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不死王と七つの誓い  作者: 秋野 錦
第五部 魔城奪還篇

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「道化」

 静寂が大広間を支配する。

 俺は魔王の漏らした言葉を前に、全ての思考が吹き飛んでしまっていた。


「……元の世界、だと?」


 鸚鵡返しのように復唱する。

 そうすることしか出来なかった。

 だって、その言葉をそのまま受け取るのなら、それはまるで……

 ──こいつらは別の世界から来たかのようではないか。


「何を……何を言っているっ!」


 どくどくと心臓が早鐘を打つ。

 続く言葉を聞きたくない。

 だが……聞かなくてはいけない。そんな気がした。


「……ただの真実だ。冥土の土産には丁度いいだろう」

「真実? 真実だって? お前、それはつまり……」


 言いよどむ俺を前に、残酷なまでに淡々とした口調で魔王は言う。


「私達はお前と同じ……『召喚者』だ」

「…………っ!」


 魔王の言葉に俺は絶句していた。

 だってそうだろう?

 こいつらが俺と同じ召喚者だなんて、そんなこと一言たりとも聞いていない。

 ただ魔族は人族に害を為す外敵だと、だからこそ迎撃に力を貸して欲しいと、そう言われただけだ。


「ふん、その表情はどうやら本当に気付いていなかったようだな」

「……な、何を……」

「お前達は王国に騙されていたのだ。思い返して不審な点はなかったか? 魔族に関する情報が不足していたり、魔族への敵対心を煽るような行動を見せられたり」

「…………」


 王国への不信。

 それはずっと前から考えていたことだ。

 王国は何かを隠している。魔族の力量を知りながらルーカスは俺達に『勝てる』と嘘を付いた。魔族に初めて襲撃された際にも、強引に戦うことを選ばされた。

 宗太郎も気付いていた王国の影。

 もしかして……この『事実』こそが全ての発端だったのか?


「つまり、人族も魔族もそれぞれ召喚者を用意して戦わせていたって言うのかよ……自分達は安全な場所で、痛みを知ることもなく……」


 そう考えれば合点がいく。

 要は始めから使い捨てだったのだ。

 俺達は安いコストで生産された戦闘兵。突然連れて来られた異世界では頼れるものなんて、自分達の衣食住を保障してくれる者達しかいない。


 常識を知らない。

 世情を知らない。

 歴史を知らない。


 そんな俺達は丸め込むに最適の人材だっただろう。

 いや……それくらいのことは分かっていた。戦争の道具に使われているということには気付いていた。ただ……気付かないようにしていただけで。


「……それは少し違う」

「え……?」


 俺の想定した最悪のシナリオ。

 だが……



 ──魔王の語る『真実』は更にその上を行っていた。



「魔族なんてどこにもいない。それはお前らが王国に教え込まされた空想だ」

「魔族がいない……空想、だと? 何を言ってる、目の前にお前らが……」


 言いかけて、気付く。

 その絶望的な事実に。

 そしてその疑惑を確信へと変える一言を、魔王が言い放つ。




「私達がいつ、自分達のことを『魔族』と呼称した?」




 思い返す。

 これまでの長い戦いの中、リンドウ、スザク、ナキリ、コテツ、アゲハ、クレイ、カグラ、クロウド……俺の出会ってきた魔族は確かに自分達のことを『魔族』と呼んだことは一度もなかったのだ。


「魔族がいない? そんな……それならどうして俺達は戦わなければならない? どうして対立するようなことに……」

「そんなの簡単だ『王国』は私達の存在を消したいのさ。真実を知る者達……つまりは『魔族』を」


 王国のことを語る魔王の顔には……はっきりとした憎悪が浮かんでいた。


「いや……待て。待ってくれ。だとしたらそもそもお前らは"誰に召喚された"? 魔族が始めから存在しないのだとしたら、お前らはどこから来た? 誰の思惑でこの世界に呼ばれたんだよ」


 そして当然のごとく生まれる疑問。

 魔王の語る真実にはその一点が欠如していた。

 魔族がいないと言うのなら、彼らはそもそも召喚されるようなこともなかったはずなのだ。だというのに、彼らは現実にこの世界にいる。

 俺にしてみれば、これはどうしても無視出来ない『違和感』だった。

 だが……魔王にしてみれば、それは当然の『事実』に過ぎないようで、


「ふん、そんなもの決まっているだろう」


 鼻を鳴らし、魔王は見下すような目で俺を見た。


「ここまでの話を聞いてまだ『真実』に到達しないのか? 木偶にも劣る理解力だぞ。大方、自分は王国の真意に気付いていたとでも思っていたのだろう。王国さえ離れれば魔族との戦いにも巻き込まれずに済むと」

「…………」


 魔王の言葉に咄嗟に反論できない。

 全て事実だったから。

 俺は魔族との戦争を避けるために王国を離れた。

 だが……俺の認識はまだ甘かったらしい。


「自分は利口だと思っているガキほどタチの悪いものはないな。自分で信じたものに対し、疑うことを知らない。仲間、友人、旧友……彼らに裏切られた際、心底身に染みただろうに。自分の信じるものなど砂上の楼閣に過ぎないのだと」

「…………ッ」


 魔王の言葉は俺の古傷を抉るように、胸の奥に痛みを走らせる。


「お前は知った気になっていただけだ。王国は何かを隠している。その『事実』に満足し『真実』を知ろうとしなかった。その怠慢がこの結果だ」


 もったいぶった魔王の言い様に、いい加減我慢の限界だった。


「言いたいことがあるならはっきり言え。俺が一体何を知らないってんだ」


 魔王の威圧的な態度を前に、俺は気丈にも立ち向かった。

 だが……それもまた、ただの見栄でしかなかったのかもしれない。


「私達は召喚者だ。お前は尋ねたな、私達を召喚したのは誰なのかと。その答えは全て一つの始まりに帰結する。つまり、私達もお前達も始まりは同じだったのだ」

「……始まりは同じ、だと? …………ま、まさか……それは……」


 ──始まりからして間違っている物語。


「ようやく気付いたか?」


 ──舞台の上で踊る道化がその真実を知らぬままいられたなら、それはどんなに幸せなことだろう。


「そうだ。私もお前も本質は変わらない」


 ──幸せの本質は『無知』なのだと言った詩人は誰だっただろう?


「つまり、私達、『魔族』と呼ばれる者達を召喚したのは……」


 ──きっとそれこそが唯一不変の真理だ。


「……『王国』なのだよ」


 こうして……道化(おれ)は真実へと到達した。

 どこまでも辛く、冷たい……真相へと。

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