「人柱」
その異変に最初に気付いたのは王都周辺の監視を櫓から行う監視員だった。
王都周辺に張り巡らされた獣避けの鉄柵。それを易々と破壊して進入してくる影を見たときには、すでに鐘を鳴らしその役目を終えていた。そして……飛来してきた暗器によって、彼はその生涯の幕を閉じた。
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「カナタ様! 起きてください!」
俺がベッドですやすやと快眠を取っていると、突然体を揺られ、大声でたたき起こされた。
「シェリル? どうかしたのか?」
「はい! ルーカス様から大至急中庭に集合しろとのお達しです。すぐに着替えて移動をお願いします!」
それだけ言うと、シェリルは何があったのか問う暇もなく部屋を出て行ってしまう。
何があったのだろう。シェリルの様子を見るにただ事ではなさそうだが。
「……とにかく、中庭に行ってみるか」
急いで支度して中庭に移動すると、いつものようにルーカスがクラスメイト達を前に何事か指示しているようだった。いつもと違うのは一点、今が真夜中ということだろう。
こんな時間にたたき起こされて集められたのは初めてのことだ。皆そわそわと落ちつかなそうに視線を彷徨わせている。
「か、カナタ……」
俺の後ろから遅れてやってきた紅葉が、俺に不安げな声を漏らす。
「何があったの?」
「……分からない。けど、朗報ではないことだけは間違いないだろうな」
ルーカスもいつになく緊迫した表情で指示を飛ばしている。俺と紅葉が揃って近寄ると、ルーカスは手を振って俺達を呼んだ。
「何があったんですか?」
俺が聞くと、ルーカスは後でまとめて説明するからとにかく言うとおりに動いてくれと、俺と紅葉を別々の場所へと誘導した。
どうやら前のゴブリン討伐の時のように、チームを作っているらしく三、四人ずつのグループが出来上がりつつあった。
紅葉が案内されたのは、宗太郎、拓馬、奏の三人がいたチーム。出来れば俺もそっちが良かったがルーカスに言われ誘導されたのは別のチームだった。
「青野もこっちのグループになったのね」
「上原か、何があったかきいてるか?」
俺の問いに、同じグループらしい上原が首を横に振る。
俺の他のメンバーは……福地、熊谷の二人か。どちらも女子だ。
それから暫くして、酒井という男子生徒も俺達のグループに入れられた。正直女子の中に男子一人だけだと精神的に辛かったので助かる。上原が変な妄想しないかだけ心配だが。
これで五人になったチーム。どうやら他のグループも決まったようで、四人もしくは五人のチームが七つ形成されていた。
「突然すまない! 緊急事態だったので臨時召集させてもらった!」
ざわつく俺達を前に、ルーカスが大声を上げて説明を始める。一瞬で静かになった中庭で、ルーカスは音量を戻して説明を始める。
「今から三十分ほど前に、王都へ侵入者が現れたとの連絡が入った。状況から察するに、恐らく魔族だ。確認されたのは三名。君たちには彼らの迎撃に向かってもらいたい」
ルーカスの声は良く通る。俺達の中に、その言葉を聞き逃したものはいないだろう。しかし……俺達は誰一人、ルーカスが何を言ったのか理解できていなかった。
「ちょ、ちょっと待ってくれ! 魔族って……前に言ってたあれか?」
「そうだ。彼らの目的は分からないが、この王城に向けて侵攻を続けているらしい。我々騎士団も応戦を続けているが、戦況は芳しくない。今こそ諸君らの力を借りたいのだ」
「……っ」
あまりにも突然の話だった。
ルーカスからしてみれば、最初に話していたことだし、当然のことなのだろうが、俺達にしてみれば心の準備も何も出来ていない状態だ。いきなり戦える訳もない。
尻込みする俺達を前に、ルーカスは言った。
「君達の力を借りるしかない我々の不甲斐なさには頭が下がる……しかし、我々はもう君達に頼るしかないのだ。我々も命をかけて君達を守ると誓う。だからどうか……君達の天権を貸して欲しい。その、奇跡の力を」
そう言ったルーカスは深く、深く頭を下げた。
最初からそう言っていた。王国は存亡の危機にあると。だから俺達は当然、こういう事態になることも想定していなければならなかった。戦わないなら戦わないで、最初からそう言っておくべきだったのだ。
「私からもお願い致します」
いつの間にかルーカスの後ろに控えていたシェリルが、俺達の前に一歩踏み出して、ルーカスと同じように頭を下げた。
「私には戦う力が御座いません。だから、どうか皆様のお力をお貸しください」
シェリルにお世話になったものも多いだろう。俺達は二人の頼みを、一蹴することなんて出来なかった。
「私からもお願いします。料理を作るしか能がない若輩ですが、どうか、お力をお貸しください」
「俺からも頼む! 俺の親父は魔族に殺されたんだ! これ以上、誰も失いたくない!」
「お願いします、勇者様方。貴方達しか頼れる人がいないのです」
戸惑う俺達の前に、料理人、庭師、メイドとぞろぞろと人が集まり始めていた。そして、口々に言うのだ、助けてくれ、と。
俺達はこの世界に来てからすでに一ヶ月近い。その間、身の回りの世話をしてくれたのは間違いなく彼らだった。戦わない選択肢、それを選ぶには余りにも遅過ぎたのだ。
結局、俺達は誰一人反発することも出来ず、魔族迎撃の任務を受けることとなった。
任務の内容はこうだ。
俺達の七つのチームの内、五つが直接迎撃に向かい、残りの二つは王城に残って防衛を行うというもの。要は後詰めだとルーカスは言っていたが、正直怪しい。
なぜならその二つのチームと他では明らかに能力に差があったからだ。天権しかり、身体能力しかり。そして、俺達のチームも、その後詰め部隊となっていた。
つまり、俺達のチームのメンバーは戦力として役立たずだと言われたに等しい。悔しいが、俺の不死は確かに戦闘で役に立たない。
最強の隊だと言って、切り札扱いされていた紅葉達の部隊とは大違いだ。
紅葉、宗太郎、奏、拓馬。
仲の良かった友人達が評価されることは嬉しかったし、誇らしかったが、俺だけ残されたこの状況は……正直きつい。自分が情けなくなってくる。
「カナタ様? どうかされましたか?」
「……何でもないよ」
俺の様子を心配したシェリルが尋ねて来るが、この気持ちを伝えることだけは出来なかった。言ったところで、より惨めになるだけだから。
すでに他のチームが迎撃に向かい、寂しさを増した中庭で落ち込む俺に、隣で落ちつきなく足を動かす上原が話しかけてくる。
「何落ち込んでるのよ青野、危険な役目でなかっただけ良しとしなさい」
「……けどさ、上原は思わないのかよ。俺達の隊は役立たず扱いされてるって」
「役立たず、ねえ。けど防衛向きの能力だと思われたから、こうして王城の防衛を任されたんでしょ? それはそれで誇ることだと思うけど」
「不死のどこが防衛向きなんだよ……」
どっちかって言うと諜報向きな気がする。それか最前線でバンバン危険な役をやらせて……いや、そこまでやるのは流石にごめんか。役には立ちたいが、捨て駒扱いは流石に耐えられん。
「はあ……」
本当に中途半端だ。なんで俺はこんな天権なんだろう。
「カナタ様は……ご自分の天権がお好きではないんですか?」
俺がため息をついていると、シェリルがまるで俺の心を読んだかのように聞いてきた。
「何で分かった?」
「カナタ様はすぐに表情に出るので」
ふふっ、とシェリルが口元を押さえて笑う。
「まあ、好きではないよ。良い能力だとは思うけどさ、今のところ使いどころがないし」
それは俺の正直な気持ちだった。
使えないとは思うものの、別の能力が欲しいとは思っていない。
「前に聞いたことがあるのですが、天権とは本人の望みの具現なのだそうですよ」
「望みの、具現?」
「はい。誰しも理想を抱いて生きているものです。その助けとなるために、天権は存在しているのだと。一人ひとり違うのはその為だそうです」
望みの具現。
つまり、俺は望んでこの能力を手に入れたって事か?
だとしたら……
「俺は最低な奴だな」
「え?」
「だってそうだろ? 奏みたいに誰かを癒す能力ならまだしも、俺のは自分が助かるためだけの能力だ。こんな自分勝手な天権……恥ずかしいだけだ」
自分だけ死なない、不死の天権。
それは余りにも傲慢に過ぎる願いだろう。死を拒絶して、生にしがみ付く。なんと浅ましい祈りなのだろうか。
「それは違います」
しかし、シェリルは真剣な表情で、俺の言葉を否定した。
「シェリル?」
「ウエハラ様が言っていました。ヘルゴブリンに襲われたとき、カナタ様が身を張って助けてくれたのだと。自分勝手な人はそんなこと絶対にしません。カナタ様は誰かの為に命を賭けられるお方なのです。カナタ様の天権は、『誰も傷つけないために、自分が前に出て戦うための力』なのだと思います」
思わぬシェリルの絶賛に、思わず頬が赤くなってしまうのを自覚する。
上原に視線を送ると、さっと逸らして口笛を吹きだしやがった。うぜえ。
「だから……」
シェリルは俺の手をとって、
「私はカナタ様の天権は、素晴らしいお力だと思うのです」
そう、言ったのだった。
「…………」
そんな風に言われるのは初めてのことだった。
クラスメイトも、あまり俺の天権を良いように見ていなかったし、俺自身、この力のことで悩みもした。
けど……シェリルがそう言ってくれるなら。
彼女を……大切な人を守れるなら──
──この天権も悪くはないのかもしれない。
そう思ったときだった。
「……え?」
それは突然の出来事。
俺の目の前、シェリルの背後に一匹の猫が降り立った。
城壁を越えてきたらしいその猫は、ゆっくりとその影を伸ばし……大柄な男へと、姿を変えたのだった。
そして……ゴウッ! と旋風が巻き起こった。
男がこちらに向かって走り出したのだと気付くのに、僅かな時間が必要だった。男はありえない速度でぐんぐんとこちらに向かってくる。その表情はまさに獲物を見つけた狩人そのもので、俺は反射的にシェリルを突き飛ばし男の前に出た。
そして……衝撃。
「ぐ、は……ッ!?」
まるでトラックにでも衝突したかのような衝撃が俺の体を吹き飛ばす。男のタックルをまともに食らった俺は二度、三度と地面をバウンドしてようやく止まる。
息が出来なかった。
体の内部に響く激痛は、肋骨が内臓を突き刺した証拠。足もあらぬ方向へと折り曲げられて、その衝撃がいかに鮮烈だったかを周囲に知らしめる。
「きゃああああああああああああっ!?」
突然の出来事に、熊谷と福地が悲鳴を上げているのが聞こえる。酒井もビビッて腰が抜けているようだ。
……くそっ、最近こればっかだな、俺。
到底慣れることのない激痛。しかし、それも数秒で消えていく。
俺の天権、不死が起動したのだろう。前回腕を千切られたときよりも圧倒的に早く発動してくれたことに感謝しながら、俺は立ち上がる。
「ははっ! ビンゴぉ!」
立ち上がった俺を見て、男は嬉しそうな笑みを浮かべる。
この男は危険だ。本能的にそれを察した俺は、男に向けて駆ける。
俺がやらなければ、皆が殺される。
そんな危機感に従って駆け出した俺を男は口元を三日月に歪めて迎える。
さっきの衝撃で武器も無くしてしまったため、素手で殴りかかるが、
「オラァ!」
「ぐっ!」
明らかに身体能力に差があった。
俺の一撃を難なく受け止めた男がカウンターの要領で俺に肘を打ち込んでくる。まともに食らえば先ほどのように吹き飛ばされる。俺は半ば自分から吹き飛ぶように、後退し威力を消すが……
「逃がすかよ!」
男は更に前進して、俺に突っかかる。振り上げられたその拳が俺に激突する刹那──
「青野!」
光の壁が俺の前方に出現し、男の拳を阻む。
上原の『障壁』だ。
「悪い、助かった」
俺は上原達のいるところまで後退しながら、礼を言う。
しかし……あの男、何者だ? 明らかに人間離れした身体能力は、噂に聞いた魔族の特徴にある。こいつが例の侵入した魔族なのだとしたら……
(落ち着け、まだ何も決まった訳じゃない)
大切な友人達の顔が浮かんでは消え、怒りに支配されそうになるのを必死で堪える。俺一人で突っ込んでも意味が無いのは先ほどのやり取りで十分に分かった。
俺一人では勝てない。
そう思ってちらりとメンバーに視線を送るが……駄目そうだ。全員青い顔をして今にも逃げ出しそうな様子。それもそうだろう。俺がぼろ雑巾みたいにされたのは全員が目撃している。腰が引けて当然だ。
しかし……このままではまずい。
俺は何とか時間が稼げないかと、模索する。
「……お前、目的は何だ」
「ああ? それを俺がわざわざ言うと思うのか?」
話しかけてみると、一応の返事はしてきた。どうやら言葉は通じるらしい。
「……って、言いたいところなんだがな。丁度良い」
続けてかける言葉を探していると……男の姿が消えた。
「ぐっ!?」
「黙れ、顎を潰すぞ」
突然俺の目の前に現れた男がその大きな手で俺の顎を掴み、強引に体を浮き上がらせた。それだけでも痛いのに、男の言葉に手加減をしているのだと理解させられた。
「俺は召還者を探している。見るところ……同じ服着てる五人がそうみてぇだな」
「ひっ!?」
男に視線を向けられた酒井が悲鳴のような声を上げる。
「ははっ、間違いなさそうだな。コイツもさっき妙な力を使ったみたいだし、『回復』か『治癒』の天権って所だろう」
男は天権のことも知っているようで、俺の能力に当たりをつけてきた。そして……
ゴキャッ! と、嫌な音がして俺の顎が粉砕された。
「────────ッ!」
ボトボトと歯が地面に落ちる。俺は声にならない悲鳴を上げて激痛にのた打ち回る。そして、少しして修復される肉体に男はやっぱりな、と笑みを浮かべた。
俺達は全員、男の凶行にすっかりブルってしまっていた。
勝てない。勝てるわけが無い。こんな化け物に。
「さーて、俺の目的が知りたいんだったな? 教えてやるよ。俺は召還者の一人を連れてくるように命令されていてな。こればっかりは譲れないんだわ」
ニヤニヤと、男は意地の悪い笑みを浮かべている。
なんだ? こいつ……何を考えている?
「一人だ。俺としては誰でもいいんだよなぁ……だから、お前らが『選べ』」
男は変わらぬ嗜虐心に満ちた笑みを浮かたまま、そう言った。
一人選べ、と。
その言葉で男が何を楽しんでいるのかが分かった。
男は俺達を弄んでいるのだ。その絶対的な力を利用して、俺達に『ゲーム』をさせようとしている。裏切りの、ゲームを。
「それぞれ一人、誰かを指差せ。一番多く指差された奴を連れて行く、それ以外の奴は助けてやるよ」
一体何の地獄だろう。
男は俺達の中から一人、人柱を差し出せと言い出したのだ。
そんなもの、選べるわけが無い。
そう、思っていたのに……
「あ、青野、お前行けよ!」
酒井が震える声で、そう言った。
「……………え?」
見れば酒井の指が、真っ直ぐに俺を指していた。
まるで罪人を刺し殺す、槍のように。
「お前、し、死なねえんだろ? だったらお前が行け、行くべきだ!」
その台詞が呼び水だった。
まるで恐怖が水面に飛び込んだ小石のように、世界へと波紋を広げる。
「そ、そうよ! 青野君が行くべきだわ!」
「……わ、私もそう思う」
熊谷と福地が揃って指を俺に向けてきた。
この時点で三人。多数決というのなら、俺が選ばれることになる。
すっ、とまるで氷を飲み込んだかのように、俺の中へと何かが進入してきた。
「……ほ、本気かよお前ら……」
喉がカラカラに渇いていた。声も振るえ、視界が歪んで見える。
「行け! お前なら大丈夫だろうが!」
酒井が更に叫ぶ。
大丈夫? 大丈夫って……何がだよ。死なないから大丈夫だってのか?
そんな、そんなの……
「そうよ、青野君なら大丈夫よ!」
熊谷までもが酒井に賛同し、悲鳴のような声を上げる。
ちょっと待てよ、お前ら……本気でクラスメイトを売るつもりなのか?
信じられない気持ちだったが、彼らの瞳を見て、気付いた。
彼らにとって『俺』は死んでも構わない人間なのだと。日本でもろくに会話をしたことが無い彼らにとって、俺という存在は余りにも軽い。命を賭けるには値しないのだ。
それはクラスメイトだろうと同じこと。そんなもの、同じクラスにいるという意味でしかないのだと、俺はこのとき思い知らされた。
「あ……あああ……」
俺の中の常識が、ガラガラと音を立てて崩れていく。
信じていたものが、守ろうとしたものがまるで価値のないガラクタだと言われたような気がして、
「う、上原……」
すでに涙で滲み始めた視界で、俺は上原の姿を探す。
腐っているし、すぐ鼻血を吹くし、嫌らしい笑みを浮かべるし、俺を精神的に追い込むし、変な奴だと思っていた。
けど、俺は彼女を……
──友人だと思っていた。
視線を向けたその先には、俺を指差す上原の姿があった。
「……ご、ごめん」
それだけ言って視線を逸らす上原に、俺の中の何かが完全に、壊れた。




