肩を抉り、肉を焼き焦がす。だがそれもすぐに回復されてしまうことだろう。ならば……


「焼き払え──灼熱の剣(レーヴァテイン)!」


 足元に炎舞を同時に展開。

 俺は体を捻って、空中を演舞する。

 高速で回転する灼熱の剣は魔王の体を横薙ぎに切り刻む。

 だが……まだ足りない。


「焼き貫け──灼熱の剣(レーヴァテイン)!」


 横薙ぎの軌道から突如刺突へと切り替える。

 正確に心臓を狙った一撃はしかし、魔王の類稀な反射神経でぎりぎりのところで回避されてしまう。だが、やはり俺の不死王と同じく重要器官の再生には魔力と時間を食うのだろう。

 そこだけはやらせないと、回避してきた。

 ならば……


「焼き尽くせ──灼熱の剣(レーヴァテイン)ッ!」


 魔王の腹部を貫いた灼熱の剣に、ありったけの魔力を注ぎ込む。

 魔王の体内で急激に膨張する熱量。抵抗する魔王に行き場を追い求めるエネルギーはやがて……


 ──ボンッッッッ!


 派手な爆発音と共に、周囲へ拡散する。


「ぐぅ……っ!」


 近くにいた俺も当然ダメージを食らうが魔王に比べれば微々たるものだ。

 向こうは腹の中で直接爆弾を爆発させられたようなものだからな。普通の人間なら即死のはずだ。

 だが……


「……やっぱり一筋縄じゃあいかねえな」


 魔王は普通の人間なんかではない。

 魔族の頂点、この世で最も強いと評される人間だ。

 だけど今のやり取りで確信した。


 ──俺の方が強い。


 その純然たる事実を。

 同じ再生能力、同じ禁術使いだがその能力の熟練度は俺の方が上だ。確かに魔王も不気味な強さはあるが、本格的な戦闘を学んでいる人間の動きではない。

 そういう意味ではリックの方が遥かにやりにくい相手だった。


 魔王は戦闘の素人。

 だがそれも考えてみれば当たり前のこと。

 この世界に来るまでは魔王も普通の当たり前のどこにでもいる一般人だったのだろうから。だとしたらこの勝負は単純に威力や手数が趨勢を分けることになる。

 そして勝負は炎舞をマスターした俺にとって有利に運ぶ。

 一言で言えば相性が良いんだ。俺と魔王は。

 しかし……


「…………あ?」


 時の運、勝負の行方、運命はそう簡単には進まない。

 先ほどの爆発で受けたダメージを魔王はすでに完治している。

 だが……


「ま、さか……」


 俺の受けたダメージ。右腕から左肩にかけて走る火傷は一向に治る気配がない。

 ──時間切れ(タイム・リミット)

 意識した瞬間、急激に疲労感が俺の体に広がっていく。

 今の今まで無理をしてきた代償なのだろう。魔力を四肢に込めようとして……気付く。すでに魔力が尽きてしまっているということに。


「……普通に戦えば恐らくお前の方が強いのだろうな。惜しまれるのは此処に来るまでに払ってきた代償。その対価だ」


「ぐ……っ」


 片膝を地面に付き、転倒だけは耐えようと歯を食いしばる俺に魔王は言った。


「此処に来るまでに何人の同胞と戦ってきた? 一人、二人……いや、もっとか? それまでに消費した魔力のことを考えれば良く持ったと言うべきだろう。お前は良くやった」


「俺は……んな言葉を聞くために、ここまで来たんじゃねえ」


 震える足で立ち上がろうとして……俺はついに地面に倒れこんでしまう。

 これまで誤魔化してきた疲労、その全てが一度に襲い掛かっていた。もう指一本動かせない。魔力が尽きたその瞬間、俺は木偶にでもなったかのように硬直することしか出来なかった。


「はあ……はあ……ちく、しょう……」


「…………」


 コツコツと靴が大理石の床を叩く。

 俺の眼前に立ち塞がる魔王はどこまでも高く聳え立って見えた。


「……終わりだ。我らが同胞の下へ還るが良い」


 手刀を構える魔王に俺は死を覚悟した。

 その一撃が俺へと降りかかるその寸前……


「お父様! お止めください!」


 俺の体に覆いかぶさるように、イリスが飛び込んできた。


「もう勝負は付いています! カナタはもうこれ以上戦えない! だから、だからどうか……っ」


 ぽろぽろと涙を零しながら懇願するイリス。

 まるで守ろうとするかのように、俺の体を抱きしめる。


「……い、りす……」


 なんで……なんでだよ、イリス。

 お前がそんなことをする必要はない。俺が勝手に挑んで、勝手に負けて、勝手に死ぬだけだ。だから、そんな悲しそうな顔をしないでくれよ。

 俺はお前の忠告すら無視して、戦いを挑んだんだぞ?

 こんな馬鹿な男は見捨てりゃいいのに、一体なんで……


「……そうか。お前もまた、愛してしまっていたのだな」


 得心言ったというように頷く魔王。


「だがもう遅い。その男は戦うことを選んだのだ。逃げず、戦うことを選んだ。敗者にはそれ相応の代償が求められる。見逃すことなどできん」


「お、お父様……」


「聞け。その男は私よりも強い。そんな男を野放しにしておけば我々の悲願に支障をきたす恐れがある。牙を折られ、逃げ去るというのなら見逃してやろう。だが一度歯向かった獣を再び野に放つことは出来ん。その男は……今ここで、殺さねばならんのだ」


 魔王は譲る気がないのか、イリスに対しても強い口調で断言する。


「……そ、そんな」


「どけ。どかないというのならお前ごと殺すぞ」


「…………っ」


 そしてついにはそんなことまで言い出す始末。

 魔王は……本気だ。本気で俺を見逃すつもりはないらしい。

 蛇に睨まれた蛙どころの話じゃない。

 まさしく絶体絶命。どこにも逃げ場なんてない。


「……イリス……どけ……」


「か、カナタ!?」


 そんな危険な場所に、イリスを連れてはいけない。

 俺は力の入らない左腕で、強引にイリスを引き剥がす。

 このままだと本気で魔王はイリスごと俺を殺すだろう。そうなる前に……


「いやっ!」


 だがイリスは離さなかった。

 このままだと自分も死んでしまうことが分かっていながら、手を離そうとしない。それどころか更に強く俺を抱きしめる。


「ばか……どけよ。頼むから……どいてくれ」


「いやよ……私はカナタを……失いたくないっ! 貴方にだけは生きていて欲しいのよ!」


「何で……お前、そんなこと……」


「カナタは……私の恩人よ。私に生き方を教えてくれた。絶対に裏切らないなんて思えるのは貴方だけなのよ。私は貴方を失えばまた、あの一人ぼっちに戻ってしまう。それだけは……もう、耐えられない」


 寄り添い、俺にだけ聞こえる声でそう言うイリス。

 その言葉は涙が出そうになるほど嬉しかった。

 あれほど他人を拒絶していたイリスが、誰も信じようとしなかったイリスが……俺のことを、信じてくれていた。


 だけど今は……その信頼こそが枷になっている。

 俺とイリスを縛る鎖になってしまっているのだ。

 ならば……俺は清算しなければいけない。


「貴方はずっと私と共にいてくれた。だったら……私も貴方と一緒にいるわ。死ぬときだって一緒がいい。貴方のいない世界に未練なんてないのだもの」


「…………」


「ねえ、カナタ。貴方もそう思うでしょう?」


 俺の瞳を見て、問いかけるイリス。

 そのどこまでも美しい泣き顔を見て、俺は悟る。


 ──俺は本当にどこまでもこの女の子のことが……好きだったのだと。

 しかし……いや、だからこそ。


「悪い……イリス」


「…………え?」


 こんなところで彼女を死なせる訳にはいかない。


「お前は……お前だけは……"生きてくれ"」


 だから俺は……イリスの信頼を"裏切る"ことにした。

 絶対に裏切らないと、言葉ではなく魂で誓い合った過去を粉々にする一言を放つ。それはくしくも俺が最後にシェリルから受け取ったものと全く同じ言葉だった。


 信じられないといった様子で俺の言葉に目を見張るイリス。

 俺がイリスを拒絶するはずがないと、そう信じていた顔だった。


 本当にすまない。イリス。お前がたとえそれを望んでいたのだとしても……この戦いを始めてしまった俺はそれを受け入れるわけにはいかないんだ。どうしても。


「お前ならきっとまた見つけられる。俺以外の……信用できる奴を。だから後はそいつと幸せに暮らせ」


「そんな……カナタ……私は、貴方だけをっ……!」


 続く言葉は語らせない。

 その言葉を耳にした瞬間、俺の覚悟は揺らいでしまうだろうから。


「頼む、魔王……後生だ。イリスを……」


「……良かろう」


 全てを語る必要はなかった。

 魔王はイリスの体を強引に俺から引き剥がす。


「待って! お父様、私はカナタと一緒に……!」


 暴れ、その手を抜け出そうとするイリスに魔王は一撃を放つ。

 深々とめり込んだ魔王の拳に、イリスは気絶しぐったりとその身を預ける。


「……すまない」


「私にも慈悲の心はある。それに最初から本気で娘を殺すつもりなんてなかった」


 そう言う魔王。だがあの殺気は全然冗談には思えなかったぜ。

 抵抗させないためとは言え、実の娘を殴るような奴にイリスを任せることになっちまったのは情けない話だが……仕方ない。全て負けた俺が悪いのだから。力の足りなかった、俺が……


「言い残すことはあるか?」


「……イリスが起きたら一言、"すまなかった"とだけ伝えてくれ」


「……承知した」


 死の縁に追い込まれ、不思議と心は落ち着いていた。

 全力を賭してなお及ばなかったのだ。

 後悔する気力すら……残ってはいなかった。

 そして……


 ──魔王の必殺の手刀が、俺に向け振り下ろされる。


 その瞬間、一つの物語が終わった。

 復讐を誓い、真実の愛に気付いた少年の物語が。

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