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不死王と七つの誓い  作者: 秋野 錦
第五部 魔城奪還篇

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「明かされる真実」

 怪物。

 まさしくその単語がぴったりくる。

 何度殺そうとも這い上がるその姿には恐怖すら覚える。

 

 まあ、俺も人のことは言えないけど。

 それでもこの光景には気色の悪いものがある。

 風穴の開いた腹部の中で、内臓がまるで蠢く虫どものように再生を続けている。


 ──不死王。


 それが今、俺の戦っている相手の異名だ。


「『不死』の能力者……ただ自らの傷を癒すだけの天権だと思っていたが……違ったか?」


 真っ直ぐに俺を探るような目つきで見据える魔王。

 こいつ……まさか気付いているのか?

 俺が『不死』の天権を完璧に使いこなしているということに。


 いや、本質に到達した今『不死』という名前すら相応しくない。言うなれば『不死王』。奴の異名に引きずられたところはあるにしても、咄嗟に思い浮かんだのがその名前だったのだから仕方ない。

 運命に抗い、時を支配する天権。

 まさしく不死王だ。


(……いや、ちょっと待て)


 僅かに感じた違和感。

 俺はずっと魔王は俺と同じタイプの能力者だと思っていた。

 だとするならば……"こいつもまた、ただ自分の体を治癒するだけの能力ではない"のではないか?

 もしかしたら俺と全く同じ、時間を操作する能力だとしたら……


(いや。奇襲も成功しているし、奴が時間を戻しているような動きはなかった。だとするならば……また別の能力か?)


 最初の灼熱の剣は魔王にダメージを与えていた。

 本当に時間を巻き戻せるなら、灼熱の剣を食らう前に時間を戻して強襲を防いだはずだ。

 あえて食らった可能性、何か制限がある可能性。

 色々考えられるが、少なくとも奴が時間を巻き戻せる可能性はそれほど高くない。


(だがナキリの能力のこともある。『理想郷(ユートピア)』は不死の能力すら内包しているまさにチートだ。そのナキリより上位にいる魔王がそれに劣るような能力か? いや……多分、それはないだろうな)


 魔王の能力を見限り、楽観視することは簡単だ。

 だが……


「『不死』……存外楽しめそうではないか」


 不敵な笑みを浮かべ、不動の構えを見せる魔王を前にそんな短絡的な思考は持っていられない。最悪を想定し、備えなければ抵抗することすら出来ない。そんな重圧を目の前の怪物は放っていた。


「何人もの同胞を屠ったその能力、驚嘆に値する。やはりお前は危険だ、アオノカナタ。ここまで来た褒美に……少しだけ本気を見せてやる」

「……ッ!」


 一層強まる魔王の殺気。

 思わず跪いてしまいそうになるプレッシャーの中、静かに臨戦態勢を整える。

 そして……


 ──ドンッ!


 地面を蹴り、俺と魔王は同時に駆け出していた。

 広間の中央で俺と魔王の魔力が激突する。

 俺は炎舞と時折混ぜる『灼熱の剣』で、魔王は常時展開している『胡蝶の夢』で互いの攻撃を殺し合う。


 炎舞がある分、機動力という意味では俺が上だ。

 多角的に攻め立てる剣舞に対し、魔王は後手後手の対応を迫られている。だが……それも奴の魔術の前ではあまり効果を発揮しない。


 胡蝶の夢は現実を塗り潰す。

 灼熱の剣は魔王の体に到達する前に、その威力の大部分を殺されてしまっていた。加えて、その能力の射程を掻い潜って一撃を与えたとしても奴の『不死』の能力の前には焼け石に水だ。


 一言で言うなら決定力に欠けていた。

 灼熱の剣を持っているというのに、まさか攻撃力不足を実感するときがくるとはそれこそ夢にも思わなかったぜ。


「ふっ!」


 炎舞を利用し、回し蹴りを魔王の即頭部に叩きつける。

 だが、途中で魔王の左手がそれを阻み、ミシミシと嫌な音を奏でながら勢いを殺す。機動力はないくせに、接近戦での反応速度は異様に高い。それもまた魔王の不気味なところだった。


「捕まえたぞ」


 魔王は攻撃を止めた一瞬の隙に俺の足をロックし、滑り込むように超至近距離まで近寄ってきた。そしてそのまま流れるかのような肘打ち。

 腹部に広がる痛みは内臓を狙っていた。


 こいつ……外傷を与えることは端から捨てているんだ。そこは『不死』の能力が最も機能する領域。外ではなく内側。再生に時間がかかり、かつ注意力を逸らすのに十分な威力の一発を放ってきたのだ。


 浸透頸とでも言うべきか、魔王は熟練の武道家のような動きで的確に攻撃を放ってくる。もしも頭部に食らって、脳震盪でも起こしたら終わりだ。

 本当に良く俺の能力の弱点を理解している。

 やはりこいつもまた、長くこの『不死』と付き合い続けてきたということなんだろう。

 その外見の類似も相まって、だんだん自分自身と戦っているような気すらしてくるぜ。


「……不思議なものだな。お前とこうして拳を交わしていると懐かしさすら覚えるようだ。私はすでに何もかも、失ったというのに……」


 剣戟の合間。

 お互いに距離を取り、間合いを測るその一瞬に魔王はそんなことを呟いていた。


「何もかも失った、だと?」

「ああ、私には古い記憶がない。全てとはそう言う意味だ」


 静かに言葉を紡ぐ魔王。

 しかし、すぐに思い出したかのように頭を振って見せた。


「……いや、違うな。全てではない。ただ一つ……かつて抱いた『誓い』だけはまだ残っている。これだけはまだ……失いたくない。これさえ失ってしまえば私は本当の魔王になってしまう。だから……その前に、"帰らなくては"……」


 後半からはまるで独り言のようにぶつぶつと訳の分からないことを漏らす魔王。

 無視すれば良かった。魔王の戯言だと、耳を塞げば良かった。

 だけど……魔王の零した最後の一言がどうにも気になってしまった。


「帰らなくては、だと? お前の帰る場所はここだろ。一体何を言っている」


 敵の本拠地、魔王城で魔王が言うには不似合いなその台詞。

 俺の問いに魔王は……


「待っている人がいる……私は……"私達"は帰らなくてはならないのだ……」


 その決定的な一言を、告げる。


「──"元の世界"に」

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