「二人の不死王」
目の前にイリスがいた。
さきほどまで魔王の前で浮かべていた悲痛な顔ではない。寂しげに、しかしどこか安堵したようなその表情。
どこか見覚えのある景色そのままに、これまた聞き覚えのある台詞をイリスが言う。
「行きなさい、カナタ」
この言葉……覚えがある。
というよりついさっきのことだ。精神世界から帰ったばかりの時にイリスが俺を逃がすために催促したその台詞。
(……まさか)
気になった俺はくるりと反転し、背後を見る。
するとそこには、
「何をしている。お前は選ばれなかったのだ。拾った命に満足して、去るが良いだろうに」
いつまでも立ち尽くす俺をいぶかしむ魔王の姿があった。
そして……俺は現状を完全に理解した。
──『時間が巻き戻っている』
これは俺が魔王に宣戦布告する寸前の映像そのままだ。
つまり……俺の真の天権とは……
時の運命に抗う、"時間操作"の天権だったのだ。
与えられた名前ではない。自らの祈りを自覚したからこそ発現した真の天権。
今思えば不死の天権すら、その権能の一部分。つまりは肉体の時間をまき戻すことで肉体の損傷を回復させていたに過ぎない。
「ん……?」
俺の様子を不審に思ってか、魔王が猜疑的な目を向けてくる。
どうやら俺の回帰させた時間は相手の記憶に残らないらしい。だとするならば……好都合だ。
「俺は……帰らない」
「え……?」
「イリス。俺は絶対にお前のことを諦めたりなんかしない。お前を誰よりも愛しているのは俺だ。それだけは絶対に譲れない」
だから……
「何度でも……挑んでやるぞ、『魔王』ッ!」
お前がイリスを閉じ込める檻なんだ。
何度も戦い続けてきた人族と魔族。今更俺達に和解の道なんて残されていない。だとするならば……
「イリスは俺が奪い取るッ!」
俺は再び、魔王に向け駆け出した。
先ほどの対決は覚えている。
俺の敗因は勝負をかけるタイミングを逸したことと、魔王に反撃の隙を与えたこと。ならば……圧倒的手数で押し殺すッ!
「らああああああッ!」
前回の死を参考に、再度猛攻をかける。
能力の本質が変わってもやるべきことは変わらない。
何度倒れようともただ立ち上がるだけ。ただ、それだけだ。
あらゆる武器、あらゆる技、あらゆる魔術を総動員して魔王を攻め立てる。
魔王の身体能力は素の俺と大差ない。ならば炎舞でブースト出来る俺の方が機動力は上だ。そして決定力……これも俺が上だろう。灼熱の剣ほど威力に特化した術もないからな。
勝てる。
まず間違いなく勝てるはずだ。
ステータスではこちらが上回っているのだから。
勢いでは確実にこちらが押しているのだから。
だが……
「愚かな男だ」
魔王は倒れない。
不死王は……死なない。
傷を負う傍からその傷を修復していく。
これまで俺が戦い続けた相手も、こんな気持ちを抱えていたのかもしれない。
(これは……体よりも精神が先に根を上げちまいそうだ)
いつ終わるとも知れない無間地獄に堕ちたかのような気分だった。
「ぐ……ッ!」
俺が魔王に向け、灼熱の剣を振り下ろしたのと同じタイミングで背後から熱のような痛みが襲い掛かった。
「魔王様から離れろッ!」
見れば細剣を構えるスザクの姿があった。
そうだった、こいつらもいたんだったよな。
体勢を立て直した『魔王』が手刀を構える。その一撃が俺に届く、その寸前……
「──不死王ッ!」
俺は自らの天権を展開していた。
時間が巻き戻る。今度は意識してそのコントロールを。
「────ッ!」
視界が開けた瞬間、俺は背後に向け逆噴射の炎舞を展開する。
「……何ッ!?」
巻き戻したのは灼熱の剣を構えたその瞬間。背後から音もなく忍び寄っていたスザクに炎の渦が襲い掛かる。
完璧なタイミングだと思っただろう。
確実に決まる奇襲だと思っただろう。
だが……俺の不死王を前に、奇襲など何の意味も持たない。
邪魔者を消し飛ばした俺は勢いそのまま、魔王へと切りかかる。そして……魔王は体を両断されながら爆風に呑まれ、肉塊へと成り果てた。
「はぁ……はぁ……はぁ……」
心臓が痛いくらいに跳ねている。
ずっと攻め続けるというのは案外体力を消耗するものだ。どこかで必ず手が緩む瞬間が生まれる。そしておそらく魔王はその瞬間を狙っていた。
俺と同じ、一撃必殺のカウンタータイプ。
それが分かっていたから全力で攻め潰そうとしたのだが……どうやら足りなかったらしい。
俺の眼前でゆっくりと起き上がるその人物は……
「今の、動き……」
まるでダメージを感じさせない、魔王その人だった。
「お前……何をしている?」
終わらない。
俺と魔王の決戦はまだ……終わらない。




