「王国の真実」
昔々、あるところに帝国と呼ばれる国家が存在しました。
元々は王国と同じ来歴を持つ国でしたが、ある日独立を宣言し対立国となったのです。
最初は国力も軍事力も王国が上でしたが、周辺諸国を巻き込み次々に勢力を拡大する帝国はついに王国に危機感を持たせるに至ります。
このままでは帝国に乗っ取られてしまう。
そう考えた王国政府は帝国に対する手段として、一つの秘策を思いつきました。
それは『召喚者』を利用して戦争に勝利すること。
王国は実際に呼び出した彼らに帝国を『魔族』の軍団として扱うことで戦闘意欲をたきつけました。悪行を働く魔族を止めてくれ、助けてくれと懇願し召喚者を有力な駒として扱ったのです。
こうして王国の思惑は見事功を奏し、魔族こと帝国は撃ち取られることになりました。
しかし、召喚者は気づいてしまったのです。
戦いの中、自分達が利用されていただけだという事実に。
そして召喚者は王国に対し、牙を向きました。
よくも騙してくれたと、復讐を誓ったのです。
帝国を滅ぼしたと思った矢先に現れた新たな勢力に、王国は頭を抱えました。自分達の手で帝国よりも遥かに恐ろしい敵を生み出してしまったのですから当然です。
これに対し王国が思いついた対策は簡単。
帝国の時と同じように召喚者を用意し、先代の召喚者達を『魔族』として滅ぼさせることにしたのです。
しかし……それこそが復讐の連鎖を生み出す原因となりました。
魔族に近づく召喚者はいずれ気付く。
自分達が騙されていたことを。
そして、それまでの召喚者と同じように王国に牙を向くのです。
次の魔族にされるのが自分達なのだと分かっていながら……。
こうして繰り返された戦いの歴史、その負の連鎖は未だ終焉を見せません。
魔族を倒すための召喚者は次々に現れる。
真実を知るものが駆逐されるまで。
そして……
「当代の魔族、それが俺達……"先代の召喚者達"なんだよ」
「……そんな、馬鹿な……」
魔王の語る真実。そこには一片の矛盾も存在しない。
むしろその話を聞いて納得してしまったくらいだ。
今まで感じていた違和感、王国の影。それら全てに説明がついてしまうのだから。
「……それなら俺達は一体何のためにここまで……戦ってきたんだよ……」
これまでの戦いを振り返る。
振り返らずを得なかった。
ふと視線を下ろし、自らの両手を見る。
すでに血で真っ赤に染まった両手。それは俺の血でもあり、これまで戦ってきた人間達の血でもある。
そう……魔族ではなく、人間の血だ。
『もし貴方が世界の真実に到達した時……果たして貴方は貴方のままでいられるかしら?』
かつてカグラに言われた言葉を思い出す。
あれはそういう意味だったのだ。
あの時の俺は何も分かっていなかった。
魔族を殺すということがどういう意味を持つのか……何も分かっていなかった。
「俺は……一体、何をしてたんだ……」
改めて考える。
異常だ。
魔族だから殺しても良いなんて思考がすでに異常だったのだ。
王国がそうなるように仕向けたというのもある。復讐のため仕方なかったというのもある。降りかかる火の粉を振り払いたかっただけだというのもある。
だが……俺はカグラをこの手で殺した。
無抵抗の彼女を……すでに戦う意思のなかった彼女を俺は殺したのだ。
話し合うことすらせず、ただ魔族を悪と決め付けて。
本来人の善悪に二元論は通用しないのだと、分かっていたはずなのに。
「……まさしく道化だな」
俺を見つめる魔王は同情めいた視線を向けてくる。
「だが落ち込むことはない。我らも始めはお前達と同じだったのだからな。真実を知り、そこで初めて人は選択することが出来る。戦うか……逃げるかをな」
「…………」
「本来ならお前には我らの仲間に加わる資格がある。実力も申し分ないしな。だが……お前はあまりにも同胞を殺しすぎた。今更同胞となるには確執が大きすぎる。だから……頼む。黙ってここで朽ちてくれ。この異世界で、何を掴むことも出来ぬまま」
「…………」
俺は真実を知ってしまった。
舞台の上で踊らされていただけなのだと、気づいてしまった。
ならばもう俺は用済みだ。さっさと舞台を降りて、舞台袖に消えていくのがお似合いの末路と言うものなのだろう。
だが……
「……駄目だ」
「何……?」
まだ、譲れないモノがある。
「分かった。分かったよ。俺がどんだけ馬鹿だったかなんてよく分かった。多分、イリスも知ってるんだろう。だからこそお前についていくことを決めた。だけど……それはお前に屈服する理由にはならない」
この感情はエゴだ。
そもそも最初から損得勘定で行動なんてしていない。
俺はいつだってそうだった。
復讐を誓った時も、イリスの手を取った時も、ステラを助けたときも、クロと旅していた時も。いつだって俺は自分の感情に従い生きてきた。
だから……
「王国の思惑だとか、お前らの真実だとか……そんなもんは全部俺には関係ない」
俺は舞台で踊り続けていたことすら否定する。
道化と笑いたいなら笑え。
俺は俺。俺こそがこの舞台の主演なのだと言い張るだけだ。
誰になんと言われようと構わない、俺はただ……
「俺はただ……惚れた女を取り戻しに来ただけなんだからな」
右手に炎を灯す。
この光が消えない限り……俺は諦めない。
「俺が舞台を降りると思ったか? 諦めてすごすごと退散するとでも思ったか? 舐めんなよ。この程度で俺を止めた気になってんじゃねえ」
もしそうなら最初からこんなところに乗り込んできてやしない。
最初から俺の狙いはただ一つ。
魔王の首でも、魔族の失脚でもない。
ただ俺は……イリスと帰りたかっただけだ。
あの日常に。
あの温かく、平凡だった日常に。
「カナタ……」
俺の名を呼ぶイリスの声が聞こえる。
そこに含まれている感情が何なのか、今の俺には分からない。だがさっきまでのように帰れと言われなくなっただけ上等だと思うことにしよう。
「決着をつけようぜ、魔王。いや……名も知らないどっかの誰かさんよ。俺は今日、お前の娘さんを攫いに来たんだ。お前みたいな胡散臭い奴にイリスを任せられるかよ。イリスは……俺が幸せにする」
その為なら復讐だって要らない。
それが俺の出した答えだった。
「……そこまで言うのなら是非もない。いつか、ではなく今朽ちるが良い。道化よ」
どこまでも真っ直ぐに立ち向かう俺を前に、魔王は……
──微かに、しかし確かに笑みを浮かべて見せた。
そして……
「踏み躙れ──」
「運命に抗え──」
二人の男の、最後の戦いが幕を上げる。
「──不死王ッ!」
「──不死王ッ!」
決着の時は、近い。




